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第一章 見習い聖女編

第七話 生意気な少年

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 椅子に座ったエレーナは嫌な汗をかいていた。

 円卓の右斜に座るグリッセンという少年が、明らかに不機嫌だからだ。

 向いに座るサイモン教皇と左斜めに座る義兄スレインはニコニコしている。

 グリッセン少年は暴力的な感じがして、エレーナは苦手だった。
 どうしてここに連れてきたのだろうか。

 できればすぐに帰って欲しい。そして二度と連れてこないで欲しい。 エレーナはサイモンを少し恨みに思った。

「あの、サイモン様。どうしてグリッセン様をオラに紹介してくれただか?」

「あ? なんだよ、その喋り方は?」

「……」

 やっぱり苦手である。

「これグリッセン、控えなさい。――聖女様、グリッセンは元々聖教騎士団の見習いだったのじゃよ。剣の腕もまだまだで、一人前になるのはあと五年はかかると言われておったのじゃ。それが少し前に突然頭角を表しおった。ちょうど聖女様が御印を賜った日じゃな。今では騎士団副団長との模擬戦で10本のうち2本取れるほどに成長しておる」

 驚いた。

 エレーナと同じくらいの年齢で、背丈もそんなに変わらないのに、大人の、しかも本職の騎士と試合をして勝つだなんて。

 それにエレーナが聖女認定された日に突如剣の腕が上がった?
 どういうことだろう。

 教皇は、エレーナの心を読んだように答えてくれた。

「ワシはな、聖女様。このグリッセンが聖騎士だと思っておるのじゃ」

「聖騎士だか?」

 首を傾げるエレーナに、義兄になりたてホヤホヤのスレインが捕捉してくれた。

「聖女の加護を賜った特別な騎士のことだよ。先代の聖女様にもバスティンという聖騎士が仕えていたんだ」

 スレインが砕けた口調なのはエレーナがお願いしたからだ。
 せっかく兄弟になったのだから、距離を感じるような喋り方はやめて欲しい。

「聖騎士バスティンは単独で竜を退治し、その剣は大岩を砕き、その盾はどんな魔法も弾いたという伝説の騎士だね。その伝説を継ぐ男が義妹の守護者になるなんて心強いよ、グリッセン君」

 竜なんてものが本当にこの世に存在するのだろうか?
 まぁそれはさておき、聖騎士バスティンがそれほど強いということだろう。

 歩み寄りとも取れるスレインの発言に、不機嫌そうな少年はぶっきらぼうに答えた。

「俺は剣士だ。盾なんて邪魔なものは持たん。それにこいつの守護者をやるだなんて一言も言ってない」

 歩み寄る気は一切なし、と。

 ちなみにエレーナも、この少年に聖騎士をやって欲しいだなんて一言も言ってないし、思ってもいない。
 むしろご遠慮願いたい。

 少年の返答に、スレインが口に運びかけたカップをピタリと止めた。
 その顔からは笑顔が消えている。

 怖……。
 美形が無表情になると、非常に恐ろしいのだとエレーナは初めて知った。
 場の空気がピキピキッと凍りつく。

 エレーナは焦った。

 向かいに座る人物を見る。
 視線の先にいる教皇は……お茶請けのお菓子に舌鼓を打っていて役に立ちそうにない。

 はぁ……。
 どうにかして自分が話題を変えよう。
 がんばれ自分。負けるな聖女。

「スレイン様は……コホン、スレインお義兄様は学校へ通ってるだか?」

「そうだよ。十三歳になったらエレーナ様も入学するって聞いてるけど?」

「はい?」

 初耳である。

 学校へ入学? 
 字の読み書きもできない元平民の自分が?

 サイモンへ顔を向けると、うんうんと頷いている。
 どうやら学校へ通うことは決定事項らしい。

「そこにいる失礼な彼も、同時に入学するんじゃないかな? 筆記試験に合格できるような頭が彼にあれば、の話だけど」

 せっかく温まりかけて空気が、また氷点下になった。

 ちなみに筆記試験は、エレーナも合格できる自信がない。
 まずもって文字が読めないので、試験以前の問題なのだ。


「君たちが入学した時には、僕はもう卒業してるんだけどね。後輩にはちゃんとエレーナ様のことを気にかけるようにお願いしておくよ。あ、そこの彼は自分ことは自分でなんとかするようにね」

「侯爵の跡取り様に言われるまでもない。自分の面倒くらい自分で見れる。どこかの平民と違ってな」

「わかってないな、君は……。君が自分ことをやるのは当たり前なんだ。君にはエレーナ様をお守りするという役目があるということを忘れるなと、そう言っているんだ。こんなことも理解できないようじゃ、試験に受かるのは難しいかもしれないね」


 スレインは怒りを隠そうともしなかった。

 温厚そうなスレインが、こんなに感情をあらわにするなんて。

 このピリついた空気の中、サイモンはニコニコと笑っているだけである。
 仲裁する気はないのか。

 その時、バンッとテーブルを叩いてグリッセンが立ち上がった。

「俺はまだこいつが聖女だと認めたわけじゃねぇ! それに俺が剣を持つのは教皇猊下をお守りするためだ! こんな男か女かわからない平民を守るためじゃねぇんだよ!」

 エレーナは驚いて椅子から転げ落ちそうになった。
 それを支えてくれたのはシスター・クレアだった。

 聖母のごとき慈愛のシスターが、目の前の少年を今にも殺しそうな表情で睨んでいる。

 こ、怖い。
 もう村に帰りたい……。

 なおサイモンはこの後に及んでもニコニコしたまま……と思ったら眉毛がピクピクしている。
 どうやら多少なりとも怒っているらしい。

 エレーナだって、少しだけど怒っている。
 男か女かわからないって、いくらなんでも酷すぎる。

「……身分のことを持ち出すのは僕の流儀に反するが」

 スレインが静かに立ち上がり、言った。

「君はもっと自分の立場をわきまえたほうがいい。君は所詮しがない男爵家、それも相続権のない三男だ。その君が今侮辱した僕の義妹は侯爵家の養女であり、聖女……つまり国王陛下の上に位置する崇高なる存在なんだよ。わかるかい? つまり本来なら君のような身分のものが口を聞くこともできないお方ってことだ」

「……じゃあどうするんだよ? 不敬罪で打首にでもするか?」

 グリッセンは強がってはいるが、その声は震えていた。

 怖いなら素直に謝ればいいのに。
 まぁでも、これが男のプライドというものなのだろう。
 くだらない。

「いや、それには及ばない。教皇猊下、この不届きものへの対応、僕にお任せいただけませんか?」

 スレインが教皇に顔を向け、言った。

「うむ、任せよう」

「は? お、俺をどうしようってんだ?」

「試合だよ、聖騎士候補君。試合で君の伸び切った鼻っ柱をへし折って、その歪んだ性格を矯正してあげようと思ってね」

 え? 試合? 大丈夫なの?

 この生意気な少年は騎士団の副団長と渡り合える実力の持ち主のはず。
 対してスレインは細身の美少年って感じだ。

 なのに、この自信はなんなのだろうか。

 エレーナは不安に思いつつも、なぜかスレインの負けるところを想像できないでいた。

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