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詐騎士特別編 恋の扇動者は腹黒少女
特別編-1
しおりを挟む第一話 フレーメ ~カルパの場合~
窓の外では、人々が外套の胸元をかき合わせ、足早に歩いている。
ひどく寒そうだが、馬車の中は暖かく快適だ。それでも私の夫であるギルネスト様は心配そうにしている。
「ルゼ、本当に大丈夫か? 冷えていないか?」
そう言って私の肩を抱きながら、心配そうにお腹を見た。
「大丈夫ですよ。別に長時間乗っているわけでもありませんし、暖かい格好をしていますから」
と、私は自分のお腹を撫でる。
月齢の割にあまり目立たないが、現在私は妊娠中だ。この子の父親であり、ランネル王国の第四王子であるギル様は、夏であろうと冬であろうと常に快適に過ごせる環境を与えられているので、そこから私が出れば途端にこうして心配してくるのだ。
「それに、君もたまにはお外に行きたいよねぇ」
実家のおばあちゃんが、お腹の中にいる時から赤ちゃんに話しかけるのはいいことだと言っていたので、よくこうして話しかけている。
あと三ヶ月ぐらいで出てくるらしい。今年の春に結婚したばかりでこのようなことになるなど、二年前にプロポーズされた時は想像もしていなかった。
あの頃の私とギル様は、敵対する犯罪組織に振り回されて散々だった。組織を仕切っていたのは、魔物のマフィアの娘と思われる少女と、予知能力者らしき女。彼女達は私のファンらしく、結婚式の時もあれこれ掻き回して、最終的にはギル様に生き埋めにされていた。それ以降、彼女達とは会っていない。少しは反省して大人しくしているといいのだが……
そのこともあって、妊娠が分かってからは皆に過剰に心配されるようになり、なかなか外にも出られない。確かに私は元々身体が弱いし、つわり中も死ぬかと思ったが、最近はすっかり元気で、馬車で出かけられるくらいにはなっているのにもかかわらずだ。
そんな中、今回は久しぶりの外出である。
「もうすぐ到着するからな」
ギル様が、お腹を撫でてきた。
馬車には、ギル様の従騎士であるゼクセンや、その妻であり私の妹でもあるエフィ――エフィニアも同乗しているからこの程度だけど、二人きりだともっとデレッデレにお腹の子に話しかけている。ギル様の名誉のためにも他人には言えないが。生まれたら一体どうなるんだろうか。
ギル様は私に似てほしいと言っているけど、私は顔立ちの完璧なギル様に似てほしい。私に似たら子供に恨まれるよ。特に女の子だった場合は。
「ルゼちゃん、着いたよ」
ゼクセンが教えてくれると同時に、馬車が停まった。後から付いてきたもう一台も停車し、私はギル様の手を借りながら馬車を降りた。
足が悪い私は普段、傀儡術で自分の身体を操って動いている。が、妊娠してからは上手く魔力を扱えず、たまに転びそうになってしまうのだ。そのため、必ず誰かの監視がなければ歩いてはいけないと言われている。部屋の中でも歩くなと言うのだから、ひどい話だ。
「ここが、カルパさんの新しいお店、ティールーム・フレーメだよ」
本日私達は、茶問屋フレーメ初の直売店であるティールームの開店祝いに来たのだ。
ギル様はフレーメのお茶がいたくお気に入りで、おまけに経営者の青年カルパには、慈善院の運営を含め色々と協力してもらっている。彼の新しい商売を応援するのは私達夫婦にとって当然であり、その開店祝いは気晴らしのお出かけにもちょうど良かった。
私はゼクセンが示した店を見上げて、わずかに驚いた。
住宅街のアパートの一階によくある、洒落た感じの店舗だったのだ。
「訳あり物件って聞いてたけど、見た目は普通……」
いかにも霊が出そうな、もっと陰鬱な雰囲気を想像していたのに。
「そんな普通じゃない店を出してどうするの。だいたいルゼちゃん、霊とか見えない人だから、何かあっても分からないでしょ」
ゼクセンがくすりと笑いながら言う。
「まあ、ここは〝出る〟から訳ありなんじゃなくて、店舗がすぐに潰れるって意味での訳ありだから」
「そんなところに出店して大丈夫なの?」
私はぎょっとして問い返す。
「ここって立地が悪くないように見えて、実は角度的に入り口が目立たないんだ。たまたま通りかかる人も少ないしね。近くに流行っている店があるから、余計に質が悪い。ここで生半可な人が商売やっても、損するだけだよ」
と、ゼクセンは店舗を見ながら説明する。
「だけどカルパさんみたいに既に知名度がある人が店を開くなら、客の方からわざわざ探しに来てくれるし、治安は悪くないし、買い物ついでに寄れる程度には便利な場所だから、むしろ掘り出し物件なんだ」
相変わらず妻帯者とは思えないほど可愛い顔なのに、商売に関してはずけずけと言う。その隣ではエフィがころころと笑っていた。
現在ゼクセンの実家、ホライスト家が営むゼルバ商会は、都での商売をこの若夫婦に仕切らせている。というのも、本来の跡取り娘であるゼクセンの姉、エノーラお姉様が、現在妊娠しているからだ。ちなみにカルパの新しい店は、エノーラお姉様が紹介したものらしい。彼女は、訳あり物件を安く買って有効利用するのが好きなのだ。
ホライスト家は、家位の低い貴族であるが、商売で成り上がって上流階級に食い込んでいる家だ。そのせいか使用人に至るまで実力主義で、嫁いできたばかりのエフィなどは、まだ認められない存在なのだそうだ。
そのためエフィは婚家での足場固めも兼ねて、家の中のことや、商売に関することを取り仕切り、それをゼクセンが騎士の勤務の合間に手伝っているのだという。
まあ、結婚ってのは色々と大変ってことだ。だけど、私の強烈な姑の存在に比べれば、使用人達の信頼が得られていないことぐらい、どうと言うことはない。本当にうちの姑――エーメルアデア様ときたら、会いたくないのに会いに来て、嫌味ばかり言うから嫌になる。いや、病弱な正妃、セルマ様のところに行かれるよりはいいんだけど。
セルマ様は、第二夫人であるエーメルアデア様が離れれば体調が良くなり、近付かれれば悪くなる。それが最近国王陛下の知るところとなり、陛下もエーメルアデア様を近付けさせないよう配慮しているそうだ。それでその分、彼女が私のところに来ている、ということらしい。エーメルアデア様の過干渉は本当に、どっちに転んでも迷惑な話である。
そんなことを考えながら店舗を見ていると、後ろの馬車から降りてきたティタンが声をかけてくる。
「まあ、ここはカルパの趣味も兼ねた店だから、従業員を養えるだけの利益が出ればいいって考えらしいよ」
私の幼馴染みのティタンことティタニスは、カルパと仲がいい。ゼクセンと同じくギル様の従騎士をしている彼は、ギル様の護衛がてら一緒に祝いに来たのだ。その隣には、彼に片思いしている聖女エリネ様の侍女ウィシュニアと、ギル様の友人ニース様がいる。
「趣味ねぇ。カルパらしいっていえばそうだけど。そういえば前にカルパが、ティタンも開店の手伝いをしてくれて助かるって言っていたけど、何かしたの?」
「ああ、ちょっとな。おまえ、つわりで何も食べられない時でも、カルパの作った菓子だったら大丈夫だったろ。そんな変わった妊婦に付き合ってもらった礼代わりにさ」
私は元々小食な質だったが、そこにつわりがきたものだから、何も食べられなくなってしまった。そんな時にカルパの作ってくれたジャムを見たことで食欲が湧き、食べ物を口にすることができたのだ。それでギル様が、しばらくカルパにお菓子やジャムを届けてくれるよう手配して下さったという経緯がある。
私はその時のありがたみを思い出しつつ、もう一度店を見上げて中に入った。
「あ、いらっしゃい」
暖かい店内に入ると、掃除をしていた冷たい美貌の少女が顔を上げた。
「はぁ!? ラスルシャっ!?」
驚いた私は、説明を求めてゼクセンを見る。
ラスルシャは丸っきり人間に見えるが、実は魔物である。魔物には魔族、闇族、獣族といくつか種類があり、彼女は白魔族と呼ばれる珍しい魔物なのだ。
で、そのラスルシャだが、彼女は確か、私の故郷であるエンベールの領地で働いていたはずだ。エンベールは魔物との商売が盛んなこともあって、多くの魔物達が働いているが、彼らがそこから出てくることは滅多にない。
ゼクセンはくすくす笑いながら答える。
「試しにいつか都でも可愛い獣族を働かせてみたいなって、エンベールでおじ……お義父さんとテルゼが話し合ってた時に、ちょうどフレーメの人が仕入れに来てさ、話に乗ってきたらしいんだ。それでカルパさんを覚えてたラスルシャが、ジオちゃんとフレーメで働いてみたいって申し出たんだって。彼女達、物怖じしないし、ラスルシャも人間とそう変わらないから警戒もされないだろうし」
あ、よく見ると自称川猫獣族のペンギン獣族、ジオちゃんも箒を持って床をお掃除している。相変わらずどう見ても猫じゃない。けど可愛い。
「こ、こんな可愛いの店に置いたら人が殺到しない?」
私なら定期的に撫でに来てしまう気がする。
「うーん、若い女性には受けると思うけど、それ以外には警戒されるかもしれないから、どうかな。その辺はイマイチ読めなかったから、まあ実験がてらってことでカルパさんも雇ったみたい」
と、ゼクセンも少し心配そうに言う。
「本人達の強い希望もあるし、もし囲まれてしまっても仕方ないかなと」
「そう。本人がいいならいいけど」
ジオちゃんが商売の邪魔にならなければいいんだけど。お客じゃない人達が集まるという意味で。
ああ、こんな小さな店で大丈夫だろうか。飲食した客だけひと撫でできるということにした方がいいんじゃないだろうか。
「まあ私が心配することではないか」
私は、商売やお金絡みのことについては素人なのだ。エノーラお姉様も協力している以上、私が気にかけても仕方ない。
「ああ、殿下、ルゼ様。いらっしゃいませ」
店の奥にいたカルパが顔を出した。開店に向けて髪を切ったのか、いつもよりさっぱりしている。こざっぱりしたシャツや、細身のベストやズボンがよく似合っていた。
「ルゼ様、どうぞお掛けになって下さい。寒くはありませんか? 移動で調子が悪くなったりしていませんか?」
カルパは私のお腹と顔色を見て言った。
「平気よ。カルパのおかげで辛い時期を乗り越えたし、すっかり元気」
「ルゼ様の〝元気〟は、普通の人の〝元気〟とは違うので心配ですよ」
皆が同時に頷いた。ああ、信用がない。
「自分一人の身体じゃないんだから強がったりしないわよ。それより外出するきっかけができて良かったわ。動く気力が出てくると、じっとしているのが退屈で」
「ルゼ様ほど動かれる方には辛いでしょうね。男の俺には分からない苦しみですが、もし辛くなったら、すぐにおっしゃって下さい」
カルパはそう言うと、店内のテーブルへと私達を案内し、私のために椅子を引いてくれる。私はそれに腰かけながら笑った。
「男の人って大袈裟ねぇ」
「お腹にお子様がいらっしゃるんですから大袈裟にもなりますよ。ルゼ様は弱っていましたし」
少し前までひどかったから、仕方ないけどさ。
私に続き、エフィとウィシュニアも、それぞれゼクセンとティタンに椅子を引いてもらって腰掛ける。二人の男達もその隣に座り、ニース様は寂しく一人で座った。彼の想い人であり、婚約者であるグランディナ姫様は、今日は来ていないので仕方ない。
「女の子なんて生まれたら皆が甘やかそうとしてきっと大変ね。私としては、立場的に女の子の方がいいんだけど」
何と言っても王族だからね。後継者争いなんかに巻き込まれたら苦労するから、無関係でいられる女の子の方がありがたい。
「きっとルゼ様に似て可愛らしいお嬢さんになるでしょうね」
「私はギル様に似てほしいんだけど」
不吉なことを言うカルパを、恨めしげに睨んだ。
「ギル様はルゼ様に似てほしがっていますよ」
「まったくだ」
ギル様はカルパの答えに満足そうに頷く。そんなに自分に……というか、自分の母親に似るのが嫌なのか。二人とも顔だけは素晴らしいのに。
「そうだ。これは土産だ。エリネ様の神殿の庭で採れたものだが」
と、ギル様は籠を差し出した。
「気を使っていただいて申し訳ありません。先日もいいワインをいただいて」
「あれはアリアンセの実家から、結婚祝いに贈られたものだ」
「変な混ぜ物のない、美味しいワインでした」
カルパは受け取った籠をカウンターに置きながら言う。
「混ぜ物なんてあるの?」
妊娠していようといまいと基本的に飲酒を禁止されている私は、そういうことに疎い。
「甘味を加えたりして値段をつり上げてることもあるんですよ。甘い方が良いワインだっていう風潮がありますから。俺はそういうのは口に合わないんですけど」
ワインにも色々とあるようだ。
そんなことを話していると、カルパが膝掛けを用意してくれた。
「身体が冷えてはいけませんので、よろしければお使い下さい」
「ありがとう」
私はありがたく膝掛けを借りた。仕事中の彼は、本当に紳士的ないい男だ。
「私も人妻になってから、カルパがやたら奥様方に人気がある理由が分かった気がするなぁ」
「マジっすか」
私の素直な感想に、カルパが仕事人の仮面を外して驚いた。
彼は元々いい男だったけど、わずかに残っていた少年らしい甘さが消えて、ますますいい男になった。ギル様とはまた違った、男の色香があるのだ。そしてたまに見せる陰がなおいいと、多くの奥様方の心を掴んでいるらしい。
これで女誑しだという噂でも流れたら商売にならなかっただろうが、彼はそう思われないよう接客態度を徹底させているから、奥様方の旦那様も彼を悪く言うことはほとんどないらしい。むしろ徹底しすぎて、女性に興味がないのではと噂されるほどだ。
たぶんそれはない。仲間と夜のお店とかに繰り出すこともあるようだし、お客様は女ではないという考えなのだろう。たぶん。
そんなことを考える私に、カルパはうんざりしたような顔で聞いてくる。
「どこがどう、奥様方に人気なんです?」
「あ、その顔はいただけない。でも、仕事してるカルパは、何だかときめくね。やっぱり仕事着ってのはいいよ。そうやって腕まくりしてるのもいいね」
「そ、そうですか? でも人妻にモテてもなぁ……」
人妻にしかモテないわけじゃないだろう……ってまさか。
「まさか、人妻にしか誘われないの?」
「いや、そこまででは……」
なぜ目を逸らす。特定の女性の影がないから不安になるんだけど。
カルパは、食べ物の味を良くするという能力持ちだ。その能力をぜひ子孫に残してほしいとギル様なんかは思っている。でもこういう能力は、発現しやすい血筋というのはあっても、実際に発現することは稀だから、見合い相手を紹介するほどのことでもないし。
「そういえばこの前、祭りで露店を出していたらしいけど、どうだった?」
ティタンが気さくにカルパに問いかけた。
この都では何かにつけてお祭りが行われるのだが、そういった祭りでは大抵、公園に露店が出る。フレーメも比較的規模の小さな祭りを狙って、試しに出店したそうだ。
「あれが二度目だったけど、従業員達は目の回りそうな忙しさだったよ。茶問屋の方の常連さんもわざわざ遊びに来て下さったし」
カルパは苦笑しながら、香りの良いお茶を出してくれた。
「小さな祭りだったんだろう? そんなに売れたのか?」
ギル様はティーカップに手を伸ばしながら問う。
「小さいと言っても、遠方からのお客が来ないだけで、十分な集客はありましたので。売ったのは普段高級店に卸しているようなお茶なんですが、それを一杯いくらという形で売ってみたら、試しに飲む人が多かったそうですよ。祭りの時はどこの店も値段が高くなりがちですから、それと比べたらお手頃に感じたんでしょう。あの日は肌寒かったですしね。それで気に入った人が、量り売りの茶葉を買ってくれたそうです」
「なるほど。上手いやり方だな」
ただでさえ祭りの雰囲気は財布の紐を緩くするのだ。お高いお茶が手軽に飲めるなら、ということで、つい手を出した客も多かったのだろう。
「宣伝も兼ねていたんですが、自信が持てました。そうそう、エリネ様の祭りでも出店しないかと振興会から誘われているんですよ」
「そんなに人気だったのか」
「茶問屋の方の卸し先にも、新規のお客様が増えたそうです。なので、また出店してみようかと。従業員の訓練にもなりましたし、あいつらもたまのお祭り騒ぎが楽しかったそうですから。祭りの日でも、俺らみたいな飲食店はあまり休みませんしね。どうせなら祭り気分が味わえる場所で働きたいって言っています」
稼ぎ時に稼ぐ、商人なら当然のことだ。そして、どうせなら楽しいところで稼ぎたい。これも当然だろう。
「落ち着いたティールームで、まったりとお茶やお菓子を出したいって言ってたくせに、忙しくなる方向に頑張るよなぁ……」
ティタンは呆れたように言った。
「忙しい時頑張れば、暇な時に焦らなくて良くなるからな。貧乏人は蓄えがないと不安になるんだよ」
「ああ、分かる分かる」
ティタンがうんうんと頷いた。冬のために食料を備蓄するようなものか。
「なんにしても夢が叶ってよかったな。ちょっと来ないうちに、いい雰囲気になったじゃん」
ティタンに肘でつつかれ、カルパは照れたように笑った。
「内装はエノーラが?」
ギル様もくすりと笑いながら言う。
「ええ。俺達、そっち方面は素人ですから。エノーラさんが金銭面でも援助してもいいと言ってくれたんで、思い切って新しい厨房機材も買いました。菓子はたくさん作るつもりですから、いい機材があった方が効率的ですし」
エノーラお姉様がそこまでしてくれるのは、フレーメが利益を回収できそうな優良企業と見たからだろう。
「そうか。よかったな」
順風満帆だな。
「それもこれも、あの時、殿下に助けていただいたおかげです」
「こちらも助けてもらっているからな。ルゼの食事の件もそうだが、母のご機嫌取りもしてくれて、本当にありがたいと思っている。おかげでつわりで寝込んでいたルゼには被害が行かなかった」
その時ほどではないが、カルパは現在も定期的にエーメルアデア様のもとへ通っている。今ではすっかり彼女のお気に入りで、気付けば茶問屋フレーメは正式に王室御用達の店になっていた。
「慣れていますから、お気になさらず」
あのエーメルアデア様を相手に、『慣れている』なんて言葉がさらっと出るとはすごいな。
「……カルパ、エーメルアデア様と何を話してるの?」
私はかねてからの疑問をぶつけてみた。
「ごく普通の世間話ですよ。至極和やかに。エーメルアデア様がルゼ様にきつく当たるのは、同じ女性だからです。女性は女性に厳しいんですよ。特に息子の嫁となると、自分流に染めようとしたがる方が多いですね。俺は他人で男なんで、普通に話をして、美味しいものを提供してるだけです。ルゼ様に差し上げたのと似たような菓子なんですが、美味しく召し上がっていただいたところで、『ルゼ様も喜んで食べて下さった』と言うとさらに満足そうな顔をされます」
似たような、というところが重要だ。私は素朴な味が好みなのだが、それをそのまま出してもエーメルアデア様は満足してくれない。きっと彼女好みにアレンジした上で食べさせたのだろう。そこでその菓子を嫁も好んで食べたと言えば、エーメルアデア様も嫁の物分かりが良くなったと思って一層満足したに違いない。
「でも、あんな難しそうな人と世間話なんて、よく続けられるわね。何か機嫌を取るコツとかあるの? 褒めても当然って顔なさるでしょ」
「美人に美しいなんて安直な褒め言葉は響かないから、こだわりのありそうな部分を褒めるんですよ。髪型とか服とか、細かい部分までね。今日のルゼ様だと……指輪を褒めますね。殿下からの贈り物でしょう。旦那様から愛されていますね、とか」
私は小さく頷いた。そういう褒められ方は嬉しいかもしれない。
「夫婦仲が悪いと使えませんが、新婚だと効果的ですね」
確かに、倦怠期で夫が愛人に物を与えまくっているような状況だと、嫌味でしかなくなるだろう。
「俺にはルゼ様みたいに女性を次々落とす魅力はないから、フレーメの皆で知恵を出し合って話題の作り方を研究してるんです」
「女性を落とすって……変な言いがかりつけないでよ。私は何もしていないのに、エノーラお姉様が男装の麗人とか言って、やたらと煌びやかな虚像を作ってばらまいてるだけじゃない」
しかし、その話題の作り方とかは私も知りたいぞ。
「いやいやいや、エノーラさんの策略だけではああはなりませんよ。女装してても人気は衰えないんですから」
「女装とか言わないでくれる。これが本来の私なんだし」
確かに男装の方が楽だし、髪を切っていいならまた切りたいけど。
そんな心の声を読み取ったのか、カルパはくすりと笑う。
なんてことだろう。私が女性達を洗脳しているみたいで、不愉快だ。
…………してないはずだ。そんな力はないはずだ。たぶん。きっと。
「ところでカルパ、おまえ恋人はいないのか?」
ギル様が、唐突だが気持ちは分からなくもないことを尋ねた。カルパはため息をつく。
「それ、エノーラさんにも言われますよ。魔力が強そうな女性を紹介しようかとか」
「ん、まあ……」
ギル様は視線を逸らす。エノーラお姉様は、もしカルパの子が彼と同じ能力を持っていたら、いずれ雇いたいと思っているのだろう。
「考えることは皆同じねぇ。ギル様もカルパみたいな能力者を欲しがってるし」
誰だって一度は考えるだろう。それでお見合い話を持ってくる人なども少なくないはずだ。
「私はカルパがずっと健康で長生きしてくれたら、それだけで嬉しいけど」
「でもまあ、才能を途絶えさせたくないって思うのは当然のことだし」
ティタンがギル様を庇うように口を挟んだ。
「でも、本当に恋人とかいないの?」
どうしても信じられない。
「いませんよ。忙しくてそれどころではないというか、付き合っても会う時間が取れず振られるので、仕事に打ち込んでるんですよ」
「それって茶問屋の方が大きくなる前の話でしょ。今ならなかなか会えなくても付き合ってくれると思うけど。なんてったって稼いでるんだから」
「そういう金で態度を変えるおん……女性はさすがにお断りですよ。どうせなら、癒やされたいですからね」
私が気楽に話しているせいか、彼もたまにつられそうになっている。接客の時はもっと完璧だけど、こういった私的な集まりだと気が抜けるのだろう。
「従業員の女の子は? 可愛い子いるじゃない」
「社内恋愛は禁止ではありませんが、俺が従業員とどうこうなるのはちょっと……」
「ああ、別れたら気まずいよね」
結婚するなら別なんだろうけど。
「それに俺は、どうにも女運が悪いんですよ」
「そうなの?」
カルパは諦めたような顔で頷いた。
いや、その歳で諦めちゃダメだよ。そんなに若くていい男なのに。
「あ、そうだ。新作の菓子なんかいかがですか? 形が悪いのが余っているんですが」
カルパは話をすり替えるように立ち上がった。ギル様の顔が綻ぶ。
「いいのか?」
「もちろんです。ラスルシャ、ここは頼んだ」
「はーい」
カルパはラスルシャに私達の給仕を任せて、店の奥に引っ込んだ。
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