姉の身代わりになりまして

斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中

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 父と兄、そしてレッドを筆頭とした使用人達がジャック襲撃事件の黒幕を探る中、当の本人は屋敷で一人、お茶を楽しんでいた。

「はぁ~最高」
 屋敷にいるというのに当たり前のように出されたドレスに、思わず突っ込みが飛び出そうになったが、それさえ腹の中に無理矢理押し込めてしまえば残るのは平和だけ。

 そう、久しぶりの平和。
 アイリーンの襲撃もなければ、ウィリアムからの精神攻撃もない。
 誰かとのおしゃべりが楽しめないことだけが残念だが、その代わり、ここ数ヶ月で全く読めなかった読書の時間をたっぷりと取ることができた。

 読書はジャックが幼い頃からの趣味だ。
 剣術に乗馬と貴族の令息の手習いはそこそここなすことは出来るが、特別得意ではなかった。

 その理由の一つが全く身体に筋肉がつかないからだったりする。それこそ週に何時間も剣を振っているというのに、姉のフランシスカの身代わりになれるくらいには。これが見た目だけであったならばよかったのだが、実際に筋力は女性よりも少しあるかなと言った程度。継続的な運動をしているというのに、なぜか定期的に筋肉痛がやってくる。
 それを察しているのか、馬に乗っても馬が走り出すことがない。合図を出してもトトトと歩くだけ。振り落とされる心配はまるでないが、隣で颯爽と駆ける兄の姿を見ていたジャックの心はズタボロだった。馬を変えてもダメ。
 それでも嫌いにならなかったのはどの馬達もジャックに心を開いてくれていたから。気に入ってくれているからこそジャックを傷つけまいとしてくれていたことが伝わってくるのだ。実際、兄や父と乗れば彼らは気持ちよさそうに地面を駆けるのだった。

 そんな姿に憧れて、でもムリだと悟った。
 そして迷いこんだのは冒険小説の世界だった。
 小さな少年が世界を切り開いて進む姿に、女の子の手を引いていく姿に心を踊らせた。


 シザー家の冒険小説は、ジャックが読み終わるよりも早く次の物が補充される。本は決して安いものではない。けれど何かが欲しいと声をあげない息子のために揃えられた蔵書なのだ。
 その蔵書だが、昨日、ジャックを屋敷の外に出さないようにと父によって大量に追加された。そんなことをせずとも約束を破るつもりはない。
 けれど大好きなそれらが、未開の物語が、手を伸ばせば届く距離に並べられたことはジャックにとって幸せだった。

 フランシスカが気に入っていたバラ園に本を持ち込んで、お茶を傾ければ至福のひとときへと早変わり。

 窓からは使用人達が屋敷中を駆け回る姿が見える。
 フランシスカがいなくなった時は体裁を気にしていたのもあったのだろうが、今回は子どもが襲われたと外部に漏れたところで痛くはないのだろう。それでも普通なら弱みに当たるのだが、昨日の様子だとそこに付け込んできた者ですらどうにかしてしまいそうな気迫があった。少なくともマトモな神経を持っている相手なら近寄ってくることもないのだろう。だがまさか小説の中に出てくる『マフィアの抗争直前』みたいな光景を現実で目にするとは思いもしなかった。それも自分の生まれ育った屋敷で。
 その渦中の人物にジャック自身も含まれていることも忘れて、ジャックはフランシスカの好物だったピンク色のマカロンを口に放り込んだ。
 ジャックが願うことといえば、この一件が早く片づいて、再び彼らが姉の捜索を開始してくれることである。


『フランシスカなら大丈夫だ。数日遅れたくらいじゃ死なん!』
 昨日、父は確かにこう告げた。
 闇ルートで売られているかもしれない……なんて心配していたジャックとは正反対である。あれだけ溺愛していたのに、だ。確かに姉のメンタルは図太いものがある。けれど貴族の令嬢に変わりはない。それは父も理解しているはずだろう。

 なのに、なぜ……。
 緑色のマカロンに手を伸ばしたジャックはとある可能性にたどり着き、ピタリと手を止めた。

 まさか父はフランシスカの行方を知っているのだろうか。

 フランシスカが消えたあの日のジャックならあり得ないと一蹴したことだろう。

 けれど今の父は?

 確かに父は今まで通り、いやそれ以上にジャックを溺愛している。
 だが消えたフランシスカに今までと違う感情を持ち始めたとしたら?

 ジャックの頭の中で、フランシスカが残した謎の言葉がクルクルと周り始める。
 姉は確かにワガママばかりだった。そう、まさにあの夜、部屋から聞こえてきた『悪役令嬢』という言葉がピッタリだ。だがフランシスカがそれを自覚して、わざと自分が悪役になっていたとは思えないのだ。


 なら、あの言葉の意味は?
 あの夜、フランシスカに何かしらの変化が訪れた?


 ………………いや、ただの寝言だ。
 意味なんてない……はずだ。
 これ以上考えるのが恐ろしくなったジャックは先に進もうとする思考に蓋をした。
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