詐騎士外伝 薬草魔女のレシピ

かいとーこ

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2巻

2-2

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「あー、さすがに辛くなってきた」

 ナジカがごほごほとき込みながら馬から離れた。

「やっぱり……悪くなる前に離れましょう」

 皆で苦笑しつつ、ナジカを連れて作業場に向かった。
 建物の裏では、収穫したハーブを束ねて干している最中だった。エルファはふと、ミゼルのことを思い出す。

「このハーブ、落ちているものでいいので、いただけませんか?」

 地面に落ちたハーブを指さして、近くにいた女の子に聞いてみた。

「えっと、別にいいけど……何するの?」
「煮出して使うんです。飲むわけじゃないですよ」
「じゃあこれ」

 女の子は麻袋あさぶくろに入っていたハーブを差し出した。

「後で馬のえさに混ぜるつもりだったやつ」
「ありがとうございます」

 エルファが礼を言うと、彼女は顔を赤くして目を逸らした。どうやら恥ずかしがり屋らしい。
 作業場に入ると、中では従業員達が乾燥させたハーブを選別したり、重さをはかって混ぜたり袋に詰めたりと、細かい作業をしていた。
 ナジカはまだ入り口の外にいて、髪をき、スカーフや衣服を払って花粉を落としている。これをしないと牧草から離れても辛いらしい。
 彼の作業が終わるより前に、カルパが手を叩いた。従業員達がこちらに注目する。

「みんな、ちょっと手を止めてくれ。噂には聞いてると思うが、このは新しい料理人で、薬草魔女のエルファ・ラフア・レーネだ」

 カルパの紹介で、エルファは小さく頭を下げた。

「薬草の専門家だから、何か畑や体調のことで困ったら聞きに来い。エルファも色々聞きに行くことがあるだろう。互いに知っていること、知らないことをすり合わせて、この農園をより良くしていきたい」

 知らないことを知るのは大切だ。きっとエルファが得るものも大きいだろう。

「あっ……」

 先ほどハーブの袋をくれた女の子が、何か言いたそうに入り口に立っていた。

「ミリー、なんだ?」
「あ、いや、いい」

 彼女は首を横に振って作業を始めた。カルパはエルファを振り返り、意味ありげに笑う。
 彼女がカルパやミゼルの言っていた、相談事のある女の子だろうか。しかし彼女とは初対面だし、先ほどの態度を見る限り、人見知りのようだった。なかなか相談しにくいなら、同性のミゼルも一緒に聞いてもらった方がいいかもしれない。
 カルパは前に向き直ると、何食わぬ顔で言う。

「そっか。じゃあ、作業が終わったらエルファが作った菓子があるから、楽しみに」

 彼らは顔を見合わせるだけで、あまり喜んでいるように見えなかった。ナジカの喜び方が大仰おおぎょうだからそう見えるだけかもしれないが。

「ここにいるのは、だいたいあんまり人付き合いが得意じゃない奴らだから、反応がにぶくても気にしないでくれ。しつこく話しかけたりすると嫌がられるけど、仕事のことならちゃんと答えるし、美味しい物だって嫌いじゃない。これでも喜んでるんだ」

 クライトの説明で、エルファは彼らを少し理解できた。恥ずかしがり屋は先ほどの少女だけではないようだ。
 人に話しかけられるのを嫌がる人というのは少なくない。だからこそ店で接客するよりも、ここの農園につどって働くことにしたのだろう。最低限の会話でも許してくれる人達ばかりなら、気が楽だろうから。


 その後カルパから、ここで加工されたハーブティーが、どのように、どこに送られるかなどの説明を受けた。
 ここからそのまま出荷するのは、小売店などに広くおろす大衆向けだそうだ。そして一部は一旦、都のカルパの部屋に運ばれ、カルパの魔力に触れさせるらしい。商品の中では一番高額で、ある程度付き合いのある富裕層向けだ。
 さらに保管庫を見せてもらった。

「茶葉はないんですね。ここでブレンドしていると聞いていましたが」

 ここの作業場では、農園で取れたハーブをハーブティーに加工する他、各地から取り寄せた茶葉をブレンドしたりもしているらしい。紅茶というのは、どんな季節でも商品の味を一定に保つため、配合を変えてブレンドするのが普通なのだ。

「茶葉は別の倉庫に移動させたんだ。ここは主にこの農園で穫れた作物で埋まっていくからさ。一年分の収穫物だから、けっこうな量になる」

 農園はずいぶん広かったので、エルファは納得する。

「ハーブだけでもかなりの収穫量になるんでしょうね。私の故郷でも売られていたようですから」

 多くのハーブは、今頃からが最盛期だ。それらを年中提供できるよう、大切に保存するのである。
 茶葉も含め、全ての収穫物の品質を良好に保たなければならないのだから、従業員達も大変だろう。

「そういえば、エルファが気に入って毎日飲んでいるプラムサワーは、ここで獲れたプラムを使ってミゼルばあさんがけたんだ。あれ以外にも色んなシロップがある。主にティールームに出してるんだ」
「色々と作っているんですね」
「色々やらないと飽きられるからな。まあそんな風にしていたら、最初の目標とは違う、流行の洒落しゃれた店になってたけど」

 カルパとしては、本当は落ち着いた雰囲気の店で美味しい物を出し、ゆっくり客と語らったりしたいらしいが、現状は客が並ぶ店、予約でいっぱいの店である。
 倉庫から出ると、さらに別のハーブ畑を案内された。この農園でどんなハーブを作っているか分かると、料理の提案の幅も広げられる。前もってティールーム用の新しい商品開発の相談を受けていたこともあり、大いに参考にさせてもらった。
 その道すがら、畑の隅に見覚えのある花を見つけて、思わず足を止める。浅紫あさむらさきの綺麗な花だ。

「あれ、何の花だったっけ?」

 花自体は見たことがあるが、いつ見たのかが思い出せない。
 気になって足を止めると、たまたま近くにいたグローグが教えてくれた。

「あの花は知り合いの貴族の坊ちゃんが植えてったんだ。綺麗だろ」

 貴族と聞いて、ますます分からなくなる。自分で植物を植えていくとはどんな貴族だろう。

「ああ、リュキエス様か。ルゼ様の兄君だよ。ちょっと変わってて」

 カルパが額に手を当てて困ったように言った。ルゼ様とは、実りの聖女に仕える女聖騎士だ。
 この大陸の多くの国々には、神秘の力を持つ人間を、聖人としてあがめる習わしがある。エルファの先祖ラファルタも、植物を操る力を持った実りの聖女で、その名は薬草魔女が名乗る『ラフア』の由来にもなっている。
 そのラファルタと同じ力を持った聖女が、数年前ここランネルに現れたというのは、グラーゼでも噂になっていた。その聖女様と、彼女に仕える聖騎士達は、カルパやナジカ達とも親しいらしい。実りの聖女エリネは優しげな美人なのに対して、聖騎士ルゼは強くて格好いいと大層評判なのだが、そんな立派な人物ルゼの兄が、わざわざ花を植えていく理由が分からなかった。

「美味いって言ってたから試しに芽をでて食べたんだけど、腹壊してさ」

 グローグが肩をすくめて言った。

「でも花は綺麗なんで、そのままにしてあるんだ。まあ他の作物と間違えることはないから害はないし」

 今の説明で思い出した。

「ああ、あれ、芋の花ですよ。ジャガイモの花!」

 実家では作っていないが、一度だけ他所よその畑で見たのを思い出した。

「芋?」
「だから食べるのは根っこの部分です。茎や葉には毒があります」

 カルパ達は顔を引きつらせながら青ざめた。有毒植物の食べ方を説明せずに美味しいと言って植えていくとは、恐ろしいことをする人もいたものだ。

「芋の部分も芽や、緑色になった表面なんかは駄目なんですよ」
「恐ろしい物を植えてってくれたな、あの人」

 カルパは頭をいてため息をついた。

「リュキエス様のお父上であるエンベール地方の領主様は、フレーメのお得意様で、一番大きな仕入れ先なんだ」

 カルパ達が『ルゼ様』に助けられ、深い付き合いをしているのは知っていたが、商売の面でもそこまで強い繋がりがあったとは思いもしなかった。

「だから処分するのもなぁ」
「処分なんてもったいない。ちゃんと調理すれば美味しいですよ」
「でも危険なんだろう?」
「正しく調理すればいいんです。あと連作障害があるので、同じ場所にずっと植えてると育たなくなります」
「どんな効能があるんだ?」
「あれは主食です」

 エルファが言うと、彼らは顔を見合わせた。

「小麦が育つ場所だとあれを主食にする必要はないし、ちゃんと調理しないと不味まずいし、毒もあるので広まらないみたいですね。だけど高山植物なので、寒くて荒れた場所でも育つという利点があるんです」
「ああ、ライ麦みたいな扱いか」

 カルパは芋の花に近づいた。綺麗な花だ。しかし綺麗な花に毒があることは珍しくない。

「これなんてもう収穫できそうですよ。試しに食べてみますか?」

 エルファは花の枯れかけた株を指さした。

「そうだな。試食してみるか。次にリュキエス様に会った時、感想聞かれたら困るし」

 説明を受けていなかったとはいえ、食べ方を間違えて腹を壊しましたとは言いにくいだろう。
 エルファは株を引っこ抜こうと腕まくりをした。

「ああ、俺がやるよ。服が汚れる」

 グリーグが申し出てくれた。

「じゃあ、拳ぐらいのかたまりがたくさんあるんで、それを傷つけないよう土を掘ってください」

 引っこ抜いた芋を見ると、あまり大きくはなかったが、なんとか食べられそうだ。

「これ、味はどうなんだ?」

 カルパが顔をしかめて、ごつごつしたジャガイモを手に取った。
 芋は決して見た目の良い作物ではない。毒もあることから、これを別の大陸から持ち込んだ船乗りは、悪魔の植物と言っていたそうだ。だから最初は観賞用にされたという。可食部分が分からなかったり、見た目が悪かったりして人々の口には届かないという食物は、案外多いものらしい。

「あぁ、これ、食べたことがある。あんまり味がなかったような」

 仕入れ人のクライトは思い出したように手を叩く。

「新しい食材でやりがちな、でて塩だけで食べるという方法だと、それほど美味しくありません。なので他に主食がある土地ではあまり好まれず、本当に貧しい土地にしか広まらないんです。ですがあぶらと一緒に食べたら、みつきになります。例えば、お肉と一緒に食べるとか。だから脂のしたたるお肉を頻繁に食べるお金持ちが好んで食べていたりするんですよ。庶民の方は、見た目の悪さや味の淡白さのせいで食べたがらなかったりするんですが」

 彼らはきょとんとして芋を見た。

「食べてみれば分かりますよ。裕福な方がこれにハマるとブクブク太ります。まるで麻薬のようにヤバいです」

 皆の目があやしく輝いた。皆商売人である以前に、かなりの美食家だから。
 グリーグはうきうきしながら素手とスコップで残りを掘り出し、前掛けの端を持ち上げてその上に載せた。そして皆でエルファの背を押し、調理場を借りるために屋敷に戻った。


 エルファが調理場へ行くと、ちょうどミゼル達が料理を作っているところだった。
 ローストするという鶏肉とりにくがあったので、これを使わせてもらうことにした。ったことはせず、ハーブとニンニクで風味付けし、塩胡椒しおこしょうをまぶして一緒にオーブンに入れる。これなら皆の料理の邪魔をすることもない。

「これで良し。何か他にお手伝いできることはありませんか?」

 エルファが尋ねると、ミゼルは大袈裟おおげさに手を振った。

「せっかく来てくれたんだ。楽しみに座っておいでよ。大した物は出来ないけど、素材の味はいいからね。下手なことをしなけりゃ美味しいよ」

 カルパも近くにあったエプロンを身につけ、袖をまくった。

「もちろん楽しみだよ。だけど手伝わせてほしいんだ」
「私も、勉強させていただけると嬉しいです」
「勉強だなんて。嫌だね、あたしなんかの料理を見ても、学べることなんてないでしょうに」
「そんなことはありません。経験豊富な方のお仕事は、すべてが身になります。些細ささいなことでも、遠い国から来た私にとってはとても珍しかったりもしますし。ご迷惑でなければお手伝いさせてください」

 カルパがその辺にあったエプロンをエルファに差し出してくる。どうやら共用の物のようだ。

「じゃあ、タマネギを薄切りにしてくれるかい。うちの人が好きでねぇ。マリネにするんだよ」
「はい。薄切りは得意なんです。子供の頃から練習していたんですよ。タマネギは滋養強壮や怪我の治療にも使える万能薬なので」

 そう言ってエルファもエプロンをつけ、袖をまくった。
 クライトは「じゃあ、俺は商品の様子を見てくる」と言って厨房ちゅうぼうを出ていく。
 エルファ達が作業を始めると、ナジカは厨房の隅に行く。彼はそこでよだれを垂らさんばかりに見ているだけだ。手伝えないので仕方ない。そんなナジカをカルパが睨みつけた。

「え、何ですか?」
「いや、ナジカに見られてると、料理が不味まずくならないか心配になるんだよな」

 カルパがわざとらしく顔をしかめてみせると、大人しく座っていた彼が立ち上がった。

「俺の呪いは視線にまで及ばない! はず!」

 涙目になったナジカが言い返す。彼は世にも珍しい、触れた食べ物を苦くするという能力の持ち主である。一応その苦み成分は、滋養強壮にいいとのことだが、本人は自分の力を呪いと言ってはばからない。

「はずって、うちで一番の舌を持つクライトが一緒に食事をして何も言わないんだから、大丈夫だろ」

 自虐じぎゃく的なナジカの言い分を聞いて可哀想に思ったのか、からかったカルパ本人が指摘した。
 クライトは隠し味の正体を毎回言い当てるような舌の持ち主である。しかも仕入れ人として常に美味しい物を探し求めている。その彼が気にならないなら、影響はないのだ。

「なるほど! そりゃそうか!」

 ナジカが笑うのを見て、カルパは苦笑した。

「お前って本当にそういうところは単純だな。あと咳するなら口覆え」

 カルパに言われて、ナジカは新しいスカーフを取り出した。予備も用意していたらしい。あれをつけるとどれだけ楽になるのかがうかがえる。
 ナジカは普段はそれなりに思慮深いのだが、食べ物が絡むと、途端に駄目になる人だ。そんな人だから、恋をしても一口惚ひとくちぼれなどと皆にからかわれる。一緒にネタにされるエルファはたまったものではない。
 しかしそのおかげと言ってはなんだが、元婚約者のアロイスを思い出して苦しくなることはあまりなくなった。幼い頃からよく知っている、本当に親しかった彼の裏切りには今も胸が痛む。だからこそ人を裏切ってはいけないのだと分かった。本人は大したことでないと思っていても、裏切りは人を傷つける。

「ん、どうした?」

 カルパに止まっていた手元を覗き込まれ、エルファは首を横に振った。

「いつもの調子で切っていたら、タマネギが目に」
「ああ、そりゃあ料理人の包丁とは違うからな。ぐか?」

 タマネギはよく切れる包丁だと目にしみにくい。

「いえ。大丈夫です。十分手入れはされていますから。それに包丁を水に濡らすと、多少マシになります」

 エルファは笑って誤魔化し、包丁を濡らしてまたタマネギを切った。

「さすが、手慣れてるなぁ」

 ナジカがエルファの包丁さばきを見ながら言った。

「ゼノンさんの方がすごいですよ。正確無比な包丁捌きです」
「あいつは傀儡術かいらいじゅつで身体を動かしてるんだ。普通に切ったらもっと遅いよ」
「そうなんですか」
「平和的な力の使い方だってさ」
「確かに、とても素晴らしい使い方ですね」

 傀儡術は使い手が少なく、またイメージも良くないので、物語では悪役にてがわれるような力だ。が、料理に使えば、皆を幸せに出来る力に早変わりだ。暴力を嫌うゼノンらしい発想だった。

「ナジカくん、暇だったら馬のところに行ってきたら?」

 事情を知らないミゼルが提案した。見れば、今度は腕をいている。

「うーん。外は辛くて」
「ひょっとして、風邪でも引いたの?」
「風邪じゃないんですけど、似たようなものです。冬になれば大丈夫みたいだけど……」

 彼は切なげに視線を逸らして、新しいスカーフの下でごほりと咳をする。

枯草熱こそうねつなんで、牧草とかが生えてる場所が駄目なんですよ。室内が安息の地らしいです。そっとしといてやって下さい。この調理場なら庭も綺麗に手入れしてあるから、扉を開け閉めしても大丈夫みたいなんで」

 カルパがミゼルに謝罪しながら手を合わせた。

「へぇ。大変だねぇ。あんなに馬が好きなのに。普段はどうしてるの?」

 ミゼルは同情の目を向けた。

「牧草に触れる作業だけ人に代わってもらって、他の世話はちゃんとしてますよ」
「それはよかったわね。あなたが馬に触れられなかったら、うちの人も悲しむところよ。うちの人はナジカがお気に入りだもの」

 人の良さそうな笑みを浮かべるミゼルのなぐさめに、ナジカは人懐ひとなつっこい笑みで頷いてみせた。


 並べられた夕食を前に、ミゼルが豊穣ほうじょうの女神レルカへと感謝を捧げる。従業員達も、指を組んで日々のかてが与えられることに感謝する。この国には実りの聖女がいることもあり、農場で働く彼らの祈りは真剣だった。
 農場の朝は早く、だから朝食も夕食も時間が早い。ラフーアでは今から仕事というこの時間に夕食を食べるのは、故郷の薬草園を離れて以来のことだった。
 祈りが終わるとワインが配られる。エルファ達は明日、日の出前に出発するから、飲むのはほどほどにしなければならない。

「タマネギのマリネ大好き」

 ナジカは先ほどエルファが切ったタマネギに興味を示した。
 ここでは大皿料理を皆で取り分けて食べるため、それぞれが好きな料理に手を伸ばす。食べ物を苦くするナジカにはそれが出来ないので、誰かに頼んで取り分けさせ、口元まで運んでもらわなければならない。今日はエルファがその役目を負った。さすがに目上の人間にさせるわけにはいかない。ちなみにナジカが食事時に傀儡術かいらいじゅつを使わないのは、彼の魔力が食べ物に触れたら、結局苦くなるからである。

「この辺りのタマネギは、甘くて生食なましょくするのに向いてますよね。タマネギのマリネ、以前は好きってほどでもなかったんですけど、この国に来てからは大好きになりました」
「へぇ。気候の違いかな」

 エルファの言葉に相槌あいづちを打ちながら、ナジカはフォークで差し出されたタマネギを食べる。

「品種の違いもあると思います。何にせよタマネギはとっても身体にいいんですよ。滋養強壮に良くて、虫下しの薬にもなります。防腐効果もあるので、傷に塗って消毒薬代わりにしたりと食べ物以外としても役に立ちます。火を通すと甘くなってすごく美味しいですけど、薬効を求めるなら生で食べるべきです。辛味を和らげるために、切った後少し置いておくこともありますが、このタマネギはそのままでいいので使いやすいですね」

 エルファもタマネギを食べた。レモンの風味がよく合っている。

「美味しいだけじゃないんだね。俺は美味しけりゃそれで十分なのに」

 ナジカの発言は冗談ではなく、本当に美味しければ何でもいい人だ。だからこそ、美味しい物を好きなだけ食べたがる傾向がある。それを周囲がとがめて、常識の範囲内に収めてくれているから、彼は引き締まった健康的な体型を保てるのだ。枯草熱こそうねつのせいで最近は食べ物の薬効についても考えるようになったと思ったが、やはり元々の傾向は根深く残っているらしい。

「お、美味い」

 カルパが称賛の声を上げる。見れば彼は、ジャガイモを食べていた。

「本当だ。普通に美味しい。そういえばこれ、何年か前にエンベールでリュキエス様が料理して出してきたクソ不味まずい食べ物じゃないか? あんまりひどかったから今まで気付かなかったけど」
「あの吐き気がするほど不味かった料理か! なんであんなことに……」

 カルパとクライトが、頷き合いながらジャガイモを食べている。彼らは美味しさよりも、別のことに強い衝撃を受けていた。

「小麦が不作だった時、えた庶民に広めるため、この花を積極的に身につけて宣伝した賢い王妃様がいたそうです。料理の添え物として良し、主食としても食べられ、しかも育てやすい。ですが、連作障害と病害が起こりやすいという弱点もあります」

 エルファはナジカにジャガイモを与えながら言った。でただけでは味でパンに負けてしまうが、あぶらを使い、ちゃんと味付けをすれば激変する。
 エルファも一口食べる。すると思った以上に美味しくて驚いた。

「このジャガイモ、食味しょくみがいいですね」
「そうなの?」
「ええ。私が昔食べた物はもう少しぱさついていて味も良くなかったのですが、これは美味しいです」
「あんな放ったらかしたような育てられ方したのに?」

 ナジカが不思議そうに問う。

「それだけ育てやすい作物なんです。だけどこの味は……品種改良でもしたんでしょうか」
「あ、リュキエス様はカテロアに留学して農学とかを勉強してきたんだ。だからそうなのかもな」

 それなのに、クライトが今の今までその正体に気付かないほど壊滅的に料理が下手だと。

「もったいない人だよな……」
「いい人だし、出来る男なのになぁ」
「商才もあって、いい男なのになぁ」

 才女であるルゼの兄なら、彼らの言う通り出来る男なのだろう、料理以外は。

「どうして料理人に作らせなかったのでしょうか?」
「下手に料理人を手配すると、自分のしてることが周りにバレるからだろ。普通に実家の商売で忙しい方だから、周りから余計なことをするなと止められてるんだ。ご実家のエンベールは魔物との貿易の拠点でさ。国境になってる大きな森に接してるんだけど、そのあたり一帯が大きな観光地になってるから、本当にお忙しいらしい。だから自分の趣味で何かしたくなった時は、こっそり動くんだ。前にジャガイモを食わせてくれた時も、家族に内緒で調理したみたいだ」
「エンベールって観光地なんですか?」

 ナジカの説明を聞いてエルファは混乱した。魔物がいる地域がなぜ観光地になるのだろうか。

「見た目の怖い魔物はほとんどいなくて、小型の獣族じゅうぞくが働いているんだ」
「ああ……」

 獣族とは獣の姿をした魔物だ。小型の獣族は、ぬいぐるみのようで可愛らしい上に、人間の言葉を話して意思疎通できる。そのため愛玩あいがん用に欲しがる人間が多いので、滅多に人間の前には姿を現さない。そんな獣族達が働いているなら、観光地にもなるだろう。

「街道も整備されてるから、乗り合い馬車が一日に何便もあって行きやすい。温泉地もあるし、名産品は花。うちのフレーバー用の花も育てていて、香水の産地。季節によって色んな花が咲いてる人気の観光地だな。獣族を守るための立派な警備隊もあるから、治安もいいんだ。警備隊を仕切っているのは、ルゼ様の兄弟弟子達で、俺の兄弟みたいな傀儡術かいらいじゅつも何人か定住してる」

 そんな縁もあって、リュキエスと会う機会が多いのだそうだ。ナジカは微笑んで続ける。

「いつかまとまった休みが取れたら、連れていってあげようか」
「お前の休みに合わせるまでもなく、そのうち連れていくつもりだが?」

 カルパが言うと、ナジカは涙目になった。

「ぜひ、俺も一緒に連れてって下さい」
「お前、本当にエンベールが好きだな」

 カルパはワインの入ったマグを片手に、呆れ顔で言う。

「すげぇ居心地いいもん。ゼノンやパリルもエンベールが好きだよ」

 彼と一緒に育った傀儡術師――穏やかなゼノンと、少し過激で皮肉屋の少女パリル。性格がまったく違う二人が、同じ場所を好きだというのは意外だった。

「あの二人は、昔エンベールに行ったのが今の仕事を選ぶきっかけになったからだろ。お前はただ食い物が美味いところが好きなだけだ」

 その会話を聞いて、エルファは噴き出した。

「ナジカさんらしいですね」

 彼は、悪評を立てられがちな傀儡術師の地位向上のためにお堅い緑鎖りょくさで働いているのだが、稼ぎは好きな物を食べるために使っている。放っとくと全部食べ物についやすから、彼の上司が睨みを利かせ、毎月蓄財させているそうだ。

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