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「おんなじ顔なのに、王子が惚れたのはよりによって男の方。なのにウィリアムは『一目惚れした子』をフランシスカと勘違いし続けている。いっそのこと認めてくれたらどんなに楽だったか。記憶の中の『一目惚れ相手』との違いを指摘される度に、首を絞められているのかと錯覚するくらいに苦しかった。そこでジャックを恨めば楽だったんでしょうけど、フランシスカはあなたを恨むことは出来なかったの。だってあなたのことを心から愛していたから。だから人の何倍も努力した。あなたに並ぶくらい素敵な人になろうって。双子だから出来るはずだって。けれど、無理だった。だからフランシスカはウィリアムを愛することを止めたの」
「そんな……」
「いつ婚約を解消してくれるかって、ずっとそればっかりを考えてた。けれど心のどこかで、彼が自分を愛してくれるんじゃないかって期待していた。だからこそ『フランシスカ』はずっと『王子様』の婚約者であることが苦しくてたまらなかった……」
だからあの子は死んだのかもねーーそう呟く声はどこか悲しみを孕んでいた。
ずっと一緒にいたのに、彼女のワガママにそんな意味があるなんて、フランシスカが悩んでいたことなんて全く気付きもしなかった。
「それでも王子が仕立てたのは……『フランシスカ』の好きなドレスだ」
彼女がこの世から去った後に分かったこととはいえ、このドレスがここにあることこそ、それが動かぬ証拠なのだと胸元に手を当てる。
けれどそんなジャックにフランシスカが返したのは短い嘲笑だけ。
「それはあの男が未だにフランシスカを初恋の相手だと思い込んでいるからでしょう? 自分の惚れた『フランシスカ』が帰ってきたって浮かれて……。今までのフランシスカは反抗期かなにかだったことにでもして、輝かしい記憶に縋り続けているだけの、都合のいいところしか見やしないクソみたいな男。その証拠にいくらフランシスカが手紙を送ったところで返事の一つも返してこなかったくせに、ジャックと入れ替わった途端に一日一通も送ってくるのよ? 返事なんて書いてないのに。それどころか自分の今までの行いを全て棚にあげて、屋敷にまで押しかけてくるのよ? そんな男が『フランシスカ』のためにドレスなんて仕立てる訳がないわ。だって、あの男にとっての『フランシスカ』はいつだってジャックなんだから……」
「フランシスカ……」
「あ、憐れんでもらわなくてもいいわよ? だって私、あの男のこと嫌いだし」
「え?」
「私は『フランシスカ』ほどオトメなココロとか持ち合わせていないし、『貴族』という枠組みだけしか生きる場所がないと思うほど視野が狭くない。私ならあの男との婚約を白紙に戻したとしても生きていける。それどころかのびのび暮らせるの! 『シス』って偽名を使って冒険者登録してしばらく過ごしてたけど、想像以上に生きやすくて!」
フランシスカの弾むような声にジャックは目をパチクリと瞬かせる。
「冒険者ってあの!?」
「ええ。この前はドラゴンを狩ったのよ」
「…………………………冗談でしょう?」
「冗談なんかじゃないわ。これ、私の武器。『弾丸のシス』って言ったら有名なんだから! まぁ有名になりすぎたせいで隠しキャラには遭遇するし、お父様や兄さんにも見つかったのだけど……」
フランシスカがドレスをめくり上げて、中から取り出したのは複数のナイフだった。果物ナイフと同じか、それよりも小さいもの。『弾丸』なんて言うからてっきり銃でも出て来るのかと思ったが、これならそんなに危険もないだろう。せいぜい切り傷を作るくらい。ドラゴンを狩ったというのも、この暗い空気をどうにかしようとしてのことだろう。フランシスカはジャックが冒険小説が好きだということを知っているからこそのジョーク。
「凄いよ、フランシスカ」
「……あなた、冗談だと思っているでしょう?」
フランシスカはジャックの言葉が心の底から出た言葉でないことに腹を立てたようだった。むうっと頬はパンパンに膨れあがらせる。
「信じてないならいいわ。今度私の腕前、見せてあげるんだから! ……と、まぁそんなことよりも早くそれ、脱ぎましょうか」
「え?」
「ジャックにはそんなドレス、似合わないわ」
優しい、優しいフランシスカ。中身が変わっても、彼女はやはりジャックの姉なのだ。
ここでたった一つだけ文句を言えるのならば、フランシスカの自室へ向かって引いているのだろう手の握力が強すぎることだろうか。それこそ半年間も冒険者として活躍していたことをほんの少しだけ信じそうになるくらいには。
