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ミルクの出ない牛獣人
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「はぁ……」
リュートスは胸に手をおきながら溜息を吐く。服装を変えてなんとか隠してきたものの、五年も片思いを続けていれば膨らみも隠せぬほどになってきた。
最近では同僚に「牛獣人ってベータでもこんなに胸でかいのか?」と聞かれてしまうほど。周りに比較対象がいないのをいいことに「ああ大変なんだ」と流したが、年中胸が張っている牛獣人などほとんどいないだろう。そもそもリュートスのように成体になってもベータでいる者自体が稀だ。
通常、牛獣人は群れで生活するため、単独で王都に出てくることはほぼない。あっても買い出し程度で棲み着くことはない。そんな種族である牛獣人のリュートスが王都にいる理由はベータであることと関係していた。
ベータの牛獣人は恋愛感情を持った相手に胸を吸ってもらうことで、身体がオメガへと変わる。胸からはミルクが出るようになり、子どもだって産めるようになる。牛獣人の中では一定数のベータが生まれるが、遅くとも十を迎える頃にはオメガへと変わっていく。相手は様々だが、ベータの牛獣人にとって通過儀礼でもあるそれを拒む同族はいない。相手に番がいようとも、この時ばかりは憧れの相手に胸を吸ってもらえるのである。だが牛獣人の村にいた頃のリュートスは一向に恋する気配がなかった。ベータの友人が胸を膨らまし、ミルクが出るようになっても彼の胸に変化はなかった。
そしていつからか居辛さを感じるようになり、村を出た。王都にやってきたのは仕事が見つけやすそうだと思ったから。騎士になるつもりはなかったが、給料がいいからとお試しで受けたら受かったため流れで入団した。
そして騎士見習いになってすぐ変化が訪れた。
とある男に恋に落ちたのである。
エリック=ガロンーーガロン王国第四王子にして第一騎士団団長、そしてなによりリュートスの上司である。恋が実るどころか、乳を吸ってくれと頭を下げることすら出来ないほど遠い人物に恋したものだ。同僚なら酔った勢いでどうにか出来なくもない。だがエリック相手にはどうしようもない。よりによってなぜこんな相手に恋をしたのか。おかげで最近では乳首に痛みすら感じるようになった。いい加減ミルクを出させろとでも言いたいのだろう。リュートスだって自分で出せるものなら左右の乳首をギュッとつねって排水口にでも流してやりたい。けれどどんなに体内でミルクが生成されようとも、その栓を抜けるのは愛した人でなければならないのだ。
早く失恋して他の相手に乗り換えることが出来たのならばどれだけ良かっただろうか。リュートスは過去に何度も他の男性に目を向けようとした。酒場に行って男を漁り、身体の関係からスタートしようとしたこともある。けれどその度にエリックに阻止されているのだ。
「お前はもっと自分の身体を大事にしろ」
毎回違う店で男に声をかけているというのに、ホテルに連れ込む前になぜか見つかってしまう。上司として、淫らな行為に耽ろうとする部下は見逃せないのかもしれない。けれどリュートスとて立派な成人男性である。プライベートのことくらい放っておいてくださいと突っぱねることだって出来るのに、彼がやって来るたびに嬉しさを感じてしまう自分がいた。リュートスの両肩に手を乗せて説得して来るエリックの顔は大真面目で、彼が自分を見てくれることに喜びを感じていた。幸せだったとさえ思う。けれどそんなことだからまだまだミルクが出ないのだ。
「早くいい男を見つけないと!」
リュートスはそう決心すると、真っ白なセーターをズボッと頭から被った。兄からの贈り物であるこのセーターは胸元がゆったりとしたデザインになっているためとても重宝している。休みの日はこればかりを着ている。そのため同僚達には「恋人からの贈り物か?」なんて囃し立てられもするが、なかなかいい服が見つからないのだから仕方ないだろう。
都合の良い男に恋をして胸を吸ってもらうのが先か、徐々に大きくなる胸を隠すのに都合の良い服を見つけるのが先か。
リュートスとしてはさっさと男を見つけて、オメガになってしまいたい。白と黒の混じった髪先に軽くムースをつけ、ふんわりとした髪型を作る。以前、同僚が「牛獣人って包容感があるイメージ!」と教えてくれたのを参考にしている。実際のリュートスは包み込むどころか周りに頼ってばかりのことが多いのだが、雰囲気の問題だ。
財布を尻ポケットに突っ込み、今日はどこの酒場を狙おうかとドアを開けた時だった。
「買い物か?」
目の前に今一番会いたくない男が立っていた。外であって連れて帰られるよりはマシなのだろうが、ひくひくと突っ張る胸に決意が鈍ってしまいそうだ。
「団長、俺に何か用事でもありましたか?」
「これやる」
「え、これどうしたんですか?」
差し出された袋は今、若い女性の間で話題の焼き菓子屋さんのものだ。王都にある店は二時間待ちが当たり前。何回も折り返した先にある最後尾は見つけるのも一苦労らしい。オープンしてすぐに人気となったその店のイチオシはバラの焼印が入ったフィナンシェである。バターがよくきいたそれを一度は食べてみたいと思いこそすれ、リュートスには何時間も並ぶ覚悟はなかった。その店の紙袋が自らの手の中にある。パチクリと瞬きをしながら、一体どうして? と首をひねる。まさか団長が買ってきてくれたのだろうか。そんな甘い考えはすぐに吹き飛んだ。
「ランドリーメイドの女の子に貰ったんだが、俺は甘いもの食わないからやる」
「ありがとうございます」
無駄な期待をしてしまったせいで暗い声を出してしまったリュートスだが、いつものことだ。なぜか甘いもの好きと誤解されているエリックはスイーツの贈り物をもらうことが多い。彼に思いを寄せるのはリュートスだけではないのだ。けれどその思いのほとんどが通じることなく、贈り物はリュートスの胃の中に収まることとなる。女の子の苦労を思うといつも以上に心が痛む。
「ところでどこに行こうとしてたんだ? 酒場とか言わないよな?」
呆れたような視線と共に投げられた鋭い指摘にドキッとした。けれどそれを顔に出すわけにはいかない。適当な言い訳をして切り抜けようと、リュートスは胸元を軽くつまんでみせる。
「服屋ですよ。休みの度に同じ服ばかり着ているって言われたんでそろそろ違うのも買おうかなって」
「なら俺が見繕ってやろう!」
「え?」
「嫌か?」
「嫌、ではないですけど、でも俺は普通の服は着られないので……」
「ちゃんと獣人用の店に行くから安心しろ」
「はぁ……」
なぜかノリノリなエリックは「その袋置いてこい」とリュートスを一度奥へ戻すと、早く行くぞと急かす。もしや彼もリュートスがずっと同じ服ばかり着ているのを気になっていたのだろうか。冬場だけの服装とはいえ、休みの日はかなりの頻度で顔を合わせている。同僚よりもエリックの方が気になっていたのかもしれない。ただ立場上、気を使って言わないでくれただけで。そう思うと途端に気分が沈んでいく。
「リュートス? どうかしたのか?」
「あ、いえなんでもないです」
服にもう少し気を使おうと心に決め、エリックの後を追う。そのまま彼の後ろに続き、店の前でピタリと足を止めた。
「まさかこの店に入ろうっていうんじゃないですよね?」
「そうだが? 何か問題があるか?」
「もっと手頃な値段の店にしてください」
不思議そうに首をかしげるエリックに、意見せざるを得なかった。
なにせ彼がやってきたのは獣人向けの店の中でも特に質と値段が高いことで有名で、ジャケットなんて買おうものならリュートスの月給がほぼ消える。元々獣人用の服は耐久性が重要視されるので人間の服よりも高いのだが、それにブランド力まで合わせられるととてもではないが一般騎士のリュートスには手の届かない品となる。
長年愛用できるものならば少し背伸びをするのも悪くはないが、来年も同じものに腕を通せる自信はない。いや、腕は通せるかもしれない。ただ胸や尻を中心とした一部が隠しきれないだけで。
「俺の給料じゃ無理です……」
リュートスは恥ずかしさで体を縮こませながら、小さな声で付け足す。けれどエリックは「なんだそんなことか」と軽く一蹴した。
「俺が買ってやるから金の心配はしなくていい」
「そんな、悪いですよ……」
「俺が買いたいだけだから気にするな」
ニッと笑うエリックに思わず胸がキュンとする。彼のことだから深い意味はないのだろう。今まで期待する度に後悔してきたリュートスは必死で自分の気持ちに冷水をかける。
「リュートスはセーターとかTシャツとか動きやすい服が多いよな。パンツもジーンズ生地のものが多い」
「は、はい」
動きやすさよりも重要なのは胸と尻をしっかりと隠せるかなのだが、わざわざ伝えることもないだろう。商品を手にとってはリュートスの身体に合わせる彼の手が軽く触れるたび、ビクッと震えてしまう。
「何緊張してるんだよ」
カラカラと笑う姿に鼓動が早くなり、今すぐにでもこの場から逃げ出したくなった。エリックが何とも思っていないことなんて分かっているのに、身体の中では出される予定のないミルクが作られていく。いつまでこんな不毛な恋を続けるつもりか。自問自答をしたところでやはり彼への思いから逃げる術などないのだ。リュートスは心の中で大きな溜息を吐きながら、早く決めてくれと時間が過ぎるのを待った。
「よし、これにしよう」
リュートスにとっての地獄の時間は一時間にも及んだ。エリックは満足気に何着かの服を店員に渡していた。一体何着買うつもりかと止める気力すらない。やっと解放されたリュートスは近くの椅子に腰掛け、ぼおっとマネキンを眺めた。
あの服、団長に似合いそうだよな~なんて思いながらも値段を確認することすら出来やしない。一度に複数の商品を買い上げる彼とはやはり金銭感覚からして違うのだ。
二つの袋を掲げた彼は「来シーズンにはまた付き合うからな!」とひどく上機嫌で、今まで見たことのないような笑みを浮かべていた。何が楽しいのか分からずに、リュートスは「酒場に行こう!」と大きな声で宣言したエリックの後に続いた。
「酒代は俺に奢らせてください」
「そんなこと言うと高い酒ばっか頼んじまうぞ?」
団の飲み会で酒を流し込んでいく彼の姿を思い出して、ゾッとした。リュートスの財布には服を買うために少し多めの金が入っているが正直エリックに本気で飲まれたら足りる気がしない。冗談だとは思いつつも、ぺこりと頭を下げる。
「……ほどほどでお願いします」
「わかったわかった」
ーーなんて豪快に笑っていたのはもう二時間も前のことだ。
「団長、そろそろ帰りましょうよ」
「まだ飲む!」
「そろそろ本当に俺の持ち金では足りなくなるんで」
「俺が出す!」
「べろべろに酔ってる人に払わせられる筈ないでしょう……。ほら、送りますから」
どうやらエリックはリュートスが酒好きだと思っていたらしい。団の飲み会ではあまり飲まないのは酒癖の悪さを自覚しているからだとも。ただ単純に酒があまり得意ではないだけなのだが、男漁りのために酒場に行っていたとも言えず軽く流した。するとエリックは今日は俺と一緒だから好きなだけ飲むと良いとドンドン頼みだし、そしてそのほとんどを自らが飲んだ結果がこれだ。飲み会では酔った姿など見たことがないのだが、今日はタガが外れていたのだろう。服を買ってやると言い出したのも何かあってのことかもしれない。今さら気づいたところで、リュートスには水を渡してやることしかできない。
「ほら水飲んでください」
「……トイレ」
「一人で大丈夫ですか?」
「気にすんな~」
エリックはそう答えるとふらふらとした足取りでトイレに向かった。本当に大丈夫だろうか? 頭でも打たなきゃいいが……。帰ってくるのが遅いようだったら様子を見に行こうと決め、リュートスは何枚にも渡る伝票をひっくり返す。
「うわっギリギリだ。今のうちに会計して引っ張って帰ろ」
会計が終われば財布に残るのは数枚の硬貨だけ。多めに持ってきただけに今月の生活費は切り詰めなければならなさそうだ。酒場に行って男を探す金すらない。
「はぁ……」
小さくため息を吐いて立ち上がった時だった。
「リュートス」
聞き覚えのある声が耳をくすぐった。もう何年も耳にしていないが、幼馴染の声を聞き間違える訳がない。振り返れば想像通りの人物が手を小さく降っていた。
「カラリア! こっちきてたのか」
「僕たちが今年の買い出し係なんだ」
僕『たち』という言葉に視線を少しズラせば、カラリアの隣に立つ大男がぺこりと頭を下げた。こちらの男に見覚えはないが、リュートス達と同じ牛獣人だ。それに彼の耳にはカラリアと同じ装飾のリングがある。
「カラリアはもう番が出来たのか」
「一昨年にお見合い結婚したんだ」
「幸せそうだな」
リュートスが村を出るまでの彼の好みは細身だった。大柄が多い牛獣人の中ではなかなか好みの相手が見つからず、同年代の中でも二番目にミルクが出るのが遅かった。もちろん一番遅いのはリュートスである。カラリアはリュートスが村を出る少し前、村にやってきた細身の人間に恋をして見事にオメガへと変わった。あれだけ難航した彼が今、牛獣人らしい男の隣で幸せそうに笑っているとは不思議なものである。
「うん、幸せだよ。だから苦しそうなリュートスが心配で放っておけないよ」
「え?」
「どんな相手に恋したのかは知らないけど吸ってくれないなら次に行きなよ」
胸、辛いでしょと付け加えたカラリアの顔は苦しげに歪んでいた。オメガ化が遅かった彼は他の牛獣人よりもこの痛みを理解しているのだ。心からの親切で言ってくれている。そう理解していても、リュートスには素直に頷くことなんて出来ないのだ。何も告げずに微笑めば、カラリアの瞳が潤んでいった。
「適当な男に恋して、一度でも搾乳すれば苦しまずに済むのに……。でも、僕らにはそれが出来ないんだよね」
「ああ」
『年を重ねれば重ねるほど恋をするのは難しくなる』
リュートスもカラリアも、村の大人達から何度も言い聞かせられてきた。嫌という程聞いてきた言葉はおそらく正しいのだろう。二人で頭を突きつけながら、誰かに恋をする方法を考えたこともある。けれど感情を操るなんて器用な真似は出来なかった。無意識のうちにブレーキを踏んでしまうのだ。
「僕ね、今隣村に住んでるんだ。だから困ったことがあったら遠慮なく来なよ。相談に乗るから」
カラリアはそう告げると紙ナプキンに住所を書き残して去っていった。良い幼馴染を持ったものだとじんわりと胸が温かくなる。けれど感傷に浸っている余裕などなかった。
「搾乳ってなんのことだ?」
トイレから帰ってきたエリックは真剣な表情をしていた。つい先ほどまであんなにべろんべろんに酔っていたというのに、今ではほろ酔いくらいに見える。厄介な人に聞かれてしまったものだ。けれどありのままを告げるわけにはいかない。困ったリュートスは視線を彷徨わせ、手の中にあった伝票に気づく。そういえば会計がまだだった。
「とりあえず先に会計させてください」
そう告げて逃げるように会計へ向かったリュートスだったが、エリックは簡単には逃がしてくれなかった。会計が終わって歩き出すとすぐに「搾乳しないと辛いのか?」と話を聞きたがる。まだ日が暮れてまもなく、人も多い。普段のエリックならこんな目立つ場所で搾乳搾乳連呼するはずがないのだが、彼の視線はずっとリュートスの胸に注がれており、周りのことなど気にもしていない様子だ。だからリュートスは仕方ないと割り切って、少しだけ隠して説明することにした。
「牛獣人は定期的にミルクを出さないと胸が張ってしまうんですが、俺はまだ一人じゃ搾乳できなくて誰かに手を借りないと……」
リュートスの声は次第に小さくなっていく。牛獣人の中では常識で、カラリアと話している時には全く気にならなかったが、相手がエリックとなると途端に恥ずかしくなる。頬を赤らめて視線をそらすリュートスを見たエリックの顔からはさぁっと血の気が引いていく。
「もしや俺はずっと……リュートスの邪魔を、してきたのか?」
「そういうわけでは……」
「今までの責任をとって、俺が搾乳を手伝おう!」
「え?」
「善は急げだ。そこのホテルでいいか? あ、特別な機材とかが必要だったらリュートスの部屋でもいいが」
「いえ機材などは別に」
「そうか!」
使命感に燃えるエリックはリュートスの手を取って近くのホテルの一室を取った。休憩も泊まりも出来るような場所だが、他の利用者達のような甘い空気はまるでない。
「ここなら乳が飛び散っても安心だな」
エリックはあくまで搾乳を手伝うことだけを考えている。そんな彼に乳を吸ってくれと告げるのは忍びない。部屋に入っておきながら、リュートスはどうやって逃げるかということばかりを考えていた。
「団長、やっぱり俺、他の人にしてもらうんで」
遠慮させて頂きますと続けようとしたが、目の前のエリックの顔を見て言葉が喉元で止まってしまった。
「俺じゃ嫌か?」
好きな相手に眉を下げながらそう問われれば男なら反応しない方がおかしい。エリックにその気がないことは百も承知だが、自然と胸が疼いた。そして頭の中の悪魔が囁くのだ。
『こんな機会、もう二度とないぞ』
『今を逃せば一生ミルクなんて出せやしない』
ーーだから吸ってもらえよ、と。
しばらく迷ったリュートスだったが、結局欲に抗うことなど出来るはずもなかった。
「シャワー浴びてきていいですか?」
「ああ」
胸中心に洗いながら『これは搾乳。慈善行為』と頭の中で自分に言い聞かせる。そして上半身裸でエリックの元へと戻った。もっちりと膨らんだ胸は首から下げられたタオルで軽く隠されているだけ。それすらもベッドの上に座ってからは取り除き、二つのふくらみを彼へと捧げる。
「気持ち悪かったら無理しなくていいですからね」
「気持ち悪いはずがない」
エリックは緊張するリュートスの胸に遠慮なく食いつくと強く吸い付いた。もう片方の胸もミルクがよく出るようにとモミモミと手を動かす。すると身体の中で勢いよく血液が回っていくような感覚に襲われた。ドクドクと心拍数は上がり、胸に熱が集まっていく。そして二十数年間、一度も出ることのなかったミルクが一気に体外へと溢れ出した。
「…………っあ」
初めてミルクを出せたリュートスはその快感から軽く達してしまった。気持ち良さに包まれながら、同時に申し訳なさが募っていく。エリックは大真面目にちゅうちゅうと胸を吸ってくれているのに、快感なんてとんでもない。そう思いこそすれど、オメガ化していく身体はヒクヒクと震えながら喜んでしまっていた。
「あとは自分で……」
これ以上迷惑はかけたくない。リュートスはエリックの肩を軽く押して、自分の体から離そうと試みた。けれど彼は手も口も離す様子はない。
「吸った方が楽なんだろ。なら手伝わせてくれ」
胸を吸いながら告げる彼の舌が乳首に触れ、ますますリュートスの尻が疼いた。幼少期に大人達から聞いた話によると、初めての発情期はミルクを出してから半年後にやってくるらしい。けれど発情期を迎えずともリュートスの尻は雄を迎えるためにじっとりと濡れてきてしまっている。フェロモンが垂れ流されるのも時間の問題かもしれない。このまま一緒にいたらエリックに今以上の迷惑をかけてしまう。なにせ押し寄せる欲望に耐えきれずに彼を襲う自分の姿が容易に想像できてしまうのだから。
リュートスはこれ以上の快感を感じてなるものかと唇を強く噛み締めた。そして心を鬼にして「もういいですから!」とエリックを突き放した。溢れたミルクと彼の唾液で濡れた乳を隠すように服を手に取り、身支度を整えていく。ベッドへ押された彼は嫌な顔一つせず、リュートスが全てのボタンをかけ終えるのを待ってくれた。そしてふぅっと大きく深呼吸をしたリュートスになんてことなかったかのように笑いかけた。
「楽になったか?」
「はい。だいぶ」
搾乳をしたことで長年連れ添った痛みはリュートスから消えていた。思考もクリアで、やっと一人前の牛獣人になれた気さえする。けれど同時に、脈がまるでないことが確定してしまったのだ。
「そうか、良かった。また辛くなったら言え。俺でよければいつでも手伝うぞ」
「さすがに二度も団長のお手を煩わせる訳にはいきません。今度はちゃんと自分で相手を探しますから」
「酒場で男を探すのか?」
「……何人かあたれば牛獣人のミルクを飲みたいと言ってくれる人がいますから」
「これだけ美味かったら飲みたいって奴はいるだろうな」
「牛獣人が群れの外にやってくることはなかなかありませんから、珍しさで食いついてくれる人もいるでしょう」
「っ! お前はもっと自分の身を大切に!」
「もちろん自分でできる分は自分で処理しますよ。でもそれ以外は、頼らざるを得ないんです」
「だからそれは俺が手伝うと!」
「一生なんて無理でしょう!」
「リュートス……」
好意からの申し出を断られたことがショックだったのだろう。けれどリュートスはエリックに頼るつもりはない。これ以上彼と触れれば欲が出て、ミルクで胸が張る以上の苦しみが待っていることだろう。牛獣人の初乳は愛した人にしか出すことは出来ない。けれど愛がなくとも番にはなれる。今のリュートスが探すべきは恋愛感情がなくともずっと寄り添ってくれる相手なのだ。
「すみません……。でも俺にとって男探しは番探しでもあるんです。身体の大きな俺が牛獣人以外に需要があるとは思えませんが、それでも俺が牛獣人である以上、もの好きを探さなきゃいけないんです」
「……番になるのは俺じゃダメなのか?」
「そこまで責任を取ってもらわなくても……それに俺とあなたじゃ身分が違うでしょう」
「団長と団員が番になってはいけないのか?」
「俺は平民で、あなたは王子です」
「王子といっても四番目。王位継承権なんてとっくに放棄している」
「それでも、あなたは王子様です。同情なんかで俺みたいなのと一緒になるべきじゃない」
「同情じゃないといったら?」
「え?」
「ずっと好きだった。ほかの団員に呆れられるほどお前ばかりを見ていた。自分では甘いものなんて食べないのに休みの日はお前に渡す菓子ばかり探して、他の男の手を取る姿を見た時には我慢できずに邪魔ばかりした。自分でも子どもらしいと思う。だが、この想いは抑えられないんだ」
「嘘、でしょ?」
「それが嘘なら俺は部下の胸を揉みながら勃起するただの変態ということになる」
エリックの言葉に視線を下げれば、彼のズボンはパンパンに膨らんでいた。リュートスはゆっくりとベルトを外し、前をくつろげれば今度は先走りで濡れたパンツが目に入る。存在を認識するように軽く撫でれば、エリックの身体はビクリと大きく揺れた。
「直接触ってくれねぇか」
「はい……」
本人からの許しを得たリュートスはパンツをずらし、そりたつペニスを手で包んだ。軽く扱けば白濁が飛び散った。勿体ない。リュートスは手に残った白濁を舌で綺麗に舐めとるともっとくれと今度は口全体でそれをしごく。
「リュートスっ」
「ふぁい」
返事をしただけで達してくれるのが嬉しくて、口いっぱいに与えられたそれをゴクリと飲み込んだ。
口の端に溢れた分は舌でペロリと舐めれば、頭を軽く撫でられる。初めてなので上手いとは思えないが、それでも褒めてもらえたようで頬が緩んだ。まだまだ元気なそれに再び口を寄せ、筋に沿って舐めていく。根元でビクビクと震える二つの玉は愛らしささえある。エリックが胸をいじってくれた時のように指先で軽く弄れば、小さなうめき声と共にリュートスの顔に向かって白濁が飛び散った。
「リュートスが欲しい」
熱を孕んだ声で愛する男に欲されて、リュートスの尻からはどろりと愛液が漏れ出した。つい先ほどまでベータだったリュートスの身体はほぐす必要なんてないほどに雄を求めているのだ。
両手を広げてくれているエリックに身を寄せ、リュートスは彼の耳元で囁いた。
「俺もあなたが欲しい」
腰を上げ、ずっぽりと根元まで一気に飲み込む。自分のナカが彼の形に変えられていく感覚は搾乳時の比にならない。
「ああああああああああ」
エリックの頭にしがみつきながら無意識に腰を振っていた。リュートスの雄からは精子が飛び散り、エリックの腹を汚す。けれど二人ともそんな些細なことを気にする余裕などなかった。
吸ったばかりだというのに、ビクンビクンと揺れながらミルクを溢れ出す乳首をエリックは愛撫し、時には指先でコリコリと擦ってみせる。大きな身体全身で喜んでくれる姿が愛らしくて、ついつい虐めてしまいたくなる。軽く歯を立てればリュートスは声も出さずに大きく後ろへのけぞった。
「ああ可愛い」
エリックは満足げに呟くとリュートスの腰に腕を回し、組み敷いた。この手の行為に慣れていない彼のテンポに合わせてはいられなかったのだ。擦られるごとにバキバキと力を漲らせていく雄を容赦なくリュートスに押し込めば「ぐがあっ」と卑猥な喉元をはっきりと見せてくれる。唾液と精液でねっとりとした彼の口に舌を入れ、中を堪能するように侵略していく。もちろん手元も緩めることはない。
エリックの遠慮のない行為にリュートスの意識は何度となく飛んで、そして快楽を楽しむために舞い戻る。乳首を軽くつままれただけでミルクは勢いよく飛び出し、ベッドは汗と精液とミルクで濡れていく。
異様な匂いで包まれながら何日も交わり続けた。声は枯れても性が枯れることはなく、それどころか日に日に精力は強くなっていった。
ーーそして今、数日ぶりに食事と風呂を済ませたリュートスは幼馴染の前で身体を縮こませている。
「僕にいうことは?」
「カラリアのお陰で助かりました」
すっかり我を忘れた二人はカラリアの制止がなければ今もまだ腰を振り続けていたことだろう。すでに部屋を取ってから一週間が経過していた。二人揃って何日も無断欠勤を続けていたため、さすがに心配になった同僚が探してくれていたのだという。たまたま王都に残っていたカラリアが「牛獣人を見かけなかったか?」と声をかけられたことで彼も捜索に加わり、発見に至ったのだとか。場所が場所なだけに、なかなか使用者情報を教えてもらえず牛獣人の彼が「兄に急ぎの用事があるんです!」と伝えてやっと鍵を開けてもらえたと聞かされた時は申し訳なさで顔もろくに見られなかったほどだ。
「牛獣人は猪突猛進型なのは知ってるよ? でもさ、いい大人なんだからもう少し周りのことも考えてくれる⁉︎」
「言い訳の言葉すらありません……」
お説教が始まってからすでに数時間が経過している。いつになったら解放されるのかはわからない。けれどボロボロと泣きながら「反省が足りない!」と怒る彼には謝り倒す他ないのだ。ちなみにエリックは別室で部隊のメンバーからお説教を食らっている。
やっと思いを通じあわせた二人はその後丸一日かけて熱いお灸を据えられたのだった。
ーーだが、解放されたエリックは反省するどころか真っ先にリュートスの胸へとダイブした。
「リュートス分が足りない」
「隠すつもりすらない団長、ウザっ」
「人がいるところでおっぱじめないでくださいよ」
「お前、リュートスのおっぱい狙ってるのか⁉︎」
「んなわけないでしょ。この部隊の奴らがリュートスを好きになるわけがない」
「そうだよな。お前達はこんなに魅力的なリュートスに全く反応しない朴念仁だもんな」
「自分で集めといてその言い草はないでしょ……」
「言い方に悪意を感じる……」
「ふかふか」
「聞いちゃいねぇ」
リュートスの胸の上で幸せそうに頬を緩める団長にかつての威厳はない。けれどそれもリュートスの前だけのこと。仕事に戻ればいつも通り。仕事とプライベートのオンオフがはっきりしすぎて初めは少し戸惑ったリュートスだが、すぐに慣れた。
「リュートスのミルクが飲みたい」
まだ仕事終わりの不意打ちには慣れないけれど……。
「部屋に戻ってからです」
顔を赤らめながらそう答えれば、彼は嬉しそうに笑ってリュートスの腰を抱く。少し位置が低くないか? と同僚は呆れた目で見るが、これでも遠慮している方なのだ。
ドアを閉めるや否や、裾から頭を突っ込む彼のせいでシャツは買っても買っても足りないくらいだ。我慢できない子どものような彼はじゅぼじゅぼと卑猥な音を立てながらミルクを飲み干していく。
「ベッドまで待ってっていつもいってるでしょう」
いくら飲んでもなくなりはしないのだが、強く吸われると尻が疼いて立ってることすらできなくなる。すでに足は限界で、ガクガクと震えてしまっている。だがエリックはそのことを分かっているのだ。シャツから顔を出した彼は意地悪な笑みを浮かべて、尻を軽く撫でた。
「こっちも楽しんでいいか?」
「聞かなくても分かってるくせに」
リュートスがプイと顔を背ければ、横抱きにしてベッドへと運んでくれる。そして仰向けにしてねころばせると両足を持ち上げ、溢れ出した愛液を舐めとっていく。リュートスとしては尻の穴に舌を突っ込むのは恥ずかしいからやめて欲しいのだが、足の合間に見える彼はとても幸せそうだからつい止めるタイミングを逃してしまうのだ。
「明日、仕事ですからね」
「タイマーならセットした」
部隊全員からプレゼントされたタイマーをベッドサイドに設置し、エリックは勃起したペニスをリュートスに見せつける。
「だから今日も、いいだろう?」
臨戦態勢のそれは先走りでテラテラと濡れていて、リュートスは思わず舌なめずりをしてしまう。そして自らの尻へと手を伸ばし、左右へと広げた。ナカはヒクヒクと動いているが、エリックは律儀にもリュートスの許可を待ち続ける。目を見開き、ゴクリと喉仏を揺らしても侵入はしない。遠慮なくミルクを飲むくせに。少しだけおかしくて、でもそれ以上に愛おしくて。リュートスは甘えてみせるのだ。
「今日もぐちゃぐちゃにしてください」
その言葉でエリックの目は獣のように変わる。彼の獲物になったリュートスは快楽へと身を委ねるのだった。
リュートスは胸に手をおきながら溜息を吐く。服装を変えてなんとか隠してきたものの、五年も片思いを続けていれば膨らみも隠せぬほどになってきた。
最近では同僚に「牛獣人ってベータでもこんなに胸でかいのか?」と聞かれてしまうほど。周りに比較対象がいないのをいいことに「ああ大変なんだ」と流したが、年中胸が張っている牛獣人などほとんどいないだろう。そもそもリュートスのように成体になってもベータでいる者自体が稀だ。
通常、牛獣人は群れで生活するため、単独で王都に出てくることはほぼない。あっても買い出し程度で棲み着くことはない。そんな種族である牛獣人のリュートスが王都にいる理由はベータであることと関係していた。
ベータの牛獣人は恋愛感情を持った相手に胸を吸ってもらうことで、身体がオメガへと変わる。胸からはミルクが出るようになり、子どもだって産めるようになる。牛獣人の中では一定数のベータが生まれるが、遅くとも十を迎える頃にはオメガへと変わっていく。相手は様々だが、ベータの牛獣人にとって通過儀礼でもあるそれを拒む同族はいない。相手に番がいようとも、この時ばかりは憧れの相手に胸を吸ってもらえるのである。だが牛獣人の村にいた頃のリュートスは一向に恋する気配がなかった。ベータの友人が胸を膨らまし、ミルクが出るようになっても彼の胸に変化はなかった。
そしていつからか居辛さを感じるようになり、村を出た。王都にやってきたのは仕事が見つけやすそうだと思ったから。騎士になるつもりはなかったが、給料がいいからとお試しで受けたら受かったため流れで入団した。
そして騎士見習いになってすぐ変化が訪れた。
とある男に恋に落ちたのである。
エリック=ガロンーーガロン王国第四王子にして第一騎士団団長、そしてなによりリュートスの上司である。恋が実るどころか、乳を吸ってくれと頭を下げることすら出来ないほど遠い人物に恋したものだ。同僚なら酔った勢いでどうにか出来なくもない。だがエリック相手にはどうしようもない。よりによってなぜこんな相手に恋をしたのか。おかげで最近では乳首に痛みすら感じるようになった。いい加減ミルクを出させろとでも言いたいのだろう。リュートスだって自分で出せるものなら左右の乳首をギュッとつねって排水口にでも流してやりたい。けれどどんなに体内でミルクが生成されようとも、その栓を抜けるのは愛した人でなければならないのだ。
早く失恋して他の相手に乗り換えることが出来たのならばどれだけ良かっただろうか。リュートスは過去に何度も他の男性に目を向けようとした。酒場に行って男を漁り、身体の関係からスタートしようとしたこともある。けれどその度にエリックに阻止されているのだ。
「お前はもっと自分の身体を大事にしろ」
毎回違う店で男に声をかけているというのに、ホテルに連れ込む前になぜか見つかってしまう。上司として、淫らな行為に耽ろうとする部下は見逃せないのかもしれない。けれどリュートスとて立派な成人男性である。プライベートのことくらい放っておいてくださいと突っぱねることだって出来るのに、彼がやって来るたびに嬉しさを感じてしまう自分がいた。リュートスの両肩に手を乗せて説得して来るエリックの顔は大真面目で、彼が自分を見てくれることに喜びを感じていた。幸せだったとさえ思う。けれどそんなことだからまだまだミルクが出ないのだ。
「早くいい男を見つけないと!」
リュートスはそう決心すると、真っ白なセーターをズボッと頭から被った。兄からの贈り物であるこのセーターは胸元がゆったりとしたデザインになっているためとても重宝している。休みの日はこればかりを着ている。そのため同僚達には「恋人からの贈り物か?」なんて囃し立てられもするが、なかなかいい服が見つからないのだから仕方ないだろう。
都合の良い男に恋をして胸を吸ってもらうのが先か、徐々に大きくなる胸を隠すのに都合の良い服を見つけるのが先か。
リュートスとしてはさっさと男を見つけて、オメガになってしまいたい。白と黒の混じった髪先に軽くムースをつけ、ふんわりとした髪型を作る。以前、同僚が「牛獣人って包容感があるイメージ!」と教えてくれたのを参考にしている。実際のリュートスは包み込むどころか周りに頼ってばかりのことが多いのだが、雰囲気の問題だ。
財布を尻ポケットに突っ込み、今日はどこの酒場を狙おうかとドアを開けた時だった。
「買い物か?」
目の前に今一番会いたくない男が立っていた。外であって連れて帰られるよりはマシなのだろうが、ひくひくと突っ張る胸に決意が鈍ってしまいそうだ。
「団長、俺に何か用事でもありましたか?」
「これやる」
「え、これどうしたんですか?」
差し出された袋は今、若い女性の間で話題の焼き菓子屋さんのものだ。王都にある店は二時間待ちが当たり前。何回も折り返した先にある最後尾は見つけるのも一苦労らしい。オープンしてすぐに人気となったその店のイチオシはバラの焼印が入ったフィナンシェである。バターがよくきいたそれを一度は食べてみたいと思いこそすれ、リュートスには何時間も並ぶ覚悟はなかった。その店の紙袋が自らの手の中にある。パチクリと瞬きをしながら、一体どうして? と首をひねる。まさか団長が買ってきてくれたのだろうか。そんな甘い考えはすぐに吹き飛んだ。
「ランドリーメイドの女の子に貰ったんだが、俺は甘いもの食わないからやる」
「ありがとうございます」
無駄な期待をしてしまったせいで暗い声を出してしまったリュートスだが、いつものことだ。なぜか甘いもの好きと誤解されているエリックはスイーツの贈り物をもらうことが多い。彼に思いを寄せるのはリュートスだけではないのだ。けれどその思いのほとんどが通じることなく、贈り物はリュートスの胃の中に収まることとなる。女の子の苦労を思うといつも以上に心が痛む。
「ところでどこに行こうとしてたんだ? 酒場とか言わないよな?」
呆れたような視線と共に投げられた鋭い指摘にドキッとした。けれどそれを顔に出すわけにはいかない。適当な言い訳をして切り抜けようと、リュートスは胸元を軽くつまんでみせる。
「服屋ですよ。休みの度に同じ服ばかり着ているって言われたんでそろそろ違うのも買おうかなって」
「なら俺が見繕ってやろう!」
「え?」
「嫌か?」
「嫌、ではないですけど、でも俺は普通の服は着られないので……」
「ちゃんと獣人用の店に行くから安心しろ」
「はぁ……」
なぜかノリノリなエリックは「その袋置いてこい」とリュートスを一度奥へ戻すと、早く行くぞと急かす。もしや彼もリュートスがずっと同じ服ばかり着ているのを気になっていたのだろうか。冬場だけの服装とはいえ、休みの日はかなりの頻度で顔を合わせている。同僚よりもエリックの方が気になっていたのかもしれない。ただ立場上、気を使って言わないでくれただけで。そう思うと途端に気分が沈んでいく。
「リュートス? どうかしたのか?」
「あ、いえなんでもないです」
服にもう少し気を使おうと心に決め、エリックの後を追う。そのまま彼の後ろに続き、店の前でピタリと足を止めた。
「まさかこの店に入ろうっていうんじゃないですよね?」
「そうだが? 何か問題があるか?」
「もっと手頃な値段の店にしてください」
不思議そうに首をかしげるエリックに、意見せざるを得なかった。
なにせ彼がやってきたのは獣人向けの店の中でも特に質と値段が高いことで有名で、ジャケットなんて買おうものならリュートスの月給がほぼ消える。元々獣人用の服は耐久性が重要視されるので人間の服よりも高いのだが、それにブランド力まで合わせられるととてもではないが一般騎士のリュートスには手の届かない品となる。
長年愛用できるものならば少し背伸びをするのも悪くはないが、来年も同じものに腕を通せる自信はない。いや、腕は通せるかもしれない。ただ胸や尻を中心とした一部が隠しきれないだけで。
「俺の給料じゃ無理です……」
リュートスは恥ずかしさで体を縮こませながら、小さな声で付け足す。けれどエリックは「なんだそんなことか」と軽く一蹴した。
「俺が買ってやるから金の心配はしなくていい」
「そんな、悪いですよ……」
「俺が買いたいだけだから気にするな」
ニッと笑うエリックに思わず胸がキュンとする。彼のことだから深い意味はないのだろう。今まで期待する度に後悔してきたリュートスは必死で自分の気持ちに冷水をかける。
「リュートスはセーターとかTシャツとか動きやすい服が多いよな。パンツもジーンズ生地のものが多い」
「は、はい」
動きやすさよりも重要なのは胸と尻をしっかりと隠せるかなのだが、わざわざ伝えることもないだろう。商品を手にとってはリュートスの身体に合わせる彼の手が軽く触れるたび、ビクッと震えてしまう。
「何緊張してるんだよ」
カラカラと笑う姿に鼓動が早くなり、今すぐにでもこの場から逃げ出したくなった。エリックが何とも思っていないことなんて分かっているのに、身体の中では出される予定のないミルクが作られていく。いつまでこんな不毛な恋を続けるつもりか。自問自答をしたところでやはり彼への思いから逃げる術などないのだ。リュートスは心の中で大きな溜息を吐きながら、早く決めてくれと時間が過ぎるのを待った。
「よし、これにしよう」
リュートスにとっての地獄の時間は一時間にも及んだ。エリックは満足気に何着かの服を店員に渡していた。一体何着買うつもりかと止める気力すらない。やっと解放されたリュートスは近くの椅子に腰掛け、ぼおっとマネキンを眺めた。
あの服、団長に似合いそうだよな~なんて思いながらも値段を確認することすら出来やしない。一度に複数の商品を買い上げる彼とはやはり金銭感覚からして違うのだ。
二つの袋を掲げた彼は「来シーズンにはまた付き合うからな!」とひどく上機嫌で、今まで見たことのないような笑みを浮かべていた。何が楽しいのか分からずに、リュートスは「酒場に行こう!」と大きな声で宣言したエリックの後に続いた。
「酒代は俺に奢らせてください」
「そんなこと言うと高い酒ばっか頼んじまうぞ?」
団の飲み会で酒を流し込んでいく彼の姿を思い出して、ゾッとした。リュートスの財布には服を買うために少し多めの金が入っているが正直エリックに本気で飲まれたら足りる気がしない。冗談だとは思いつつも、ぺこりと頭を下げる。
「……ほどほどでお願いします」
「わかったわかった」
ーーなんて豪快に笑っていたのはもう二時間も前のことだ。
「団長、そろそろ帰りましょうよ」
「まだ飲む!」
「そろそろ本当に俺の持ち金では足りなくなるんで」
「俺が出す!」
「べろべろに酔ってる人に払わせられる筈ないでしょう……。ほら、送りますから」
どうやらエリックはリュートスが酒好きだと思っていたらしい。団の飲み会ではあまり飲まないのは酒癖の悪さを自覚しているからだとも。ただ単純に酒があまり得意ではないだけなのだが、男漁りのために酒場に行っていたとも言えず軽く流した。するとエリックは今日は俺と一緒だから好きなだけ飲むと良いとドンドン頼みだし、そしてそのほとんどを自らが飲んだ結果がこれだ。飲み会では酔った姿など見たことがないのだが、今日はタガが外れていたのだろう。服を買ってやると言い出したのも何かあってのことかもしれない。今さら気づいたところで、リュートスには水を渡してやることしかできない。
「ほら水飲んでください」
「……トイレ」
「一人で大丈夫ですか?」
「気にすんな~」
エリックはそう答えるとふらふらとした足取りでトイレに向かった。本当に大丈夫だろうか? 頭でも打たなきゃいいが……。帰ってくるのが遅いようだったら様子を見に行こうと決め、リュートスは何枚にも渡る伝票をひっくり返す。
「うわっギリギリだ。今のうちに会計して引っ張って帰ろ」
会計が終われば財布に残るのは数枚の硬貨だけ。多めに持ってきただけに今月の生活費は切り詰めなければならなさそうだ。酒場に行って男を探す金すらない。
「はぁ……」
小さくため息を吐いて立ち上がった時だった。
「リュートス」
聞き覚えのある声が耳をくすぐった。もう何年も耳にしていないが、幼馴染の声を聞き間違える訳がない。振り返れば想像通りの人物が手を小さく降っていた。
「カラリア! こっちきてたのか」
「僕たちが今年の買い出し係なんだ」
僕『たち』という言葉に視線を少しズラせば、カラリアの隣に立つ大男がぺこりと頭を下げた。こちらの男に見覚えはないが、リュートス達と同じ牛獣人だ。それに彼の耳にはカラリアと同じ装飾のリングがある。
「カラリアはもう番が出来たのか」
「一昨年にお見合い結婚したんだ」
「幸せそうだな」
リュートスが村を出るまでの彼の好みは細身だった。大柄が多い牛獣人の中ではなかなか好みの相手が見つからず、同年代の中でも二番目にミルクが出るのが遅かった。もちろん一番遅いのはリュートスである。カラリアはリュートスが村を出る少し前、村にやってきた細身の人間に恋をして見事にオメガへと変わった。あれだけ難航した彼が今、牛獣人らしい男の隣で幸せそうに笑っているとは不思議なものである。
「うん、幸せだよ。だから苦しそうなリュートスが心配で放っておけないよ」
「え?」
「どんな相手に恋したのかは知らないけど吸ってくれないなら次に行きなよ」
胸、辛いでしょと付け加えたカラリアの顔は苦しげに歪んでいた。オメガ化が遅かった彼は他の牛獣人よりもこの痛みを理解しているのだ。心からの親切で言ってくれている。そう理解していても、リュートスには素直に頷くことなんて出来ないのだ。何も告げずに微笑めば、カラリアの瞳が潤んでいった。
「適当な男に恋して、一度でも搾乳すれば苦しまずに済むのに……。でも、僕らにはそれが出来ないんだよね」
「ああ」
『年を重ねれば重ねるほど恋をするのは難しくなる』
リュートスもカラリアも、村の大人達から何度も言い聞かせられてきた。嫌という程聞いてきた言葉はおそらく正しいのだろう。二人で頭を突きつけながら、誰かに恋をする方法を考えたこともある。けれど感情を操るなんて器用な真似は出来なかった。無意識のうちにブレーキを踏んでしまうのだ。
「僕ね、今隣村に住んでるんだ。だから困ったことがあったら遠慮なく来なよ。相談に乗るから」
カラリアはそう告げると紙ナプキンに住所を書き残して去っていった。良い幼馴染を持ったものだとじんわりと胸が温かくなる。けれど感傷に浸っている余裕などなかった。
「搾乳ってなんのことだ?」
トイレから帰ってきたエリックは真剣な表情をしていた。つい先ほどまであんなにべろんべろんに酔っていたというのに、今ではほろ酔いくらいに見える。厄介な人に聞かれてしまったものだ。けれどありのままを告げるわけにはいかない。困ったリュートスは視線を彷徨わせ、手の中にあった伝票に気づく。そういえば会計がまだだった。
「とりあえず先に会計させてください」
そう告げて逃げるように会計へ向かったリュートスだったが、エリックは簡単には逃がしてくれなかった。会計が終わって歩き出すとすぐに「搾乳しないと辛いのか?」と話を聞きたがる。まだ日が暮れてまもなく、人も多い。普段のエリックならこんな目立つ場所で搾乳搾乳連呼するはずがないのだが、彼の視線はずっとリュートスの胸に注がれており、周りのことなど気にもしていない様子だ。だからリュートスは仕方ないと割り切って、少しだけ隠して説明することにした。
「牛獣人は定期的にミルクを出さないと胸が張ってしまうんですが、俺はまだ一人じゃ搾乳できなくて誰かに手を借りないと……」
リュートスの声は次第に小さくなっていく。牛獣人の中では常識で、カラリアと話している時には全く気にならなかったが、相手がエリックとなると途端に恥ずかしくなる。頬を赤らめて視線をそらすリュートスを見たエリックの顔からはさぁっと血の気が引いていく。
「もしや俺はずっと……リュートスの邪魔を、してきたのか?」
「そういうわけでは……」
「今までの責任をとって、俺が搾乳を手伝おう!」
「え?」
「善は急げだ。そこのホテルでいいか? あ、特別な機材とかが必要だったらリュートスの部屋でもいいが」
「いえ機材などは別に」
「そうか!」
使命感に燃えるエリックはリュートスの手を取って近くのホテルの一室を取った。休憩も泊まりも出来るような場所だが、他の利用者達のような甘い空気はまるでない。
「ここなら乳が飛び散っても安心だな」
エリックはあくまで搾乳を手伝うことだけを考えている。そんな彼に乳を吸ってくれと告げるのは忍びない。部屋に入っておきながら、リュートスはどうやって逃げるかということばかりを考えていた。
「団長、やっぱり俺、他の人にしてもらうんで」
遠慮させて頂きますと続けようとしたが、目の前のエリックの顔を見て言葉が喉元で止まってしまった。
「俺じゃ嫌か?」
好きな相手に眉を下げながらそう問われれば男なら反応しない方がおかしい。エリックにその気がないことは百も承知だが、自然と胸が疼いた。そして頭の中の悪魔が囁くのだ。
『こんな機会、もう二度とないぞ』
『今を逃せば一生ミルクなんて出せやしない』
ーーだから吸ってもらえよ、と。
しばらく迷ったリュートスだったが、結局欲に抗うことなど出来るはずもなかった。
「シャワー浴びてきていいですか?」
「ああ」
胸中心に洗いながら『これは搾乳。慈善行為』と頭の中で自分に言い聞かせる。そして上半身裸でエリックの元へと戻った。もっちりと膨らんだ胸は首から下げられたタオルで軽く隠されているだけ。それすらもベッドの上に座ってからは取り除き、二つのふくらみを彼へと捧げる。
「気持ち悪かったら無理しなくていいですからね」
「気持ち悪いはずがない」
エリックは緊張するリュートスの胸に遠慮なく食いつくと強く吸い付いた。もう片方の胸もミルクがよく出るようにとモミモミと手を動かす。すると身体の中で勢いよく血液が回っていくような感覚に襲われた。ドクドクと心拍数は上がり、胸に熱が集まっていく。そして二十数年間、一度も出ることのなかったミルクが一気に体外へと溢れ出した。
「…………っあ」
初めてミルクを出せたリュートスはその快感から軽く達してしまった。気持ち良さに包まれながら、同時に申し訳なさが募っていく。エリックは大真面目にちゅうちゅうと胸を吸ってくれているのに、快感なんてとんでもない。そう思いこそすれど、オメガ化していく身体はヒクヒクと震えながら喜んでしまっていた。
「あとは自分で……」
これ以上迷惑はかけたくない。リュートスはエリックの肩を軽く押して、自分の体から離そうと試みた。けれど彼は手も口も離す様子はない。
「吸った方が楽なんだろ。なら手伝わせてくれ」
胸を吸いながら告げる彼の舌が乳首に触れ、ますますリュートスの尻が疼いた。幼少期に大人達から聞いた話によると、初めての発情期はミルクを出してから半年後にやってくるらしい。けれど発情期を迎えずともリュートスの尻は雄を迎えるためにじっとりと濡れてきてしまっている。フェロモンが垂れ流されるのも時間の問題かもしれない。このまま一緒にいたらエリックに今以上の迷惑をかけてしまう。なにせ押し寄せる欲望に耐えきれずに彼を襲う自分の姿が容易に想像できてしまうのだから。
リュートスはこれ以上の快感を感じてなるものかと唇を強く噛み締めた。そして心を鬼にして「もういいですから!」とエリックを突き放した。溢れたミルクと彼の唾液で濡れた乳を隠すように服を手に取り、身支度を整えていく。ベッドへ押された彼は嫌な顔一つせず、リュートスが全てのボタンをかけ終えるのを待ってくれた。そしてふぅっと大きく深呼吸をしたリュートスになんてことなかったかのように笑いかけた。
「楽になったか?」
「はい。だいぶ」
搾乳をしたことで長年連れ添った痛みはリュートスから消えていた。思考もクリアで、やっと一人前の牛獣人になれた気さえする。けれど同時に、脈がまるでないことが確定してしまったのだ。
「そうか、良かった。また辛くなったら言え。俺でよければいつでも手伝うぞ」
「さすがに二度も団長のお手を煩わせる訳にはいきません。今度はちゃんと自分で相手を探しますから」
「酒場で男を探すのか?」
「……何人かあたれば牛獣人のミルクを飲みたいと言ってくれる人がいますから」
「これだけ美味かったら飲みたいって奴はいるだろうな」
「牛獣人が群れの外にやってくることはなかなかありませんから、珍しさで食いついてくれる人もいるでしょう」
「っ! お前はもっと自分の身を大切に!」
「もちろん自分でできる分は自分で処理しますよ。でもそれ以外は、頼らざるを得ないんです」
「だからそれは俺が手伝うと!」
「一生なんて無理でしょう!」
「リュートス……」
好意からの申し出を断られたことがショックだったのだろう。けれどリュートスはエリックに頼るつもりはない。これ以上彼と触れれば欲が出て、ミルクで胸が張る以上の苦しみが待っていることだろう。牛獣人の初乳は愛した人にしか出すことは出来ない。けれど愛がなくとも番にはなれる。今のリュートスが探すべきは恋愛感情がなくともずっと寄り添ってくれる相手なのだ。
「すみません……。でも俺にとって男探しは番探しでもあるんです。身体の大きな俺が牛獣人以外に需要があるとは思えませんが、それでも俺が牛獣人である以上、もの好きを探さなきゃいけないんです」
