9 / 33
第一章
主従旅立ちの夜
しおりを挟む
「何の音?」
異様な物音で目を覚ましたスユイは寝台から飛び降り足早に扉へ向かった。
(まさか、賊?)
扉に耳を当てる。恐らくそう遠くはない場所だ。武具のぶつかる金音と怒号、その中からひときわ大きな叫びが上がる――
『王の首を!』
悲鳴が飛び出しそうになる口元をスユイは手で覆った。
「反乱軍だ……!」
ミアン王妃が台頭してから王族に反発する勢力が現れているという情報をスユイは知っていた。
(父様の所へ向かわなくては)
指が強張り錠が上手く回らない。頭の中ではこのあと起こりうる状況が錯綜する。
父の寝室へ行くには長い回廊を渡る。辿り着く前に敵と出くわす可能性が高い。
そうなれば自分の命が奪われる。
錠を回す手が止まった。
「――どうすればいい」
迷っている間にも喧騒は迫ってくる。スユイは瞼を固く閉じた。
「スユイ、錠を外せ!」
扉の向こうからよく知った声に呼ばれ、にわかに思考を取り戻す。
「カゲツ! 反乱軍が」
はやる指先で再び鍵を捻った。錠が外れ落ちるのを待たずに扉は外から勢いよく開かれた。
「知っている。ついて来い」
火を見ようとも動じないカゲツが焦燥をあらわにしている。
「反乱軍がこんなに簡単にここまで、どうして」
「話はあとだ。まずは城の外へ逃げろ」
力任せに腕を掴まれスユイは回廊へ引きずり出された。
「でも、父様の所へ行かなくては」
「だめだ! 奴らはもう陛下の寝室へたどり着いている。向こうの警備兵に任せるしかない」
カゲツは顔に悔しさを滲ませかぶりを振った。
「スユイを寝殿から逃がしたら、俺は陛下の護衛へ向かう。だから早く逃げろ」
受け入れ難い提案にスユイは抵抗するが、手首をカゲツに掴み上げられ身動きが取れない。
「一人で逃げるなんて嫌だ、僕も一緒に」
腕を払おうとした時、耳鳴りのような高音が響き渡り、長い廊下の先で強烈な閃光が暗闇を裂いた。
「あの光は? 父様の部屋の方だ」
光が朱の欄干を照らしたのはわずかな時間で、更に不気味なのは辺りが水を打ったように静まり返ったことだった。
「反乱軍の声が消えた。嫌な感じがする」
「行くな! スユイ」
閃光に目を眩めたカゲツの隙をつき、スユイは駆け出した。
入り組む回廊と無数の扉で寝殿は迷路のような造りになっている。外敵を欺くためだ。
反乱軍はなぜ迷いもせずにここまで?
スユイは頭の隅で疑問に思いながら国王の寝室の前まで辿り着いた。
「反乱軍も護衛兵もいない?」
刃を交えていた形跡は有るのに人の気配だけがない。用心しながら部屋の中へ進む。
仄暗い灯りに浮かんだのは血溜まりの赤色と横たわる父の姿だった。その肩がわずかに上下している。
「父様!」
「スユイか……すまなかった」
父の声で名を呼ばれたのはいつ以来だろうか。
「父様、だめだよ、行かないで」
泣いている余裕はない。分かっていても瞼で堰き止められず涙がこぼれた。
「お前だけは無事でいてくれ……スユイ」
父は最後に幼い記憶と同じ優しい眼差しでそう祈り、静かに目を閉じた。
スユイを追ってきたカゲツは背後で足を止めていた。
「立てるか?」
声をかけられたスユイは藍の袖で涙を拭き立ち上がる。
「大丈夫。行こう」
父様の願い通り、今は逃げ延びなければ。
異様な物音で目を覚ましたスユイは寝台から飛び降り足早に扉へ向かった。
(まさか、賊?)
扉に耳を当てる。恐らくそう遠くはない場所だ。武具のぶつかる金音と怒号、その中からひときわ大きな叫びが上がる――
『王の首を!』
悲鳴が飛び出しそうになる口元をスユイは手で覆った。
「反乱軍だ……!」
ミアン王妃が台頭してから王族に反発する勢力が現れているという情報をスユイは知っていた。
(父様の所へ向かわなくては)
指が強張り錠が上手く回らない。頭の中ではこのあと起こりうる状況が錯綜する。
父の寝室へ行くには長い回廊を渡る。辿り着く前に敵と出くわす可能性が高い。
そうなれば自分の命が奪われる。
錠を回す手が止まった。
「――どうすればいい」
迷っている間にも喧騒は迫ってくる。スユイは瞼を固く閉じた。
「スユイ、錠を外せ!」
扉の向こうからよく知った声に呼ばれ、にわかに思考を取り戻す。
「カゲツ! 反乱軍が」
はやる指先で再び鍵を捻った。錠が外れ落ちるのを待たずに扉は外から勢いよく開かれた。
「知っている。ついて来い」
火を見ようとも動じないカゲツが焦燥をあらわにしている。
「反乱軍がこんなに簡単にここまで、どうして」
「話はあとだ。まずは城の外へ逃げろ」
力任せに腕を掴まれスユイは回廊へ引きずり出された。
「でも、父様の所へ行かなくては」
「だめだ! 奴らはもう陛下の寝室へたどり着いている。向こうの警備兵に任せるしかない」
カゲツは顔に悔しさを滲ませかぶりを振った。
「スユイを寝殿から逃がしたら、俺は陛下の護衛へ向かう。だから早く逃げろ」
受け入れ難い提案にスユイは抵抗するが、手首をカゲツに掴み上げられ身動きが取れない。
「一人で逃げるなんて嫌だ、僕も一緒に」
腕を払おうとした時、耳鳴りのような高音が響き渡り、長い廊下の先で強烈な閃光が暗闇を裂いた。
「あの光は? 父様の部屋の方だ」
光が朱の欄干を照らしたのはわずかな時間で、更に不気味なのは辺りが水を打ったように静まり返ったことだった。
「反乱軍の声が消えた。嫌な感じがする」
「行くな! スユイ」
閃光に目を眩めたカゲツの隙をつき、スユイは駆け出した。
入り組む回廊と無数の扉で寝殿は迷路のような造りになっている。外敵を欺くためだ。
反乱軍はなぜ迷いもせずにここまで?
スユイは頭の隅で疑問に思いながら国王の寝室の前まで辿り着いた。
「反乱軍も護衛兵もいない?」
刃を交えていた形跡は有るのに人の気配だけがない。用心しながら部屋の中へ進む。
仄暗い灯りに浮かんだのは血溜まりの赤色と横たわる父の姿だった。その肩がわずかに上下している。
「父様!」
「スユイか……すまなかった」
父の声で名を呼ばれたのはいつ以来だろうか。
「父様、だめだよ、行かないで」
泣いている余裕はない。分かっていても瞼で堰き止められず涙がこぼれた。
「お前だけは無事でいてくれ……スユイ」
父は最後に幼い記憶と同じ優しい眼差しでそう祈り、静かに目を閉じた。
スユイを追ってきたカゲツは背後で足を止めていた。
「立てるか?」
声をかけられたスユイは藍の袖で涙を拭き立ち上がる。
「大丈夫。行こう」
父様の願い通り、今は逃げ延びなければ。
0
お気に入りに追加
30
あなたにおすすめの小説
転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい
翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。
それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん?
「え、俺何か、犬になってない?」
豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。
※どんどん年齢は上がっていきます。
※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。
結婚式当日に「ちょっと待った」されたので、転生特典(執事)と旅に出たい
オオトリ
BL
とある教会で、今日一組の若い男女が結婚式を挙げようとしていた。
今、まさに新郎新婦が手を取り合おうとしたその時―――
「ちょっと待ったー!」
乱入者の声が響き渡った。
これは、とある事情で異世界転生した主人公が、結婚式当日に「ちょっと待った」されたので、
白米を求めて 俺TUEEEEせずに、執事TUEEEEな旅に出たい
そんなお話
※主人公は当初女性と婚約しています(タイトルの通り)
※主人公ではない部分で、男女の恋愛がお話に絡んでくることがあります
※BLは読むことも初心者の作者の初作品なので、タグ付けなど必要があれば教えてください
※完結しておりますが、今後番外編及び小話、続編をいずれ追加して参りたいと思っています
※小説家になろうさんでも同時公開中
社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈
めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。
しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈
記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。
しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。
異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆!
推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!
傷だらけの僕は空をみる
猫谷 一禾
BL
傷を負った少年は日々をただ淡々と暮らしていく。
生を終えるまで、時を過ぎるのを暗い瞳で過ごす。
諦めた雰囲気の少年に声をかける男は軽い雰囲気の騎士団副団長。
身体と心に傷を負った少年が愛を知り、愛に満たされた幸せを掴むまでの物語。
ハッピーエンドです。
若干の胸くそが出てきます。
ちょっと痛い表現出てくるかもです。
麗しの眠り姫は義兄の腕で惰眠を貪る
黒木 鳴
BL
妖精のように愛らしく、深窓の姫君のように美しいセレナードのあだ名は「眠り姫」。学園祭で主役を演じたことが由来だが……皮肉にもそのあだ名はぴったりだった。公爵家の出と学年一位の学力、そしてなによりその美貌に周囲はいいように勘違いしているが、セレナードの中身はアホの子……もとい睡眠欲求高めの不思議ちゃん系(自由人なお子さま)。惰眠とおかしを貪りたいセレナードと、そんなセレナードが可愛くて仕方がない義兄のギルバート、なんやかんやで振り回される従兄のエリオットたちのお話し。完結しました!
本当に悪役なんですか?
メカラウロ子
BL
気づいたら乙女ゲームのモブに転生していた主人公は悪役の取り巻きとしてモブらしからぬ行動を取ってしまう。
状況が掴めないまま戸惑う主人公に、悪役令息のアルフレッドが意外な行動を取ってきて…
ムーンライトノベルズ にも掲載中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる