詐騎士

かいとーこ

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詐騎士特別編 恋の扇動者は腹黒少女

特別編-2

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 暇になった私は、同じく掃除を終えて暇そうにしているジオちゃんに目を向ける。つやつやに黒光りした羽毛と可愛いくちばし、つぶらなお目々は相変わらず。

「ジオちゃんは子供好き?」
「だから、ジオズグライトだと言っている! あと子供は嫌いじゃないぞ!」

 相変わらず愛称で呼ばれるのを嫌がっている。でも子供は好きだと胸を張る。なんて可愛い。

「生まれたら、遊んであげてね」
「いいだろう。どんな奴のガキでも、赤ん坊のうちは可愛いもんだしな。顔はおまえに似てもいいが、性格はどっちの親にも似ないといいな」
「両親に似なかったら、誰に似ればいいんだろうね……」
「身近な聖女様じゃないのか」
「くっ、いいこと言うじゃない」

 ジオちゃんのくせに、的確な意見である。

「そうなってくれたら嬉しいわね。エリネ様は、私の身近では一番普通の方だし」
「普通ってなぁ、おい」
「普通って素晴らしいことだよ。自分の娘が私みたいに育ったら、ギル様が泣いちゃうよ」
「確かに、父親としては泣けるだろうな。親不孝者だな」
「ジオちゃんはご両親いないの?」

 ジオちゃんとラスルシャはすっと目をらした。この子達、家出してきたからね、人のことは言えないのだ。

「ところでジオちゃん、接客は慣れたの?」
「もちろんだ。俺は立派に接客できるぞ!」

 別の話題を振ってやると、ジオちゃんは胸を張って言う。

「そっか。女の子にでられまくるのに慣れたんだ」
「撫でてくるのをあしらうのに慣れたんだ。あと男にも撫でられるぞ」

 男にもか。このまま店に出て本当に上手くかわせるんだろうか。心配だ。もみくちゃにされるぐらいなら害はないし、店内なら誘拐されたりもしないだろうけど、やっぱり心配だ。
 私はとりあえずにこにこ笑ってジオちゃんをでる。可愛い。

「でも二人がこの店で働くなんて、本当に意外」
「他の子達は、さすがにエンベールを出るのは怖いみたい。あっちは自分達の故郷とも近いし、皆一緒だから安心なんだろうね。私の故郷の人達に比べれば、ずっと積極的だけど」

 と、ラスルシャが言う。
 エンベールで働いているのは、主に小型獣族じゅうぞく達だ。彼らは地下にある魔物達の国アルタスタの中でも、エンベールに近い五区ごくというところからやってきた。まだ地上で働くことに慣れていない彼らが、故郷の近くにいたがるのは当然のことだろう。
 一方、ラスルシャの属する白魔族達ははるか北の孤島に住み、そこから出ること自体ひどく嫌うらしい。しかも島の周辺は岩礁がんしょうが多くて波も荒く、航行が難しい。だから彼らは完全に人間とは交流を断っている。
 そんな島から二人だけで出てきたラスルシャとジオちゃんは、好奇心のかたまりのようだ。機会があれば新しい場所に行ってみたいと思うのも、これまた当然である。だから彼らは今、とても浮かれているに違いない。

「ここの生活はどう? エンベールよりずっと広くて、色々なものがあるでしょ」
「はい。まだ近所しか見てませんけど楽しいです」
「俺は外歩き禁止だ」

 楽しそうなラスルシャと、つまらなそうなジオちゃん。

「珍しいから誘拐されそうだしね。慣れても一人で出歩いたらダメだよ。うちのラントちゃんですら一人歩きはしてないから」
「だからいつもおまえに抱えられているのか。不憫ふびんな奴だ」

 それをもっと抱えやすそうなジオちゃんが言うのか。

「ラントちゃんも、将来私の子に抱えられるのを楽しみにしてるのか、以前よりも自分の毛が落ちないように気を使ってるのよ」

 そんなもふもふでふわっふわなラントちゃんを抱いていると、素晴らしくやされるのだ。

「楽しみにしているかはともかくとして、毛がある奴にしてみりゃ当然の配慮だ。その点、川猫かわねこは毛が落ちにくいから楽だな」
「ジオの場合、毛じゃなくて羽毛……いやなんでもない」

