2 / 28
2.
しおりを挟む
――だがすでにフランシスカが消えてから3ヶ月が経った今も、フランシスカが屋敷に戻ってくることはなかった。それどころか彼女の足跡一つ見つからないのだ。
想像以上に長期化してしまったせいで、隠し通すことも困難になり、社交界ではいなくなったのは『ジャック』ということになっている。父からはあふれんばかりの愛情を注がれているジャックだが次男であるため、兄ほど家にとっての重要性も高くはない。それに決まった婚約者だってまだいない。つまりフランシスカがいなくなったとウワサされるよりも家のイメージにつくダメージは少なくて済むという訳だ。
まさか弟の方がフランシスカに成り代わっているなどとは露ほども考えていないのだろう。初めこそ「まさかあのまじめなジャックが……。ついに姉の世話がイヤになって逃げ出したのだろう……」なんてウワサがたったものだ。ウワサの9割以上がシザー家への不信感ではなく、ジャックへの同情だった。フランシスカの耳には届かぬようにと配慮していても結構耳に届いてしまうからよほど広がっていたのだろう。だがそれすらも次第に薄れていった。ジャック=シザーという人間はそれほど社交界で重要な役目を担っていた訳でも、将来を期待されていた訳でもないのだ。
所詮、貴族なんて、社交界なんてそんなものだ。
時が経てばすぐに鮮度の高いものを仕入れて来てはウワサに花を咲かせる。
初めは表面的であってもフランシスカを心配していたご令嬢たちも最近では『フランシスカ様は学園に入学してからすっかり大人になられて』なんて笑みを浮かべるようになった。
フランシスカがいたころとは違う、どこか安心したような和やかな笑みだ。
それだけジャックのお茶姿が堂に入っているということだろうか。バレてほしくはないが、ここまで疑われないと複雑な気持ちになってしまう。
けれど問題は「こちらも美味しいですから是非」とジャムがたっぷり乗ったスコーンを勧めてくるご令嬢達ではない。
「フランシスカ!」
「……ウィリアム王子」
ワガママ放題のフランシスカを毛嫌いして、必要時以外手紙さえ寄越さなかった婚約者がこうして頻繁に声をかけてくるようになったことだ。
ウィリアムいわく、学園入学を機に今まで以上に距離を縮めたいとのことだが、それを鵜呑みすることは難しい。初めは入学式の日から何かと付きまとってくる庶民の女子生徒をやっかい払いするためかと思っていた。だがどうやらそうではないらしいのだ。
「今日はどうされたのですか?」
ジャックはいつものようにご令嬢スマイルを浮かべながら遠回しに用がないなら帰ってくれ、と先制攻撃をしかける。けれどウィリアム王子はジャックのへぼいパンチなんて全く気にすることはない。
「愛しい婚約者に会いに来るのに理由なんて必要ないだろう」
それどころかカクザトウのように甘ったるい言葉を吐きながら、朗らかな笑みを広げるのだ。
お茶会メンバーのご令嬢はすっかり王子の笑みの虜。口元を押さえながらきゃっきゃと胸をトキめかせる。何も知らなければ言葉通りにとれるのだろう。のんきでうらやましいことだ。けれどジャックには後ろ暗いことがある。
それに数ヶ月で簡単に人が変わってたまるものか。
おそらく、この王子は何かの切っ掛けでジャックがフランシスカの身代わりになっていることを知ったのだろう。
それを分かっていて、けれど最強のカードとして今後利用するために残しているのだろう。定期的にジャックの様子を見に来るのはきっと監視するためなのだろう。
いつでもバラせるのだぞとプレッシャーをかけられているようで気分が悪い。
けれど悪いのはシザー家。もっといえば姉のフランシスカである。
だからジャックは弱々しい攻撃だけしか繰り出すことは出来ず、日々神経をすり減らしていくのだった。
想像以上に長期化してしまったせいで、隠し通すことも困難になり、社交界ではいなくなったのは『ジャック』ということになっている。父からはあふれんばかりの愛情を注がれているジャックだが次男であるため、兄ほど家にとっての重要性も高くはない。それに決まった婚約者だってまだいない。つまりフランシスカがいなくなったとウワサされるよりも家のイメージにつくダメージは少なくて済むという訳だ。
まさか弟の方がフランシスカに成り代わっているなどとは露ほども考えていないのだろう。初めこそ「まさかあのまじめなジャックが……。ついに姉の世話がイヤになって逃げ出したのだろう……」なんてウワサがたったものだ。ウワサの9割以上がシザー家への不信感ではなく、ジャックへの同情だった。フランシスカの耳には届かぬようにと配慮していても結構耳に届いてしまうからよほど広がっていたのだろう。だがそれすらも次第に薄れていった。ジャック=シザーという人間はそれほど社交界で重要な役目を担っていた訳でも、将来を期待されていた訳でもないのだ。
所詮、貴族なんて、社交界なんてそんなものだ。
