上 下
18 / 28

18.

しおりを挟む
「うん、可愛い!」
 上から下までキッチリと吟味をしていたフランシスカは、ジャックのドレス姿を目の前に満足気に頷いた。フランシスカがジャックにと用意したのは、シザー家の、家族の瞳の色と同じ、エメラルド色のドレスだった。瞳の色のドレスを選ぶところはウィリアム王子と同じ感性なのでは? と思ってしまう。けれど違うのは、フランシスカの用意したものはジャックの好みドンピシャだったことだろうか。ふわっとした腕元に、足首を隠すように広がっていく裾。胸元と肩に仕込まれたパッドに不自然さはない。見事に包み込まれているのだ。それにはさすがはフランシスカと言わざるを得ない。

「じゃあ私も着替えてくるから、待ってて」
 右手を上げた彼女が腕に下げていたのは、ジャックが今まさに着ているものと同じ色形をしたドレスだ。やはり服装は揃えることに意味があるようだ。分かったとジャックが頷けば、フランシスカは使用人を連れ、隣の部屋へと入っていった。

 けれどフランシスカの着替えが終わるのを待っていたジャックの目に飛び込んできたのは、深海のような色のドレスを見に包んだ姉の姿だった。


「フランシスカ……それ」
「どう切り刻もうかしらって悩んでたらあることに気付いたの。だから刻んで燃やす前にジャックにも見せようと思って。着た方が分かりやすいからこうして着てみた訳だけど……あなたにはこのドレス、どう見える?」
「どう、って言われても……」

 あれだけセンスが悪いとこき下ろしたドレスにわざわざ腕を通すだけの理由があるのだろうか?

 そこまでしてジャックに見せたい何かがある、と?

「率直な感想でいいわ」
 その言葉に、今度はジャックがフランシスカのドレス姿を吟味する。
 率直な感想と言われても、目の前のドレスはつい先ほどまでジャックが着ていたものである。フランシスカのドレスとは違い、この屋敷にはたった一着しかないもので、代わりは存在しない。それに抱く感想といえば、先ほどフランシスカが告げた『王子の瞳の色のドレス』ということくらいだろう。

 まだ付け足すとすれば全体的にラインがすっきりとしているとか、そのくらい…………ってあれ?

 王子に見せられた時はすっきりとした印象を持っていたそのドレスは、今は少しだけだぼっとしているように見えた。その点に注目してみると布の余裕があるのは主に肩や腰、太ももの部分。どこもジャックの身体にはフィットしていた場所である。

 そのことに気付き、ジャックの顔からはさあーっと血の気が引いていく。

「気付いた?」
「うん。でも、いや……まさか」

 まさか。そんなはずはない。
 いくら幼き日のジャックをフランシスカと思い込んでいたとしても、いや、愛する相手がフランシスカだと思っているのなら、ドレスのサイズは『フランシスカ』に合わせて仕立てることだろう。さらに言えば、彼がサイズを把握しているとしたら、それは婚約者であるフランシスカのものなのだ。確かウィリアム王子は何度かフランシスカ宛に社交界用のドレスを贈っているはずだ。それが義務感なのか、心からの物なのかは別として、知ろうと思えば機会くらいいくらでもあったはず。

 ――けれどジャックの身体のサイズなど知る訳がないのだ。
 正確な数値を知っているとしたら、それは出入りの針子くらいなものだろう。おおよその数値ならば、ジャックに抱き着いてくる兄もいい当てられるかもしれないが。だが兄は兄だ。『家族』という特別枠に入る。
 いくら王子相手とはいえ、針子が個人情報を漏らすとは考えづらい。ましてやあの兄がわざわざ伝えるなんてあり得ない話だ。

 ならば彼はどうやってその情報を入手したというのだろう?

