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「ではここで。失礼いたします」
「ええ、ゆっくり身体を休めてちょうだい」
フィリスと別れて寮へ向かう道中、最も会いたくない人と目があった。
といっても待ち伏せしていたわけではない。アレックスは仕事中で、そこには他の騎士達もいる。
小さく頭を下げてから過ぎ去ろうとする。けれど腕を強く掴まれた。
「待ってくれ」
アレックスが捨てられた犬のような目でリヒターを見るものだから、掴まれた腕だけじゃなくて胸までもがズキリと痛む。
リヒターは知らないふりをして終わりにしようとしているのに、なぜ関わろうとするのか。
口止め? フィリスには伝えてしまったが、他の誰かに告げるつもりはない。
この先もひっそりと神官として働くつもりだ。
帰ってきてすぐにアレックスを避けた時点で、リヒターにこれ以上関わる意思がないことは伝わっているはず。
彼のように仲のいい相手が多い訳ではない。それにアレックスに利用されたのだと言い回ったところで信じる者などいるはずがない。
それだけの価値がお前にあるのかと聞かれても、正解の言葉を用意することはできない。泣いてしまいそうになるのが関の山だ。
「王都に帰ってきたからって付き纏ったりなんてしませんよ」
アレックスの手をゆっくりと剥がしながら、これ以上関わるつもりはないと遠回しに告げる。すると彼の表情がみるみるうちに歪んでいった。
「付き纏うってなんだよ」
「だからしませんって。僕とアレックス様はただ職場が近いだけの他人ですから」
「……俺の、何が悪かったんだ?」
救いを乞うように問われたところで、その答えを持っているのはリヒターではない。
いくら神官が聖女のサポート役とはいえ、アレックスを拒んだ聖女が誰かすら分からないのだ。推測することすら出来やしない。
知りたかったら自分で聞くしかないのだ。
「僕に聞かれても困ります。それでは失礼します」
無情に切り捨てて、その場を後にする。
背後からアレックスの叫び声が聞こえた。けれど知らないふりをしてズンズンと進んでいく。
そして神官服のままベッドに寝転んだ。リヒターが帰ってくるからと軽く掃除と洗濯をしておいてくれたらしい。久々でも全く埃っぽくない。
お陰でこのまま溺れるように夢の世界に逃げていくことが出来る。
「求められたのが僕だったらいいのに」
意見を求める相手としてではなく、恋愛感情を向ける相手として求めて欲しかった。
地味で何一つ取り柄がないことはリヒター自身がよく分かっている。
アレックスから求められるはずがないことも。けれど勝手に夢見るのは自由だ。
「好きです、アレックス様……」
キスの合間に溢した言葉を今度は一人きりの部屋でポツリと溢す。遅れて頬につうっと涙が伝う。
返事は返ってこない。
ーーはずだった。
「ええ、ゆっくり身体を休めてちょうだい」
フィリスと別れて寮へ向かう道中、最も会いたくない人と目があった。
といっても待ち伏せしていたわけではない。アレックスは仕事中で、そこには他の騎士達もいる。
小さく頭を下げてから過ぎ去ろうとする。けれど腕を強く掴まれた。
「待ってくれ」
アレックスが捨てられた犬のような目でリヒターを見るものだから、掴まれた腕だけじゃなくて胸までもがズキリと痛む。
リヒターは知らないふりをして終わりにしようとしているのに、なぜ関わろうとするのか。
口止め? フィリスには伝えてしまったが、他の誰かに告げるつもりはない。
この先もひっそりと神官として働くつもりだ。
帰ってきてすぐにアレックスを避けた時点で、リヒターにこれ以上関わる意思がないことは伝わっているはず。
彼のように仲のいい相手が多い訳ではない。それにアレックスに利用されたのだと言い回ったところで信じる者などいるはずがない。
それだけの価値がお前にあるのかと聞かれても、正解の言葉を用意することはできない。泣いてしまいそうになるのが関の山だ。
「王都に帰ってきたからって付き纏ったりなんてしませんよ」
アレックスの手をゆっくりと剥がしながら、これ以上関わるつもりはないと遠回しに告げる。すると彼の表情がみるみるうちに歪んでいった。
「付き纏うってなんだよ」
「だからしませんって。僕とアレックス様はただ職場が近いだけの他人ですから」
「……俺の、何が悪かったんだ?」
救いを乞うように問われたところで、その答えを持っているのはリヒターではない。
いくら神官が聖女のサポート役とはいえ、アレックスを拒んだ聖女が誰かすら分からないのだ。推測することすら出来やしない。
知りたかったら自分で聞くしかないのだ。
「僕に聞かれても困ります。それでは失礼します」
無情に切り捨てて、その場を後にする。
背後からアレックスの叫び声が聞こえた。けれど知らないふりをしてズンズンと進んでいく。
そして神官服のままベッドに寝転んだ。リヒターが帰ってくるからと軽く掃除と洗濯をしておいてくれたらしい。久々でも全く埃っぽくない。
お陰でこのまま溺れるように夢の世界に逃げていくことが出来る。
「求められたのが僕だったらいいのに」
意見を求める相手としてではなく、恋愛感情を向ける相手として求めて欲しかった。
地味で何一つ取り柄がないことはリヒター自身がよく分かっている。
アレックスから求められるはずがないことも。けれど勝手に夢見るのは自由だ。
「好きです、アレックス様……」
キスの合間に溢した言葉を今度は一人きりの部屋でポツリと溢す。遅れて頬につうっと涙が伝う。
返事は返ってこない。
ーーはずだった。
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