離された時にフランシスカの指の跡がくっきりと残っていなければいいが……。
そんなジャックのささやかな願いは「ドレス、どれにしましょうかね~」なんて浮かれているフランシスカに届くことはなかった。
「そんな……」
「いつ婚約を解消してくれるかって、ずっとそればっかりを考えてた。けれど心のどこかで、彼が自分を愛してくれるんじゃないかって期待していた。だからこそ『フランシスカ』はずっと『王子様』の婚約者であることが苦しくてたまらなかった……」
だからあの子は死んだのかもねーーそう呟く声はどこか悲しみを孕んでいた。
ずっと一緒にいたのに、彼女のワガママにそんな意味があるなんて、フランシスカが悩んでいたことなんて全く気付きもしなかった。
「それでも王子が仕立てたのは……『フランシスカ』の好きなドレスだ」
彼女がこの世から去った後に分かったこととはいえ、このドレスがここにあることこそ、それが動かぬ証拠なのだと胸元に手を当てる。
けれどそんなジャックにフランシスカが返したのは短い嘲笑だけ。
「それはあの男が未だにフランシスカを初恋の相手だと思い込んでいるからでしょう? 自分の惚れた『フランシスカ』が帰ってきたって浮かれて……。今までのフランシスカは反抗期かなにかだったことにでもして、輝かしい記憶に縋り続けているだけの、都合のいいところしか見やしないクソみたいな男。その証拠にいくらフランシスカが手紙を送ったところで返事の一つも返してこなかったくせに、ジャックと入れ替わった途端に一日一通も送ってくるのよ? 返事なんて書いてないのに。それどころか自分の今までの行いを全て棚にあげて、屋敷にまで押しかけてくるのよ? そんな男が『フランシスカ』のためにドレスなんて仕立てる訳がないわ。だって、あの男にとっての『フランシスカ』はいつだってジャックなんだから……」
「フランシスカ……」
「あ、憐れんでもらわなくてもいいわよ? だって私、あの男のこと嫌いだし」
「え?」
「私は『フランシスカ』ほどオトメなココロとか持ち合わせていないし、『貴族』という枠組みだけしか生きる場所がないと思うほど視野が狭くない。私ならあの男との婚約を白紙に戻したとしても生きていける。それどころかのびのび暮らせるの! 『シス』って偽名を使って冒険者登録してしばらく過ごしてたけど、想像以上に生きやすくて!」
フランシスカの弾むような声にジャックは目をパチクリと瞬かせる。
「冒険者ってあの!?」
「ええ。この前はドラゴンを狩ったのよ」
「…………………………冗談でしょう?」
「冗談なんかじゃないわ。これ、私の武器。『弾丸のシス』って言ったら有名なんだから! まぁ有名になりすぎたせいで隠しキャラには遭遇するし、お父様や兄さんにも見つかったのだけど……」
フランシスカがドレスをめくり上げて、中から取り出したのは複数のナイフだった。果物ナイフと同じか、それよりも小さいもの。『弾丸』なんて言うからてっきり銃でも出て来るのかと思ったが、これならそんなに危険もないだろう。せいぜい切り傷を作るくらい。ドラゴンを狩ったというのも、この暗い空気をどうにかしようとしてのことだろう。フランシスカはジャックが冒険小説が好きだということを知っているからこそのジョーク。
「凄いよ、フランシスカ」
「……あなた、冗談だと思っているでしょう?」
フランシスカはジャックの言葉が心の底から出た言葉でないことに腹を立てたようだった。むうっと頬はパンパンに膨れあがらせる。
「信じてないならいいわ。今度私の腕前、見せてあげるんだから! ……と、まぁそんなことよりも早くそれ、脱ぎましょうか」
「え?」
「ジャックにはそんなドレス、似合わないわ」
優しい、優しいフランシスカ。中身が変わっても、彼女はやはりジャックの姉なのだ。
ここでたった一つだけ文句を言えるのならば、フランシスカの自室へ向かって引いているのだろう手の握力が強すぎることだろうか。それこそ半年間も冒険者として活躍していたことをほんの少しだけ信じそうになるくらいには。
離された時にフランシスカの指の跡がくっきりと残っていなければいいが……。
そんなジャックのささやかな願いは「ドレス、どれにしましょうかね~」なんて浮かれているフランシスカに届くことはなかった。
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