「これは想像以上にヤバいかもしれないわ。さすがに『フランシスカ』でもここまでとは思わなかったんでしょうね。ウィリアムはこの一件には絡んでいない。けれどあのままフランシスカがフランシスカのままだったら…………」

 顔を歪めたフランシスカはそれ以上のことは告げなかった。
 彼女もまた『フランシスカ』だからこそ、『フランシスカは殺されていたかもしれない』なんて恐ろしいことを口にすることは出来なかったのだろう。

 ジャックが抵抗すら止めたあの行為が執着だとすれば、それはいつから『ジャック』に向いていたというのだ。

『フランシスカ』ではないといつ気付いた?
 ジャックよりも察しの良かったフランシスカさえも欺いて、彼はジャックを見据えていたのだ。婚約者の双子の弟で、それ以外何者でもないジャックを。

「タイミングなんて待ってられないわ。多少荒くてもさっさとカタをつけましょう。最低限、あの女にフランシスカとジャックの2人ともが登校している姿を数日間見せる必要はあるから、始業式から1週間後、決行するわ! そうと決まれば着替えてお父様達に報告しなきゃ」

 ああ、もう! っと髪を掻きむしりながら、再び隣室のドアへと向かうフランシスカ。けれど彼女はドアが完全に閉まる直前、ドアを押し止めてジャックに向かって人差し指を強く押しだした。

「それまでしっかりと貞操守り切るのよ!」
 パタリと閉まったドアに『手遅れな気がする……』なんて口が裂けても言えるはずがなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

そばにいてほしい。

15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。 そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。 ──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。 幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け 安心してください、ハピエンです。

【BL】こんな恋、したくなかった

のらねことすていぬ
BL
【貴族×貴族。明るい人気者×暗め引っ込み思案。】  人付き合いの苦手なルース(受け)は、貴族学校に居た頃からずっと人気者のギルバート(攻め)に恋をしていた。だけど彼はきらきらと輝く人気者で、この恋心はそっと己の中で葬り去るつもりだった。  ある日、彼が成り上がりの令嬢に恋をしていると聞く。苦しい気持ちを抑えつつ、二人の恋を応援しようとするルースだが……。 ※ご都合主義、ハッピーエンド

手切れ金

のらねことすていぬ
BL
貧乏貴族の息子、ジゼルはある日恋人であるアルバートに振られてしまう。手切れ金を渡されて完全に捨てられたと思っていたが、なぜかアルバートは彼のもとを再び訪れてきて……。 貴族×貧乏貴族

謎の死を遂げる予定の我儘悪役令息ですが、義兄が離してくれません

柴傘
BL
ミーシャ・ルリアン、4歳。 父が連れてきた僕の義兄になる人を見た瞬間、突然前世の記憶を思い出した。 あれ、僕ってばBL小説の悪役令息じゃない? 前世での愛読書だったBL小説の悪役令息であるミーシャは、義兄である主人公を出会った頃から蛇蝎のように嫌いイジメを繰り返し最終的には謎の死を遂げる。 そんなの絶対に嫌だ!そう思ったけれど、なぜか僕は理性が非常によわよわで直ぐにキレてしまう困った体質だった。 「おまえもクビ!おまえもだ!あしたから顔をみせるなー!」 今日も今日とて理不尽な理由で使用人を解雇しまくり。けれどそんな僕を見ても、主人公はずっとニコニコしている。 「おはようミーシャ、今日も元気だね」 あまつさえ僕を抱き上げ頬擦りして、可愛い可愛いと連呼する。あれれ?お兄様、全然キャラ違くない? 義弟が色々な意味で可愛くて仕方ない溺愛執着攻め×怒りの沸点ド底辺理性よわよわショタ受け 9/2以降不定期更新

【BL】声にできない恋

のらねことすていぬ
BL
<年上アルファ×オメガ> オメガの浅葱(あさぎ)は、アルファである樋沼(ひぬま)の番で共に暮らしている。だけどそれは決して彼に愛されているからではなくて、彼の前の恋人を忘れるために番ったのだ。だけど浅葱は樋沼を好きになってしまっていて……。不器用な両片想いのお話。

30歳まで独身だったので男と結婚することになった

あかべこ
BL
4年前、酒の席で学生時代からの友人のオリヴァーと「30歳まで独身だったら結婚するか?」と持ちかけた冒険者のエドウィン。そして4年後のオリヴァーの誕生日、エドウィンはその約束の履行を求められてしまう。 キラキラしくて頭いいイケメン貴族×ちょっと薄暗い過去持ち平凡冒険者、の予定

泣くなといい聞かせて

mahiro
BL
付き合っている人と今日別れようと思っている。 それがきっとお前のためだと信じて。 ※完結いたしました。 閲覧、ブックマークを本当にありがとうございました。

成長を見守っていた王子様が結婚するので大人になったなとしみじみしていたら結婚相手が自分だった

みたこ
BL
年の離れた友人として接していた王子様となぜか結婚することになったおじさんの話です。

処理中です...