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二日酔いで痛む頭を無理矢理起こしたのは一通のメールだった。
「今日来て」と要からの短くかつ的確なメール。
関係が金で繋がっていると明確化したからなのか、今まで滞っていた連絡が嘘のように思えるほどだった。
簡潔なメールに返したのは「19時に行く」というこちらも短い文であったが、送信ボタンを押す指は馬鹿みたいに震えていた。
頭の中で冷静な自分が何期待してるんだよと鼻で笑っている。
だが俺はそれを拒もうとは一瞬だって思わなかった。昨日、亨に宣言したのは思いの外聞いているらしい。励ましてくれる人がいると分かっただけでこんなにも一歩が踏み出しやすいのだから。
その日のバイトはちゃっちゃと済ませ、定時で上がるとピッタリ19時に要のマンションへとたどり着く。
入り口で番号を打ち込み、名前を名乗ればすぐにガラス戸は開く。
「入って」と機械越しに聞こえた要の声はどこか冷たくて、やはり終わりにしようかという話なのだろうかと足取りが重くなるのを感じた。
脳みそが浮かび上がる感覚に陥りながらエレベーターで最上階へと登るとそこにはたった一室しかない要の部屋の扉があった。以前来た時と素材は変わっていないはずなのだが、妙に重厚感を感じさせるそれは鍵を持っていない俺を拒んでいるようだった。
インターホンへと手を伸ばし、そしてボタンから手を離すとガチャリとドアの鍵が開けられた。
先ほどといい、今といい、対応の早さはまるでずっと俺の来訪を待っていたかのようではあるが、そんな訳はないだろう。
たまたまだから調子にのるなと自分に言い聞かせる。
「要、来たぞ」
音がしたものの、開く気配のないドアを勝手に開いて中へと進もうとすると玄関先で佇む要の姿がそこにあった。
「要?」
「これ」
どうかしたのかと顔を覗き込もうとすると要はスッと俺の前に一枚のカードを差し出した。
あの日、置いて帰った要の家の鍵である。
「なんで置いて帰ったの?」
「いや、そりゃあ……」
置いて帰るだろと告げるよりも早く俺の言葉を遮るようにして要は声を荒げる。
「今まで通りにしてくれるんでしょう!」
それはまるでヒステリックになった女のようで、なぜ要がそんなにも怒っているのかは分からずとも、俺の手は自然とそのカードを受け取っていた。そして「忘れただけだ」とご丁寧にも俺の口は嘘を吐く。
「そっか」
そんな嘘一つで要は表情を和らげる。
今までこんなことは一度だってなかった。
おそらくは何か不安になることがあったのだろう。
「おふろ入ってからやろうか」
その日、俺を抱くその手はどこか落ち着きがなくて、新しい相手と何かあったのだろうと容易に想像がついた。
身代わりとして呼び出されたことが悲しく思える一方で、こうしてまだ俺を必要としてくれることにホッとしている自分がいた。
「はぁ……」
終電よりも数本まえの電車で家に帰ると、やはり今日もカバンには例の封筒がある。中身を見る気も起きずに前回そうしたように紙袋へと入れてベッドの下へと突っ込んだ。
亨に言えば不用心だと叱るだろうがこんなもの取られたところでどうってことはない。むしろ欲しい人がいるなら顔を見て手渡しで渡したいくらいだ。だが実際はそうすることも出来ず、だからと言って使う気にも通帳に入れる気にもならずにベッドの下で眠ってもらっている。
これからも要と関係を続ける度に増えることを考えるとどこにでもありそうなその封筒は罪の鎖のようにも思えて仕方がない。
「寝るか」
自分以外誰もいない部屋でわざわざそう宣言すると電気の紐を引っ張って布団で顔まですっぽりと覆った。
「今日来て」と要からの短くかつ的確なメール。
関係が金で繋がっていると明確化したからなのか、今まで滞っていた連絡が嘘のように思えるほどだった。
簡潔なメールに返したのは「19時に行く」というこちらも短い文であったが、送信ボタンを押す指は馬鹿みたいに震えていた。
頭の中で冷静な自分が何期待してるんだよと鼻で笑っている。
だが俺はそれを拒もうとは一瞬だって思わなかった。昨日、亨に宣言したのは思いの外聞いているらしい。励ましてくれる人がいると分かっただけでこんなにも一歩が踏み出しやすいのだから。
その日のバイトはちゃっちゃと済ませ、定時で上がるとピッタリ19時に要のマンションへとたどり着く。
入り口で番号を打ち込み、名前を名乗ればすぐにガラス戸は開く。
「入って」と機械越しに聞こえた要の声はどこか冷たくて、やはり終わりにしようかという話なのだろうかと足取りが重くなるのを感じた。
脳みそが浮かび上がる感覚に陥りながらエレベーターで最上階へと登るとそこにはたった一室しかない要の部屋の扉があった。以前来た時と素材は変わっていないはずなのだが、妙に重厚感を感じさせるそれは鍵を持っていない俺を拒んでいるようだった。
インターホンへと手を伸ばし、そしてボタンから手を離すとガチャリとドアの鍵が開けられた。
先ほどといい、今といい、対応の早さはまるでずっと俺の来訪を待っていたかのようではあるが、そんな訳はないだろう。
たまたまだから調子にのるなと自分に言い聞かせる。
「要、来たぞ」
音がしたものの、開く気配のないドアを勝手に開いて中へと進もうとすると玄関先で佇む要の姿がそこにあった。
「要?」
「これ」
どうかしたのかと顔を覗き込もうとすると要はスッと俺の前に一枚のカードを差し出した。
あの日、置いて帰った要の家の鍵である。
「なんで置いて帰ったの?」
「いや、そりゃあ……」
置いて帰るだろと告げるよりも早く俺の言葉を遮るようにして要は声を荒げる。
「今まで通りにしてくれるんでしょう!」
それはまるでヒステリックになった女のようで、なぜ要がそんなにも怒っているのかは分からずとも、俺の手は自然とそのカードを受け取っていた。そして「忘れただけだ」とご丁寧にも俺の口は嘘を吐く。
「そっか」
そんな嘘一つで要は表情を和らげる。
今までこんなことは一度だってなかった。
おそらくは何か不安になることがあったのだろう。
「おふろ入ってからやろうか」
その日、俺を抱くその手はどこか落ち着きがなくて、新しい相手と何かあったのだろうと容易に想像がついた。
身代わりとして呼び出されたことが悲しく思える一方で、こうしてまだ俺を必要としてくれることにホッとしている自分がいた。
「はぁ……」
終電よりも数本まえの電車で家に帰ると、やはり今日もカバンには例の封筒がある。中身を見る気も起きずに前回そうしたように紙袋へと入れてベッドの下へと突っ込んだ。
亨に言えば不用心だと叱るだろうがこんなもの取られたところでどうってことはない。むしろ欲しい人がいるなら顔を見て手渡しで渡したいくらいだ。だが実際はそうすることも出来ず、だからと言って使う気にも通帳に入れる気にもならずにベッドの下で眠ってもらっている。
これからも要と関係を続ける度に増えることを考えるとどこにでもありそうなその封筒は罪の鎖のようにも思えて仕方がない。
「寝るか」
自分以外誰もいない部屋でわざわざそう宣言すると電気の紐を引っ張って布団で顔まですっぽりと覆った。
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