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「おかえりなさい、ジャック」
「ただいま、戻りました……」
 ジャックを迎えてくれたのはフランシスカだった。正直、今一番顔を見たくない相手だ。けれどそんなこと、フランシスカ本人に言えるわけもない。だって彼女は何も悪くはないんだから。それでも顔に出すなというのも無理な話で、ジャックだって自身の顔が醜く歪んでいることを自覚している。だからこそ俯いたまま、姉の隣を通過しようと少しだけ歩みを速めた。
 けれどそれをフランシスカは許してなどくれなかった。ジャックの様子がおかしいことを察したのか、ジャックの腕の僅かな隙間に自身の腕を引っ掛けたのだ。そしてそのまま脇を閉め、ガッチリと固定すると「行くわよ」と呟いた。

「は、離して!」
「離したらあなた、逃げるでしょう?」
「それは……」
 言い淀むジャックにフランシスカは大きめのため息を吐き出した。腕元を緩めてジャックの腕を解放すると、代わりに両手を握って前に立った。拘束する場所は変われども、逃がすつもりはやはりないらしかった。
 目を逸らしても、フランシスカはジャックの視線を追いかける。そしてジャックの視線と自分の視線を交えた状態で、首を右に傾けたまま問いかけてくる。

「それに、そのドレスどうしたのよ。着ていた物と違うじゃない。私、そんなセンスの悪いドレスなんて持っていないわよ」
「これは、その……私がドレスを汚してしまったから。代わりに王子が用意してくださったものなんだ。それをセンスが悪いって……」

 さすがにナニで汚したのかまでは話せなかった。その点に触れられたら、なぜ持って帰ってこなかったのかと聞かれてしまったらどうしようか。ジャックは少しだけ怯えてしまう。けれどフランシスカが注目したのはそこではなかった。

「だってそれ、あの男の瞳の色から取った色でしょう? そんなの独占欲以外のなんの意味があるっていうの?」
「それは……」
 心の底からの嫌悪感を孕んだ表情で放たれたそれに、反論の言葉は出なかった。
 なにせジャックだってこのドレスを見た時、ドレスの色をウィリアム王子の瞳の色と結び付けたのだから。『独占欲』と聞いてしっくり来たのも事実だ。けれどそれはフランシスカに向けたものであって、このドレスはウィリアム王子が愛するフランシスカに着せたいと願って仕立てたものなのだ。本来、ジャックが身を包む機会なんてなかったものだ。

「そんなの着せて帰すなんて、私達にジャックをくださいって言ってるみたいなものじゃない」
 フランシスカの勘違いが、ジャックの胸に見えないナイフとなって突き刺さる。傷を負ったジャックだが、これだけは告げなければならぬと必死で口を開いた。

「それは違う! ……これはね、王子がフランシスカのために仕立てたドレスなんだ」
「嘘ね」

 即答だった。
 たった一瞬で、フランシスカはジャックの言葉が『嘘である』と断定したのだ。

「嘘じゃない!」
 けれどフランシスカがなんと言おうとこれは事実だ。
 なにせウィリアム王子自身がそう告げたのだから。きっとこの先、ジャックはあの言葉を忘れることはないだろう。


『実は君のためにドレスを仕立ててあるんだ。ずっと、ずっと渡す勇気を出せずに溜まり続けたものがたくさん。………………………………やっと。やっとフランシスカの腕が通るのかと思うと私は嬉しくてたまらないよ』


 それはウィリアム王子の愛で、ジャックの身体にフィットしているこのドレスはそれを物質化したものだ。それがどんなに今のフランシスカの好みではなくとも、それを嘘だと片づけてしまうのは、あまりにも酷すぎやしないだろうか。

「信じてよ」
「……ねぇ、なんでフランシスカが王子と婚約者になりたいってお父様にお願いしたのか知ってる?」
「え?」

 いきなりなぜそんな話になるのだろうか?
 ジャックは眉をひそめた。けれどフランシスカの真っすぐな視線を前にして、すぐにジャックは「知らない」と首を横に振った。するとフランシスカは目を細くして、ゆっくりとジャックの耳元に口を寄せる。そして内緒話でもするようにひそめた声で、彼女が知っていることを打ち明けてくれた。

「『フランシスカ』はね、王子が自分に一目惚れをしたと聞いて、彼から見初めてもらえたと舞い上がった。自分を好きになってくれた人だから、フランシスカは王子が好きになったの。けれど彼の婚約者になってからしばらくしてあの男が惚れたのは双子の弟だと知ったのよ」
「え?」
 フランシスカの口から告げられた言葉に、ジャックは思わず声を失った。
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