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「大丈夫だったか?」
「ああ」
「よりにもよってなんでダリュカに王子を孕ませたかなんて聞くんだろうな? ほぼほぼ図書館にこもっていたのは知ってるだろうに」
「もしかして本好きはこの二日間、一度も風呂に入ってないのか?」
「言われてみればそうだな」
「じゃあ獣臭いってことだろ。俺らは同族だからあんま気にならねえけど、種族が違う時になるのかもな~。帰ったら速攻で風呂入れよ」
臭い、か。胸元を掴んでクンクンと鼻を動かしたが、特段気になる匂いではない。ただダリュカの血には獣が混じっているので、多種族と比べて少しばかり体臭が強いのだ。
同じ獣人同士なら気にしないどころか、むしろ体臭が強い=より濃い血を引いているということで人気だったりするが人間相手なら話は別だ。
少年にも不快な思いをさせていたかもしれない。そう思うと気分が落ち込んでいく。
「そうする……」
「そんなに落ち込むなよ。普通、人間でも一日、二日入らなかったところでそんな気にしないって。ただあそこは城で、キレイ好きな奴が多いだけだから」
キルシュカは励ましてくれるが、気にしないなんて無理だった。ダリュカの中だけでも綺麗だった思い出がすでに薄汚れているようで、やっぱりあの話に乗るんじゃなかったと後悔ばかりが胸を占める。
「……俺、明日からちょっと留守にするから」
顔色の優れないダリュカがいきなりそんなことを言い出したためか、キルシュカはいよいよどこか悪いんじゃないかと心配しだす。
「家に帰りたくないなら、しばらくうちに来るか? 狭いけど、でも一人で何か考えるより誰かいた方がいいだろ」
「読みたい本があるんだ」
「ダリュカ。お前、今、村出る前みたいな顔してるぞ」
「どうしても読まなきゃならないんだ」
「……思い詰めるなよ。あと定期的に手紙送れ」
キルシュカは優しい奴だ。村から出て行くダリュカを心配して、今までだって何度も気分転換に連れ出してくれた。今回だってずっと前にダリュカが王宮図書館に行ってみたいと零していたのを覚えていたからだろう。キルシュカはそういう奴なのだ。
必ず手紙を送ると約束して、翌日の朝に旅に出た。
彼に教えてもらった本を集める旅だ。風呂に入ってから目を通したタイトルは全部で128冊もあった。集めるだけでも一苦労だろう。だがそれくらいがちょうどいい。全て読み終わる頃にはこの小さな恋も諦められるから。
それからダリュカはいろんな場所へ行った。
真っ先に王都の書店に行ったりせず、その舞台になった場所や興味のある場所を巡りながら少しずつ集めて行くのだ。
約束通り、定期的に手紙を出し、珍しいものがあればキルシュカへの土産として購入した。土産は多くなった本と一緒に送る。家に置いておいてくれとメモを付けたので、多分文句を言いながらも換気がてら運んでおいてくれることだろう。
キルシュカには迷惑をかけてばかりだ。
本を買う以外にも旅先の祭りや観光地なんかも巡っているため、お金はわりとすぐになくなった。なくなる度に日雇いで稼いでいると、王子が懐妊したというニュースを耳に挟んだ。新聞を買ってみたが、結婚や番ができたという情報はなく、あくまで妊娠したという話だけ。
あの時の行為で無事孕んでくれたらしい。
彼の決心は無駄にはならなかったのだ。良かったと胸を撫で下ろして、また次の場所へと移る。
面白い本や好みではなかった本、読んだことある本も全て集めてメモに感想を記していった。さすがに手持ちの分だけで足りずに買い足して、財布とメモ帳だけは必ず身体に身につけて眠った。
全ての本を揃え終わったのは家を出てから二年が経った頃。
さすがに家を長く開け過ぎたとダリュカも反省していた。この二年間、手紙やらなんやらを一方的に送りつけるだけだったので、キルシュカも怒っているかもしれない。真っ先に謝りに向かうと、彼の家へと向かった。
「キルシュカ~、キルシュカ~いるか~」
ドンドンドンとドアを叩けば、中からドドドと駆けてくる音がする。慌ててドアから離れれば、壊れるんじゃないかという勢いで開け放たれた。
「いるかじゃない! いくらなんでも遅すぎるだろ!」
「悪い。最後の一冊がなかなか見つからなくてな」
「それに何冊送ってくんだよ。多いわ!」
「それは……悪かった」
予想通り、キルシュカは怒っていた。
心配してくれていたというのもあるのだろう。ここは素直に謝っておかねばなるまい。深く頭を下げれば、キルシュカははぁ~っと長いため息をこぼした。
