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 思わずその場にへたりこんでしまったジャックに、なおもジャックの知っているフランシスカではないその女性は言葉を続ける。

「一応、あの子の記憶は私が引き継いでいるから『記録』としてのあの子なら残っているわ。けれどあの子が生き返ってくることは二度とない。一つの身体に二つの魂は入れないの。それでフランシスカとなった私のことだけど、実はとある事情から私はフランシスカが近い将来どうなるかを知っていて、そこから逃れるために逃げ出したの。ずっとはムリでも三年間だけはなんとしても逃げてみせるって」

 子どもに言い聞かせるように、けれどどうしようもない事実なのだと突きつける。
 けれど彼女はふと言葉を止める。かと思えばプルプルと身体を震えて、ヒステリック気味に叫びだした。

「なのになぜか隠しキャラには遭遇するし、弟は女装して身代わりになっているし、あの女の動きは予想外だし! 全て上手くいくと思ってたのに、こんなんじゃ帰ってくるしかないじゃない! 全く予定狂いっぱなしよ!」

 ああ、ここはフランシスカと同じなのか。記憶があるだけあって、全く違う人間である訳ではないようだ。少しだけ大人になっただけなのかな? まさかヒステリックに安心感を覚える日がくるとは夢にも思っていなかった。
『隠しキャラ』や『あの女』が一体誰のことを指しているかは分からないけれど、だが今は帰ってきてくれてよかったと心の底から思う。

 だって今ならまだ間に合うから。
 いくら数カ月間、人が入れ替わっており、それを認めてしまったにしても、ウィリアム王子は確たる証拠を持っている訳ではないのだ。これからもフランシスカを演じると思っていたからこそ諦めていたが、フランシスカがジャックの知っている彼女でないにしろ、帰ってきているならば話は別だ。事故で少し性格が変わってしまいましたでやり過ごそう。フランシスカ不在の時のことは今からでも少しずつ教えていけば問題はないはずだ。

 ――けれどそう思ったのはジャックだけだったようだ。

「とにかく私は休み明けからジャックとして学園に通うから」
「え? なんで?」
「ジャック。あなたに自覚はないかもしれないけれど、あなたの命、狙われているの」
「? 賊の一件は片づいたんじゃ……」
「その他も何件かあったの。糸引いてるのは確実にあの女なのに、なんでこういう処理は上手いのかしら! そのスキル、攻略に生かせよっての……。あの女さえちゃんとヒロインやってれば私の悠々自適なスローライフが邪魔されることも……。あー、もうイライラする!」
「えっと、フランシスカ?」

 あ、またスイッチが……。
 でも怒りの矛先は『あの女』という、ここにはいない誰からしい。

「とにかく、休みの間にターゲットの性格ががらりと変わってたら相手が警戒するでしょう? だからあなたはフランシスカのまま!」
「え、でも……」
「ジャックが死んだら目覚め悪いし、あの女が手段を択ばないクズだと分かった以上、このままにしておくわけにはいかないの。だからあなたはしっかり言うこと聞いて守られてなさい!」
「……はい」
 強引なところもフランシスカのままらしい。
 でもこれじゃあまた蚊帳の外のままだ。何も知らないまま守られていろなんて、いくら末っ子とはいえ、貴族の男なのだ。兄や父ならともかく、姉にまで守られるなんてカッコ悪い……。けれどジャックには何かを出来るだけの力もなければ、今のフランシスカが持っているような特別な知識もないのだ。だから出来ることといえば彼女達の邪魔にならないこと。そして今まで通り、フランシスカとして、シザー家の名を傷つけないように演じ続けるだけだ。
「正式に私がフランシスカに戻るのは全てが終わった後よ。といってもほとんど下準備は済んでいるから、休み明けから時期を探りつつ、ちょうどいいタイミングであの女を断罪エンドにはまるようにひっかけるだけだけど……。そのために何パターンもの証拠を用意したの。全く私をただの悪役令嬢だって甘く見てもらっちゃ困るわ。アラ探しクソ上司との争いで培った書類作成スキルを前世から持ってきたんだから。私を邪魔した上、ジャックを殺そうとした罪、しっかりと償ってもらうわよ~」
 ふふふふふと悪い笑みを浮かべたフランシスカにジャックは背筋を震わせる。敵ではないどころかむしろ味方なはずなのに、以前のワガママだらけのフランシスカよりもウンとパワーアップした彼女が恐ろしくてたまらないのだ。
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