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5巻
5-3
しおりを挟む「残るは領主と、何とかというエロオヤジですね。大丈夫です。私達が必ずお守りいたします。これの前の持ち主が、手を回してくれるでしょう」
私は自分の階級章を指し示した。
「持ち主……お、王子様っ!?」
エリネ様が驚愕する。
「ええ。王子様です。美男子で名高い、第四王子のギルネスト殿下です。目が合うと妊娠すると言われてるぐらい、見た目はいい男ですよ」
女性達は顔を見合わせて、きゃあきゃあ騒ぐ。
「あの方は女子供にだけは親切なので、間違いなく適切に処理して下さいます。ですから、エリネ様が不安に思われることは、何一つありません」
エリネ様は混乱しているのか、視線が定まっていない。
「大丈夫です。私はエリネ様の騎士です。あなたの不安は、全て私が解消いたします。何か困っていることがあったら、遠慮無くご相談ください。私はエリネ様に心穏やかにお過ごしいただくために、ここまで来たのです」
この状況で『心穏やか』に過ごせる人がいたら、それはよっぽどの大物か、騎士に守られ慣れている良家の令嬢だけだろうけど。
加えて王子様まで来ると聞いてしまえば、いい意味で心穏やかには過ごせないだろう。
不安に思いながら過ごすよりは、大きな期待を胸に抱いていた方が、よほど身体にはいいはずだ。
第二話 激動の日
部屋のドアが開き、私は目を開けた。
ドアの脇に座っていた私は、ゆっくり立ち上がって部屋の主であるエリネ様に微笑んだ。
「おはようございます」
爽やかな朝の、爽やかな挨拶。
エリネ様はしばし私の顔をぼーっと見つめた後、はたと気づいてきょろきょろと周りを見回す。
「る、ルゼ様…………まさか、ずっとここにっ!?」
もちろん。昨夜からこうしてエリネ様のおうちにお邪魔して警護をしている。
「申し訳ありません。万が一のことがあってはいけないので、離れることが出来なかったのです。ご不快でしょうが、どうかお許し下さい」
「ふ、不快とかじゃなくて、こんな所でこんな風に一晩いたら、疲れちゃいますよっ!」
「大丈夫です、慣れていますから。私は昔から魔物狩りのために、野宿もたくさんしてきました。寝られない場所もありませんし、寝ていてもこのように気配で目を覚まします」
エリネ様が呆然と私を見上げている。昨日のことは夢だとでも思っていたのかもしれない。
「エリネ様、顔を洗いに行きませんか」
「え……は、はいっ」
エリネ様に目を覚ましてもらうために外に出ると、私は爽やかな朝の空気を胸一杯に吸い込んだ。日はまだ昇り切っていないので、辺りは薄暗い。井戸の周りには女性達がいて、その中にはエリネ様のお母様、ルイカさんの姿もあった。農村の朝は早いな!
「あ、お母ちゃん、おはよう」
「ルイカさん、おはようございます」
ルイカさんは、近所のご婦人とのおしゃべりを中断して会釈をした。
「ルイカさん、水を運ぶんですね。私が運びましょう」
「そんな、悪いですよ。ルゼ様はお疲れでしょう」
「大丈夫です。これぐらいのことで疲れるような鍛え方はしていませんから」
私が水桶を手にしようとした時、横から伸びた手がそれを持ち上げた。
「自分が持ちましょう」
そう言ったのは、帯剣した大柄な平服の男性だった。彼は昨日到着した火矢の会の会員だ。
「ありがとうございます。他の方は?」
「外を見回っているから、休んでいてくれ。疲れただろう」
「まさか。皆さんの方がお疲れでは? 夜中に団体さんが来てましたが、皆さんが対処して下さったんでしょう」
私がにんまり笑って尋ねると、彼は呆れたように肩をすくめた。
「気づいたのか、さすがだな。盗賊が出てな」
「あらまあ。盗賊とは、ずいぶんと行動が早いですねぇ」
本物の盗賊なのか、あらかじめ用意されていた連中なのかは知らないが、こんな時に襲撃する目的など一つしかない。
奴らは私が一人で竜を使って乗り込んできたから、護衛として遣わされたのは私一人と勘違いしてしまったのだろう。こちら側には青盾の連中もいるけれど、内情や警備体制が分かっていれば、詰め所を先に攻め落とすことも容易だし、騎士達の他は素人ばかりだ。それでどうにかなると思ったに違いない。
「今取り調べしているが、酒場でこの村にお宝があると吹き込まれたようだ」
「そうですか。どこのどなたか知りませんが、本当に古典的な手を」
これが何とかという貴族の仕業だとして、エリネ様に何かあったらどうするつもりだったのだろう? もしや下手に生かして公になったら身の破滅だとでも思ったのだろうか。それに、手に入らないならいっそ壊してしまえというのもあったかもしれない。
「ルゼさんは、エリネ様とゆっくりお過ごし下さい」
「いえ、私をその連中と会わせて下さい」
「女性には……」
「エリネ様、私は少し様子を見てきますので、ご両親と一緒にお待ち下さい」
私は彼の拒絶を無視してエリネ様に断りを入れた。
盗賊など締め上げたところで、首謀者には繋がらないだろう。それでも確認しておきたいことがあるのだ。
身支度を整えると、私達は村の講堂に案内された。
そこには叩きのめされ、ぼこぼこにされた盗賊達がいた。その中で、一番それらしい男の前に立つ。おそらくこれがこの盗賊団の首領だ。
私は少し考えてから、そいつの口に小さな砂糖菓子を含ませ、吐き出さないようにしばらく口を押さえる。何の変哲もない砂糖菓子だから身体に害はないが、このように意味深に使えば、見ている人は勝手に色々想像してくれる。
「質問する。素直に答えないと、後悔することになるから素直に答えろ」
ゆっくりと手を離すと、男は困惑したように私を見上げて口を開いた。
「だから、この村にお宝があるって聞いたんだよ!」
「誰に?」
「酒場でたまたま会った奴だから名前も知らねぇよ」
「本当に?」
「そうだって言ってんだろ!」
盗賊とはいえ、この村に関してはまだ何もしていない。余罪が見つからなければ、死刑にはならないかもしれない。このまま乗り切れればの話だが。
私は男の頭に手を置いた。
「本当は何をするつもりだった」
傀儡術で、頭の中にも同時に呼びかける。
「本当は何をするつもりだったか、よく思い出せ」
頭の中をかき混ぜるように干渉する。こうすると意識が混濁し、情報をよく吐いてくれるのだ。魔物達でさんざん試したから、加減を間違えなければ精神が壊れることもない。
「金髪の女を……連れてくるように……それ以外は誰一人として生かさず……若い女は判別できないように……かみとかおを……もやしてしまえ……」
皆、息を呑んだ。
村一つ壊滅させようとは、大胆なことだ。こいつらを捕らえた火矢の会の人達も、その非道な内容に顔を歪ませる。
「どこで引き渡す予定だったの」
「連絡待……ち……」
そこまで言って男は白目をむいて気を失った。
「じ、自白剤か?」
火矢の会の人が、恐る恐るといった感じで尋ねてきた。
「一時的に気を失っただけで、起きたらしばらく混乱するかもしれませんが大丈夫です」
どんな自白剤か追及されないうちに、私はさらに続ける。
「一つ分かったことがあります」
「分かったこと?」
「首謀者はエリネ様を嫁にしようとした馬鹿とは別人です」
「ああ……」
皆は顔を見合わせて頷いた。
簡単なことだ。エリネ様を嫁にしようとした奴らは、嫁にしたことをおおっぴらにできなければ意味がないのだ。こんな風に盗賊を使って誘拐したらエリネ様との婚姻を公に出せなくなってしまう。おまけに、一度無理矢理連れ去っているのだから、再び彼女が攫われ、その直後に村が壊滅したら疑われるのはそいつらだ。つまり盗賊を雇ったのは違う奴らということ。
「エリネ様を無理矢理嫁にしようとした人は、誰かに何か都合のいいことを吹き込まれて動いていたのかも。その誰かは、彼らが失敗してすぐにこのような者達を動かしているのですから、何かあったら全部罪を押しつけるつもりだったのでしょうね」
そしてその黒幕こそが、私が狙っている七年前の聖女誘拐事件の首謀者なのだろう。火矢の会の皆は小さく頷いた。
「まぁ、それを考えるのは私の仕事ではありません。判断は上に任せましょう」
私が言うと、火矢の会の人達は再び頷いた。
「殿下が気に入るはずだ」
「この年で、顔色一つ変えずに」
「なんて殿下好みなんだ」
私に対しても、ギル様に対しても失礼だな。否定しないけど。
私は振り返り、入り口の方を見た。
「皆さん、お待ち下さいと申しましたのに。こんなところを見てもご不快でしょう」
入り口には、エリネ様ご一家ほか、近所の皆がこぞって集まっていた。
「騎士様、何故この子がそこまでして狙われるんですっ!?」
エリネ様の隣家に住む夫人が、エリネ様の身体を抱きしめながら尋ねた。
「エリネ様にはそれだけの価値があるんです。下手な相手に捕まったら、一生閉じ込められてしまいます。ですから早急にエリネ様をお守りする必要がありました。私達がエリネ様を都にお連れしてしまえばもう手出しが出来なくなるので、焦ってこんな杜撰な手段に出たのでしょう。まともな護衛は私一人だと思っていたようですし」
村人達の後ろには、まともな護衛として数えられていなかった騎士達がいた。
「青盾の皆さんは、この者達を牢に。村一つを根絶やしにしようとしたにしては人数が少ないので、まだ他にもいるかもしれません。忍び込んで逃がそうとする者には気をつけて下さい。大切な証人です。もし逃げられたら、皆さんが共謀していたと見なされるかもしれませんよ」
騎士達は戸惑い、顔を見合わせた。隣家の夫人がさらに強い力でエリネ様を抱きしめた。
ここまで脅せば、騎士達も村の皆さんも気を引き締めてくれるだろう。
「皆さん、ご安心ください。たかが賊。この村の人々、いえ雑草の一本も奴らに蹂躙させるつもりはありません。近いうちに後発の者達が到着しますので、それまでの辛抱です」
それまで何事もないように、気合いを入れなければ。火矢の会の皆さんがいてくれて助かった。
そして翌々日の夕方、村人達は、迎えの一団を見て驚愕した。
「な、な、なんでこんなにっ!?」
紫やら白やら赤やら青やらの正装した騎士に、神官と巫女と綺麗な令嬢達という、訳の分からない団体だった。馬車も絢爛豪華で、王家の紋章付きの物まである。今回の件に半信半疑だった村人達も、口をあんぐりと開けてエリネ様を見た。
「う、うちの子は本当にやんごとなき方の血筋でも何でもありませんがっ」
「血筋はまったく関係ありません。ご安心ください」
アエンスさんは団体を見て訴え、私が答える。何度も繰り返されたやり取りだ。
巫女と騎士の代表らしき男女が進み出た。騎士は偉い人が集まった紫杯の騎士団の中でも特に偉い人だ。名前は忘れた。
「お待ちしておりました。こちらがエリネ様とご両親のアエンスさん、ルイカさんです」
二人はエリネ様を見て頷き、進み出て跪いた。
「え? ええっ!?」
二人は代わる代わる、エリネ様の長いスカートの裾に口付けた。
「なな、何してるんですかっ!?」
「今は何も説明できぬことをお許し下さいませ、エリネ様。わたくしは巫女のアルシエラと申します。よろしくお願いいたします」
「明日には結論が出ます。私は紫杯の騎士、クローゼス・セグレと申します。エリネ様の護衛の責任者ですので、困ったことがあれば何でもお申し付け下さい」
紫杯。制服がとにかくダサいことで有名な、エリートだけが集まる騎士団の上位組織だ。ダサい制服は上着のせいで見えないが。まあ、笑われそうだからそれで正解だろう。真夏でも上に何か羽織って隠してるし。必要がなければ、執務室にこもって外に出てこないとも言われているし。
「エリネ様、お水はいかがですか」
「あ、ありがとう。もら、います」
私は混乱のあまり言葉を失っていたエリネ様に、こんなこともあろうかと用意しておいた水筒を差し出した。
村の人々も私の登場だけであんなに混乱していたのだ。これほどの大物がこのような田舎までわざわざ迎えに来るなど、想像もしていなかっただろう。この騒ぎ様は、見てて面白い。
「ルゼぇ、頼まれてた物持ってきたよ」
神官服を着た少年が私に歩み寄ってきた。癖のある黒髪の、可愛いようでいて、ちょっとした動作や流し目に色香を感じる、綺麗な少年だ。
「ああ、セル、ありがとう。後でもらうよ」
私のナイフの予備とか、化粧品や着替えなどの女性に必要な物を揃えてもらえるように頼んでおいたのだ。
「エリネ様、彼は神官医のセルジアスです。ギルネスト殿下の母方の従弟にあたります」
「しんかんい?」
「医者の免許を持っている神官です」
エリネ様は目を丸くした。医者の免許と神官位、どちらか一つでも持っていれば十分すごい。まだ十代半ばの少年が、それを両方持っているのだから、驚いて当然だろう。
「へぇ、うん、よかったじゃないか、ルゼ好みの可愛い女の子で。もしも汚いブスだったらどうするんだろうって心配してたんだよ」
「失礼なことを言うな」
聖女様に向かって、なんて男だ。
「いいだろ、可愛いって褒めたんだから。ねぇ?」
セルはギル様に似た色気のある顔に妖しい笑みを浮かべて、エリネ様の顔を覗き込んだ。
「も、もったいないお言葉で……」
「混乱してるね。もっと気楽にしなよ。誰も取って食わないから」
「は……はぁ」
エリネ様としては下手に畏まられるよりは、気さくに接してくれる方が気が楽だろうけど、彼の顔はある意味凶器なので逆に心配だ。
「しっかし、よくもまあ都合よく……」
セルはエリネ様の頭から足元まで観察する。
「こういうのに縁があるんじゃないか? 意地でも金髪碧眼を呼び込むというか。ルゼのやる気が最高潮だね」
「この女は、やる気が出すぎると厄介だぞ」
セルの後ろから、大きなぬいぐるみのようなウサギが現れた。エリネ様はその可愛らしいウサギと目が合った途端、固まった。
「えと……な、何ですか、これ。生きてるように見えますけど」
「はい、生きていますよ。獣族のラントです。噛まないので安心して下さい。ラントちゃんまで来るなんて意外ね」
ラントちゃんは、鼻をひくひくさせてエリネ様をしばし見上げた。エリネ様はふらふらと誘われるように近寄り、手を伸ばしてその頭に触れた。
彼は並のウサギと違って、手触りが最高だ。まるで子ウサギのようにつやつやで、さらさらで、もふもふで、思わず抱きしめてしまいたくなる。
「遠慮なさらず、好きなだけ触っても構いませんよ。抱きしめてすりすりしても大丈夫です」
私が促すと、エリネ様はラントちゃんを抱きしめて、頬をすり寄せた。
「か、可愛い。ふかふかっ」
エリネ様はラントちゃんに夢中になった。ラントちゃんは悟りを開いたような目をして、その抱擁を受け入れている。すっかり愛玩動物扱いに慣れてくれたらしい。
「でも、ラントちゃんが来るとは思わなかった」
「助手として僕が連れてきたんだよ」
セルがラントちゃんを指さして言った。
「セルの助手? どういうこと? そもそもセルはどういう名目で来たの?」
「主治医として。主治医は神官位と医師免許、両方持っているのが伝統だから。まあ、女医のセクがいるから、名目上の主治医になると思うけど。女の子なら、年下の男の子に触れられるより、同性の方がいいだろうしね」
それはそうだろう。私だってセルは嫌だ。神官位なんか無くたってセクさんがいい。
「でも、よく許可が出たね」
「各種資格とうちの権威があれば、入り込むのは簡単だよ。一番年が近くて医者としての実績もあるってことで、他の人達より有利だったし。あとグラ姉さんが来たがった時に、代わりに僕が行くよって陛下の前で宥めたんだ。それも良かったのかも」
セルを認めなければ、姫様が無理矢理こちらに来るという事態になっていたのか。それは確かに防ぎたいだろう。陛下も協力せざるを得ない。
「ああ、そうそう、カリンもいるよ」
セルは控え目に立っていた金髪の少女に手を振った。私の友人でもあるカリンだ。その隣には、見知らぬ女の子がいる。
「カリン達、こっちに来て、せい……エリネ様にご挨拶をしなよ」
カリンはいつもよりも簡素なドレスを身につけていた。デザインや仕立てがさりげなく凝っているので、安物ではないだろう。用意したのはエノーラお姉様か。
「初めまして、カリン・バルデスと申します」
「私はウィシュニア・ゼレと申します」
カリンは金髪だが、エリネ様よりも癖がなく色も淡い。ウィシュニアの方は赤毛で、利発そうに見える眼鏡の少女だ。
「正式には明日より、エリネ様の身の回りのお世話をさせていただきます」
「お……世話……」
エリネ様が困惑して、ラントちゃんを抱きかかえたまま後ずさる。
「エリネ様の侍女に選ばれたこと、とても光栄に思います」
ウィシュニアがエリネ様に頭を下げた。光栄に思っているようには聞こえない、淡々とした言い方だった。
「カリンはどうして?」
私はカリンに声をかけた。
「お兄様達が、いっそこの方が安全だと手配して下さったの。姫様とマティア様の旦那様の口添えがあったから、すぐに認めていただけたわ」
カリンは昔の聖女誘拐事件絡みで父親を殺された。彼女も狙われる可能性があることを考えれば、確かに聖女様のお側にいる方が安全だろう。
「なるほど。あ、カリンはエリネ様と体格が似てるから、都に入る時にはドレスを借りてもいいかな」
「ええ、もちろん」
エリネ様は不安なのか、ラントちゃんを盾にするように後ろからぎゅっと抱きしめている。
「ところで、ギル様は? 絶対にこのタイミングで怒鳴り込んでくると思ったのに」
「それが、吹雪で間に合わなかったの。陸路だと時間が掛かりそうだから、地下経由でこちらに向かっているみたいよ」
ギル様は、大発生した魔獣を退治すべくつい先日まで国の最北部に出張していた。
「そっか。ギル様というよりニース様かティタンが欲しかったんだけど……」
戦力としての二人が欲しかった。ギル様は戦力というか、動く兵器みたいな物だから使い勝手が悪い。
「カリン、私はクローゼス様と話があるから、エリネ様のお側にいてほしい」
「ええ、わかったわ」
聖騎士が来たのはいいけど、私の知らない人の方が多いし、そのほとんどが私が聖騎士になるためにぶちのめした人達だし、聖女様と結婚したがった馬鹿も交じっているし、あまり信用できない。
私はエリネ様に一礼し、クローゼス様のもとへと向かった。
話したいこととは、もちろん牢のあいつらのことだ。
講堂に集まった面々を見回す。聖騎士の一部はエリネ様の護衛に付いているが、半分以上はここに来ていた。エリネ様のおうちの周りにこんなにいても迷惑だし。
今度は関係者以外は全て閉め出してもらい、誰にも聞かれないように手配した。
やはりこの前叩きのめした人が多くて、ちょっぴり気が引ける。特にプロポーズめいたことをしてきたばかりのマディさん。今は緊急時なので、気にしている場合ではないと自分に言い聞かせる。
「この中で魔術師は?」
「私達は魔術を使えます」
アルシエラ様が進み出た。彼女は巫女の中でも偉い巫女頭なのだそうだ。彼女達はエリネ様の力を調べるために派遣されているので当然か。
「私は白月だ」
「僕は青月」
青盾の魔法騎士か。叩きのめした中には、彼らのような者はいなかった気がする。おそらく、特別枠で採用されたのだ。不安はあるが、こういうのがいるなら何とかなりそうだ。
「実はエリネ様を狙って、盗賊が来ました。エリネ様を誘拐し、それ以外の若い女性は焼いて身元を分からなくするようにという命令を受けたそうです」
皆は顔を見合わせ、クローゼス様は苦虫を噛みつぶしたような顔をした。
私が先に来て、本当によかったでしょう?
「そして昨夜、今度は盗賊の口封じにやって来ました。本職の方でしょう。仕掛けた罠に掛かってましたけど、ロープを切って逃げました。ロープの切れ方からしておそらく魔術師もいます」
私が言うと、全員が驚いたように目を見開いた。
実は、そういった連中が来るだろうと思っていたから、色々とえぐい罠を仕掛けていたのだ。案の定来てくれたものの残念ながら逃げられてしまった。私が既に情報を聞き出したから、口封じしても無駄なんだけど。
「だが、我々が来たからには、もう手出しは出来ないだろう」
「もしまた襲撃に来るようなことがあれば、もっとすごい術者を連れてきてもおかしくありません。まあ、そんな魔術師など滅多にいないでしょうが、私はホーンという例を知っているので」
ホーンは私の兄弟子だ。多彩な魔術を使いこなし、孤児でありながら宮廷魔術師にまで出世した天才だ。彼の経歴を知っているらしいクローゼス様は顔をしかめた。
「まあ、都への移動の時は馬車に結界を張れば問題ない」
「そうですね。問題は仕留める時です。距離があると魔術で狙い撃ちにされるかもしれません」
「それなら魔術を無効化するという薬をグランディナ姫よりいただいて、既に騎士達に配っている。剣に使えば魔術も切ることができると聞いている」
ああ、あの薬か。私の傀儡術で作ったヤワい結界ぐらいなら破ってしまう薬。あれはラントちゃんが持っていたものだが、それを研究して、使い勝手がいいように改良しているという。
「それを馬車に塗っておけばいいのでは?」
アルシエラ様が提案すると、クローゼス様は首を横に振った。
「まだ研究途中で、時間が経つと効果がなくなるそうです。無闇に蓋を開けず、使用前に金属の武器に振りかけて使うようにとの説明を受けました」
「そうですか」
金属と指定があったのなら、木製の馬車には使えないのだろう。
「皆さんの出来ることを教えてください。それを軸に作戦を立てましょう。備えはどれだけしても困ることはありません。この先に何があるか、誰が裏切っているかなんて、誰にも分からないんですから。前の時だって……」
「そうだったな。君は……」
私がどこの生まれか知っているのか、クローゼス様は深く頷いた。将来は国の軍のトップに立ちそうなギル様の側をちょろちょろしているし、七年前の聖女の件もあるから、知っていても不思議ではない。
「大丈夫だ。今度こそ、油断せずに備えよう。若いお嬢さんにそんな顔をされると、私は参ってしまうよ」
クローゼス様は私の肩に手を置いて微笑んだ。紳士的な人だ。きっと女性にもてるだろうな。
「申し訳ありません」
私は吹っ切るように笑みを浮かべた。
数えると、幸い私を含めて八人もの術者がいた。しかも戦闘補助が得意な神官達とセル。守りはかなり強固だと言える。この面々であらゆる危険を想定して構えていれば何とかなるだろう。
ただ、もし襲撃するなら、奴らにとっては道中が最後のチャンスだ。私達が都まで逃げ切れば、奴らは手の出しようがない。だから予想できないようなことをしてきてもおかしくないのだ。不安は拭えない。
「では、わたくしどもは準備に取りかかります。どなたか、術者の護衛をお願いいたします」
アルシエラ様が立ち上がって聖騎士に頼む。
「ルゼ殿は、エリネ様が明日の朝までお部屋からお出にならないように、話し相手をお願いいたします。あまり動かれては判断できなくなりますので」
判断。つまり本当に聖女様かどうかの判定をするのだ。
「畏まりました」
明日。
エリネ様にとっては、今までなど比べものにならないほどの、激動の日になるだろう。
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