「ああ」
「よりにもよってなんでダリュカに王子を孕ませたかなんて聞くんだろうな? ほぼほぼ図書館にこもっていたのは知ってるだろうに」
「もしかして本好きはこの二日間、一度も風呂に入ってないのか?」
「言われてみればそうだな」
「じゃあ獣臭いってことだろ。俺らは同族だからあんま気にならねえけど、種族が違う時になるのかもな~。帰ったら速攻で風呂入れよ」
臭い、か。胸元を掴んでクンクンと鼻を動かしたが、特段気になる匂いではない。ただダリュカの血には獣が混じっているので、多種族と比べて少しばかり体臭が強いのだ。
同じ獣人同士なら気にしないどころか、むしろ体臭が強い=より濃い血を引いているということで人気だったりするが人間相手なら話は別だ。
少年にも不快な思いをさせていたかもしれない。そう思うと気分が落ち込んでいく。
「そうする……」
「そんなに落ち込むなよ。普通、人間でも一日、二日入らなかったところでそんな気にしないって。ただあそこは城で、キレイ好きな奴が多いだけだから」
キルシュカは励ましてくれるが、気にしないなんて無理だった。ダリュカの中だけでも綺麗だった思い出がすでに薄汚れているようで、やっぱりあの話に乗るんじゃなかったと後悔ばかりが胸を占める。
「……俺、明日からちょっと留守にするから」
顔色の優れないダリュカがいきなりそんなことを言い出したためか、キルシュカはいよいよどこか悪いんじゃないかと心配しだす。
「家に帰りたくないなら、しばらくうちに来るか? 狭いけど、でも一人で何か考えるより誰かいた方がいいだろ」
「読みたい本があるんだ」
「ダリュカ。お前、今、村出る前みたいな顔してるぞ」
「どうしても読まなきゃならないんだ」
「……思い詰めるなよ。あと定期的に手紙送れ」
キルシュカは優しい奴だ。村から出て行くダリュカを心配して、今までだって何度も気分転換に連れ出してくれた。今回だってずっと前にダリュカが王宮図書館に行ってみたいと零していたのを覚えていたからだろう。キルシュカはそういう奴なのだ。
必ず手紙を送ると約束して、翌日の朝に旅に出た。
彼に教えてもらった本を集める旅だ。風呂に入ってから目を通したタイトルは全部で128冊もあった。集めるだけでも一苦労だろう。だがそれくらいがちょうどいい。全て読み終わる頃にはこの小さな恋も諦められるから。
それからダリュカはいろんな場所へ行った。
真っ先に王都の書店に行ったりせず、その舞台になった場所や興味のある場所を巡りながら少しずつ集めて行くのだ。
約束通り、定期的に手紙を出し、珍しいものがあればキルシュカへの土産として購入した。土産は多くなった本と一緒に送る。家に置いておいてくれとメモを付けたので、多分文句を言いながらも換気がてら運んでおいてくれることだろう。
キルシュカには迷惑をかけてばかりだ。
本を買う以外にも旅先の祭りや観光地なんかも巡っているため、お金はわりとすぐになくなった。なくなる度に日雇いで稼いでいると、王子が懐妊したというニュースを耳に挟んだ。新聞を買ってみたが、結婚や番ができたという情報はなく、あくまで妊娠したという話だけ。
あの時の行為で無事孕んでくれたらしい。
彼の決心は無駄にはならなかったのだ。良かったと胸を撫で下ろして、また次の場所へと移る。
面白い本や好みではなかった本、読んだことある本も全て集めてメモに感想を記していった。さすがに手持ちの分だけで足りずに買い足して、財布とメモ帳だけは必ず身体に身につけて眠った。
全ての本を揃え終わったのは家を出てから二年が経った頃。
さすがに家を長く開け過ぎたとダリュカも反省していた。この二年間、手紙やらなんやらを一方的に送りつけるだけだったので、キルシュカも怒っているかもしれない。真っ先に謝りに向かうと、彼の家へと向かった。
「キルシュカ~、キルシュカ~いるか~」
ドンドンドンとドアを叩けば、中からドドドと駆けてくる音がする。慌ててドアから離れれば、壊れるんじゃないかという勢いで開け放たれた。
「いるかじゃない! いくらなんでも遅すぎるだろ!」
「悪い。最後の一冊がなかなか見つからなくてな」
「それに何冊送ってくんだよ。多いわ!」
「それは……悪かった」
予想通り、キルシュカは怒っていた。
心配してくれていたというのもあるのだろう。ここは素直に謝っておかねばなるまい。深く頭を下げれば、キルシュカははぁ~っと長いため息をこぼした。
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