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本人からの許しを得たリュートスはパンツをずらし、そりたつペニスを手で包んだ。軽く扱けば白濁が飛び散った。勿体ない。リュートスは手に残った白濁を舌で綺麗に舐めとるともっとくれと今度は口全体でそれをしごく。
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「リュートスが欲しい」
熱を孕んだ声で愛する男に欲されて、リュートスの尻からはどろりと愛液が漏れ出した。つい先ほどまでベータだったリュートスの身体はほぐす必要なんてないほどに雄を求めているのだ。
両手を広げてくれているエリックに身を寄せ、リュートスは彼の耳元で囁いた。
「俺もあなたが欲しい」
腰を上げ、ずっぽりと根元まで一気に飲み込む。自分のナカが彼の形に変えられていく感覚は搾乳時の比にならない。
「ああああああああああ」
エリックの頭にしがみつきながら無意識に腰を振っていた。リュートスの雄からは精子が飛び散り、エリックの腹を汚す。けれど二人ともそんな些細なことを気にする余裕などなかった。
吸ったばかりだというのに、ビクンビクンと揺れながらミルクを溢れ出す乳首をエリックは愛撫し、時には指先でコリコリと擦ってみせる。大きな身体全身で喜んでくれる姿が愛らしくて、ついつい虐めてしまいたくなる。軽く歯を立てればリュートスは声も出さずに大きく後ろへのけぞった。
「ああ可愛い」
エリックは満足げに呟くとリュートスの腰に腕を回し、組み敷いた。この手の行為に慣れていない彼のテンポに合わせてはいられなかったのだ。擦られるごとにバキバキと力を漲らせていく雄を容赦なくリュートスに押し込めば「ぐがあっ」と卑猥な喉元をはっきりと見せてくれる。唾液と精液でねっとりとした彼の口に舌を入れ、中を堪能するように侵略していく。もちろん手元も緩めることはない。
エリックの遠慮のない行為にリュートスの意識は何度となく飛んで、そして快楽を楽しむために舞い戻る。乳首を軽くつままれただけでミルクは勢いよく飛び出し、ベッドは汗と精液とミルクで濡れていく。
異様な匂いで包まれながら何日も交わり続けた。声は枯れても性が枯れることはなく、それどころか日に日に精力は強くなっていった。
ーーそして今、数日ぶりに食事と風呂を済ませたリュートスは幼馴染の前で身体を縮こませている。
「僕にいうことは?」
「カラリアのお陰で助かりました」
すっかり我を忘れた二人はカラリアの制止がなければ今もまだ腰を振り続けていたことだろう。すでに部屋を取ってから一週間が経過していた。二人揃って何日も無断欠勤を続けていたため、さすがに心配になった同僚が探してくれていたのだという。たまたま王都に残っていたカラリアが「牛獣人を見かけなかったか?」と声をかけられたことで彼も捜索に加わり、発見に至ったのだとか。場所が場所なだけに、なかなか使用者情報を教えてもらえず牛獣人の彼が「兄に急ぎの用事があるんです!」と伝えてやっと鍵を開けてもらえたと聞かされた時は申し訳なさで顔もろくに見られなかったほどだ。
「牛獣人は猪突猛進型なのは知ってるよ? でもさ、いい大人なんだからもう少し周りのことも考えてくれる⁉︎」
「言い訳の言葉すらありません……」
お説教が始まってからすでに数時間が経過している。いつになったら解放されるのかはわからない。けれどボロボロと泣きながら「反省が足りない!」と怒る彼には謝り倒す他ないのだ。ちなみにエリックは別室で部隊のメンバーからお説教を食らっている。
やっと思いを通じあわせた二人はその後丸一日かけて熱いお灸を据えられたのだった。
ーーだが、解放されたエリックは反省するどころか真っ先にリュートスの胸へとダイブした。
「リュートス分が足りない」
「隠すつもりすらない団長、ウザっ」
「人がいるところでおっぱじめないでくださいよ」
「お前、リュートスのおっぱい狙ってるのか⁉︎」
「んなわけないでしょ。この部隊の奴らがリュートスを好きになるわけがない」
「そうだよな。お前達はこんなに魅力的なリュートスに全く反応しない朴念仁だもんな」
「自分で集めといてその言い草はないでしょ……」
「言い方に悪意を感じる……」
「ふかふか」
「聞いちゃいねぇ」
リュートスの胸の上で幸せそうに頬を緩める団長にかつての威厳はない。けれどそれもリュートスの前だけのこと。仕事に戻ればいつも通り。仕事とプライベートのオンオフがはっきりしすぎて初めは少し戸惑ったリュートスだが、すぐに慣れた。
「リュートスのミルクが飲みたい」
まだ仕事終わりの不意打ちには慣れないけれど……。
「部屋に戻ってからです」
顔を赤らめながらそう答えれば、彼は嬉しそうに笑ってリュートスの腰を抱く。少し位置が低くないか? と同僚は呆れた目で見るが、これでも遠慮している方なのだ。
ドアを閉めるや否や、裾から頭を突っ込む彼のせいでシャツは買っても買っても足りないくらいだ。我慢できない子どものような彼はじゅぼじゅぼと卑猥な音を立てながらミルクを飲み干していく。
「ベッドまで待ってっていつもいってるでしょう」
いくら飲んでもなくなりはしないのだが、強く吸われると尻が疼いて立ってることすらできなくなる。すでに足は限界で、ガクガクと震えてしまっている。だがエリックはそのことを分かっているのだ。シャツから顔を出した彼は意地悪な笑みを浮かべて、尻を軽く撫でた。
「こっちも楽しんでいいか?」
「聞かなくても分かってるくせに」
リュートスがプイと顔を背ければ、横抱きにしてベッドへと運んでくれる。そして仰向けにしてねころばせると両足を持ち上げ、溢れ出した愛液を舐めとっていく。リュートスとしては尻の穴に舌を突っ込むのは恥ずかしいからやめて欲しいのだが、足の合間に見える彼はとても幸せそうだからつい止めるタイミングを逃してしまうのだ。
「明日、仕事ですからね」
「タイマーならセットした」
部隊全員からプレゼントされたタイマーをベッドサイドに設置し、エリックは勃起したペニスをリュートスに見せつける。
「だから今日も、いいだろう?」
臨戦態勢のそれは先走りでテラテラと濡れていて、リュートスは思わず舌なめずりをしてしまう。そして自らの尻へと手を伸ばし、左右へと広げた。ナカはヒクヒクと動いているが、エリックは律儀にもリュートスの許可を待ち続ける。目を見開き、ゴクリと喉仏を揺らしても侵入はしない。遠慮なくミルクを飲むくせに。少しだけおかしくて、でもそれ以上に愛おしくて。リュートスは甘えてみせるのだ。
「今日もぐちゃぐちゃにしてください」
その言葉でエリックの目は獣のように変わる。彼の獲物になったリュートスは快楽へと身を委ねるのだった。
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だが解放されたリュートスは
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朴念仁だもんな
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