アト

斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中

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「亨、慰めてくれ!」

 一夜明け、目が腫れてしまった俺は真っ先に亨に電話をかけた。
 時間は午前6時。
 亨なら起きているだろうと、朝早くから相手の迷惑も考えずに電話をした。

 すると帰って来たのは俺が全く予想していなかった言葉だった。

「そんな元気は今の俺にはない! お前が慰めろ!」――と、普段の亨なら絶対に言い出さないような内容だった。

「…………何があった?」

 俺の完全なる失恋なんかよりもそちらの方が気になってたまらなかった。

 どうせ俺の方はただ延命して、そして思い知って、勝手に傷ついただけなのだから。

 話はいつもの居酒屋で話すと言われて、すぐにこの目をどうにかした。
 冷たいタオルとレンジであっためたタオルを交互に充てていけば、少しだけ腫れは和らいでいく。

 まだ店は開店前で、開店までは5時間も時間がある。

 亨はそれを承知していて、あの居酒屋を指定したのだろう。
 ……まぁ、あそこが個室で一番話しやすいっていうのもあるだろうが、それでも少しでも冷静になって話をまとめる必要があった。


 ――とはいえ、俺の場合は全て自分が蒔いた種から咲いた華で傷を負ったようなものだ。


 開店と同時に入れるように店へと向かうとすでにそこに亨は立っていた。

「今日は俺の奢りだから気にせずに飲み明かそうぜ!」
 会ってしょっぱなから亨はらしくないことを口にして、傷ついたような笑顔を俺へと向ける。
 これでは話すつもりがあるのかすらわからないが、それでもいいのかも知れないと思えた。


 結局、亨が何があったのか口を開いたのは、生ビールに角ハイ、ワインにバーボン、焼酎まで飲み干してから落ち着いたようにウーロン茶を注文した後のことだった。

「昨日悠にちゃんと言ったんだ。別れるって。俺さ、あいつがお前のこと、俺の新しい相手なんだって思ってたこと知ってたんだ。知ってて、他に相手がいるんだって、嫉妬して欲しかったんだ。でも、あいつには俺以外にも相手がいて…………それも俺なんて目でもないほどのイケメン。何の偶然かは知らないけどさ、相手、要さんって言うんだぜ? ほんとに、馬鹿みたいだよな、あいつには俺だけだって思い込んでた。今までだって仕事でもなんでもなかったんだよ……」

 涙で目を潤ませながら、ストローでちょんちょんと氷をいじる。
 その仕草はまるで子どもがいじけたようで、けれどこんな亨を子どもみたいだとは思えなかった。

 自分だけを見て欲しかったのだ。

「俺はあいつの、名前と仕事しか知らないくせに、だぜ? それすら、本当かすらわからないのに、なぜか俺は安心してた。本当……馬鹿だよな」

 同情はしない。
 亨だってそれを望んでいないだろうから。

 彼は聞いてほしいのだ。
 他でもない、同士で親友の俺に。

 俺が真っ先に亨の顔が浮かんだのと同じことだろう。
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