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4巻
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しおりを挟む第一話 積み重ねの関係
チチチと、小鳥のさえずりが聞こえた。
暖かい羽毛布団の中で枕を抱きしめ、顔を埋めて眠っていた私は、ふと物足りなさを感じて、思い切り腕に力を込めてみた。しかしそれは私の求める抱き心地ではない。
私が求めているのは、この羽毛の枕の持ち主だ。
切ない吐息が漏れる。
時計を見ると、いつもよりも早い時間だった。
時計なんて、子供の頃は贅沢な物だと思っていた。日の傾きや星の位置で、時間など何となく分かるから、なくても不自由はしなかった。しかし今は、当たり前のように寝室に置かれているのだ。
傀儡術の呪文を唱え、身体を傀儡人形のように操った私は、ベッドから出て伸びをする。
傀儡術とは文字通り人、もしくは物を傀儡にする魔術だ。足の悪い私は、この傀儡術を自分に使って生活している。これがなければまっすぐ歩くことさえ難しい。
凍えるような寒さはまだないが、着ているのは薄手のネグリジェなので、布団から出ると少し肌寒い。また布団の中に戻りたくなる前に、手の届く位置に置いてあった上着を羽織る。
寒くなると足の古傷が痛んだりするが、今日はまだそこまでではない。身体の調子もいい。季節の変わり目は風邪を引きやすいが、以前と違って栄養価の高い物を食べ、無茶をせず、季節に関係なく快適に過ごせる住環境にいるから、今のところそんな気配も感じない。
部屋履きを引っかけて寝室を出ると、エノーラお姉様から借りた、ゼルバ商会の万能メイドのニナさんがいた。私がいつもより早く起きたから一瞬驚いた顔をしたが、すぐに笑顔になった。
「殿下とのご朝食の前に、何かお飲みになりますか?」
「ええ、目が覚める濃いめのお茶をお願い」
「かしこまりました」
私は椅子に腰掛け、窓の外を見る。
ギル様――ギルネスト殿下が用意して下さったこの部屋は、窓からの眺めもよく、住み心地のいい場所だった。私は夏の頃からずっとここに住み着いている。
この部屋は、たまにギル様の友人が泊まっていくだけの客室だったらしい。だから最初は立派な家具と、せいぜい一泊するのに必要な物が置いてあるだけの、温かみのない部屋だった。
今では私物も増え、誰が見ても女性が住んでいると分かる部屋になっている。
ギル様に買ってもらった小物も、ちゃんと窓辺に飾ってある。キャビネットの上には自分で編んだレースのクロスを敷いて、その上には陶器の人形と、ポプリが詰まったガラスの置物を載せている。
そういった小さなことの積み重ねが、この部屋を女の子らしくしていったのだ。
しかし、もし私一人で管理していたら、小物など大切に仕舞い込んでしまうから、きっとこの部屋は殺風景なままだっただろう。この部屋を作ったのは、ニナさんだ。全て彼女のセンスで作られた部屋なのだ。
自分の部屋とは思えないほど可愛らしくて、それでいて最初の頃よりも居心地がいい。
「ルゼお嬢様、本日はよいお天気ですわね。最近肌寒くなってまいりましたが、本日は久々に暖かい一日になりそうですわ」
「ニナさんが言うなら確かですね。今日は少し薄着をしようかしら」
彼女の天気予報はよく当たるのだ。
「でしたら、寒くなった時のために上着を二着用意いたします」
ニナさんはお茶を注ぎながら言った。さわやかな芳香が立ち上り、私はそれを嗅ぎながら答える。
「それは楽しみね」
今日は午後から、彼女の本当の主であるゼルバ商会のエノーラお姉様が主催する、お茶会に招かれているのだ。
