上 下
7 / 9

7.

しおりを挟む
「ねぇリヒター。ヴィクドリィアでのことを聞かせてちょうだいな」
「辺境領の教会には沢山の神官見習いと聖女見習いの子供達がいて……」

 フィリスにここ数ヶ月での生活の報告をする。

 子供達に神事を教えたこと。聖女から算術を徹底的に仕込まれていたこと。頑張って覚えようとしてくれていたこと。神紐の作り方を描いた紙を貼り出したこと。あそこでの生活が思いの外、楽しかったこと。彼らの間には家族のような温かみがあったこと。

「僕にはもう家族はいませんから、懐かしいような羨ましいような気持ちで胸がいっぱいになりました」

 リヒターが最後に家族を見送ったのは十年前。
 あの頃はまだ十にも満たなかった。神官見習いとして働いていた頃に祖母が亡くなった。
 以前から長くはないと言われており、祖母自身も分かっていたからこそリヒターを教会に入れる決意をした。

 神官なら食うに困ることはない--それが祖母の言葉だった。

 王都ではない場所に行きたいと思いつつも、神官として働くこと前提で考えているのは祖母の言葉があるから。どんなに胸が痛くても、職に困って路頭に迷うようなことにだけはなりたくなかった。

 それが病魔に冒されながらも「あんたは神官になりな」と背中を押してくれた祖母に気持ちに報いることだと思うから。

 現実を見ているのか見ていないのか、リヒター自身にもよく分からない。
 困ったものだよなと小さく笑えば、フィリスは悲しそうに顔を歪めた。

「私はあなたのこと、家族みたいに思っているわ」
「ありがとうございます」
「励ましなんかじゃなくて本心だからね?」
「はい。分かっております」
「ずっと手の届く場所にいて欲しくて、幸せになって欲しくて。あの男が教会にした寄付の分だけ私はあなたの結婚資金を貯めていた。いっぱい貯まったらその分幸せになってくれるんだって信じてたの」
「フィリス様……」
「でもダメね。肝心なあなたの気持ちを何にも見ていなかった。私もあの男も」

 ごめんなさい。その言葉と共に、フィリスはポロポロと涙を溢す。けれど彼女が謝ることなど何もないのだ。きっとフィリスも少し前のリヒターと同じ勘違いをしていたのだろう。ここまで思ってもらえたのに、不甲斐ない結果しか残せなかった自分が恥ずかしい。

「違うんです」
「違うって何が?」
「アレックス様が好きだったのは僕じゃない。この教会にいる聖女の誰かなんです……」
「え? だってあの男はそんなこと一言も……。リヒターだって手を出されて」
「キス以上は何も」

 こんなこと口にするのは恥ずかしい。けれど言えるのはこれだけなのだ。

 フィリスもまさか子供の戯れ程度で止まっているとは思わなかったようで、目を大きく見開きながら固まっている。

「あの男がそれだけで済むはずが……。ならなぜさっきあの場所にいたの? どこからか聞いて出迎えにきていたことこそ思っているって証明。そうでしょう?」
「良い返事がもらえなかったのではないでしょうか。キス止まりとはいえ、僕とは関係があるように見えなくはありませんでしたから」

 リヒターは遠くを見つめる。

 そしてあの時間は全て夢だったのだと、これ以上期待しても傷つくだけだと自分に言い聞かせる。

 フィリスは信じられないとばかりにフルフルと左右に頭を振る。だがそれ以上何か告げることはなかった。

 二人で並んで長い廊下を歩く。久々の王都の教会は居心地の悪い静寂で包まれている。

 やはりどこか別の場所に移るべきか。そんなことをぼんやりと考えながら神官長への報告を済ませるのであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

手切れ金

のらねことすていぬ
BL
貧乏貴族の息子、ジゼルはある日恋人であるアルバートに振られてしまう。手切れ金を渡されて完全に捨てられたと思っていたが、なぜかアルバートは彼のもとを再び訪れてきて……。 貴族×貧乏貴族

新しい道を歩み始めた貴方へ

mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。 そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。 その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。 あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。 あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?

【BL】こんな恋、したくなかった

のらねことすていぬ
BL
【貴族×貴族。明るい人気者×暗め引っ込み思案。】  人付き合いの苦手なルース(受け)は、貴族学校に居た頃からずっと人気者のギルバート(攻め)に恋をしていた。だけど彼はきらきらと輝く人気者で、この恋心はそっと己の中で葬り去るつもりだった。  ある日、彼が成り上がりの令嬢に恋をしていると聞く。苦しい気持ちを抑えつつ、二人の恋を応援しようとするルースだが……。 ※ご都合主義、ハッピーエンド

カランコエの咲く所で

mahiro
BL
先生から大事な一人息子を託されたイブは、何故出来損ないの俺に大切な子供を託したのかと考える。 しかし、考えたところで答えが出るわけがなく、兎に角子供を連れて逃げることにした。 次の瞬間、背中に衝撃を受けそのまま亡くなってしまう。 それから、五年が経過しまたこの地に生まれ変わることができた。 だが、生まれ変わってすぐに森の中に捨てられてしまった。 そんなとき、たまたま通りかかった人物があの時最後まで守ることの出来なかった子供だったのだ。

泣くなといい聞かせて

mahiro
BL
付き合っている人と今日別れようと思っている。 それがきっとお前のためだと信じて。 ※完結いたしました。 閲覧、ブックマークを本当にありがとうございました。

そばにいてほしい。

15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。 そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。 ──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。 幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け 安心してください、ハピエンです。

繋がれた絆はどこまでも

mahiro
BL
生存率の低いベイリー家。 そんな家に生まれたライトは、次期当主はお前であるのだと父親である国王は言った。 ただし、それは公表せず表では双子の弟であるメイソンが次期当主であるのだと公表するのだという。 当主交代となるそのとき、正式にライトが当主であるのだと公表するのだとか。 それまでは国を離れ、当主となるべく教育を受けてくるようにと指示をされ、国を出ることになったライト。 次期当主が発表される数週間前、ライトはお忍びで国を訪れ、屋敷を訪れた。 そこは昔と大きく異なり、明るく温かな空気が流れていた。 その事に疑問を抱きつつも中へ中へと突き進めば、メイソンと従者であるイザヤが突然抱き合ったのだ。 それを見たライトは、ある決意をし……?

職業寵妃の薬膳茶

なか
BL
大国のむちゃぶりは小国には断れない。 俺は帝国に求められ、人質として輿入れすることになる。

処理中です...