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4巻
4-2
しおりを挟む「ああ、確かに慣れないと顔をしかめられるからなぁ。ブレンドしないと」
テルゼは少し困り顔で言った。魔族の特徴である銀髪は今日も黒く染められ、金色の瞳はギル様のような琥珀色に変えて、魔族だと気付かれにくいようにしている。魔族らしいのは、褐色の肌だけだ。
こうしていると、本当に南方からやってきた人間の商人に見える。騒がれると色々と面倒なので、魔族の使者として宮殿に上がる時以外はこうして変装しているらしい。
「この癖なら、こんな感じで混ぜたら良いかも」
カルパは自分が持ち込んだ茶葉を、即席でブレンドして従業員に淹れさせ、テルゼの茶と混ぜた。
「あ、飲みやすくなった。すげぇ、今まで色々試したけど、これが一番馴染んでる」
「そりゃあカルパさんは腕だけじゃなくて、舌も確かだから!」
フレーメの従業員が、自慢げに胸を張った。
「そっか、腕だけじゃないのか。こりゃあエノーラが惚れ込むのも当然だな」
従業員達は同じように混ぜたお茶を皆に配り始めた。
そのカルパの腕に惚れたエノーラお姉様はといえば、ウィルナお姉さんと話をしている。
ウィルナお姉さんは私――というかルーフェスお兄様の遠縁の女性で、人気の劇団の歌姫だ。彼女ほどの歌い手をお茶会に呼べるというのは、富裕層にとってはステイタスなのだそうだ。
いかにもギル様好みの細身の美女で、私もあれぐらい美人だったら、ギル様を誘惑してみる気になっていただろうと思うぐらいだ。男が美人に惚れるとは限らないが、何にしても美人の方がいいに決まっている。
「私はいい妹を持って嬉しいわ」
妹とは私のことだろう。エノーラお姉様は私を通して、ギル様やウィルナお姉さんなど色々なコネを増やせたことをとても喜んでいる。
ちなみに、ゼクセンの義姉になる予定はあるが、その姉であるエノーラお姉様の妹になる予定はない。
でも妹と言い張るために、私に似合いそうなドレスを用意してくれたり、ニナさんを貸してくれたりと、色々世話を焼いてくれる。もしも私が何の役にも立たない、ただの親戚になる予定の女の子だったとしたら、ここまで気にかけてはくれなかっただろう。彼女はギル様と同じで、実力か利用価値がなければあまり相手に興味を持たない。
その上、あわよくば私とギル様に結婚してほしいなどと考えているようだ。私のような育ちの悪い女になんて恐れ多いことを期待してるんだと、呆れるしかない。
幸いなことに、私がまだ恋愛に興味を持っていないことは理解してくれているらしくて、今のところせいぜい可愛く着飾らせるだけなのだが、しかしエノーラお姉様にとっては残念なことに、そんな着せ替えに反応しているのはギル様よりも他の騎士だったりする。その様子を見る限りは、こんな私でも、結婚したいのに相手がいない、なんてことにはならなそうだ。
だがそんな男性達に困らされることも多い。
その中でも対応に困るのが、ルーフェス様の身代わりをしていた時の上司であるアスラル様だ。彼は私を見かける度に声をかけてくる。そういえば男装していた時、囮捜査のために娼婦の格好で街角に立っていたら、アスラル様が釣れてしまったっけ。
「詐騎士」と言われた兄との違いを印象づけるために、積極的にタダで騎士達の治療をしてやっているのも悪いのかもしれない。
騎士をしていた頃は、こっちが疲れるからって理由をつけてお金を要求していた。だから今はそれとは逆に、常に親切に、可愛らしく微笑みながら騎士達に接している。
男がそういう親切とか、微笑みに弱いのは知っている。男どもは多少綺麗な女より、そういう優しい女に惹かれるものだ。結婚詐欺師だって美女とは限らないことがそれを証明している。
ただ、このやり方によってどこまで男心が掴めるのかまではまだよく分からない。私は結婚詐欺の経験がないから、相手の反応を見て推測するしかない。
アスラル様以外にも何人か私に気があるっぽいのはいるんだけど、私のことをギル様の恋人だと思い込んでいるらしく、積極的に声をかけてこないものだから、余計に判断がしにくい。男達を誘惑するというのは難しいものである。
いや、本当の目的は私がルーフェス様に見えないようにするためなんだけど。
この猫かぶりは、楽しくもあるけど反面ストレスになることもあるから、孤児院や貴族の家での教師ボランティアがストレス解消になっている。
皮肉だなぁ、色々と。
「そういえばルゼちゃん、楽器も大抵の物は弾けるんだって?」
私がお茶を飲んでいると、突然テルゼに尋ねられた。
「まあ、そこそこは」
「ノイリが、ルゼちゃんは自分より上手いって言ってたな」
「まあ、街でお金が取れる程度には色々と。真似しやすいもの」
器用さが私の売りと言っていい。
「せっかく歌姫がいるんだ。何か一曲歌ってもらいたいな。後で良い物をプレゼントするから」
「ええ、私は構わないわ」
ウィルナお姉さんは快く応じる。私も断る理由はないのでそれに倣う。
エノーラお姉様が屋敷にある楽器をいくつか用意してくれた。私はその中から竪琴を選び、ウィルナお姉さんの助言を聞きながら何度か鳴らして調律する。
「では」
準備が整い、私は竪琴を鳴らす。
歌と楽器は女らしい趣味かな。そこらの吟遊詩人よりはずっと上手いという自信がある。
私の演奏に合わせて、ウィルナお姉さんが歌い始める。
ギル様をも虜にするだけあり、綺麗な声と旋律が胸に響いてくる。これほど間近でこのクラスの歌手の歌が聴けるのは、すばらしい幸運だ。広いホールで聞くのとはまた違った趣がある。
恋歌が耳から入り込み、頭の中をゆっくりかき回す。私でも恋がしたくなるような、とても甘い声音だった。演奏しながら思わず私もその歌声に聴き入る。
何曲か歌い終えると、ウィルナお姉さんはにっこり微笑んで、
「お粗末様でした」
と言った。
今日は観衆相手ではないから、舞台の時のような挨拶はない。それでもギル様が未だにぽーっとしている。
「痺れたよ。ウィルナちゃんすごいなぁ。ノイリも上手いけど、あいつは一曲でバテるからなぁ」
テルゼも褒め称える。それは珍しく口説き文句ではなく、本気の賛辞だった。
しかしノイリのは癒しの歌なのだから仕方がない。本当の価値は歌の魔力にあるのであって、歌声の素晴らしさはおまけのようなものなのだ。
「テルゼさんはお上手ね。ところで良い物って何なのかしら?」
先ほどのテルゼの言葉をしっかり覚えていたウィルナお姉さんは、うっとりするほど綺麗に微笑みながら尋ねた。
「ウィルナちゃんは贈り物なんてもらい慣れてそうだけど、やっぱり気になるの?」
「魔族の方の贈り物は初めてだもの。気にならない方がおかしいわ」
「確かに。じゃあ、ウィルナちゃんにはこれを」
テルゼはポケットの中から、何の変哲もない石を針金のようなもので留めたネックレスを取り出した。
「何かしら」
「こうすると分かりやすいかな」
テルゼは石を両の掌で包み、少しだけ開いて見せた。
「あら、光ってる」
ウィルナお姉さんは石を受け取って自分の手の中で確かめる。
「光石っていうんだ。地上じゃ珍しいようだからさ。周りに光がないと自分で光り出すから、地下では通路の明かりに使われてるんだけど、地上でも夜歩く時は便利だと思う。明るいとただの石だけど、真っ暗だともっと明るくなるからさ。一つあると便利なんだ」
他の皆もおおっと身を乗り出して石を見た。
「うれしいわ。便利な物をありがとう。普通のプレゼントには飽き飽きしていたのよ。これは確かに便利そうね」
「君に喜んでもらえたなら、作ったかいがあったよ」
手作りなんだ……。本当にマメな男だなぁ。
「ルゼちゃんにはちょっと特別な物を用意しているよ」
私は思わず首を傾げた。光る石を見せられた後だから、他の人達も興味津々だ。
「ルゼちゃん、白い翼のある生き物好きでしょ?」
「マリーちゃんくれるの?」
テルゼの白い鳥の名を出した。綺麗な白い妖鳥で、買うととてつもなく高い品種だ。
「マリーはやらないよ」
「じゃあヘルちゃんくれるの?」
ヘルちゃんとは、テルゼが拾った天族の少年だ。ノイリと同じ種族で、希少価値がとてつもなく高い。
「もっとやらないよ」
さすがにヘルちゃんくれたらびっくりだね。
「他に何かあるの?」
白い翼の生き物なんて、鳥と天族ぐらいしか思いつかない。翼のある蛇もいるらしいが、私は爬虫類は好きではないし、そもそもそんなもの女の子にはプレゼントしないだろう。
「そろそろ届くと思うんだ」
「届く?」
「ああ。届いたら知らせが来ると思うから、それまでのお楽しみ」
「分かったわ」
何をくれるのか気になるが、私は待つことに苦痛を感じない。
彼は気が利くから、きっと私が喜ぶような物だろう。そういうところが彼の最大の美点だと思う。
私へのプレゼントが届くまで、皆はウィルナお姉さんの光る石に夢中だった。
ラントちゃんが言うには、光石は地下では珍しくなく、一般家庭でも普通に使われている物らしい。こんな便利な物が今まで地上で出回っていなかったのは、光らせるにはちょっと特殊な処理が必要なため、人間がその便利さに気付いてなかったからだそうだ。
ギル様とベナンドが、明かりと武器を携帯し、手が塞がることの多い夜警に便利ではないかなどと話し、それにテルゼとエノーラお姉様が乗って商談を始めた。
私は手持ち無沙汰になって、竪琴の弦を弾き遊んだ。ゆったりとした曲調で、故郷を思って作られた曲だと聞いている。穏やかだが、秘めた情熱が感じられる旋律が私は好きだった。
しばらくすると、ウィルナお姉さんの鼻歌が重なった。
弾いている私自身にとっても、心地よいハーモニーだった。
「ルゼの音は癖が無くて良いわね。色んな弾き手と合わせているけど、自分は上手いんだぁって自惚れた感じの、癖のある音を出す人が多いから嫌になるわ」
ウィルナお姉さんは、曲が終わると私を見てそう言った。
私はくすりと笑って言葉を返す。
「まあ、私は最初から歌の伴奏をするために習いましたから。声より目立ったりとか、変な癖で歌いにくくしていたら伴奏者失格ですよ」
ウィルナお姉さんはギル様が贔屓にするほどの歌い手だ。その伴奏をさせてもらえるだけでも弾き手としては光栄だ。
周りを見回しても、退屈そうな人はいない。子供達は光石に夢中なようだけど。
カリンも調べに耳を傾けて、うっとりしていた。
ラントちゃんからの報告だと、最初の頃は夜うなされていたが、最近は普通に眠れるようになったらしい。
色々悩みは尽きないだろうが、生きて、安全な場所にいるだけありがたいと思ってもらわなければ。
彼女の隣では、ラントちゃんがお菓子にかじりついている。野菜のケーキがお気に召したらしい。カリンは時折その様子を見て微笑んでいる。ラントちゃんは口が悪いのが玉に瑕だが、ウサギとしての癒やし効果は十分にあったようだ。
しかしカリンはふと顔を上げてギル様の方を見て、切なげに溜息をついた。
あれか。失恋した相手が、うっとりと美女を見つめているから、心の傷に塩を塗られたのか。ギル様は本当にひどい男だ。ギル様がカリンを振った時は私も一枚噛んでいたし、今も騎士団の男の子達をからかっているから人のことは言えないけど。
「先生、本当に素敵です。才能豊かで羨ましいわ。頭が良くて、魔術も使えて、その上音楽の才能まであるなんて」
タロテスが石に夢中で大人しいからか、一層生き生きとしたマティアさんが私を絶賛してくれた。
魔術師などしていると頭がいいと思われがちだが、ただそう見えるだけだ。私の知識は一定方向に偏りすぎている。うっかりするとそういうのは透けて見えてしまうものだが、こう言っているところを見ると私の立ち振る舞いは成功しているのだろう。
私の生徒であるタロテスは頭が悪い、デブと虐められて登校拒否をしていた。そのせいでマティアさんは弱っていたのだが、最近はずいぶんと明るくなった。
マティアさんはとても気さくな方だけど、旦那様はとても身分のある方だ。家位はエーゼ。上から二番目だ。一番目が傍系になった元王族が受け継ぐ特殊な物なので、実質一位と言っていい。カリンのバルデス家もエーゼだが、同じエーゼでも上下があり、マティアさんのところはかなり力がある家らしい。彼女に気に入られているというだけで、十分すぎるほどの後ろ盾になるそうだ。
そんな家の子を虐めるなんて、子供の無邪気さが怖い。私が虐めた子の親だったら、自分の子供のしたことを知った途端、青ざめてしまうだろう。
「好きなことは忘れにくいですから。その代わり、集中しないと人の顔が覚えられなくて」
最近、私の代わりに名前を覚えてくれていたラントちゃんが傍にいないから、とても大変だ。
人の顔と名前を覚える。それがラントちゃんに求めていた一番重要な役目だった。ラントちゃんは単なる私のマスコットではないのである。
「んだよ、なんかついてるか?」
野菜ケーキに続き果物を食べ終えたラントちゃんは、彼をじっと見つめていたカリンを見上げた。
「ええ、果汁でお口がべとべとよ」
カリンがラントちゃんの口をハンカチで拭うと、彼は照れたようにそっぽを向いた。
その様がまあ何とも可愛らしく、カリンは楽しげに笑う。
「カリン、ラントちゃんは紳士的に護衛をしている?」
「ええ。とっても紳士的で親切だわ。色々なお話をしてくれるし、何があったのかも隠さず教えてくれたもの」
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ラントちゃんは、女だろうが知るべきことは知るべきという考えのようだ。
「もしもの時は守ってやるって。こんなこと言われたのは生まれて初めて」
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「私も言われてみたいわ、その言葉」
「おめぇは必要ねぇだろ」
ラントちゃんが私を睨み上げてきた。
そんな彼も可愛くて胸が高鳴る。
私がそんな風にときめいていると、廊下が騒がしくなった。
「何かしら」
エノーラお姉様が立ち上がり、部屋を出ようとした。しかしドアに向かう途中で使用人がやってきて彼女に報告する。
「奥様、テルゼ様の荷物が届きました」
「テルゼの? テルゼ、これがルゼへのプレゼントかしら?」
エノーラお姉様が、嬉々としてテルゼに問うた。
「大きな車が牽かれてきましたので、テルゼ様には中身を確認していただきたく存じます」
大きな車?
