上 下
10 / 15

10.

しおりを挟む
「大丈夫だったか?」
「ああ」
「よりにもよってなんでダリュカに王子を孕ませたかなんて聞くんだろうな?  ほぼほぼ図書館にこもっていたのは知ってるだろうに」
「もしかして本好きはこの二日間、一度も風呂に入ってないのか?」
「言われてみればそうだな」
「じゃあ獣臭いってことだろ。俺らは同族だからあんま気にならねえけど、種族が違う時になるのかもな~。帰ったら速攻で風呂入れよ」

 臭い、か。胸元を掴んでクンクンと鼻を動かしたが、特段気になる匂いではない。ただダリュカの血には獣が混じっているので、多種族と比べて少しばかり体臭が強いのだ。
 同じ獣人同士なら気にしないどころか、むしろ体臭が強い=より濃い血を引いているということで人気だったりするが人間相手なら話は別だ。

 少年にも不快な思いをさせていたかもしれない。そう思うと気分が落ち込んでいく。

「そうする……」
「そんなに落ち込むなよ。普通、人間でも一日、二日入らなかったところでそんな気にしないって。ただあそこは城で、キレイ好きな奴が多いだけだから」
 キルシュカは励ましてくれるが、気にしないなんて無理だった。ダリュカの中だけでも綺麗だった思い出がすでに薄汚れているようで、やっぱりあの話に乗るんじゃなかったと後悔ばかりが胸を占める。


「……俺、明日からちょっと留守にするから」
 顔色の優れないダリュカがいきなりそんなことを言い出したためか、キルシュカはいよいよどこか悪いんじゃないかと心配しだす。
「家に帰りたくないなら、しばらくうちに来るか?  狭いけど、でも一人で何か考えるより誰かいた方がいいだろ」
「読みたい本があるんだ」
「ダリュカ。お前、今、村出る前みたいな顔してるぞ」
「どうしても読まなきゃならないんだ」
「……思い詰めるなよ。あと定期的に手紙送れ」

 キルシュカは優しい奴だ。村から出て行くダリュカを心配して、今までだって何度も気分転換に連れ出してくれた。今回だってずっと前にダリュカが王宮図書館に行ってみたいと零していたのを覚えていたからだろう。キルシュカはそういう奴なのだ。

 必ず手紙を送ると約束して、翌日の朝に旅に出た。
 彼に教えてもらった本を集める旅だ。風呂に入ってから目を通したタイトルは全部で128冊もあった。集めるだけでも一苦労だろう。だがそれくらいがちょうどいい。全て読み終わる頃にはこの小さな恋も諦められるから。



 それからダリュカはいろんな場所へ行った。
 真っ先に王都の書店に行ったりせず、その舞台になった場所や興味のある場所を巡りながら少しずつ集めて行くのだ。

 約束通り、定期的に手紙を出し、珍しいものがあればキルシュカへの土産として購入した。土産は多くなった本と一緒に送る。家に置いておいてくれとメモを付けたので、多分文句を言いながらも換気がてら運んでおいてくれることだろう。

 キルシュカには迷惑をかけてばかりだ。
 本を買う以外にも旅先の祭りや観光地なんかも巡っているため、お金はわりとすぐになくなった。なくなる度に日雇いで稼いでいると、王子が懐妊したというニュースを耳に挟んだ。新聞を買ってみたが、結婚や番ができたという情報はなく、あくまで妊娠したという話だけ。

 あの時の行為で無事孕んでくれたらしい。
 彼の決心は無駄にはならなかったのだ。良かったと胸を撫で下ろして、また次の場所へと移る。

 面白い本や好みではなかった本、読んだことある本も全て集めてメモに感想を記していった。さすがに手持ちの分だけで足りずに買い足して、財布とメモ帳だけは必ず身体に身につけて眠った。

 全ての本を揃え終わったのは家を出てから二年が経った頃。
 さすがに家を長く開け過ぎたとダリュカも反省していた。この二年間、手紙やらなんやらを一方的に送りつけるだけだったので、キルシュカも怒っているかもしれない。真っ先に謝りに向かうと、彼の家へと向かった。

