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第一章 義弟と義兄
2、家事をするための正しいスタイル
しおりを挟む「あ、まだ朝ご飯の途中だった? 邪魔してごめんね」
「いや、もう終わるとこだったから」
残ったご飯を一気にかきこむ。
恭二くんは俺の向かい側、恭子のイスに腰をかけ、俺をじっと見ていた。
「いい食べっぷり。惚れ惚れしちゃうね」
「な、なに言ってんだよ。 俺、食器洗わなきゃいけないから、テレビでも見ててくれ」
「え~、つまんないな~」
「これが今の俺の仕事なの。恭子に、俺の家事を邪魔するなって言われてただろ」
「はーい。相変わらず、姉さん厳しいね」
食器を流しに運び、スポンジに洗剤を垂らす。少し揉むと、スポンジはあっという間に泡立った。
フライパンやまな板は、恭子が料理がてら洗ってくれたんだろう。残っているのはふたり分の食器だけだ。
「洗い終わったら暇になるの?」
「いや、掃除機かけて、洗濯干して、あとは……」
「そんなの後でいいじゃん。遊ぼうよ~」
「いや、任された以上、それはダメだよ」
後ろから聞こえるぶーぶー言う声を聞こえなかったことにして、食器と向き合う。
そうだ。俺はやらなきゃいけない家事がたくさんあるんだ。だから……。
「無視するのはヒドくない? ねえ、洋平……」
いつの間に立っていたのか、耳元で囁かれた声に、身体がぞくりと震えて手が止まった。
「のらりくらりとやり過ごせると思った? 僕がここにいるんだから無理だって、まだわからない? それとも……わかってて、お仕置きして欲しくて、わざととぼけてたりして」
「そ、そんなこと……」
「ある、よね?」
振り向くと、妻と同じ顔が、じっと俺の顔を覗き込んでいた。
背は俺のほうが高い。恭二くんの頭は俺の肩の少し上。妻と同じくらいの高さだ。
少し熱を帯びたような大きな瞳が、俺の心臓を握るように射抜いてくる。
「家事はやっていいよ。ちゃんとしないと、僕も姉さんに怒られちゃうから」
「あ、ああ……。ありがとう……」
「ただ……家事をこなすなら、エプロンくらいかけたほうがいいよね」
「いや、持ってないんだけど……」
「姉さんのがあるでしょ?」
「あ、ああ、そうだね。それじゃ、ちょっと取ってくる」
会話を切り上げキッチンを出ようとすると、後ろから、小さいけれど有無を言わさない強い声がかけられた。
「エプロンするのに、服って邪魔だよね」
「……え?」
「服を汚さないためのエプロンでしょ? でも、エプロンからはみ出した部分は汚れるじゃん。だから……服なんて、いらないよね」
「え、あの……なに言って……」
「全裸でエプロンかけてきて」
「恭二くん!?」
「洋平……僕の言うこと……聞けないの……?」
妻と同じ瞳が俺を射抜く。
ああ……。この瞳だ……。これに俺は……。
「……は、い……。わかり……ました」
俺の返事に、満足そうに意地悪な笑みを浮かべると、恭二くんはイスに座ってテレビを見始めた。
テレビの中では、アナウンサーがにこやかに「今日は一日快晴になる」と告げていた。
無意識のまま、ごくり、と喉を鳴らした。
これから始める、熱い一日を思い浮かべて。
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