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3巻
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しおりを挟む第二話 詐欺師な私の日常
オブゼーク家の長女として宮殿に連れてこられて、半月が過ぎた。
淑女としての教育を受けたり、ギル様やゼクセンの姉であるエノーラお姉様に連れられて晩餐会やお茶会に出席したりと、ごたごたと忙しい日々だった。おかげで何とか女らしく振る舞うのにも慣れ、色々と活動するための下地が身に付いてきた。
そして今、その成果を試すために、ラントちゃんと手をつないで白鎧の騎士団にいた時の行動範囲を散歩している。本当は高級官吏などがいるような所を歩いた方がいいのだろうけど、つまみ出されやしないか心配だし、行ったことのない場所を歩くのは怖いしで、ついつい来たことのある場所に向かってしまっている小心者な私だ。しかし、手始めとしてはちょうどいいだろう。
ラントちゃんは耳をそばだて、何か面白い会話が聞こえないかと遠くに意識を向けている。
わざと人目に付く通路を歩き、色んな人達にニコニコ笑って挨拶した。背の高い女と、子供サイズのウサギの獣族だ。それはもう目立って目立って仕方がない。見知らぬ女性達に囲まれること囲まれること。彼女らに撫でられるのが、ラントちゃんのもう一つの仕事と言っても過言ではない。
獣族の無害さをアピールしなければならないので、もらった食物は食べさせる。餌代も浮くし、ラントちゃんも地上の美味しい食物を食べられて幸せだ。
ラントちゃんは自分が猫とか犬とかだったら、こんな所には連れてこられなかったのにと初日の夜に嘆いていた。皆に「ウサギちゃん」と撫でられて屈辱なのだそうだ。彼はこの見た目でなければ、生きてここにはいなかったかもしれないということをすっかり忘れている。
「ルゼ様、ラントちゃんは何を食べるのですか?」
ラントちゃんを撫でていたメイドの一人が顔を上げて、瞳をキラキラと輝かせて尋ねた。メイドの中でも位の高い女性なのだが、ラントちゃんの前ではすっかり無邪気な少女のようである。
「普通にウサギが食べる物を食べます。でもやっぱり、果物とか蜜の多い花が好きみたいです」
「まあ、なんて可愛いんでしょう」
メイド達はきゃーきゃー言ってラントちゃんを撫でる。
ラントちゃんは、もし自分が魔族型、つまり人間と同じ型の女が好きな獣族だったらどうするのだと文句を言う日々だが、実際全く興味がないらしいから問題ない。もしもの話をしても意味がない。だから私は安心してラントちゃんを可愛がれるし、人様も彼を可愛がれる。中身がテルゼのような男だったら、何も知らない女性に抱きしめさせたりはさすがにしない。
そのテルゼ達は、外交官の女性達を残して一旦地下に戻っている。
「あ、いけない。お引き留めしてしまって申し訳ございません。ルゼ様はこれからどちらへ?」
「白鎧の騎士団を見学にまいります。兄がお世話になっていた方々にご挨拶を」
ギル様は彼らに会うのを避けさせたかったらしいが、いつまでも避けきれるものではない。
エノーラお姉様に宛がってもらった美容施術も出来る万能な使用人の指導により、私自身のメイクの腕もめきめきと上達した。マッサージをしてもらったり、全身の歪みを治してもらったりして、心なしか顔も綺麗になった気がした。ここ数日、騎士をしていた頃の知り合いである彼女達とこうして話してみたが、疑われる様子すらない。そのため、最終目標である騎士達に早々に会うことにしたのだ。
兄とは違うという印象を植えつけてやる。
待っていなさい、野郎共。私のお嬢様姿をその目に焼きつけるがいいわ、おほほほほほっ。
「ええ、それがよろしいですわ。ルーフェス様のお身体のことは、私達も心配しておりましたの。ご病気が治るかもしれないなんて、喜ばしい限りです」
「本当にご心配をおかけしました。こんなに心配していただけて、兄は幸せですね」
私のことを心配してくれていた人は、私が思っていた以上に多かった。いっそ謝ってしまいたいが、それは出来ないのでこうして謝罪の意味も込めてラントちゃんを貸している。
「美しい方々に覚えていていただけて、兄もきっと喜んでいますわ」
「ルーフェス様は女性にはとても親切で、いつも助けて下さいましたもの。同僚の方を助ける時は有料だったそうですけど。でもそれを恵まれない子供達に寄付していたそうですわ」