「キルシュカ~、キルシュカ~いるか~」
 ドンドンドンとドアを叩けば、中からドドドと駆けてくる音がする。慌ててドアから離れれば、壊れるんじゃないかという勢いで開け放たれた。
「いるかじゃない!  いくらなんでも遅すぎるだろ!」
「悪い。最後の一冊がなかなか見つからなくてな」
「それに何冊送ってくんだよ。多いわ!」
「それは……悪かった」

 予想通り、キルシュカは怒っていた。
 心配してくれていたというのもあるのだろう。ここは素直に謝っておかねばなるまい。深く頭を下げれば、キルシュカははぁ~っと長いため息をこぼした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【BL】こんな恋、したくなかった

のらねことすていぬ
BL
【貴族×貴族。明るい人気者×暗め引っ込み思案。】  人付き合いの苦手なルース(受け)は、貴族学校に居た頃からずっと人気者のギルバート(攻め)に恋をしていた。だけど彼はきらきらと輝く人気者で、この恋心はそっと己の中で葬り去るつもりだった。  ある日、彼が成り上がりの令嬢に恋をしていると聞く。苦しい気持ちを抑えつつ、二人の恋を応援しようとするルースだが……。 ※ご都合主義、ハッピーエンド

手切れ金

のらねことすていぬ
BL
貧乏貴族の息子、ジゼルはある日恋人であるアルバートに振られてしまう。手切れ金を渡されて完全に捨てられたと思っていたが、なぜかアルバートは彼のもとを再び訪れてきて……。 貴族×貧乏貴族

【BL】声にできない恋

のらねことすていぬ
BL
<年上アルファ×オメガ> オメガの浅葱(あさぎ)は、アルファである樋沼(ひぬま)の番で共に暮らしている。だけどそれは決して彼に愛されているからではなくて、彼の前の恋人を忘れるために番ったのだ。だけど浅葱は樋沼を好きになってしまっていて……。不器用な両片想いのお話。

王と正妃~アルファの夫に恋がしてみたいと言われたので、初恋をやり直してみることにした~

仁茂田もに
BL
「恋がしてみたいんだが」 アルファの夫から突然そう告げられたオメガのアレクシスはただひたすら困惑していた。 政略結婚して三十年近く――夫夫として関係を持って二十年以上が経つ。 その間、自分たちは国王と正妃として正しく義務を果たしてきた。 しかし、そこに必要以上の感情は含まれなかったはずだ。 何も期待せず、ただ妃としての役割を全うしようと思っていたアレクシスだったが、国王エドワードはその発言以来急激に距離を詰めてきて――。 一度、決定的にすれ違ってしまったふたりが二十年以上経って初恋をやり直そうとする話です。 昔若気の至りでやらかした王様×王様の昔のやらかしを別に怒ってない正妃(男)

薬師は語る、その・・・

香野ジャスミン
BL
微かに香る薬草の匂い、息が乱れ、体の奥が熱くなる。人は死が近づくとこのようになるのだと、頭のどこかで理解しそのまま、身体の力は抜け、もう、なにもできなくなっていました。 目を閉じ、かすかに聞こえる兄の声、母の声、 そして多くの民の怒号。 最後に映るものが美しいものであったなら、最後に聞こえるものが、心を動かす音ならば・・・ 私の人生は幸せだったのかもしれません。※「ムーンライトノベルズ」で公開中