空には羊雲が流れ、少し冷たい風が髪を撫でる。
馬車から降りた私達を歓迎するかのように、秋に咲く花々が可愛らしく揺れていた。何という花かは知らないが、清楚という言葉が似合う、可憐な花だ。
葉先が花のように見える背の低い庭園樹と色とりどりの花が、玄関まで道を作っている。
ニナさんの言ったように今日は日が差していて、ここ数日の冷え込みが嘘のように暖かい。もちろん秋らしく風は冷たいので、上着がなければ寒いのだが、ついこの前まで暑さでひぃひぃ言っていたことを思い出すと、まるで天国のように過ごしやすい陽気である。
ここはエノーラお姉様が所有する屋敷の一つだ。都にいる時は、基本的にこの屋敷に寝泊まりしているらしい。先日、ある事件をきっかけに親しくなったカリンもここで世話になっている。
「素敵な庭ですね」
馬車を降りる時に私に手を貸して、そのままエスコートして下さっているギル様に言った。すると彼は、見ているだけならうっとりしてしまうような甘い笑みを返してくれた。
「確かに、エノーラに似合うな」
絶世の美女を母に持つ彼は、女の私よりもはるかに色っぽく笑う。
この方は私の主で、この国の第四王子のギルネスト殿下だ。庭に咲く晩秋の花々も、この王子様を前にすると色褪せてすら見える。彼にはもっと、艶やかな大輪の花が似合う気がした。
「さすがはギル様。ここが姉さんをイメージして作られているって、よく分かりましたね」
そう言ったのは金髪碧眼の可愛らしい男の子。私の双子の兄ということになっているルーフェスお兄様の親友で、私達双子の妹の婚約者、そしてこの集まりの主催者であるエノーラお姉様の弟である、ゼクセン・ホライストだ。
そのゼクセンが手を貸しているのは、ギル様の双子の妹君のグランディナ姫様だ。
そしてその後ろには、不機嫌なニース様ことエディアニース様。
最初はニース様が姫様をエスコートしようとする気配はあったのだが、姫様が迷わず手を差し出したのはゼクセンだった。ゼクセンには相思相愛の婚約者がいるからニース様も我慢しているが、本来エスコートすべきは、姫様の婚約者であるニース様だ。
見た目はいかにも貴公子といった金髪碧眼の美男子で、ギル様よりも背が高い。それに白鎧の騎士団一の剣士と言われるほど立派な騎士様だし、身分の上でも姫様に相応しい方なのだ。しかし、彼は姫様からとても嫌われている。
姫様の顔と手には火傷があるのだが、その原因もニース様だという。その罪悪感から、大人になっても素直に愛していると言えないようだ。
「ネイド、ティタン、本当に一緒に来なくていいのか? 今日はカルパが裏方を任されているから、きっと美味い物があるぞ」
ギル様は御者兼護衛としてついてきた騎士達に問う。
ネイドさんはギル様の子飼いの配下で、ティタン――ティタニスは私と同じ孤児院で育った兄のような人だ。
「俺ら、今日は仕事で来てますから。貴族の集まりにのこのこ出ていくなんてとてもとても」
「それに菓子なら裏にいてももらえますし。カルパはそういうところは気が利いてるんで、心配しないで下さい」
王族の護衛も騎士の仕事だ。ギル様一人なら護衛などいらんと言うところだが、今日は姫様もいるので彼らもついてきたのだ。
「それに殿下の護衛って仕事って気がしなくて楽なんですよね。ゼルバ商会の使用人は美人が多いし。彼女達に騎士様ってちやほやしてもらえると気分がいいんですよ。なぁ、ティタン」
「ええっ!?」
真面目なティタンは突然そんな話を振られて戸惑ったような声を上げた。
「そ、そんなつもりはないぞっ」
慌てたティタンは、私の方を見てそう主張する。私に勘違いをされて孤児院の皆に報告され、里帰りする度にからかわれるのだけは阻止したいのだろう。
普通、こういう真面目な奴は先輩に面白がられて花街に連れていかれるのだが、彼にはその洗礼を受けた形跡がない。あまりにも真面目すぎるからだろうか。
ゼルバ商会の美女達ならしっかりした人ばかりだし、ティタンが女性に慣れるにはちょうどいいかもしれない。相手のレベルが高すぎるからお付き合いするのは難しいだろうけど、もし好きな人でもできたら心の中で応援することにしよう。
私達は二人を残し、ゼクセンに案内されて屋敷の中に入った。
華やかさと落ち着きの両方が備わった、いかにも女性が好みそうな内装だった。
去年の今ごろは、ルーフェスお兄様のふりをして男装し、騎士をしていたというのに、ずいぶんと状況が変わってしまった。
私と彼が双子だと聞かされて数ヶ月経つが、それは孤児として育った私をオブゼーク家の人間として迎え入れるための方便であると、他でもないこの私が確信している。
オブゼーク家の当主、すなわち私の父となった人が言うには、男女の双子は不吉で女が男の方を殺すとか言われているため、私と兄を引き離し赤の他人として育てたのだそうだ。兄はとても病弱だったし、私が六歳までいたのも聖女となるべき方が育てられていた神殿だったから、なんとかその理屈も通るだろう。そうでなくても男女の双子の片割れが養子に出されることは珍しくないし。
まあ、それが真実かどうかなどどうでもいい。私は与えられた『オブゼーク家の令嬢』の役を全うするまでだ。
今日はゼルバ商会主催のお茶会でも、いつもと少し勝手が違う。いつもはデパートのサロンでおしゃべりをするのだが、今日は初めてエノーラお姉様の私邸に招かれたのだ。ここで開くお茶会には、商売抜きでも付き合いたい人のみ呼ぶらしい。
「こちらです」
ゼクセンは姫様に笑みを向けながら、目当ての部屋のドアを示した。ドアの傍に立つ使用人が優雅に一礼すると、慣れた手つきでドアを開く。
何度も経験しているが、なかなかこの扱いに慣れることが出来ない。
やや緊張しながら入ると部屋の中には、顔見知りの女性達がいた。私達のように男性を伴っている人もいれば、子供を連れてきている人や一人で来ている人もいる。
ギル様はその顔ぶれを見回してから、私に微笑みかけた。
「メリア達はまだ着いていないな」
「マティアさんもまだですね」
広い客間から見える庭園は、入り口から見た時とはまた別の顔を見せていた。見たことのない庭木が自然な感じで整えられ、周りには秋から冬の花々が咲きこぼれている。可愛らしくて、品の良い庭だ。
私はギル様と共に、使用人に案内されて席に着いた。
王族二人の到着に、客人達が次々と挨拶にやってくる。一通りの挨拶を聞いて、私達はようやく一息ついた。
まだお茶は出されていないが、テーブルにはお菓子が並んでいた。
「あら、美味しそう。これは何のケーキかしら」
甘い物に目がない姫様は、お菓子を見て相好を崩す。オレンジ色だから、人参のケーキだろうか。
「そちらは野菜のケーキでございます」
声をかけてきたのは、給仕をしていた白い服の男の子だ。この服はお茶屋フレーメの制服である。
姫様を前にしているせいか、その笑顔は緊張で強張り、頬も赤い。
「あら、珍しいのね」
「野菜嫌いのお子様のためにご用意いたしました。食べやすいよう、果物も混ぜております」
「ああ、そういうこと」
姫様は周囲の子連れのご婦人方を見て納得した。
「他にもたくさん用意しておりますので、ご賞味ください。すぐにお飲み物をご用意いたします」
「ありがとう」
私とそれほど歳の違わない子だけど、一生懸命で可愛い。奥様方は、若くて可愛い男の子がこうして一生懸命にしている姿を微笑ましげに見守っている。
「ところで今日の給仕はカルパじゃないの?」
私が問うと、彼は頷いた。
「今日はお茶の試飲会も兼ねております。彼の魔力で美味しくなりすぎては参考にならないため、今は菓子作りに専念しております。準備が終わり次第参りますので、お待ち下さいませ」
つまりこのケーキは、ここで作った物なのか。
カルパはフレーメの経営者である青年だ。手元で保管しているだけで食材の味を良くし、調理をすれば一流の料理人顔負けに美味くなる、そんな羨ましい魔力の持ち主だ。彼は自分を慕う孤児達に職を与えるためにと、自分が好きなお茶の問屋を始めたらしい。色々あって彼らをマフィアから助けてやって以来の付き合いだ。
カルパは最近、「無茶を言わない上客だ」と言って、喜んでエノーラお姉様の依頼を受けている。
とはいえその『無茶』というのは、気に入った男の子を自分の所で雇ってやるとかいう、言わば『囲ってやる』的なものである。確かにそれと比べたらエノーラお姉様の仕事は無茶とは言えないだろう。
ちなみにそう声をかけてくるのが女性ならまだいいのだが、意外に男性も多いらしい。
カルパが所有するアパートの外壁には、ガラが悪く見えるような落書きが施されているのだが、一番の目的はそういったタチの悪い客を近付けないためだと言う。
にわかには信じられないが、そういうことが本当にあったからこそ、彼はそんな風に警戒するようになったのだろう。
彼が商売をしているのは、皆のためだ。万が一、変な噂でも立てば商売が成り立たなくなる。カルパ一人だけならどこででも働けるだろうけど、彼を慕って集まる子供達に健全な職を与えるには、自ら事業を興し規模を大きくしなければならないのだ。単にカルパ自身がお茶を好きすぎるというのもあるんだろうけど。
それでいて、彼には妙に人が良かったり、世間の相場を知らなかったりと、ちょっと騙されやすい一面もある。エノーラお姉様に、綺麗な新しいベッドを買ってあげるからお茶の保管室で寝てみたらどうだ、と言われて本当にそうしたり、ものすごく高くて文化的価値もある食器の数々を、割るのが怖いからという理由でエノーラお姉様にタダ同然でレンタルしたりしてるのだ。
まあ、食器類は割れた時のためにかけておく保険料も馬鹿にならないみたいだから、それで正解なんだろう。あれは本当に高くて手に入らない食器なのだそうだ。
「こちらは当店の新作です。ご賞味ください」
柑橘系の香りのするフレーバーティーを出されて、姫様は微笑んだ。
私は周囲の視線を感じながら、お茶を口に含む。姫様がこんな場所に出てくるなど初めてだから、注目されるのも仕方がない。
ちなみに今回のお茶会に招かれているのは、バルデス家との関係が薄く、古くから高い家位にあり、おかしなことをしなくても確かな地位と財産を保持できる――つまりこの前の誘拐事件とは関係のなさそうな人達だ。
その事件のせいで落ち込んでいるバルデス家のカリンとその兄のベナンドを慰めようって趣旨のお茶会なのだから当然だろう。
先日、カリンと私は誘拐された。何故誘拐されたかは結局よく分からなかったが、その時にバルデス家の当主であるカリン達の父親は殺され、その後妻である継母は貴金属を持って逃げた。
私が今ここにオブゼーク家の娘として存在することになった大元の原因である、七年前の聖女誘拐事件の首謀者ではないかと言われていたバルデスだったが、私が色々と動き回ったことによって、当時の仲間から切り捨てられたのだろうとギル様は見ている。
現在ベナンドはその後始末で忙しく、自分の屋敷にいながら誘拐されたカリンは、事件以来ずっとエノーラお姉様のもとでお世話になっている。エノーラお姉様の屋敷ならどこよりも警備は厳重だから安全だ。その上カリンの隣には、私が貸し出したラントちゃんがいる。
エノーラお姉様の所にいるなら護衛としての彼は必要なかったかもしれないけど、癒やしにはなったはずだ。
しかし、その主役達の姿が見えない。
「カリン達居ませんね。何かお手伝いしているのかしら? 早くラントちゃんをぎゅぎゅっとしたいんですけど」
ラントちゃんのあのふわふわの毛と、嫌そうに細められる可愛らしいつぶらなおめめが、たまらなく恋しい。
「ああ、それなら今来たぞ。よかったな」
ギル様の視線を追って、私は入り口を見た。そこには兄を案内するカリンと、可愛らしいウサギ獣族のラントちゃんの姿があった。
ラントちゃんは一張羅のジャケットを羽織り、今日もたまらなく可愛らしい。
求めていたその愛らしい姿に、私は我を忘れそうになった。一人でベッドに入るたび、彼のふわふわな毛並みを思い出し、切なさを覚えていたのだ。
「あら、ごきげんよう、ギルネスト殿下、ルゼ」
カリンは私達に気付くと、こちらに来て礼をとる。大人のご婦人達の計算され尽くした挨拶とは違う、少しばかり隙を感じる、初々しくて可憐な仕草だった。
「少し痩せたか?」
「あら、お分かりになりました?」
ギル様のぶしつけな問いを聞いて、カリンは自分の腰に手を当てた。
「あまり食べていないのか?」
「いいえ、エノーラさんとラントが気遣って、食べやすい物を用意して下さるので、とても健やかに過ごしておりますわ」
つまり、食べやすくて栄養のある物を必要最低限しか食べていなかったら痩せたと。
胸も減ってないし、むしろ……
「カリン、綺麗になった?」
顔もほっそりしているし、化粧も変わった。前から化粧は控え目だったが、明らかに腕が上がっている。
「そ、そうかしら? もしそうだとしたら、きっとエノーラさんのおかげだわ。もちろんラントも」
カリンはラントちゃんに笑みを向けた。
「俺は何もしてねぇよ」
久しぶりに見るラントちゃんは、相変わらず口が悪くて可愛らしい。よく見れば、耳の飾りにピンク色の花が挿されている。ここでもブラッシングをしてもらっているのか、毛並みも見るからにふかふかだった。
ラントちゃんは人間の腰くらいの身長で、可愛らしいことこの上ない、ウサギ獣族だ。そんな彼がお花を耳に挿している。
「ラントちゃん」
とうとう私は耐えきれなくなって彼に抱きついた。その毛並みに頬をすりつけると気持ちがいい。
「ああ、ラントちゃんだ」
夢にまで見たラントちゃんだ。ふわふわだ。つやつやだ。ラントちゃんだ。
「うぜぇよ」
「ああ、この暴言、やっぱりラントちゃんだ。独り寝の夜はとっても寂しいの」
「この前まで一人で寝てたのに、甘えたこと言ってんじゃねぇよ」
ラントちゃんは見た目はとても可愛らしく、無害そうなウサギさんだが、中身は立派な成人男子だ。職業は薬師。前は盗賊もやっていたのだけど、私が生け捕りにして、こうして有効活用しているのだ。
「ルゼ、離れ離れになって寂しかったのは分かるが、そろそろ離れてやれ」
ギル様に肩を叩かれ、仕方なく離してあげた。
「すまないな。こいつは普段動物にあまり懐かれないから」
ギル様が言わなくてもいいことを言う。確かに懐かれないけど、言うことは聞いてくれるのに……
「ラントちゃん、ここでの暮らしはどう?」
「どこも似たようなもんだ」
「そう。良くしてもらっているのね」
ラントちゃんはため息をついた。諦めきったそんな態度もまた可愛い。
私がラントちゃんに構っていると、脇に誰かが立った。
「おねえさま、ごきげんよう」
そんなませた挨拶をしたのは、ニース様の親戚であるメリアさんの娘、フィーちゃんだった。このフィーちゃんは私が騎士をしていた時に弟子にした、私と同じ傀儡術の才能がある女の子だ。もっとも彼女もメリアさんも、私がその時の騎士と同一人物であることは知らないのだけど。