ホーンも趣味が寄付と言われていたので、変わり者兄弟弟子ということになっていた。むしり取った相手の名義で寄付していたが、それがかえって目立ってしまったらしい。
「あら、ルゼさん」
声をかけられてそちらに視線を向けた。揃いのガウンを身に纏う女官達だ。
「ご見学ですか?」
「はい」
メイド達は慌てて仕事に戻っていき、私は女官達へと向き直った。
彼女達と向き合う時、とても緊張する。貴人に向き合う時と同じ緊張だ。
大丈夫。付け焼き刃でも、私はやれば出来る子だ。フォローしてくれる人がいなくとも、きっと淑女らしく振る舞えるだろう。
今の私は昔の野生児ではない。騎士でもないのだ。『詐騎士』と呼ばれた腹黒の兄とは違って、聖女の付き人として純粋無垢に育てられた、可愛いお嬢様という設定である。ラントちゃんを連れていれば、純粋無垢な点が強調されるからとっても便利。
「今日もラントさんは素敵ですわね」
「あ……ありがとよ」
彼女達はさすがに貴族の出なだけあり、メイド達とは違う。可愛い可愛いと、むやみやたらと抱きつかない。
この国は女に対する締めつけは緩い方だけど、やはり貴人になると就ける仕事はかなり限られる。専門職や、彼女達のような文官、もしくは王族の身の回りの世話をするなど、下々の者には任せておけないような、大切な仕事がそれだ。生活のためではなく、名誉のために働いているという名目が必要らしい。
それでも女性が軍人になることはほぼない。例外は騎士団付きの魔術師や医者ぐらいだ。
私は魔術師として仕官することも考えていたけど、どこかに所属すると使いにくいからと、ギル様に止められて客人止まり。この『客人』という中途半端な扱いのせいで、世間からは私はギル様の恋人だと思われているっぽい。
私があの美形王子の恋人だなんて、世間の人の想像力の豊かさと来たら、笑ってしまうね!
なんで魔物との交渉の調整役とか、そういう発想が出てこないんだろう。だから自分でアピールしなきゃならない。
そんなことを考えていたら、女官の一人がラントちゃんから目を離し、前に進み出た。
「あの、ルゼさん。お願いがあるのですがよろしいかしら?」
「何でしょうか」
誰だっけこの人。メイドさんなら名前まで分かる人も多いんだけど、女官とはあまり接点がないから、ほとんど知らない。たぶんこの半月で会話したことがあるんだろうけど……何の官職だっけ。
「先日のメリーアネットさんのお茶会に出されたお茶をまた分けていただきたいのです。あれを飲んで以来、悩みだったお通じがよくなって」
メリーアネット、メリアさん。騎士をやっていた時に知り合ったギル様の友人だ。私の弟子になる、小さな傀儡術師のフィーちゃんとフレスちゃん姉弟のお母様である。
「ああ、メリアさんのお茶会で配っていたお茶ですね」
先日参加したお茶会の主催者がメリアさんだったのだが、その時にテルゼも一緒にお茶会に参加したのだ。その中の一人だろう。
お茶とは、きっとテルゼが用意した地下のお茶のことだ。葉と根を刻んだ物で、いわゆる健康茶だという。それを貴族の女性にも試してほしいと試飲会をして、茶の詰め合わせを配っていた。
「今は全て無くなってしまって手元にはありませんが、週末には新しい物が届くと聞いています。今度は商家を中心にそのお披露目会を行うのですが、ぜひそちらにおいで下さい」
「まあ、よろしくて?」
「ええ。興味を持って下さったのなら、きっとテルゼも喜びますわ。詳しいことはエノーラお姉様が仕切っているので、ぜひお店に遊びに来て下さい」
「嬉しい! また、あの素敵な商人の方もいらっしゃるのかしら?」
素敵な商人とは、テルゼのことか。魔族の彼は目立たないよう、また髪を染めて目の色を誤魔化しながら商人のようなことをしていたが、呼ばれた人は皆、魔物の件に理解のありそうな人達だから事情も何となく察しているのだろう。それに実際に商売をしているのだから、間違いではない。
「ええ。彼がまた商品を持ってきて下さるんです。あの方はとってもハンサムで紳士的な方でしょう。私も危ないところをあの方に助けていただいたんです」
そういう設定なのだ。じゃないと、魔族と出会った理由を説明しにくいから。私と知り合いになったから、双子の兄であるルーフェスとも出会い、色々とあって今に到ると。
私は切っ掛けにすぎず、そのあたりの流れは直接見ていないということになっているから、知らなくても問題なし。全部ギル様に丸投げする予定だ。これぞ女の特権!
「ギルネスト様が子供を庇って魔物に連れ去られた時も、あの方達が助けて下さったんです」
「子供を庇って」という点が肝心だ。ギル様には、同僚には厳しいが弱者には優しい王子様、という印象を世間に持ってもらった方が色々と都合がいい。
「殿下は不正を暴くため、お忍びでラグロアに潜入されたそうですね」
「本当に国のためを思っておいでなのね」
ギル様は本当に女受けがいい。女受けってのは大切だから、これからどんどんギル様の好感度を上げていき、ついでに私がやりたかったボランティア活動もギル様名義で行う予定だ。もちろんこれは私やエノーラお姉様やテルゼの計画である。ギル様は全く、というか相談すらしていないぐらい無関係だ。
私達は、他人を操るのが大好き同盟を結成しましょうかというぐらい、その点では気が合っている。外面だけでも完璧な王子様を作るなんて、とても楽しいではないか。私は根っからの傀儡術師であると、改めて自覚した。ラントちゃんもすっかり諦めたようで、素直に私の手駒になってくれていて可愛い。
「では私達は騎士団の見学にまいりますので」
私はラントちゃんと手をつなぎ、お嬢様らしくしずしずと歩き出した。
日傘で肌を守りながら歩いていると、懐かしい白鎧の練兵場が見えてきた。この道も何度も通った。訓練がない時には、ここらへんは業者の搬入口になるので、色々と手伝ったりしたものだ。見張りと検閲も兼ねてのことだが、本当に懐かしい。
しかしここでこんなに暑いのは初めてだ。来週になれば夏中を過ぎて多少は暑さも和らぐだろうが、今日はとても暑い。私は冷気を纏っているのでまだいいと思うが、こんなことの出来ない普通の人達は大変だろう。
騎士団ではもうすぐ秋採用の新人が入るため、春採用の新人に対してとても厳しい訓練が行われていると聞いている。実力がないと、配属先で舐められたり、秋採用の貴族達にやり込められてしまったりするから、特に厳しいらしい。だから見学と言っても邪魔をしない程度にしようと決めている。
私が親しくしていた元同僚達は皆異動して、残っているのは顔見知り程度の優秀な貴族連中らしいが、白鎧は都や宮殿の警護に当たり、私も出くわす可能性が高いため油断は出来ない。メイドや女官の皆さん、そしてメリアさんも私のことに気付かなかったから大丈夫だとは思うけど。
しかし、ここまで来たはいいけれど、どうにも練兵場の雲行きが怪しい。人が一ヶ所に集まり、ざわついているのだ。
「どうしたのかな? なんだか既視感のある光景なんだけど」
「セクの声が聞こえるぞ」
「怪我人かな。じゃあ、またギル様かな」
「また?」
私はラントちゃんの手を引いて、するすると人の合間を縫うように前に進む。
「セクさん、どうしました?」
中心まで辿り着き、私は見慣れた白衣の後ろ姿に『女の子らしく』を意識して声をかけた。セクさんは振り返ると、不思議そうに見上げてくる。
「ルゼ、どうしてここに? 暇なら手伝ってちょうだい」
セクさんは倒れた誰かの手当をしているところだった。人に助けを求めるなんて珍しい。倒れている騎士に大きな外傷はないように見えるから、骨折とか内臓破裂とかだろうか。
私は近くにギル様がいるのに気付き、彼の仕業ではないかと疑い睨みつける。彼は今日から騎士としての仕事に復帰するからと、とても張り切っていた。
ギル様は私の視線を受けて、不服そうに首を横に振って否定する。
違うのならいいけど。またやったのなら、指さしてあざ笑っていたところだ。
私はしゃがみ込み、倒れている騎士の様子を見る。よく見れば、頭が少し割れていた。とても重症に見える。
「傷をくっつけるのはルゼの方が得意でしょ。私だと縫い合わせてから治癒術をかけることになるから」
そういったやり方でもいいが、その場合セクさんの腕でもきっと跡が残ってしまうのだろう。ハゲたりしたら可哀相。
私は頭部に触れて魔力を操り、呪文を唱えた。頭部に触れるのは、傀儡術で傷口を固定しているのを誤魔化すため。しばらくすると、見る見る間に頭の傷が綺麗にくっついた。完治させるのではなく、仮止めしているのだ。
「セクさん。固定できました」
「ありがとう。そのままお願い」
セクさんが手を当てて治癒術をかけ、ラントちゃんは間近でその様子をしげしげと眺める。薬師だから、医療行為にも興味があるらしい。
獣族の場合、魔力に対する耐性はけっこう強いが、自分で魔術を使える奴は滅多にいない。だから魔術が得意な魔族や闇族は、数は少ないとはいえ魔物の中でも発言権が強いらしい。だから四区のマフィアのボスであるコアトロは勢力を保っているのだ。コアトロ自身が一流の魔術師で、その配下達もそうなのだという。そのコアトロと肩を並べる魔術師というのが、あの『虐殺王』と呼ばれている四区王ユーリアス、つまりローレンの兄だそうだ。ただし、彼は若いのでこれからさらに伸びる可能性がある。
「うお、本当に動いてる」
突然上がった声に私が振り返って見上げると、ラントちゃんをつついたらしい騎士が慌てて後ろに下がった。ここにいるのは新人ばかりだから、まだまだ幼い感じだ。と言っても私よりも年上だけど。
「んだよ」
ラントちゃんが見下ろしてくる騎士達を睨み上げると、騎士達は彼がしゃべったのに驚いて、互いに顔を見合わせる。最初の魔物がこれだと、魔物を舐めてかからないか心配だ。
「すまないな、ルゼ。新人同士の模擬刀訓練でそうなった」
ギル様が不服そうだが謝った。監督不行届だったと認めているのだろう。
「新人に、味方同士の訓練で急所は狙うなって教えてないんですか?」
「教えているに決まっているだろう」
私は必要なら迷わず急所を狙うけど、覚悟を持ってやっている。急所を狙うということの意味をよく知っているつもりだ。ギル様だってそれぐらい分かっているだろうに、指導が甘いのではないだろうか。
「でも、魔物を退治する訓練なのに、急所への攻撃はダメって、本番で役に立つんですかぁ?」
そばかすの目立つ小生意気な少年が、後ろ頭に手を組んで片足をぶらぶらさせながら言った。
「意味がないわ」
生意気なことを言う騎士に、私はむっとして忠言する。
「人間と同じ急所を持つのは魔族と闇族だけど、相手を見て急所を狙ってなんかいられないから、わざわざ頭部なんて頑丈なところを選んでは駄目。魔物の頭は人間よりも硬いのよ。そんなものを大切な剣で殴りつけていたら、いつか自分が死んでしまうわ」
そもそも頭を狙うなら、もっと重量のある鈍器にすべきだ。
「どうしてですか? 相手を見ればいいじゃないですか」
小生意気そうな少年がさらに食いついてくる。
「お前、反省はないのか」
ついにはギル様に頭を小突かれる。どうやら彼が犯人のようだ。
「いけない方ね。硬い物を刃物で殴ったら、刃こぼれしたり折れたりしてしまうわ。しかもダメージは少なく相手を怒らせるだけ。今はきっちりと基礎を磨くのがいいと思うの。基礎がないのに上に進もうとすると、置き去りにしてきたと思った方達にあっという間に抜かされるのが世の常だもの」
私の言葉にクソガキは不服そうな顔を見せた。
きっと戦闘の基礎は十分出来ているのだろう。他よりも強くなければ、こんな態度は取れない。
「そ、そうだよな。ルゼはいいこと言うな!」
不服そうにするクソガキの後ろで、一人で感動して頷く別の……
「あら、ティタン。いたの」
同じ孤児院で育ったティタニスだった。私を追って騎士になったのはいいけど、その頃には私がいなくなっていたという、皆から運がない、間が悪いと言われている男だ。
見た目は普通に人の良さそうな、黙っていたらまったく目立たないタイプだ。最近奇抜な人ばかり見るから、すごく落ち着く。王子様とか騎士団一の美剣士とかさすがに見飽きた。
「ティタンは基礎ばかりやり過ぎよ。基礎が出来ていることが前提なだけで、基礎ばかりじゃただの単純馬鹿よ。バランスを考えなくちゃ」
「ほら見ろ」
先ほど不服そうにしていたそばかすが、何故かいい気になってティタンに向かってふんぞり返る。
「基礎の出来てない奴が偉そうにっ! 仕損じてるだろ!」
「殺してどうするっ!? 普通な奴だと思えば、やっぱりあの魔窟の住人かっ!」
アホなティタンの言葉に、すかさず突っ込むギル様。男相手だからか、容赦なく拳も一緒だ。私に我慢している分、他で発散させるつもりなのかもしれない。
「魔窟って……」
ティタニスは頭をさすりながら、何故か私を見た。失礼な男だ。
「そんなに技術を上げたかったら、わら人形相手に急所を突く練習をしてろ」
「止まった的が相手じゃ練習になりませんよ。やるなら一撃で確実にやらないと危ないですし」
「ルゼ、お前の所の奴は皆こうなのか!?」
ティタンの言葉を聞いて、私に問い質すギル様。
私はきょとんとして首をかしげた。
「ティタン……ティタニスは昔から頑張り屋さんなんです。騎士としてなら、実力は即戦力レベルですよ。剣や槍はもちろんですが、馬の扱いも上手いし、多少の魔術も使えますし、普通に強いです」
「普通か」
「普通な方向で」
私は癖がありすぎるから、比べてはいけない。私に比べればティタンなんて何の癖もないと言っていい。ティタンはとても普通な男の子だ。
「ゼクセンとどっちが使える」
「ティタンはギル様との相性はいいはずです。魔術の威力を上げる増幅術が得意ですから。それで肉体強化系の術を増幅して、よく素手で木を倒していました。使い勝手はいいですよ」
ギル様のランネル一と言われている魔術の威力を、一番生かしてくれる人材かもしれない。まあ、そんな強力な魔術が必要になることなんて、一生の内でも数える程度だろうけど。
「普通じゃないだろう、それが普通とかやっぱり魔窟だろうお前の所!」
「木を素手で倒すってなぁ、口で言うのは簡単だけどな、小さな木でも難しいぞ」
ギル様とラントちゃんが口々に言う。ラントちゃんはがさつさがバレるから口を開かないでいてほしいのに。
「持っている力をどう使えばいいのかちゃんと教育されていれば、普通に出来ますよ」
何でもそうだが、その力、もしくは道具が役に立つかどうかは、使い手の手腕で変わってくる。
「ティタンはその他の魔術はほとんど使えませんから、一人ではただ身体能力を上げられる戦士です。ゼクセンは治癒術も使えますから、どちらが使えるかと言われると悩みますが、ギル様との組み合わせなら間違いなくより強力な増幅術を使えるティタンです。何もしなくても強いニース様と組ませるなら治癒術の使えるゼクセンです。ティタンは今までは増幅する相手があまりいなかったので役に立たなかったでしょうけど……ギル様の逆回復魔法も強力になりますね」
「何故僕が怪我を悪化させなければならない」
ラントちゃんや新人達が、ギル様に胡乱な目を向けた。
「そういえば、お前は何をしに来たんだ。昼食にはまだ早いぞ」
「兄がお世話になっていた上官の皆様に、ご挨拶をした方がよろしいかと思いまして」
もちろんそんなつもりはない。怪我人のことで一瞬忘れかけたが、本来の目的は元同僚達の近くをうろつくことだ。そしてこれだけ注目されても気付かれないことが証明されたから、自然な理由をつけてさっさと立ち去ろう。
「ああ……そういうことか。ここにはいないから案内してやる」
私の意図を察してくれたのかギル様が手を差し出した。その様子を見て、ティタンがぎょっとしたように目を剥いた。私がこんな風に王子様にエスコートされるのが、その目で見ても信じられないのだろう。
「ありがとうございます。セクさん、失礼します」
私は治癒術を続けているセクさんに声をかけ、ギル様にエスコートされて歩き出す。
ラントちゃんが来ないので立ち止まって振り返ると、彼が耳を引っ張られて悲鳴を上げた瞬間を目撃した。どこの悪ガキかと思えば、やたらと背の高い金髪の美男子。そう、ギル様の友達であるニース様ことエディアニース・ロスト様だ。『サド二号』というあだ名を付けられているとはいえ、動物虐待をするような非道な男性だとは思わなかった。
「おいウサギ、邪魔をするな」
「じゃ、邪魔?」
ニース様は現在恋をしている。婚約者であるはずのグランディナ姫様に、長年片思いしているのだ。つまり恋愛思考に頭の中が汚染されている。色恋話が好きな女性並みに重症である。
私はそろそろ十四歳になるはずなので色恋が自分に早いとは思わないが、私達にその気がないのに、何故か噂を信じてお膳立てしてくれているようである。
確かにギル様は美男子だからうっとり眺めている分にはいいが、さすがにそういった色恋の相手となると私程度の容姿では隣に並ぶべくもないので、遠慮したいところだ。
「え、ロ、ロスト様、あの二人は……まさか、つ、付き合ってるんですかっ!?」
ティタンがニース様に詰め寄った。
そんなわけないだろ。お前は私がこの前まで男として一緒にいたの知ってるだろ。
「お前、あの女に気があるのか?」
ラントちゃんが馬鹿らしいことを言う。しかし基本的に純粋で女の子と付き合った経験のないティタンは、そう問われただけであたふたと狼狽し、必死に首を横に振った。何もそこまで否定しなくても……
「まあ、頑張れや、色々と」
「そ、そんなっ……可愛いウサギさんにまでチビと同じこと言われたっ」
チビ達、私の見てないところでどんな慰め方してるんだ。
ラントちゃんは以前私の実家である孤児院の子供達に、ティタンの話を聞いていた。ついてないとか、間が悪いとか、歩いているだけで他人の弱味を暴露する事態を引き起こし責められるとか、色々教えてもらったのだろう。
「悪趣味が他にもいたとは信じがたいが、諦めろ。あれでもあの女はデュサだぞ」
恋愛脳のニース様がまた蒸し返し始めた。こうやって決めつけて盛り上げる人って何なんだろう。
「そ、そういうんじゃなくて、その……ってか悪趣味とか、王子様とは友達じゃないんですか?」
「友情と好みは別だ」
確かにこの王子様の趣味は分からん。あの絶世の美女によく似たこの美男子は、スタイル抜群の美女よりは私の方がまだ好みだと言う。それぐらい胸の大きな女性が嫌いなのだ。ちなみにニース様は胸の大きな女性が好きなのだろう。姫様はそれはもう立派な物をお持ちだし。
「ラントはニースが面倒見てくれるようだし、行くぞ。あいつらのことはもう気にするな。言うだけ無駄だ」
ギル様が私を促す。
「無駄って、少しは止めましょうよ」
「現実逃避の一種だ。そっとしておいてやれ」
ニース様、ものすごく格好いいのに、なんであんなに残念なんだろう……
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