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第一章

主従旅立ちの夜

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 「何の音?」 

 異様な物音で目を覚ましたスユイは寝台から飛び降り足早に扉へ向かった。

(まさか、賊?)

 扉に耳を当てる。恐らくそう遠くはない場所だ。武具のぶつかる金音と怒号、その中からひときわ大きな叫びが上がる――

『王の首を!』

 悲鳴が飛び出しそうになる口元をスユイは手で覆った。

「反乱軍だ……!」

 ミアン王妃が台頭してから王族に反発する勢力が現れているという情報をスユイは知っていた。

(父様の所へ向かわなくては)

 指が強張り錠が上手く回らない。頭の中ではこのあと起こりうる状況が錯綜する。

 父の寝室へ行くには長い回廊を渡る。辿り着く前に敵と出くわす可能性が高い。
 そうなれば自分の命が奪われる。

 錠を回す手が止まった。

「――どうすればいい」

 迷っている間にも喧騒は迫ってくる。スユイは瞼を固く閉じた。

「スユイ、錠を外せ!」

 扉の向こうからよく知った声に呼ばれ、にわかに思考を取り戻す。

「カゲツ! 反乱軍が」

 はやる指先で再び鍵を捻った。錠が外れ落ちるのを待たずに扉は外から勢いよく開かれた。

「知っている。ついて来い」

 火を見ようとも動じないカゲツが焦燥をあらわにしている。

「反乱軍がこんなに簡単にここまで、どうして」

「話はあとだ。まずは城の外へ逃げろ」

 力任せに腕を掴まれスユイは回廊へ引きずり出された。

「でも、父様の所へ行かなくては」

「だめだ! 奴らはもう陛下の寝室へたどり着いている。向こうの警備兵に任せるしかない」

 カゲツは顔に悔しさを滲ませかぶりを振った。

「スユイを寝殿から逃がしたら、俺は陛下の護衛へ向かう。だから早く逃げろ」

 受け入れ難い提案にスユイは抵抗するが、手首をカゲツに掴み上げられ身動きが取れない。

「一人で逃げるなんて嫌だ、僕も一緒に」

 腕を払おうとした時、耳鳴りのような高音が響き渡り、長い廊下の先で強烈な閃光が暗闇を裂いた。

「あの光は? 父様の部屋の方だ」

 光が朱の欄干を照らしたのはわずかな時間で、更に不気味なのは辺りが水を打ったように静まり返ったことだった。

「反乱軍の声が消えた。嫌な感じがする」

「行くな! スユイ」

 閃光に目を眩めたカゲツの隙をつき、スユイは駆け出した。

 入り組む回廊と無数の扉で寝殿は迷路のような造りになっている。外敵を欺くためだ。
 反乱軍はなぜ迷いもせずにここまで?
 スユイは頭の隅で疑問に思いながら国王の寝室の前まで辿り着いた。

「反乱軍も護衛兵もいない?」

 刃を交えていた形跡は有るのに人の気配だけがない。用心しながら部屋の中へ進む。
 仄暗い灯りに浮かんだのは血溜まりの赤色と横たわる父の姿だった。その肩がわずかに上下している。

「父様!」

「スユイか……すまなかった」

 父の声で名を呼ばれたのはいつ以来だろうか。
 
「父様、だめだよ、行かないで」

 泣いている余裕はない。分かっていても瞼で堰き止められず涙がこぼれた。

「お前だけは無事でいてくれ……スユイ」

 父は最後に幼い記憶と同じ優しい眼差しでそう祈り、静かに目を閉じた。
 スユイを追ってきたカゲツは背後で足を止めていた。

「立てるか?」

 声をかけられたスユイは藍の袖で涙を拭き立ち上がる。

「大丈夫。行こう」

 父様の願い通り、今は逃げ延びなければ。
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