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「いい? 屋敷を出たその瞬間から私は『ジャック』で、あなたは『フランシスカ』よ?」
「うん。私は大丈夫だけど、フランシスカは大丈夫?」
「何が?」
「その、何というかボロ、でないかな? って」
「そんな心配なんてしなくても大丈夫よ~」
「本当に?」
心配性ね~と手でパタパタと風を起こすフランシスカに、思わずジャックは心配になってしまう。なにせただでさえフランシスカとジャックでは性格がまるで違うのだ。前日に練習なり口裏合わせなりしておけば良かったとジャックは己の失敗に頭を抱える。けれどそんな弟の姿すらもフランシスカは軽く笑い飛ばした。
「半年以上家出してたシザー家の次男が帰ってきたら多少性格変わってました~ってことで通せばいいだけだから」
「隠すつもりなしなの!?」
あまりにも雑すぎる。
もしや大変なのは今日明日ではなく、入れ替わりを正した時、つまりはジャックがジャックに戻った時ではなかろうか?
多少男らしくなったと思われたくらいならばいいが、あまりかけ離れたイメージをつけられると厄介である。
「……あんまり目立たないでね?」
「目立たないと意味ないじゃない。それにそんなに心配しなくてもいいじゃない。ずっと一緒にいるんだから」
「確か休み明けに男子は実技のテストあるはずなんだけど……」
「あら? それなら任せてちょうだい。騎士団長のところの三男坊の泣き顔を拝ませてあげるから!」
騎士団長の三男坊と言えば、ジャックの友人だ。
知り合った経緯がフランシスカに虐められていたところを助けたからという何とも言えない出会いだが、大事な友人に変わりはない。例え、ジャックが『フランシスカ』として学園に通っていることには全く気付かない上、友人が謎の失踪を遂げているというのに心配さえしないような薄情ものだとしても…………。あれ? これは友人と言えるのだろうか? 共にお茶をしたご令嬢達の方がよっぽど友人と呼ぶにふさわしい相手ではなかろうか? ジャックは友人の薄情さに思わず思考モードに突入してしまう。
そしてついに出した結論がこれだ。
「……戻った後で困るほど目立つのは止めて。後、可哀想だからあんまり虐めないであげてね」
虐めるなというのは二の次で。多少痛い目にあわされたところでジャックは手助けなんてしてやるつもりはない。どうせ泣かされるといっても怪我をするようなことにはならないだろう。せいぜい目の前で高い運動能力を見せつけられて馬鹿にされる程度。今の彼女の身体能力がいかほどなのか、ジャックはよく知らない。けれど友人の彼のことなら知っている。彼は極度の上がり症で、かつ運動面におけるコンプレックスはジャック以上なのだ。ジャックは早々に諦めているが、彼には『騎士団長の息子』という大きすぎる看板と、優秀すぎる2人の兄がいる。学園に入学してもそのコンプレックスがなくなることはないだろう。そんな彼を、緊張感とは無縁なのだろうフランシスカなら易々と越えてしまうことだろう。残酷なほどに踏みつけられたとしても、薄情者め! って見守ることにしよう。それがジャックなりの可愛い復讐なのだ。
「いじめというか、あの犬っころの場合、喜びそうだけど。まぁいいわ。ほどほどにしておく。変に警戒されても困るし」
「そうして……」
喜びはしないだろう……。その上、犬呼ばわりとは……。
ツッコミどころはあるものの、ジャックが出来ることと言えば、フランシスカが『ジャック』を出来る限り本人に寄せて演じてくれることに期待をするしかないのだ。
