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第一章
主従旅立ちの夜 4
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「無事に城を出たとして、クィンスタムまでの道のりは想像がつかないよ」
「有翼の獅馬で駆けてニ、三日というところだな」
「三日って……簡単に言うけど」
「イレス軍の訓練に比べればどうってことはないさ」
「僕はきつい訓練に参加した経験もないし、考えてみたら、食べるのに不自由した経験すらないんだ」
城壁の中で生きてきた自分の甘さを痛感させられる。
これがもし僕一人きりだったら?
森の中で行き倒れる姿が目に浮かび背筋が寒くなった。
「それは良かった。今から全て経験できるぞ」
「……糧になると思って乗り切るよ」
「その前向きさがスユイだ」
「有翼の獅馬か。本当に飛んで行けたらいいのに」
「そうなったら、おとぎ話だな」
神話にも描かれる翼を持つ馬。だが現実は有翼といっても退化した翼の名残りであり、駿馬だが空を飛べるわけではない。
「それにしても三日、食べ物ってホントにどうしよう」
「心配するな。俺の野営料理は評判が良かったんだ。鍋なら道中の監視小屋から拝借する」
「そんな呑気なこと。冬じゃないだけ良かったよ」
沸き起こる不安を軽口で紛らわせながら歩いていると、赤い城壁がすぐそこに聳えていた。よく見ると色の違っている箇所がある。小さな扉だった。
「城の中でまだ知らない出入り口があったなんて。もしかしてカゲツって僕より城に詳しい?」
「まあ、特にこの鼠門には世話になったからな」
カゲツは唇に含みのある微笑みを浮かべ、懐かしそうに扉を軽く撫でた。
「鼠って、あの鼠?」
なにか深い意味のありそうな名前だとスユイは首をかしげてみせた。
「軍の門限に関係なく街へ抜け出せる鼠の裏口だ」
深刻に考える程のものじゃないと笑いながら、カゲツは木の枝に引っ掛けられた鍵を取った。
「またそんな。使うのは一部の不良兵士だけじゃないの?」
にやりと歯を見せるカゲツにスユイはちょっと呆れた顔を向けた。
「これも抜け穴さ。息抜きの方のな。――開いた」
外へ続く小さな扉が押し開かれた。
城壁をくぐり一歩踏み出すと、生まれ育ったイレスの大地、城、家族への想いが胸に溢れた。
離れる故郷をスユイは目に焼き付けた。
「僕は戻ってくる。ここへ帰るための旅に出る。だから下は向かない。それで正しいよね」
「ああ。あの星でも見ながら進め」
カゲツの視線の先を一緒に見上げると、黒い空に青白い恒星が輝いていた。
厩から獅馬を二頭選び駆け始めた直後、背後で先ほど聞いたものと同じ奇妙な高音が鳴り響いた。目の端に炎の赤が映る。
(イレス城が)
スユイは喉を上下させ唾を飲み込んだ。今度はどんな惨状を目にするのか。
「振り返るな!」
並走する馬上からの怒声にスユイの肩がびくりと跳ねる。
後ろを振り返りかけた顔で声の主を見上げた。
「お前の愛した大地も、城も、人々も。今はその心の内から捨て去って走れ」
カゲツの言葉を受け止めたスユイは前を見据える。
「振り返らない。取り戻す時まで」
震える瞼を力一杯に開いた。一度でも閉じればこぼれ落ちそうな涙を吹き飛ばすように、行く先が霞んでしまわないように。
「有翼の獅馬で駆けてニ、三日というところだな」
「三日って……簡単に言うけど」
「イレス軍の訓練に比べればどうってことはないさ」
「僕はきつい訓練に参加した経験もないし、考えてみたら、食べるのに不自由した経験すらないんだ」
城壁の中で生きてきた自分の甘さを痛感させられる。
これがもし僕一人きりだったら?
森の中で行き倒れる姿が目に浮かび背筋が寒くなった。
「それは良かった。今から全て経験できるぞ」
「……糧になると思って乗り切るよ」
「その前向きさがスユイだ」
「有翼の獅馬か。本当に飛んで行けたらいいのに」
「そうなったら、おとぎ話だな」
神話にも描かれる翼を持つ馬。だが現実は有翼といっても退化した翼の名残りであり、駿馬だが空を飛べるわけではない。
「それにしても三日、食べ物ってホントにどうしよう」
「心配するな。俺の野営料理は評判が良かったんだ。鍋なら道中の監視小屋から拝借する」
「そんな呑気なこと。冬じゃないだけ良かったよ」
沸き起こる不安を軽口で紛らわせながら歩いていると、赤い城壁がすぐそこに聳えていた。よく見ると色の違っている箇所がある。小さな扉だった。
「城の中でまだ知らない出入り口があったなんて。もしかしてカゲツって僕より城に詳しい?」
「まあ、特にこの鼠門には世話になったからな」
カゲツは唇に含みのある微笑みを浮かべ、懐かしそうに扉を軽く撫でた。
「鼠って、あの鼠?」
なにか深い意味のありそうな名前だとスユイは首をかしげてみせた。
「軍の門限に関係なく街へ抜け出せる鼠の裏口だ」
深刻に考える程のものじゃないと笑いながら、カゲツは木の枝に引っ掛けられた鍵を取った。
「またそんな。使うのは一部の不良兵士だけじゃないの?」
にやりと歯を見せるカゲツにスユイはちょっと呆れた顔を向けた。
「これも抜け穴さ。息抜きの方のな。――開いた」
外へ続く小さな扉が押し開かれた。
城壁をくぐり一歩踏み出すと、生まれ育ったイレスの大地、城、家族への想いが胸に溢れた。
離れる故郷をスユイは目に焼き付けた。
「僕は戻ってくる。ここへ帰るための旅に出る。だから下は向かない。それで正しいよね」
「ああ。あの星でも見ながら進め」
カゲツの視線の先を一緒に見上げると、黒い空に青白い恒星が輝いていた。
厩から獅馬を二頭選び駆け始めた直後、背後で先ほど聞いたものと同じ奇妙な高音が鳴り響いた。目の端に炎の赤が映る。
(イレス城が)
スユイは喉を上下させ唾を飲み込んだ。今度はどんな惨状を目にするのか。
「振り返るな!」
並走する馬上からの怒声にスユイの肩がびくりと跳ねる。
後ろを振り返りかけた顔で声の主を見上げた。
「お前の愛した大地も、城も、人々も。今はその心の内から捨て去って走れ」
カゲツの言葉を受け止めたスユイは前を見据える。
「振り返らない。取り戻す時まで」
震える瞼を力一杯に開いた。一度でも閉じればこぼれ落ちそうな涙を吹き飛ばすように、行く先が霞んでしまわないように。
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