七歳になったかどうかという、まだ小さくて可愛らしい彼女も、淑女として成長しているようだった。
「あら、フィーちゃん、ごきげんよう」
私はラントちゃんから離れて挨拶する。
「ギル様、ごきげんよう」
「僕の方が後か」
「まあ、ごめんなさい。お気を悪くなさらないで下さいまし」
フィーちゃんは口元に手を当てて、ずいぶんと大人びたことを言った。
「女はこうやって大人になっていくのか」
拗ねるギル様にフィーちゃんが笑みを向けると、彼は笑顔になって、
「可愛らしいリボンを付けているな。とてもよく似合う」
と、彼女の金色の巻き毛を飾るピンク色のリボンを褒める。そしてその小さな手を取り、大人の女性にするように、手の甲に触れるか触れないかという口づけを落とした。それに続き、ニース様も彼女の手を取る。
私は、そんな風に淑女として扱われる娘を微笑ましげに見つめるメリアさんと、その後ろにいるマティアさんとタロテスに視線を移し、挨拶をした。
「ごきげんよう」
「皆様ごきげんよう」
揃ってやってきた貴婦人達は、たおやかに微笑んだ。
メリアさんは娘よりも若干色合いの濃い金髪をした美女だ。私は騎士をやめた後にもたびたび彼女と顔を合わせているので、ルゼとしても親しくしてもらっている。娘のフィーちゃんが、師である『ルーフェス』に似た私に懐いているのもあるのだろう。
マティアさんは私が今家庭教師をしている、タロテスの母親だ。しばらく前までは勉強嫌いの息子に手を焼いて、げっそりと老け込んでいたのだが、タロテスが比較的真面目に勉強するようになったせいか、ここ最近は年相応に見えるようになった。エノーラお姉様にいい基礎化粧品を教えてもらい、気分が一新したのもあるのだろう。新しい商品を試すと、楽しくて心から若返るらしい。
この二人は元々知り合いだったが、私を通して何度か顔を合わせるうちに、近い年頃の子供がいるということで親しくなったようだ。
フィーちゃんは人間との挨拶を終えると、今度はお気に入りのラントちゃんにぎゅっと抱きついた。子供のすることだから、ラントちゃんはすっかり諦めて受け入れている。
「ラントちゃん、しばらく会えなくて、とってもさびしかったの」
「女は皆そう言うんだよ」
ものすごく実感がこもってるな。
その様子を見て、メリアさんがくすくすと笑った。
「ラントちゃんがいると、子守をしてもらえるからありがたいわ」
「そうですね。子守はラントちゃんの天職ですもの。安心して任せられます」
ラントちゃんが私を睨みつけてくるけど気にしない。
私だってその『子守』してもらっているうちの一人なんだから。
それから少しして、私の親戚のウィルナお姉さんと、彼女を迎えに行ってくれたギル様の従弟のセルジアスが到着して、招いた客全員が揃った。
茶を売り込みに来た魔族のテルゼと、お茶屋のカルパも表に出てきた。
馴染みのある人が多いから、初めてお茶会というものに招待された頃よりは緊張していない。本当は姫様もこういう場は苦手だけど、ギル様と私が強引に連れ出したのだ。
今はテルゼが用意した、新しいお茶の試飲をしているところだ。
出された色の濃いお茶を飲むと、何度か似たようなのを飲んだことを思い出した。しかし新しい物だと言っていたから何かしら違うのだろう。
「へぇ、独特な味ですねぇ」
「ブレンドした方がクセが無くて喜ばれそうだけど」
「俺はこのままでもけっこう好きだ」
そう感想を述べたのは、フレーメの従業員達だ。給仕をしていた彼らも好奇心を抑えられなかったらしく、配膳を終えた後に飲ませてもらっている。
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