――そして学園についた途端、ジャックは目を疑った。
「お久しぶりです。ウィリアム王子」
ついて早々、フランシスカもとい『ジャック』がウィリアム王子の元へと向かったからだ。少なくとも今までのジャックなら自ら王子に話しかけることなどない。もちろん逆もないが。
「君は?」
「ジャック=シザーです。いつも姉のフランシスカがお世話になっております」
「失踪していると聞いていたが?」
「少し事情がありまして、屋敷を出ておりましたがつい先日戻ってきたのです。身勝手な私を家族は優しく受け入れてくれまして。こうして本日より学園に通うことになりましたので、ご挨拶をと思いまして」
「そうか。学生同士、これから関わることも少なくはないだろう。よろしく頼む」
「ええ」
ウィリアム王子が差し出した手を『ジャック』は笑顔で握り返す。
傍から見れば友好な握手。実際、どこからか湧いてきたアイリーンは2人の姿を惚けたような目で見つめている。
「時間はかかったけれど、やっと初期攻略組が揃ったわ……」
何かよく分からないことを呟いてはいるが、これはまぁいつものことだろう。
問題は目の前の2人だ。
ジャックには、未だに顔面に人の良さそうな笑みをくっつけているフランシスカのその笑みが不穏に映って仕方がないのだ。けれど相手はフランシスカ。彼女の思い描いた作戦があるのだろう。彼女のことだから、ジャックを悪い道に進ませることはないだろう。けれどウィリアム王子は違う。彼は目の前のジャックを見て、何を思っているのだろうか? それが全く見えてこない。そんなところが不気味でたまらない。何より、2人そろっていつまで経っても笑みを崩さず、手すらも離さないことが恐ろしい。ジャックや他の人間には見えない何かが2人の間に飛び交っているのだろうか。そうこうしている間に登校してきた学生達が2人の周りに大きめの輪を作り出す。
「あの方ってもしかして……」
「戻って来たのか」
「随分と雰囲気が変わったか?」
彼らは声を潜めて失踪していた『ジャック=シザー』の値踏みを開始する。自分の家に利益があるか、そればかり。さすがは貴族。真っ当な選択だ。フランシスカの目的は人を集めることだったのだろう。そう判断したジャックは、もういいだろうとフランシスカに声をかける。
「ジャック!」
「それではウィリアム王子。私はこの辺で。……フランシスカ、待たせてゴメン」
「別に」
フランシスカがこうも簡単に引き下がってくるとは、やはり用件はもう済んだらしい。
「授業が開始するまで時間があるけれど、良かったら学園を案内してくれる?」
今度は学園中に『ジャック』の姿を見せて回れということか。
仕方ないわね、とフランシスカなりの了承の言葉を短く返事をして2人で校内を回ることとなった。
「うん。私は大丈夫だけど、フランシスカは大丈夫?」
「何が?」
「その、何というかボロ、でないかな? って」
「そんな心配なんてしなくても大丈夫よ~」
「本当に?」
心配性ね~と手でパタパタと風を起こすフランシスカに、思わずジャックは心配になってしまう。なにせただでさえフランシスカとジャックでは性格がまるで違うのだ。前日に練習なり口裏合わせなりしておけば良かったとジャックは己の失敗に頭を抱える。けれどそんな弟の姿すらもフランシスカは軽く笑い飛ばした。
「半年以上家出してたシザー家の次男が帰ってきたら多少性格変わってました~ってことで通せばいいだけだから」
「隠すつもりなしなの!?」
あまりにも雑すぎる。
もしや大変なのは今日明日ではなく、入れ替わりを正した時、つまりはジャックがジャックに戻った時ではなかろうか?