恋のキューピットは歪な愛に招かれる

春於
BL
〈あらすじ〉 ベータの美坂秀斗は、アルファである両親と親友が運命の番に出会った瞬間を目の当たりにしたことで心に深い傷を負った。 それも親友の相手は自分を慕ってくれていた後輩だったこともあり、それからは二人から逃げ、自分の心の傷から目を逸らすように生きてきた。 そして三十路になった今、このまま誰とも恋をせずに死ぬのだろうと思っていたところにかつての親友と遭遇してしまう。 〈キャラクター設定〉 美坂(松雪) 秀斗 ・ベータ ・30歳 ・会社員(総合商社勤務) ・物静かで穏やか ・仲良くなるまで時間がかかるが、心を許すと依存気味になる ・自分に自信がなく、消極的 ・アルファ×アルファの政略結婚をした両親の元に生まれた一人っ子 ・両親が目の前で運命の番を見つけ、自分を捨てたことがトラウマになっている 養父と正式に養子縁組を結ぶまでは松雪姓だった ・行方をくらますために一時期留学していたのもあり、語学が堪能 二見 蒼 ・アルファ ・30歳 ・御曹司(二見不動産) ・明るくて面倒見が良い ・一途 ・独占欲が強い ・中学3年生のときに不登校気味で1人でいる秀斗を気遣って接しているうちに好きになっていく ・元々家業を継ぐために学んでいたために優秀だったが、秀斗を迎え入れるために誰からも文句を言われぬように会社を繁栄させようと邁進してる ・日向のことは家族としての好意を持っており、光希のこともちゃんと愛している ・運命の番(日向)に出会ったときは本能によって心が惹かれるのを感じたが、秀斗の姿がないのに気づくと同時に日向に向けていた熱はすぐさま消え去った 二見(筒井) 日向 ・オメガ ・28歳 ・フリーランスのSE(今は育児休業中) ・人懐っこくて甘え上手 ・猪突猛進なところがある ・感情豊かで少し気分の浮き沈みが激しい ・高校一年生のときに困っている自分に声をかけてくれた秀斗に一目惚れし、絶対に秀斗と結婚すると決めていた ・秀斗を迎え入れるために早めに子どもをつくろうと蒼と相談していたため、会社には勤めずにフリーランスとして仕事をしている ・蒼のことは家族としての好意を持っており、光希のこともちゃんと愛している ・運命の番(蒼)に出会ったときは本能によって心が惹かれるのを感じたが、秀斗の姿がないのに気づいた瞬間に絶望をして一時期病んでた ※他サイトにも掲載しています  ビーボーイ創作BL大賞3に応募していた作品です

謎の死を遂げる予定の我儘悪役令息ですが、義兄が離してくれません

柴傘
BL
ミーシャ・ルリアン、4歳。 父が連れてきた僕の義兄になる人を見た瞬間、突然前世の記憶を思い出した。 あれ、僕ってばBL小説の悪役令息じゃない? 前世での愛読書だったBL小説の悪役令息であるミーシャは、義兄である主人公を出会った頃から蛇蝎のように嫌いイジメを繰り返し最終的には謎の死を遂げる。 そんなの絶対に嫌だ!そう思ったけれど、なぜか僕は理性が非常によわよわで直ぐにキレてしまう困った体質だった。 「おまえもクビ!おまえもだ!あしたから顔をみせるなー!」 今日も今日とて理不尽な理由で使用人を解雇しまくり。けれどそんな僕を見ても、主人公はずっとニコニコしている。 「おはようミーシャ、今日も元気だね」 あまつさえ僕を抱き上げ頬擦りして、可愛い可愛いと連呼する。あれれ?お兄様、全然キャラ違くない? 義弟が色々な意味で可愛くて仕方ない溺愛執着攻め×怒りの沸点ド底辺理性よわよわショタ受け 9/2以降不定期更新

【完結済】転移者を助けたら(物理的にも)身動きが取れなくなった件について。

キノア9g
BL
完結済 主人公受。異世界転移者サラリーマン×ウサギ獣人。 エロなし。プロローグ、エンディングを含め全10話。 ある日、ウサギ獣人の冒険者ラビエルは、森の中で倒れていた異世界からの転移者・直樹を助けたことをきっかけに、予想外の運命に巻き込まれてしまう。亡き愛兎「チャッピー」と自分を重ねてくる直樹に戸惑いつつも、ラビエルは彼の一途で不器用な優しさに次第に心惹かれていく。異世界の知識を駆使して王国を発展させる直樹と、彼を支えるラビエルの甘くも切ない日常が繰り広げられる――。優しさと愛が交差する異世界ラブストーリー、ここに開幕!

処理中です...