一体何を持ってきた……
「ああ、届いたんだ。ルゼちゃんにいいかなぁって、国王陛下の献上品にするつもりだったやつを一匹持ってきたんだ」
献上品。しかも単位は「匹」。
こいつは何を持ってきたんだ。
テルゼが人間と貿易するために、目の飛び出るような高価な品々を国王陛下 ――ギル様のお父様に献上しているのは知っている。
しかし魔物……つまりラントちゃんのように見栄えの良い同胞を献上するようなことだけはしていないから、その献上品とやらは少なくとも魔物ではないだろう。地下の珍しい家畜やペットだろうか。
「生き物を献上したの?」
「そ。エノーラの所に空いている馬小屋があるって聞いたから、いいかなって。珍しいものだから、皆さんも外に出てご覧になってはいかがですか」
テルゼは笑みを浮かべて客のご婦人達を誘った。
「まあ、面白そう」
マティアさんが少女のように目を輝かせて立ち上がった。それを見て、石に夢中だったタロテスも顔を上げる。
「何? テルゼさん何を持ってきたんだっ?」
「見てのお楽しみ」
タロテスの問いに、テルゼはにやりと笑って返した。
「ただし女の子をちゃんとエスコートしてやるんだぞ」
駆け出そうとしたタロテスは、テルゼに指摘を受けてフィーちゃんを見た。
タロテスの方が年上だが、二人は確か一つか二つしか年が違わない。そしてフィーちゃんはとっても可愛い女の子だ。
フィーちゃんと目が合うと、タロテスの頬が赤くなった。フィーちゃんはそんなタロテスに呆れて先に行ってしまうことなく、笑って手を差し出した。
「いっしょに行きましょう」
いい子だ。なんていい子なんだろう。さすが私の弟子だ。
「まあ、なんていい子なんでしょう」
マティアさんもフィーちゃんの行動に感動して目を輝かせた。
「女の子は優しくてよろしいですわね。私も最初は女の子が欲しいわ」
エノーラお姉様は、羨ましそうに庭に走っていく子供達を見つめて言った。
「確かに跡を継ぐこととか考えないなら、男の子より女の子の方が楽しそうですよね」
私がそう言ったとたん、ギル様が私の顔をじっと見てきた。
「あの……何か?」
「いや、お前に似た娘なんて……息子の方が使えるだろう」
「ギル様、まだ生まれてもいない赤ん坊まで使えるか使えないかで見るのやめましょうよ」
私は立ち上がり、ギル様を睨みつけた。
彼の一番の基準は、使える人材かどうかであるようだ。
「だいたい、子供以前にお互いに相手がまだいないってのが問題なんです。特にギル様の場合、条件が厳しいんですから!」
もしギル様のところに嫁に来てくれる人がいたとしても、そのお母様からの苛烈な嫁いびりが原因できっと逃げられてしまう。
何しろお母様ときたら、恋人ですらない私にまで普通なら死にかねない嫌がらせをしてくるし。
というか本当に何度か殺されかけたのだ。あれを最初の月の物が来た時にされていたら、私の暗殺は成功していただろう。二度目の月の物の時は、痛みでぼーっとしないよう、ちゃんと薬を飲んだ。すると効果は覿面だった。動きを妨げられることなく、せいぜい「辛い」と感じる程度に症状が抑え込めると分かった時は安堵した。これなら、銅像の下敷きにするといった杜撰な方法で殺されることはないだろう。
ギル様のお嫁さんは、このような暗殺の手をかいくぐる能力も必要とされるのだ。とても大変だ。私だったら嫌だ。これが仕事だと思うから耐えられるのだ。
「ほら、カリンも行くぞ」
ラントちゃんがまだ座っているカリンを促した。
「ええ、ありがとう」
そういえば、ついギル様には結婚する相手がいない的なことを口にしてしまったが、カリンはそんな、相手もいない男に手ひどく振られたのだ。思考が止まるのも仕方がない。
いびり殺されるから常人にはギル様の嫁になるのは無理なんだと、後でちゃんと説明した方がいいだろうか。
庭の開けた場所に、馬に牽引された荷車がやってきた。
荷車の上には、大きな布で覆われた、これまたかなり大きな四角い箱形の荷物があった。荷車から馬達が離されたので、私達は恐る恐る近づいてみる。
「い……一体何が」
ラントちゃんまで驚いたように見上げているから、地下ではこういう贈り物がよくある、というわけではなさそうだ。
テルゼはニヤニヤと笑いながら、荷車と覆いの布を繋いでいた紐をほどく。
「じゃあ、外すぞ」
テルゼは皆の反応を見ながら、一気に覆いを外した。
私達はその下にあった檻の中を見て、悲鳴にも似た歓声を上げた。
白い。
白い竜だ。
「か、可愛い」
爬虫類だったのに、私は思わず声を上げた。
前にテルゼに乗せてもらった竜よりも小柄で、真っ白だった。顔立ちもなかなかの美人さん。気位が高そうな子だ。
思わずふらふらと檻に近づいて触れようとした途端、テルゼに肩を掴まれる。
「待て待て。慣れるまでは触ると噛むから」
「慣れるって?」
「初めての地上で、初めての長旅だから興奮してるかもしれない」
「ああ、そっか」
竜は私に向かって威嚇した。
毛のある生き物だったら、全身が逆立っていただろう。その目は、隙あらば噛み殺そうと狙っているかのようだ。
私はそんな恐ろしい様子を見せる白竜の顔をそろそろと覗き込む。
竜族のような金色の瞳も、このように気品のある竜にはめ込まれていると嫌悪感を覚えることもない。
「綺麗」
姫様の金の瞳も綺麗だし、この色は気品がある人が持つと、魅力になるものらしい。
「だろ? ちょっと気性は荒いけど、こいつが一番ルゼちゃん好みだし、君なら乗りこなせると思ってさ」
私は相変わらず威嚇してくる竜と目を合わせた。
動物は人間よりも素直だ。力の差を見せてやれば簡単に服従する。
さすがに妖鳥の時よりは難しいけど――ほら。
「きゅうぅぅう」
白竜が服従の意を示すようにしゃがみ込む。
「ええっ!?」
皆が声を上げた。
「いや、あの、ルゼちゃん、この短い時間で何をしたんだ……?」
テルゼは突然大人しくなった竜を目の当たりにし、慄いて問う。
「動物っていうのは強い相手には従うものよ。馬とかに突然やると怯えて使い物にならなくなるけど、魔力に慣れている竜なら大丈夫でしょ。竜は魔力を敏感に読み取る生き物だから扱いやすいし」
「魔力で脅しつけたのか」
テルゼが呆れたように言った。
私は檻に手を入れて、白竜の頭を撫でた。鱗がつるつるして気持ちが良い。
振り向くと、皆一様に唖然としていた。
ただギル様だけが思い悩むように額に手を置いている。前にマリーちゃんでやったことがあるから驚きはしていないようだが、思うところはあるらしい。
「テルゼ、この子の名前は?」
「キュルキュだよ」
「……変わった名前ね」
「ちなみに女の子だ」
真っ白い女の子。
素晴らしい。可愛い。
テルゼは運んできた闇族に手ぶりで指示をする。すると檻が開けられたので、私はキュルキュの肩を押して彼女を外に出した。
「逃げたりしないのか? 万が一のことがあったら大騒動だぞ」
ギル様はキュルキュを指さして問う。誰も手綱を持っていないから、逃げ出すのは簡単だろう。
「俺達の言うことは聞くから大丈夫。うちで育ててるんだ。名産品みたいなもん」
「なるほど」
そうこうしているうちに、テルゼの部下が鞍をつけてくれた。前に見た、二人乗りも出来るタイプの物だ。
「ねぇ、一人で乗ってみたい」
私は鞍を撫でながら言ってみた。
「え……ルゼちゃん、そんなに俺と相乗りするの嫌?」
「よく分かってるじゃない」
「そ、そんな……」
テルゼが落ち込んでキュルキュの首筋に抱きついた。
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