時が経てばすぐに鮮度の高いものを仕入れて来てはウワサに花を咲かせる。
初めは表面的であってもフランシスカを心配していたご令嬢たちも最近では『フランシスカ様は学園に入学してからすっかり大人になられて』なんて笑みを浮かべるようになった。
フランシスカがいたころとは違う、どこか安心したような和やかな笑みだ。
それだけジャックのお茶姿が堂に入っているということだろうか。バレてほしくはないが、ここまで疑われないと複雑な気持ちになってしまう。
けれど問題は「こちらも美味しいですから是非」とジャムがたっぷり乗ったスコーンを勧めてくるご令嬢達ではない。
「フランシスカ!」
「……ウィリアム王子」
ワガママ放題のフランシスカを毛嫌いして、必要時以外手紙さえ寄越さなかった婚約者がこうして頻繁に声をかけてくるようになったことだ。
ウィリアムいわく、学園入学を機に今まで以上に距離を縮めたいとのことだが、それを鵜呑みすることは難しい。初めは入学式の日から何かと付きまとってくる庶民の女子生徒をやっかい払いするためかと思っていた。だがどうやらそうではないらしいのだ。
「今日はどうされたのですか?」
ジャックはいつものようにご令嬢スマイルを浮かべながら遠回しに用がないなら帰ってくれ、と先制攻撃をしかける。けれどウィリアム王子はジャックのへぼいパンチなんて全く気にすることはない。
「愛しい婚約者に会いに来るのに理由なんて必要ないだろう」
それどころかカクザトウのように甘ったるい言葉を吐きながら、朗らかな笑みを広げるのだ。
お茶会メンバーのご令嬢はすっかり王子の笑みの虜。口元を押さえながらきゃっきゃと胸をトキめかせる。何も知らなければ言葉通りにとれるのだろう。のんきでうらやましいことだ。けれどジャックには後ろ暗いことがある。
それに数ヶ月で簡単に人が変わってたまるものか。
おそらく、この王子は何かの切っ掛けでジャックがフランシスカの身代わりになっていることを知ったのだろう。
それを分かっていて、けれど最強のカードとして今後利用するために残しているのだろう。定期的にジャックの様子を見に来るのはきっと監視するためなのだろう。
いつでもバラせるのだぞとプレッシャーをかけられているようで気分が悪い。
けれど悪いのはシザー家。もっといえば姉のフランシスカである。
だからジャックは弱々しい攻撃だけしか繰り出すことは出来ず、日々神経をすり減らしていくのだった。
500
お気に入りに追加
725
あなたにおすすめの小説
【側妻になった男の僕。】【何故か正妻になった男の僕。】アナザーストーリー
selen
BL
【側妻になった男の僕。】【何故か正妻になった男の僕。】のアナザーストーリーです。
幸せなルイスとウィル、エリカちゃん。(⌒▽⌒)その他大勢の生活なんかが覗けますよ(⌒▽⌒)(⌒▽⌒)
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
手切れ金
のらねことすていぬ
BL
貧乏貴族の息子、ジゼルはある日恋人であるアルバートに振られてしまう。手切れ金を渡されて完全に捨てられたと思っていたが、なぜかアルバートは彼のもとを再び訪れてきて……。
貴族×貧乏貴族
性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
新しい道を歩み始めた貴方へ
mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。
そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。
その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。
あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。
あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?
俺の義兄弟が凄いんだが
kogyoku
BL
母親の再婚で俺に兄弟ができたんだがそれがどいつもこいつもハイスペックで、その上転校することになって俺の平凡な日常はいったいどこへ・・・
初投稿です。感想などお待ちしています。
【BL】こんな恋、したくなかった
のらねことすていぬ
BL
【貴族×貴族。明るい人気者×暗め引っ込み思案。】
人付き合いの苦手なルース(受け)は、貴族学校に居た頃からずっと人気者のギルバート(攻め)に恋をしていた。だけど彼はきらきらと輝く人気者で、この恋心はそっと己の中で葬り去るつもりだった。
ある日、彼が成り上がりの令嬢に恋をしていると聞く。苦しい気持ちを抑えつつ、二人の恋を応援しようとするルースだが……。
※ご都合主義、ハッピーエンド
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる