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第一章
夜市デートで二度目の約束
しおりを挟む「食事や部屋の用意はできているが王子さん、眠れそうか?」
砂漠の街にも夕闇が降り始めている。
「寝付けないと思います。多分」
気遣ってくれるラムダレイドへ向けて正直に首を振った。
「それなら気晴らしに夜市でも見学してきたらどうだ? クィンスタム名物だぜ」
ラムダレイドの弾む声を耳にしたファナシュドが、すかさず口を挟む。
「まあ……もし王都軍の追手が来たとしても夜の市は捜索しないでしょうね。王子のような立場の方はああいう場所へ行きませんから」
「普通は」と、ファナシュドはラムダレイドの方をねめつけながら最後に言い足した。
「嫌う割には、その腕輪は大事に付けてくれてるよな」
ラムダレイドは少しも悪びれずファナシュドの手首を目線で指した。
「こ、これはラムダ様から頂いたものだから……」
ファナシュドはうろたえて口ごもる。
その間にスユイは聞こえてきた会話を頭の中で整理した。
以前、二人で夜市へ行ってラムダレイドからファナシュドへそれを贈ったということだろう。
「ケンカばかりしているみたいだけど、やっぱり仲が良いのですね?」
「ふっかけてくるのはいつもファナだぜ。やつはケンカのあとほど燃えるらしいからな」
ラムダレイドは耳打ちするようにそう囁いてきた。
「燃える? 何を燃やすんですか?」
「王子さんは可愛いなぁ。可愛い王子さんは知らなくていいこともある」
「――ある意味、宮殿の中より安全ということか」
なるほど、とカゲツがやり取りを遮るように割り込み、話題は元へ戻る。
「夜の市場……行ってみたいけど」
もちろん見てみたい。だけどこんな状況下で呑気に街を練り歩いて良いものだろうか?
「行こう。スユイ」
考え込む背中がカゲツの手のひらで叩かれ、はにかみながらスユイは小さく頷いた。
「では、クィンスタムの衣服を用意させます。湯を使ってから着替えてください」
微笑むファナシュドに礼を述べ、スユイとカゲツは謁見の間を後にした。
着替えを済ませ廊下へ出ると、カゲツが腕組みして壁にもたれ掛かっていた。
顔を合わせた互いの口から「へえ」と感心する声が漏れた。
「着慣れないけど、案外いいかも」
用意されたクィンスタムの服は袖の無い作りで、柔らかい絹地から素肌の腕が伸びている。
スユイはうんうんと頷きながら両手を広げ、自分の着こなしを確かめた。
「そうだな、似合っている」
臆面もなく褒められると気恥ずかしくなり、「カゲツも似合ってるよ」と口早に褒め返した。
ラムダレイドから教わった通り宮殿の裏手に夜市は立っていた。
無数の角灯の光が夜の闇を暖かい橙色に染めている。
「昼の市場とは雰囲気が違うね」
一日の仕事を終えた労働者たちが、夜空の下で卓を囲み酒杯を交わしている。人々の声は昼間よりも一段と賑やかだ。
「労働の後の酒は格別だからな」
「そういうもの? 僕には美味しさが分からないけど」
「生のままが苦手なら果汁や糖蜜で割る手もある。いつかスユイの口にも合うものを作ってやろう」
「それじゃあ、成人の儀のお祝いに作ってもらうのはどう?」
「名案だ」
「まずは落ち着いて飲める状況にしなくちゃ」
「この大仕事が終わったあとに王都で飲む酒は美味いだろうな」
「そうだね……王都で」
まだ想像もできないこの旅の終わりをほんの少し思い描くことができた。
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