多少男らしくなったと思われたくらいならばいいが、あまりかけ離れたイメージをつけられると厄介である。
「……あんまり目立たないでね?」
「目立たないと意味ないじゃない。それにそんなに心配しなくてもいいじゃない。ずっと一緒にいるんだから」
「確か休み明けに男子は実技のテストあるはずなんだけど……」
「あら? それなら任せてちょうだい。騎士団長のところの三男坊の泣き顔を拝ませてあげるから!」
騎士団長の三男坊と言えば、ジャックの友人だ。
知り合った経緯がフランシスカに虐められていたところを助けたからという何とも言えない出会いだが、大事な友人に変わりはない。例え、ジャックが『フランシスカ』として学園に通っていることには全く気付かない上、友人が謎の失踪を遂げているというのに心配さえしないような薄情ものだとしても…………。あれ? これは友人と言えるのだろうか? 共にお茶をしたご令嬢達の方がよっぽど友人と呼ぶにふさわしい相手ではなかろうか? ジャックは友人の薄情さに思わず思考モードに突入してしまう。
そしてついに出した結論がこれだ。
「……戻った後で困るほど目立つのは止めて。後、可哀想だからあんまり虐めないであげてね」
虐めるなというのは二の次で。多少痛い目にあわされたところでジャックは手助けなんてしてやるつもりはない。どうせ泣かされるといっても怪我をするようなことにはならないだろう。せいぜい目の前で高い運動能力を見せつけられて馬鹿にされる程度。今の彼女の身体能力がいかほどなのか、ジャックはよく知らない。けれど友人の彼のことなら知っている。彼は極度の上がり症で、かつ運動面におけるコンプレックスはジャック以上なのだ。ジャックは早々に諦めているが、彼には『騎士団長の息子』という大きすぎる看板と、優秀すぎる2人の兄がいる。学園に入学してもそのコンプレックスがなくなることはないだろう。そんな彼を、緊張感とは無縁なのだろうフランシスカなら易々と越えてしまうことだろう。残酷なほどに踏みつけられたとしても、薄情者め! って見守ることにしよう。それがジャックなりの可愛い復讐なのだ。
「いじめというか、あの犬っころの場合、喜びそうだけど。まぁいいわ。ほどほどにしておく。変に警戒されても困るし」
「そうして……」
喜びはしないだろう……。その上、犬呼ばわりとは……。
ツッコミどころはあるものの、ジャックが出来ることと言えば、フランシスカが『ジャック』を出来る限り本人に寄せて演じてくれることに期待をするしかないのだ。
――そして学園についた途端、ジャックは目を疑った。
「お久しぶりです。ウィリアム王子」
ついて早々、フランシスカもとい『ジャック』がウィリアム王子の元へと向かったからだ。少なくとも今までのジャックなら自ら王子に話しかけることなどない。もちろん逆もないが。
「君は?」
「ジャック=シザーです。いつも姉のフランシスカがお世話になっております」
「失踪していると聞いていたが?」
「少し事情がありまして、屋敷を出ておりましたがつい先日戻ってきたのです。身勝手な私を家族は優しく受け入れてくれまして。こうして本日より学園に通うことになりましたので、ご挨拶をと思いまして」
「そうか。学生同士、これから関わることも少なくはないだろう。よろしく頼む」
「ええ」
ウィリアム王子が差し出した手を『ジャック』は笑顔で握り返す。
傍から見れば友好な握手。実際、どこからか湧いてきたアイリーンは2人の姿を惚けたような目で見つめている。
「時間はかかったけれど、やっと初期攻略組が揃ったわ……」
何かよく分からないことを呟いてはいるが、これはまぁいつものことだろう。
問題は目の前の2人だ。
ジャックには、未だに顔面に人の良さそうな笑みをくっつけているフランシスカのその笑みが不穏に映って仕方がないのだ。けれど相手はフランシスカ。彼女の思い描いた作戦があるのだろう。彼女のことだから、ジャックを悪い道に進ませることはないだろう。けれどウィリアム王子は違う。彼は目の前のジャックを見て、何を思っているのだろうか? それが全く見えてこない。そんなところが不気味でたまらない。何より、2人そろっていつまで経っても笑みを崩さず、手すらも離さないことが恐ろしい。ジャックや他の人間には見えない何かが2人の間に飛び交っているのだろうか。そうこうしている間に登校してきた学生達が2人の周りに大きめの輪を作り出す。
「あの方ってもしかして……」
「戻って来たのか」
「随分と雰囲気が変わったか?」
彼らは声を潜めて失踪していた『ジャック=シザー』の値踏みを開始する。自分の家に利益があるか、そればかり。さすがは貴族。真っ当な選択だ。フランシスカの目的は人を集めることだったのだろう。そう判断したジャックは、もういいだろうとフランシスカに声をかける。
「ジャック!」
「それではウィリアム王子。私はこの辺で。……フランシスカ、待たせてゴメン」
「別に」
フランシスカがこうも簡単に引き下がってくるとは、やはり用件はもう済んだらしい。
「授業が開始するまで時間があるけれど、良かったら学園を案内してくれる?」
今度は学園中に『ジャック』の姿を見せて回れということか。
仕方ないわね、とフランシスカなりの了承の言葉を短く返事をして2人で校内を回ることとなった。
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