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3、調教の合図
しおりを挟む「おい、口開けろよ」
魔物の手には、液体の入った小さな小瓶が握られていた。
アレを飲ませるつもりか? あんな得体の知れないもの、冗談じゃない。
「早くしろよ。じゃないと……指が一本づつ無くなるぜ?」
タイマツの火が、不気味に光る牙を写している。
人間のような外見でも、こいつは狼の魔物なのだ。あの牙で噛みつかれれば俺の指なんて、いとも容易く噛み切られてしまうだろう。
ここは言うことを聞くしかない。
そう思い、俺が言われるがままに口を開けると、そこに液体が注がれた。
この液体はなんだ? 自分以上の屈辱を、って言ってたな。……てことは、まさかコイツの小便か!?
冗談じゃない。今すぐ吐き出す……ことはできなかった。
魔物が俺の口を押さえたからだ。
仕方なく、その液体を喉の奥まで流し込む。ヘドロのような、腐った味がした。
「ごほっごほっごほっ……なんだったんだ今のは……」
「へへへ……。すぐに分かるさ」
魔物はそう言ったが、特別なにが変わるわけでもない。
魔物はただ、ニヤニヤして俺を見下ろしているだけだ。
「ところでさ、昼間アンタを気絶させたのって、俺じゃないんだ。俺は助けてもらっただけでさ」
「おかしいとは思っていたんだ。完全に束縛されてた君が、俺を殴れるはずないもんな」
「だろ? 紹介するよ。おーい、ゴランーー!」
魔物の呼び声に応えて、ガサガサとした気配が近付いてくる。
やがて姿を現したソレは、俺よりもひと回り……いや、ふた回りは大きいであろう大男。
全身がハリガネのような剛毛で覆われた巨大な化け物だった。
「コイツがゴラン。俺の兄弟分で、熊の魔物だ」
「……コイツが俺を気絶させた張本人か」
「そういうこと。石を投げてアンタを倒してくれたんだ。すげーだろ。ほらゴラン、自己紹介でもしろよ」
「……ゴランだ……。カシオとは、友達で兄弟……」
カシオというのが、目の前の魔物の名前なのだろう。
でもそんなことはどうでもいい。問題なのは、熊と狼の魔物に囲まれたこの危機を、どう脱するかだけだ。
「さて、と。そろそろいいだろ。ゴラン、お楽しみの時間だ。ツルを切ってやりな」
ゴランは頷くと、ツルを両手で掴み、力任せにぶち切った。
なんという怪力だ……。この腕に掴まれれば、俺の身体もボロ雑巾のように捻じ切れるに違いない。
しかし、どういうつもりかツルを切ってくれたのはありがたい。
まだ四肢にツルが巻きついているから魔法は使えないが、四肢が自由になればなんとでもなる。
そう思い、最後のツルが切られた瞬間、勢い良く立ち上がって逃げようとした。
が、思っただけで終わってしまう。
「な……なんだこれは……?」
身体にまったく力が入らない。立ち上がるどころか、上体を起こすことすらできなかった。
「さっき飲ませたヤツあっただろ? アレが、身体を弛緩させる薬だったんだ。『緩香樹の雫』……って言っても、人間は知らないだろうけどな」
魔法も使えず、指一本ですら満足に動かせない俺の前に、二匹の魔物が覗き込むように立っている。
「ジャック……だったな。お前には、俺たちの奴隷になってもらう」
「な、なにバカなことを……」
「調教開始だ」
その言葉を合図に、ゴランが俺に覆い被さってきた。
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