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一章 その名は検非違使部
検非違使部(2)
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実際はほんの数分だったかもしれない。が、京香には長い待ち時間だった。
不意に鏡の奥から気配がして、店の暖簾を潜るような調子で真緒が現れる。
さらに彼に続いて、もう一つの影が出てきた。
彼の隣に並び立ったその人を見て、京香はぐっと眼を拡張させる。
それほど、異質な風貌をしていたのだ。
上質な糸のように一本一本サラサラとした髪は金の色。
風情を感じさせる着物は紅梅色に白梅の柄をあしらい、ショートカットの金髪でありながら、よく調和して大和撫子の文字を浮かばせる。
顔立ちの印象は二十代半ば程。
人形のように端正に整った容貌の女性だ。宝石の如き碧眼は、じっと京香を捉えている。
だが——それは右目だけ。
もう片方の目は、細かな光の粒を携えた、透き通った黄色で埋まっている。黄みがかった瞳、なんてものではなく、瞳全体が同じ色なのだ。まるで、ガラスの玉を目の代わりに埋め込んでいるように。
その輝きは美しい。けれども、禍々しい。
動きや感情を映さない左目は、京香に言いようもない緊張感をもたらした。会ってはならない何かに会っている感覚がある。
「妖怪、なの…?」
感覚の正体を確かめたくて、口は自然と尋ねていた。
すると彼女の唇も動いて、
「私は茜」
と名乗る。容貌だけでなく口調も人形のようで、感情に乏しい。
そんな茜を見やって、真緒は「それだけ?」と拍子抜けした声を漏らした。
「自己紹介なんだから、もっと何か言おうよ、趣味とか、俺との関係とかさ」
「彼女は私が妖怪であることを認識している。それで十分」
茜は彼にも淡々と返事をした。
相手が京香だから無表情だったのではなく、元来こういう対応をする性格のようだ。
彼女は右目を京香に向けたまま、静々と近づいてくる。京香が何か言う間もなく、左手を掴まれてしまう。
そしてされるがままに、ブレスレットのようなものをはめられた。装飾は橙色の玉が埋め込まれているだけの、いたってシンプルなものである。
「…これは?」
「私の妖力を玉にこめた妖具。これであなたの妖力を抑えつける。外さないで」
「ようりょくって…?」
「妖力は妖怪の持つ力。制御は簡単。だけど、本人の自覚がなければ操れるものも操れない。あなたの妖力はかなり強い。他の妖怪が怖がる程に」
怖がる、と聞いて、京香は目を瞠った。
直後に記憶から様々な声が頭にこだまする。「こわいこわい」「逃げよう逃げよう」と、妖怪たちの怯える声。
「ねえ…まるで私が、妖怪を怖がらせる妖怪みたいな言い方をしているけれど……」
尋ねる唇は冷たく震えていた。
自分が気づかぬうちに、自分に異変が起こっている。そんな予感がして、京香はぎゅっと腕越しに身体を抱きしめた。
茜はちら、と後ろの真緒に目線を送る。彼は頷いて歩み寄り、京香の目の前に二人が並んだ。
「逢坂さん、落ち着いて聞いてね——俺たちは検非違使部。茜は俺の友だちであり、君を守りたいと思っている仲間だ」
守るという強い言葉は、京香の不安を少し和らげた。
けれども急に平安時代の警察機構の名が出てきて首は傾く。非違、つまり法に背いた行いを検察するための役人という意味だ。
不意に鏡の奥から気配がして、店の暖簾を潜るような調子で真緒が現れる。
さらに彼に続いて、もう一つの影が出てきた。
彼の隣に並び立ったその人を見て、京香はぐっと眼を拡張させる。
それほど、異質な風貌をしていたのだ。
上質な糸のように一本一本サラサラとした髪は金の色。
風情を感じさせる着物は紅梅色に白梅の柄をあしらい、ショートカットの金髪でありながら、よく調和して大和撫子の文字を浮かばせる。
顔立ちの印象は二十代半ば程。
人形のように端正に整った容貌の女性だ。宝石の如き碧眼は、じっと京香を捉えている。
だが——それは右目だけ。
もう片方の目は、細かな光の粒を携えた、透き通った黄色で埋まっている。黄みがかった瞳、なんてものではなく、瞳全体が同じ色なのだ。まるで、ガラスの玉を目の代わりに埋め込んでいるように。
その輝きは美しい。けれども、禍々しい。
動きや感情を映さない左目は、京香に言いようもない緊張感をもたらした。会ってはならない何かに会っている感覚がある。
「妖怪、なの…?」
感覚の正体を確かめたくて、口は自然と尋ねていた。
すると彼女の唇も動いて、
「私は茜」
と名乗る。容貌だけでなく口調も人形のようで、感情に乏しい。
そんな茜を見やって、真緒は「それだけ?」と拍子抜けした声を漏らした。
「自己紹介なんだから、もっと何か言おうよ、趣味とか、俺との関係とかさ」
「彼女は私が妖怪であることを認識している。それで十分」
茜は彼にも淡々と返事をした。
相手が京香だから無表情だったのではなく、元来こういう対応をする性格のようだ。
彼女は右目を京香に向けたまま、静々と近づいてくる。京香が何か言う間もなく、左手を掴まれてしまう。
そしてされるがままに、ブレスレットのようなものをはめられた。装飾は橙色の玉が埋め込まれているだけの、いたってシンプルなものである。
「…これは?」
「私の妖力を玉にこめた妖具。これであなたの妖力を抑えつける。外さないで」
「ようりょくって…?」
「妖力は妖怪の持つ力。制御は簡単。だけど、本人の自覚がなければ操れるものも操れない。あなたの妖力はかなり強い。他の妖怪が怖がる程に」
怖がる、と聞いて、京香は目を瞠った。
直後に記憶から様々な声が頭にこだまする。「こわいこわい」「逃げよう逃げよう」と、妖怪たちの怯える声。
「ねえ…まるで私が、妖怪を怖がらせる妖怪みたいな言い方をしているけれど……」
尋ねる唇は冷たく震えていた。
自分が気づかぬうちに、自分に異変が起こっている。そんな予感がして、京香はぎゅっと腕越しに身体を抱きしめた。
茜はちら、と後ろの真緒に目線を送る。彼は頷いて歩み寄り、京香の目の前に二人が並んだ。
「逢坂さん、落ち着いて聞いてね——俺たちは検非違使部。茜は俺の友だちであり、君を守りたいと思っている仲間だ」
守るという強い言葉は、京香の不安を少し和らげた。
けれども急に平安時代の警察機構の名が出てきて首は傾く。非違、つまり法に背いた行いを検察するための役人という意味だ。
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