 余計なことを言ったティタンは、ジオちゃんににらまれて口を閉ざす。
 その時、背後にある出入り口のドアがひらいた。

「ごめん下さいまし」

 少女の声だった。

「ああ、申し訳ありません。開店は明日からで、現在は準備中なんですよ」

 いち早くラスルシャが動いて、入ってきた少女に手を合わせながら謝罪する。
 そこにいたのは、少女の他に女性が三人。

「まあ、申し訳ございません。話し声がしたものですから、てっきり開店しているのかと」

 その中の一人、焦げ茶色の髪の少女が頭を下げた。他の女性達も残念そうに顔を見合わせている。
 彼女達の年頃は、一番下は小さな子供で、上は二十歳ぐらい。それぞれ仕立ての良い服を着ているが、謝罪した少女と小さな子はやや地味な服装なので、おそらく使用人だろう。
 二十歳ぐらいの黒髪の女性と十代半ばの茶髪の少女の服は、とても可愛らしい流行はやりのもので、先の二人よりさらに質が高い。一目であるじと分かる二人は、私を見ると目を輝かせた。

「まあ、ルゼ様!」

 いつものことだ。女装しているとなかなか私だと気付かれないが、何しろ今隣にいるのはどこでも目立つギル様だ。どこかで顔を合わせているなら、すぐに分かっても不思議ではない。

「ご懐妊かいにんなさって体調がよろしくないとうかがいましたが、お外に出ても大丈夫なのですか?」
「だ、大丈夫よ」

 私の情報はファンクラブの会報などで色々出回ってるらしいが、そんなことまで書いてあったのか……

「良かった。心配しておりましたの」

 知らない人に心配されるのは複雑な気持ちだ。だけどこの子達、見たことあるような……どこかのパーティーで会っただけだろうけど。

「お腹はあまり大きくなっていないんですね」

 年下の子の方が、私のお腹を見て言った。

「目立たない服を着ているだけよ」

 薄着をしていれば分かるぐらいには大きくなっている。とにかく、元気に生まれてきてほしい。

「あの、ルゼ様。結婚してお幸せですよね?」

 一番年長の女性が、唐突に尋ねてきた。彼女はどこか思い詰めたような、そんな顔をしている。

「そうね。すごく幸せよ。ギル様はとても大切にしてくれるもの」

 昔誘拐された大切な聖女様ノイリに再会できて、今の聖女様であるエリネ様にお仕えできて、これ以上の幸福なんてないと思っていたが、上には上があるものだ。
 こんなに幸せばかりが胸を占める人生も、そうそうないだろう。子供の頃の嫌な思い出を忘れられるぐらいに幸せだ。

「今は絶好調とは言えないけど、この子が大きくなってくれてるってことだしね。そう思うとすごく幸せよ」
「そうですか……」

 彼女は私のお腹を見て、深刻そうにため息をついた。

「結婚について悩んでいるの?」
「父が見合い話を……」

 お見合いかぁ。私は経験しなかったからな。選ぶ権利もなかったけど。

「断れない相手なの?」

 私は断れなかった。まあ私の場合、こちらの腹の内を知り尽くした親しい相手に押し切られたようなもんだから、状況が違うのだろうけど。

「そうではないのですが……父は自分のお気に入りの者の中から結婚相手を選びたいらしくて」

 ああ、あるある。良家のお嬢さんだと、自分で相手を見つけるよりも、親に相手を決められる方が多いのだ。それをくつがえすには、父親が用意した男よりも条件が良い男を見つけてこなければならない。
 私の場合、親がどうこう言う前に強くて美形の王子様が迫ってきたから、彼女に助言するのはとても難しい。

「恋愛でも見合いでも、結婚って実際一緒に生活してみないと分からないところがあるから、一概いちがいに言うのは難しいわねぇ。恋愛結婚でも失敗はよくあるし」

 家が決めた結婚であればそれなりに割り切れるだろうが、恋愛結婚でこじれたらどうしようもない気分になるだろう。

「それでもきっと、我が子は可愛いわ」

 もし拗れたとしても、そこだけは救いになるはずだ。私にとっては、この子が唯一の血縁者になる。愛おしくて愛おしくて仕方がない。

「そうですね。私も可愛い子が欲しいです」

 彼女は笑みを浮かべて頷いた。まだ見合いもしていないようなのに、気が早いことだ。

「前向きなのはいいことよ。断れない話だと困るけど、そうでないなら考えてみてもいいんじゃない? お父様は娘が幸せになると思ったからこそ、見合いを勧めてるんでしょうしね。顔を合わせたら案外気に入るかもしれないわよ。お見合い結婚でもすごく幸せそうな夫婦はたくさんいるからね」

 父親と若い娘では男の選び方が違ってくるから、双方が納得するとは限らないけど。

「そうですね」

 彼女は納得したようにまた頷いた。
 彼女が不安を覚えるのは当然だ。結婚は人生の墓場だとも言われているから。私に言えるのは、とりあえず前向きに考えて、相手を必要以上に悪く見ないようにしなさい、ということだけだ。

「何でも否定から始めていたら、幸せも幸せだと感じられなくなってしまうわ。もちろん男の人の中には結婚した途端に態度が悪くなるのもいるから、警戒は必要よ。だけど、断っていいならもっと気楽に考えてみたらどうかしら」

 断れない時は悲惨だけど、そうではないようだし。

「出会いは大切よ。私もそうだったけど、出会いがないと選べる人が限られてくるからね」

 ギル様がいなかったら、ずっと独身か、見合い結婚していたと自信を持って言える。

「ふぅん。まるで僕に不満があるようじゃないか」

 私の言葉がお気に召さなかったのか、ギル様は髪に指を絡めながら艶然えんぜんと、だが含みを込めつつ笑った。

「まさか。私はギル様と出会えたこと、神に感謝しているんですよ? むしろギル様は私の幸運の神様です」

 これは本当だ。

「それはこちらの台詞せりふだ。君こそ僕の女神だ」

 ギル様は甘い台詞とうっとりしてしまいそうな笑顔で、私のお腹をでた。

「ギル様、こんなところでいちゃつかないで下さいよ。僕らでもしませんよ」

 ゼクセンが呆れたように言い、エフィもうんうんと頷く。いつもいちゃついている可愛い夫婦に突っ込まれてしまった。
 見合いで悩んでいる子は、頬に手を当ててため息をつく。

「夫婦仲がよろしいんですね。素敵。私もこんな風に言ってくれる男性と巡り会えたらいいのに……」

 ギル様みたいなのだと高望みすぎて結婚なんてできなくなるから、基準にしてほしくはないんだが……

「先ほどからずいぶんとにぎやかですね。ルゼ様のお知り合いですか?」

 奥から戻ってきたカルパが、微笑みながら小さく首をかしげた。

「私達が賑やかにしてしまったから、開店したと勘違いされたようなの。それで少し世間話をしていたのよ」
「ああ、それで見合いがどうのと」

 カルパは持っていたかごをカウンターに置き、中の菓子を小さな袋に入れる。そしてもう一種類、別の袋も用意した。

「せっかくいらして下さったのに申し訳ございません。お礼といっては何ですが、こちらをどうぞ」

 カルパは接客用の笑みを浮かべて袋を差し出した。

「新作の菓子です。少し形が悪いので商品としては出せないのですが、味は保証いたします。あと、こちらは開店時に配る予定の茶葉です」
「まあ、よろしいんですの?」

 若い女性達はぽかんと彼を見上げた。

「差し上げたのは、内緒ですよ」

 差し出した菓子に負けないぐらいの甘い笑みでカルパは言った。それを見た彼女達は、ぽっと頬を赤らめる。


 絶対に未婚の女の子にもモテてるだろおまえ。会える時間がなくても、この顔でモテないはずないし。だって美男子だもん。ギル様ほどじゃないけどね。

「こちらをお気に召していただけたなら、またいらして下さい。その時は、とびきり美味しいお菓子とお茶を腕によりをかけてご用意いたします」

 こうやって、客は増えるのか。

「お見合い相手が、良い方だとよろしいですね」
「は、はい」

 大人の男性の色香に当てられ、悩んでいた彼女はこくこくと頷いた。そうして思い直したように微笑む。

「あなたのように気のいた男性だと嬉しいわ」
「お嬢さんのように可憐かれんな方が相手なら、男は進んで気を利かせるようになりますよ」

 なおも甘い言葉を吐くカルパ。
 それにしても、ギル様の次にまたこんないい男を見てしまったら、大抵の男はえなく見えてしまうのではなかろうか。罪な男だ。

「では、ルゼ様、カルパさん、ごきげんよう」

 そう言って受け取った土産みやげを持って、彼女達は帰っていった。きっとまた来るのだろう。

「ニース様、見習え」

 私は思わず、カルパを指さしながらニース様を見る。すると、ニース様は戸惑ったように身体を引く。

「い、いきなり何なんだ」
「無理にびへつらう必要はないんです。褒めたたえる必要もないんです。ただ優しく微笑み、尽くすだけでいいの!」
「そ、そのようなことを言われても、なぜ私に……」
「もちろん姫様に対するあなたの態度が悪いからです。育ちの悪い私達にだってできるのに、なんで育ちのいいあなたができないんですっ!?」

 ただただ人探しをしながら魔物を殺すという、殺伐さつばつとした子供時代を過ごした私にもできるのに。
 ニース様は忌々いまいましげに舌打ちする。
 なぜ舌打ちする。簡単だろ。ただちょっと優しくするだけでいいのに。

「カルパ、接客が苦手な者が接客業をできるようになる方法とかないか?」

 ギル様は菓子を一つ手に取って問うた。

「うちはそういう教育はしてません。接客ができない者には他にできることをさせるだけですから」

 ああ、はっきりしているな。

「ですが……姫様に想いを伝えるだけなら、手紙にすればよろしいのでは?」
「手紙は何度か試したが、読まずに捨てられていたとホーンが」

 カルパの提案に、ニース様がひどく落ち込んだように言う。
 試してたのか。そして、姫様の同僚であるホーンに教えられたと。
 きっと姫様は、呪いの手紙的なものだと思ったのだろう。姫様は、ご自分がニース様に嫌われていると誤解しているから。
 カルパは困ったように続ける。

「読みたくなるような手紙にすればよろしいのでは?」
「読みたくなる?」
「香りをつけるとか、何か贈り物を入れて姫様が気になる程度に厚みを出すとか」
「贈り物?」
「エリネ聖下せいかに花をいただいて押し花にするとか」
「そんなもの、作ったことがない。いきなりそんなことしたら怪しまれるだろう」
「でしたら、読書をするように言われて、ルゼ様達と一緒にしおりとして作らされたとでも言えばよろしいのでは」

 カルパの奴、何気にニース様は本を読まないと決めつけているな。事実その通りなんだけどね。

「まずそんな風に少しずつ優しくして、先に関係改善を目指してはいかがですか? ニース様が姫様に誤解されているのは、姫様の前で黙り込んだり、顔を強張こわばらせたりするからです」
「う……」
「ですから、態度以外で理解してもらえばいいんです。贈り物をされて嫌な女性はいません。金にものを言わせるのが嫌いな女性なら、その人の好みに合った気のいたものを贈ればいいんです」

 カルパの提案に、私はうんうんと頷いた。
 贈り物は値段ではないのだ。その人が欲しがりそうなもの、というのが大切なのだ。
 もちろん、姫様が本当に欲しいものなんてどうせ魔導具とか研究書とか贈り物には向かないものだろうから、そこは一工夫ひとくふう必要だ。カルパの言ったように、綺麗な栞なら喜ぶだろう。いくつあっても困らないのだし。

「そういえば私、マディさんに栞をもらったことがありますね。ラントちゃんとよく似たウサギさんの形だったから買ってしまったって言われて」

 ふとそんなことを思い出す。現在聖騎士の同僚であるマディセルさんは、不幸なことに聖騎士になる前の私に惚れていたらしい。あの頃は私も猫を被っていたから、大人しい女の子だと思われていたんだろう。それに、できるだけたくさんの人に好かれるようわざと周りにび売っていたし。
 まさか同じ聖騎士になって本来の姿を見せることになるとは思わなかった。本当に悪いことをしたと思う。

「ああ、あったな。今もおまえ、気に入って使ってるな」

 ギル様はあごに手を当てて、遠い目をして言う。たぶん、マディさんに同情しているんだろう。

「でも、元々贈り物が好きなのかもしれません。姫様には花を贈ってましたよ」
「まめな男だな」
「エリネ様にも街で見かけた可愛らしいものを色々と贈っているそうです。さすがに恋人がいる女性には贈らないようですが」

 ギル様は何も言わずに頷いて、ちらりとニース様を見た。

「ニース、おまえは何ならできると思う?」

 普通に口説くどくのは無理だろう。そう思わせる実績がある。思わず私も口を挟んだ。

「手紙は、まず短文で済むカードから始めてはいかがですか?」
「……そもそも手紙自体、嫌がられるのでは?」

 ニース様は戸惑ったように言う。自分と姫様の関係性をよく分かってはいるのだ。分からないのはその改善方法と、自分が暴走しない方法だ。
 カルパも何か作業をしながら言う。

「姫様の性格からすると嫌がられるでしょうが、まずニース様のアプローチに慣れていただくところから始めなければ。女性というのは、多少強引なぐらいのエスコートがお好みです。もちろん〝多少〟というところが大切なのですが」

 多少の強引さというのは、女性から見れば男らしく感じられるものだ。しかし、本当に強引なのは嫌われる。それを勘違いして、傲慢ごうまんな振る舞いをする男は実に困りものだ。

「ニース様は面と向かうと言葉が出せなくなって、挙句あげくに嫌がってるのに無理やり手を引っぱって連れていくタイプですよね」
「そうだな。そういう姿を見たことがある」

 ギル様がうむと頷いて答えた。

「女の人が抵抗する意志を見せているのに、力を込めて引きずっていくのは〝多少〟のうちに入りません。やんわりと手を握り、行きましょうと、柔らかくも有無を言わせぬ言葉で誘ったら、相手が自分の足でついてきた、というところまでが〝多少の強引さ〟ですからね」

 ニース様は視線をらす。やはり誰かが見張っていないと、やり過ぎてしまうのだろう。

「今日のところは、こちらを」

 と、カルパは先ほどから準備していた可愛らしい小袋を差し出した。

「先ほどの女性達にも渡したものですが、開店記念の茶葉です。手始めにこういったものを姫様に贈ってはいかがですか」
「そ、そうしてみる」

 ニース様はこくりと頷いた。

「まいどありがとうございます」
「ありがとうございます」
「ございます」

 カルパが言うと、ラスルシャとジオちゃんもそれに続く。最後のジオちゃんの声は、途中からしか聞き取れなかったけど。
 それはともかくカルパの用意した茶葉なら、絶対に消費はしてもらえる、無難な贈り物だろう。カルパはくすくすと笑いながら私達にも菓子を出し、温かいお茶を用意してくれた。

「相変わらず美味しいわ」
「光栄です。ルゼ様はお子さんができて好き嫌いが減りましたね。つわりが終わったら味覚が戻って、菓子も嫌がるかと思っていたのですが」
「だってカルパのお菓子は美味しいもの」

 お菓子が好きではないっていうのは、好き嫌いなのだろうか? 好き嫌いといえば大抵お野菜だろう。私はそのお野菜が好きなのに。

「それに、あのルゼ様が結婚についての相談に乗るなんて、以前は想像もしていませんでしたよ。さっきの彼女、ルゼ様よりも年上ですよ……ん?」

 彼は突然、言葉を切って首をひねった。

「彼女達、どこかで……」
「カルパも? 私もどこかで見たのよね」
「ああいった方々と会うのは常連さん主催のお茶会ぐらいですから、できるだけ顔と名前は忘れないようにしているんですが……」

 カルパは目をせて額に触れる。

「二人の気のせいじゃないのか?」

 ティタンが言うと、カルパは首を横に振った。

「ルゼ様のファンでも、フレーメうちのことをそれなりに知ってなきゃこの店には来ないんじゃないかな。宣伝とかしてないし。だから常連さん関係の子だと思うんだけど」

 私も気になって仕方がない。こういうのは一度気になり始めると、答えが出るまでもやもやしてしまうのだ。

「そういえば、お姉様のファンクラブの会報誌で、カルパさんのお菓子が紹介されていました。その記事に新しい店の噂についても書かれていたはずです」
「それだ!」

 単なる私のファンクラブの子なら、印象が弱くてもおかしくない。エフィの発言を聞いて、皆が同時に納得した。が、私は逆に戸惑ってしまう。

「いや、エフィ、なんでそんなもの読んでるの?」
「もし間違ったことやお姉様に不利なことが書かれてたら大変ですもの。だから原稿を監修しているんです」
「……そ、そっか」

 私は痛む額を押さえてため息をついた。何が書かれているのか自分で確認するのは怖いから、まだ一度も会報とやらは見たことがない。私の妊娠事情を読んで何か楽しいんだろうか。分からないが、結婚、妊娠後も不思議と会員は減っていないらしい。本気で分からない。まあいいけど。

「あの、ギル様。話を戻して申し訳ありませんが」

 カルパが額を押さえながら言った。

「どうした?」
「さっきの四人組の顔を覚えていらっしゃいますか?」
「は?」

 何を馬鹿なことを……って、あれ?

「あれ……どんなだったっけ?」

 私は愕然がくぜんとした。そんな馬鹿な。いくら私が人の顔を覚えないって言っても、ついさっき見た顔を思い出せないなんて。

「俺、今さっきのことなのに、顔だけじゃなくて声の印象すらおぼろげなんです。まったく思い出せないんじゃなくて、妙にぼやっとした印象です。前も似たようなお客様を見た気がするんですが、その時は自分が未熟だったからだと……でも今回はさすがに」

 私達は沈黙した。

「ルゼを見た時のあのはしゃぎようといい、まさかあいつら……」

 ギル様が何か思い付いたらしく、顔を引きつらせた。それだけで何を言いたいのか分かってしまう。

「小娘達か」

 私のつぶやきに、皆は顔をしかめた。
 私の結婚式を掻き回してくれた少女達。そのうちの年若い方は、洗脳の力を持つ傀儡術師かいらいじゅつしだ。彼女の力は、人を思いのままに操ることができる上に、人の記憶を消したり曖昧あいまいにしたりできるのだ。

「カルパ、絶対気に入られましたよね」
「そうだな」
「カルパって、執事にでもなってくれたら最高ですよね」
「ああ。まったくだ」
「小娘達の接近方法って、とりあえず誘拐ですよね」
「間違いない」

 ギル様は一つ頷いて立ち上がり、カルパの肩に手を置いた。

「カルパ、とりあえず慈善院で餌付えづけした傀儡術師達を護衛代わりに雇っておけ。下手に僕が手配するより安全なはずだ。あの戦闘小僧がいなければどうとでもなるし、素早く助けも呼べる」

 カルパはため息をついた。
 ギル様がエリネ様の名のもとに設立したオブゼーク慈善院には、傀儡術師達がたくさんいる。元々は小娘達が買いあさって暗殺に使おうとした連中なのだが、反抗的だったり扱いにくい力を持っていたりで切り捨てられたのだ。中には今すぐ護衛を務められるような実力者もいる。ギル様が言った『戦闘小僧』――小娘達を守る戦闘型の傀儡術師が出てこなければ、逃げる時間を稼ぐことぐらいはできるだろう。

「護衛が必要なんて……でも、エリネ様やルゼ様もやられていますもんねぇ」

 カルパも大変な奴らに目を付けられたものだ。先ほど結婚の相談をしてきたのは予知能力者の方だろうが、そんな歳になるまで何をやってるんだか。

「ラスルシャも、もしもの時はカルパを頼む」
「本当にこの国は刺激的ですね。退屈しません。いいですよ。もしもの時は私もカルパさんをお守りします」

 ラスルシャは笑いをこらえながら言ってくれた。彼女の故郷に比べたら、そりゃあ刺激的だろう。彼女は優れた魔術師だが、故郷ではその腕を振るう機会もなかっただろうし。


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