華とケモノ

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華とケモノ

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 金城 樹里はこの世に生を受けてまだ7年ほどしか経っていないが、そうとは思えないほどに聡明な少女であった。

 いくら先代の当主である惣左衛門に甘やかされているとはいえ、もうすぐで結婚8年目の記念日を迎える父と母に溺愛されているとはいえ、親戚という親戚から日々ご機嫌伺いをたてられているとはいえ、樹里はそれに甘えすぎることなく育ったのだ。

 父と母には大きな秘密があることを知ったのは樹里が6つの時だ。
 それは樹里がそれまでの数年をかけて築いてきた弟妹溺愛計画が潰れた年でもある。
 年の離れた妹がいつできてもいいように4つの時、樹里は父にドールハウスとドール人形をねだった。

 5つの時には弟が元気に走り回れるよう、海外に別荘を建ててもらった。それは金城家で走り回ればすぐに母から怒られてしまう樹里が導き出した、その時の最良の答えだったのだ。

 6つの時にねだればいつかは弟妹ができるだろうと樹里は安易に考えていた。
 それは仲睦まじい夫婦にはいつかコウノトリが赤児を運んできてくれると信じていたからだった。父と母は愛しあっているし、何より姉になる自分がこんなにも準備を整えているのだから何も心配することはないだろうと。

 だがそんな樹里の子どもらしい望みは儚く散った。
 両親は幼い樹里には隠せているつもりでいたのだろうが、彼女は見て、聞いてしまったのだ――2人の秘密の会話を。

 そこで初めて2人が番ではないことを知った。
 けれどアルファとしての教育を早々に受けさせられている樹里からしてみればそれは不思議なことだった。
 母の、樹の首元には確かに噛み跡があるのだ。それこそが番持ちの証なのだと家庭教師に習ったばかり。

 だとすれば……と幼い樹里は聡明にも、母が他のアルファと番ったのではないかとも考えた。そしてすぐさまその考えをかき消した。
 娘の樹里から見ても両親は愛し合っていたし、何より父は母を溺愛していた。
 そんな父が他のアルファに母を譲ることなどあるのだろうか?――樹里は余計にわからなくなった。


 それでも樹里は優しい両親と溺愛が過ぎる祖父に囲まれて幸せだった。


 ある日、両親と出かけたショッピングモールで母にソックリな斎と出会った。そして樹里には『いっくん』という優しいお兄さんのお友達まで出来た。同年代でも友人と呼べる相手が居なかった彼女にとって彼は特別な相手となるのにそう時間はかからなかった。

 そんな樹里にとって斎がもっともっと『特別』になった日がある。それはもう無理だと完全に諦めていた弟妹ができると父に聞かされた時のことだった。
 斎と出会ってから両親は変わった。以前よりも幸せそうに笑うようになったのだ。だから弟妹のことも、もしかしたら斎の行動が何か絡んでいるのではないかと樹里は踏んでいる。
 
『いっくん』なら――と。
 

 弟と妹が一人ずつ、二人ともまだ頬がふにゃんとしていてドール遊びも、別荘で犬と共に走り回ることもできないが、樹里の思い描いた弟妹溺愛計画が執行される日ももうすぐそこまで迫っている。

 あの夜に耳に挟んだことはなんだったのかと疑問も残るものの、バラ色の人生とはこのことを言うのかと子どもながらに樹里は幸せを噛み締めた。

 ……だが1つだけ樹里には気に入らないことがある。それは斎の隣にいつも勇樹が居ることだった。

 初めて会ったその日から、樹里はその男を好きにはなれなかった。

 多分、大好きないっくんを独り占めしようとしているからだろうと冷静な樹里は自分の感情を分析する。
 だが分析出来たからといってどうすることも出来ないのもまた事実。

「いっくん、ゆうきなんて放っておいて樹里と遊びましょう?」
「樹の娘だからって斎を独占させるわけにはいかない。なんたって斎は俺の妻だからな」
「ゆうきが何言ってるのか、樹里、難しくてわかんない」
「な!」
「そうだね、樹里ちゃん。今日は何して遊ぼうか?」
「樹里、勇樹をいじめちゃダメだよ?」
「はぁい!」


 金城 樹里は聡明な少女である。
 そして金城の名を持つだけあって、幼くとも立派で有能なアルファでもある。

 だから本当は気づいているのだ。
 自分の本当の父親が誰なのか、ということを。
 けれど樹里は分からないフリをして、己までも欺いてみせる。

 なぜなら今が彼女にとって、そして大事な彼らにとって一番幸せな時間だから。

 樹里は金城家自慢の庭を駆け回る。

 華のように美しく、そしてケモノのように貪欲な少女はきっと大成し、望んだもの全てを手にすることだろう。
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