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「さっきもサラッと言ったが、ダリュカが旅に出た五日後、家に王子と城の使用人達がやってきた。王子を孕ませたのがダリュカだと判明したため、報奨金を渡しにきたという建前で、本当は結婚と番の申し込みに来たんだ。日数がかかったのはダリュカ本人の申告がなかったことと、王子がダリュカの名前を知らなかったため、照合の完了や許可が降りるまでに時間がかかってしまったかららしい」
「後でなら何とでも言い訳が出来る。おおかた、親が片方しかいなかったら王族として体裁が悪いとか言われたんだろ」
「お前が二日間一緒に過ごしてきた彼をどう思っているのかは知らないが、王子の主張としてはあの日、別れた後にダリュカが職員に伝えることですぐに会えると思っていたようだ。そこで正式に婚姻を申し込むつもりだったと。旅に出て、いつ帰って来るのか分からないと伝えた時はこの世の終わりのように絶望していた。それでも妊娠が分かれば、子どもが生まれれば、帰って来る場所さえ残っていればと王子はダリュカを待ち続けた。お前が言うようにセックス依存症だとか、親がいなければというのなら、もうとっくに王家が他の男を用意しているだろう。王子はお前が良かったから、お前じゃなきゃダメだから待っていたんだ」
「俺が受け入れるかもわからないのに?」
「分からないから必死で巣の中をお前の好きなもので満たそうとしたんだろ」

 巣、か。
 確かに二人で過ごしたあの図書館はすっかり変わっていた。きっと彼なりにダリュカの好きなものを集めたのだろう。たった二日しかない思い出を何度も巡って――ダリュカも同じだ。少年の勧めてくれた本の中に何度も彼を見た。

「といっても俺達ウサギ獣人と人間じゃ感覚が違いすぎる。だから正直俺はダリュカがイヤなら断ってもいいと思っている。無理に受けて得する話でもない。だが断るなら、ちゃんと向き合って、目を見て断れ。それが相手への誠意ってやつだろ」
「王子はまだ、待っていてくれると思うか?」
「ダリュカが金を返すまでは関係が残ってるって言ったんだから、あの中で待っているだろうな。もし今月来なくても、来月、その次もずっと来るまで待ってるよ」
「キルシュカ、迷惑かけて悪かったな」
「村を一緒に出た時からとことん世話するって決めてんだ。このくらい迷惑にもならねえよ」

 ウサギ獣人は一度懐に入れたら最後、とことん愛を注ぐ種族である。
 キルシュカが親愛をくれたように、ダリュカも自分の気持ちと向き合う時が来たようだ。

「……ちょっと行ってくる」
「気をつけていけよ」

 キルシュカに見送られ、城へと向かう。
 門番には事情を話す間もなく、すぐに「ダリュカさんですね」と中に入れてくれた。人間にとって、頭の上でぴょこぴょこと動く耳は相手を見分けるための特徴の一つに捕らえられているらしい。

 王子は図書館にいると伝えられ、案内人さえつけられることはなかった。城の警備として不用心すぎやしないかと思うが、そんなことをわざわざ伝えてやる時間はない。一刻も早く彼と会いたかった。

 ダリュカは耳をひょこひょこと動かしながら、あの場所へ、彼がダリュカのために作ってくれた巣穴を目指した。大きなドアをコンコンコンと三度ノックする。応答はない。だが「ダリュカだ。開けてくれ」とドアの向こうに話しかけるとすぐにキイッと小さな音を立ててドアが開いた。

「ウサギさん?」
「久しぶりだな。借りていた金を返しにきた」
「……中に入ってください」
「ああ」

 暗い顔をした少年に奥へと通され、進んでいく。今度は腕に巻き付いてくることもなければ、メスの香りをさせることもない。

 もう、ダリュカに興味がなくなったのかもしれない。
 だが数週間前に彼を突き放したのはダリュカだ。もう一度取引に応じてくれる確証はない。勢いのままやってきたダリュカだが、断られたら彼に教えてもらった本で一人分の巣をつくって閉じこもってしまいそうだ。

 情けないが、ダリュカは自分に自信は持てなかった。
 グルグルと考えていると、彼は「ここで待っていてください」ととある部屋へと案内してくれた。それはあの日、二人で食事をし、眠った部屋だった。

「今、数えますので」
 紙幣と硬貨を一つ一つ慎重に数えていく指は白く、か細い。身体だって線が細いままで、とても五人も子どもを産んだとは思えない。草食のウサギでも簡単に食いちぎれてしまいそうだ。うなじに噛みつきたくなる衝動を必死で我慢しながら、部屋を見渡した。

「ここはあの日のままなんだな」
「変えてしまいたくなかったから。でももう改装する予定で、来週には業者が入ることになっています」

 そうか、もう彼の中では終わったのか。
 せめて一週間、旅に出るのを遅らせていればと後悔したところでもう遅い。
 悔しさと悲しさと、それ以外の言葉では言い表せない感情が沸々と湧き上がる。それでも、キルシュカから聞いた話を知らなければ良かったとは思えない。

「なぁ少年、本好きのウサギが番を探しているんだが、誰かいい相手を知らないか?」
「それを、私に聞きますか」

 少年が顔を歪めるのも無理はない。ダリュカはわざと前に進もうとする少年に少しでも傷痕を付けようとしているのだから。

 なにせダリュカには貯蓄だってほとんどなければ、定職にもついていない。好きな本でせっせと自分好みな巣をつくることが生きがいの、どこにでもいそうなただのウサギである。今さらもう一度考えて欲しいなんて言う勇気など出なかった。

 せめて前歯で小さく噛んで傷を作るくらいのことしか出来ないのだ。
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