姉の身代わりになりまして

斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中

文字の大きさ
上 下
26 / 28

26.

しおりを挟む
 これでおしまい。
 レッドとフランシスカと共に屋敷に帰り、それぞれの服を取り替える。
 そうすれば明日からは元の日常へと戻る――はずだった。


「ずっと怯えて……怖かっただろう」
 舞台からアイリーンが降りるとすぐにウィリアム王子はジャックの元へとやってくる。そしてジャックの頬へと手を伸ばした。

 正直、今のジャックにとっての一番の恐怖対象は『ウィリアム』その人である。
 自分を殺そうとした『アイリーン』ではない。おそらく彼女のことをこれから先の人生で忘れることはないだろう。けれどそれは恐怖の対象としてではなく、一人の愚かな女として。すでにアイリーンへの恐怖はウィリアムへの恐怖に上塗りされてしまっている。けれどまだ『フランシスカ』であるジャックには彼を拒絶する権利がない。

 もちろん護衛であるレッドにも、少し離れた場所からこちらを見つめるフランシスカにも、その行為に口を出す権利がない。

 けれどウィリアムはジャックが未だアイリーンに怯えているのだと勘違いしているらしい。カタカタと震えるジャックを全身で包み込むように抱きしめた。

「ああ、震えてしまって……可哀想に。もっと早く私が気づくべきだった」
 耳のすぐそばで発せられる怒気を孕んだ低い声にジャックの胸は鼓動を早くする。
 もちろん彼の声に興奮したのではない。それが自分に向けられた怒りではないと分かっていながら、恐怖しているのだ。

 顔なんて見られる訳がない。
 そこまで強い力で拘束されている訳ではなく、あくまで包み込む程度。けれど今のジャックは自ら動くことすら許されてはいない。まるで蛇に睨まれた蛙だ。睨まれてはいないし、おそらくウィリアムが『フランシスカ』を睨むなんてあり得ないのだろうが。


 早く解放して。


 心の底でそう願ったジャックだったが、カタカタと震える彼の意思とは反対に、ウィリアムはひょいっと『フランシスカ』を横抱きにした。驚く周りの目など気にせずに、彼はツカツカと足を進める。まるで川の水が割れたかのように生徒達は王子の進む道を作っていく。

 え、私どうなるの?
 不安で顔を歪めるジャックを心配して、固まっていたフランシスカはウィリアムの進行を阻もうと前に立つ。


 さすがフランシスカ!
 暗闇に捕らわれそうになったジャックの視界に、一筋の光が落ちる。


「待ってください、王子。姉をどうするつもりですか?」
「フランシスカは未だに怯えているんだ。あの女の罪状が決まり、しかるべき対処がなされるまで婚約者である私が彼女を守る。だから安心してくれ」
「それは弟である私が!」
「君の屋敷の警備が城に勝っていると?」
「いえ、そんなことは……」
「ならお姉さんは任せてくれるな?」
「…………はい」

 けれど『公爵家の次男』という肩書は『王子』を前にしてあまりにも無力だった。

「安心しなさい。君のお姉さんは私が責任を持って守るから」
 その言葉を最後に、ウィリアムに声を投げかける人間などいなかった。

 王子所有の馬車付の御者でさえも声一つ発することはない。
 さすが王族に仕えるだけあって、しっかりと教育されている。空気を読む能力が非常に長けていることはジャックにとっては災難でしかないけれど。

 馬車に乗り込んでもなお、ジャックからウィリアムの手が離れることはない。
 腰をガッチリとホールドされた状態で王子の膝に乗せられているのだ。行き場を失くしていたジャックの手はウィリアム王子直々に彼の首元へ招待された。これではいちゃついているカップルのよう。

 もしもここで賊にでも襲われたら安定感のないジャックの身体は揺られてしまうし、王子の首はジャックの決して軽くはない体重を乗せた腕によって締めつけれらてしまうことだろう。危ないから降ろしてくれと言えたら良かったのだが、生憎とそれすら口にする勇気もない。

 出来ることと言えば、城についてからアイリーンの罪が裁かれるまで何もなく過ごせるように神に祈ることくらいだろう。

 けれどまた、あんなことをされたら……。
 ジャックはあの日のことを、自分の身体を好き勝手にいじられたことを想像して身を震わせる。

 思い出しただけで気持ちが悪い。
 けれどこんな状態のジャックがウィリアムの手を拒めるのかと聞かれればNOだ。

 だから小さく揺れる馬車の中、目を閉じて神に祈るしかないのだった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

手切れ金

のらねことすていぬ
BL
貧乏貴族の息子、ジゼルはある日恋人であるアルバートに振られてしまう。手切れ金を渡されて完全に捨てられたと思っていたが、なぜかアルバートは彼のもとを再び訪れてきて……。 貴族×貧乏貴族

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい

翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。 それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん? 「え、俺何か、犬になってない?」 豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。 ※どんどん年齢は上がっていきます。 ※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

成長を見守っていた王子様が結婚するので大人になったなとしみじみしていたら結婚相手が自分だった

みたこ
BL
年の離れた友人として接していた王子様となぜか結婚することになったおじさんの話です。

言い逃げしたら5年後捕まった件について。

なるせ
BL
 「ずっと、好きだよ。」 …長年ずっと一緒にいた幼馴染に告白をした。 もちろん、アイツがオレをそういう目で見てないのは百も承知だし、返事なんて求めてない。 ただ、これからはもう一緒にいないから…想いを伝えるぐらい、許してくれ。  そう思って告白したのが高校三年生の最後の登校日。……あれから5年経ったんだけど…  なんでアイツに馬乗りにされてるわけ!? ーーーーー 美形×平凡っていいですよね、、、、

処理中です...