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「俺も好きだ」

 突然聞こえたアレックスの声に飛び起きる。どうやら窓が空いていたらしい。そこからひょいっとリヒターの部屋へと入り込んだ。

 息を切らした彼はゆっくりと深呼吸を繰り返している。

「な、なぜアレックス様がここに……」

 いつのまにか寝てしまっていて、ここはすでに夢の世界なのか。だからこんなに都合のいい言葉を……。

 それにここは三階だ。外から簡単に侵入できるはずがない。現実のはずがないのだ。

「掃除係の神官見習いに頼んで窓の鍵を空けておいてもらって正解だったな。このくらいの高さならよじ登れるが、さすがに窓を破壊する訳にはいかないからな」

 彼はあっさりと潜入方法を明かし、そしてリヒターの身体を抱きしめた。

「や、やめて下さい。情けなんていりません!」
「情けなんかじゃない!」

 騎士であるアレックスの本気の叫びに、リヒターの身体はぶるりと震えた。ビリビリとする肌が、これが夢ではないことを証明していた。

 多分部屋の外にも聞こえていることだろう。だがリヒターに他の神官へ気遣う余裕なんてなかった。自分の言葉が否定されたことで頭はパニック状態なのだ。

 なぜ否定するのかが分からない。

「それでも、アレックス様が好きなのは聖女でしょう? あの日、アレックス様が他の方と話しているのを聞いてしまったんです。帰ってきたらプロポーズをするって。処女性が重要視されるような相手だって」
「神職はそうだと聞いた。……リヒターは神官だよな?」
「はい」
「神職は皆、処女性が大事なんだよな?」
「処女性が重要視されるのは聖女だけです」

 聖女の処女性が重要視されることは教会に務める者にとっては常識。教会入りしてすぐに教えられる。

 だが騎士の間にも広く知られているはずなのだ。特にアレックスが勤める王城では、教会がすぐ近くにあるということで聖女と甘い関係になろうとする者が多いから。

 教会側としても身元がしっかりとしている騎士と関係を持つことにマイナス感情はなく、何人もの聖女が騎士の妻となっていった。確かその中にはアレックスの上司だっていたはず。彼が知らないはずがない。

 だがなにやらアレックスの様子がおかしい。
 ブツブツと呟き始めた。

「嘘、だろ? 俺は何のために一年も我慢を……。いや、今大事なのはそこじゃない。すれ違いを解消すべきで……」

 もしや聖女と神官が同じ扱いだと思っていたのだろうか。同性婚が認められているとはいえ、立場がまるで違う。

 まさか間違えるはずが……と思う一方で、教会と城とでは常識が異なることも理解しているのだ。

 もしかしてリヒターもまた重要なところで勘違いをしているのではないか。そんな考えがぐるぐると頭の中で回っていく。

 その間にアレックスは心を決めたらしい。

「リヒター」
 真っ直ぐと見つめられ、リヒターまで背筋が伸びてしまう。

「俺はリヒターが好きだ。神事でフィリス様のサポートをする姿を見て、天使が舞い降りたのかと思うほど、一瞬で恋に落ちた」
「っ!」
「正直今まで碌な関係を続けてこなかったから、恋だと自覚するまで時間はかかったが、リヒターが俺を気にしてくれていると知った時、嬉しかったんだ。ずっと一緒にいたくて、他の誰かに奪われたくなくて、必死で外堀を埋めてきた」

 その一つが教会への寄付だったのだと。
 フィリスに気に入られているからと、彼女のご機嫌伺いも行っていたらしい。

 だから神官長報告に向かう道中で、フィリスはあんなにも衝撃を受けていたのか。アレックスは別に好きな人がいるのだと言い切った少し前の自分が恥ずかしい。

「気持ちばかりが急いて、実は近くにマンションも買った。ファミリー用の広いところを」
「え」
「ベッドも二人で眠れるように大きいものをオーダーして、ソファでもイチャイチャできるようにって」
「ま、待ってください!」
「気に入らなかったら買い直すから遠慮なく言ってくれ」
「そうじゃなくて。もし僕がアレックス様のプロポーズをお断りしてたらどうするんですか!」

 いくらなんでも急ぎすぎだ。無駄になったらどうするのだと。
 口にしてから承諾すること前提の質問だと気づいた。けれどアレックスは寂しげに視線を落とす。

「一人で暮らすだけだ。実際、この数ヶ月、俺はあそこで虚しく暮らしている」
「っ!」
「断られても無駄になったとは思わない。リヒターを離せばこの先、恋なんて二度としない。ずっとリヒターだけを思い続ける。だからどうか俺を受け入れて欲しい」

 アレックスは膝をつき、手を伸ばす。
 どうかこの手をとって欲しいと。

 リヒターは迷った。本当に自分でいいのかと。

 だが離れたところでリヒターだってきっとアレックスを忘れることなんて出来ない。一人、ベッドの上で泣きながら鼻を啜る未来が簡単に予想が出来てしまう。

 だから少しだけ欲張りになって手を伸ばす。

「こんな僕でよければ」

 アレックスの大きな手に自らの手を重ね、そしてそのまま二人でベッドになだれ込む。

 何度も見た夢のようにスムーズにはいかない。
 ずっと弄っていなかった後ろの穴は固く閉じてしまっている。それでも夢と同じ、いや夢以上だったこともある。

「リヒター、愛してる」

 アレックスは肉食獣のようにリヒターを貪り食らう。
 ギラギラとした目で見つめられ、キスをされ。張り方なんて比べ物にならないほどに立派なもので貫かれ、リヒターの身体は砂糖で煮込まれた果実のように蕩けていくのであった。

(完)
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