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3巻
3-1
しおりを挟む第一話 騎士でなければただの詐欺師
自分の姿は、きっと誰がどう見ても『女の子』だろう。
ゼルバ商会から派遣された使用人に施してもらった薄化粧は、違和感なく顔になじんでいるはずだ。
夏の盛りなのに宮殿は冷房設備が整っているからと、胸元や袖口にレースとフリルが容赦なくあしらわれたドレスは、背の高い私にも似合う少し大人っぽいデザイン。
少しだけかかとのある靴は、隣に並ぶことの多いギル様との身長差を考えたぎりぎりの高さ。
昼間なのでカツラの髪は結い上げず、一部だけまとめて残りは背中に流している。
私にはとてつもなく贅沢で華美に見えるが、夜会服に比べれば値段もそこそこで落ち着いており、十六歳の女の子が初めて公式の場に出るのには相応しい装いらしい。
今の私の姿を見て、一体誰がこの前まで双子の兄のふりをして騎士団に潜り込んでいたと思うだろうか。私が女だと気付いたのは魔族のテルゼと医者のセクさんだけ。それ以外にはテルゼ経由でばれてしまっただけで、彼さえいなければ誰も知ることはなかっただろう。
私はルゼ、本当は約十三歳。捨て子なので、正確なところは不明。
ついこの前までは孤児で家名もなかったのだが、今は何の因果かお貴族様の隠し子ということにされてしまい、オブゼーク家の次男であるルーフェス様の双子の妹、ルゼ・デュサ・オブゼークと名乗ることになってしまった。
デュサとは六位まである貴族の家位の第三位。つまりそれなりに偉い貴族だ。最初はバレるのではと思っていたが、人は単純なもので、ここまで格好が違うと同一人物だとは思わないらしい。
騎士をしていた時の女装させられた姿を知っている元同僚もいるが、私とルーフェス様は双子だから、似ていてもおかしくない。別人のように女の子らしくしていれば、きっと気付かれないだろう。なにせ双子だから。
そんな破天荒な人生を歩む私が現在いるこの部屋は、王座の間――つまり謁見の間だ。
天井には煌びやかな明かりが吊り下がり、壁には金の装飾。少しでも暑さを削ごうといくつもの大きな銀の盆の上に氷の柱が置かれ、使用人がそれを煽いで部屋を冷やしている。宮殿の冷房設備というのは、どこかでこのように空気を冷やし、その冷気を循環させるというものらしい。
今、ここで私の主であるこの国の第四王子、ギルネスト殿下が、国王陛下への報告を行っている。
ギル様が独断で行った、国境を守る砦、ラグロアでの潜入調査についての報告と、協力者となってくれた魔物達の紹介だ。
ラグロアでは、一部の施政者と騎士と商人が魔物と取引し、隊商を襲わせて私腹を肥やしていた。商人などは、自分の荷に保険を掛けて中身を安物にすり替え、保険金をせしめることもあったらしい。その他、この仕組みに気付いた者や、生きていると都合が悪い者を始末するのにも、魔物達が使われていたようだ。
その人間と魔物の犯罪者達を一網打尽にするのに協力し合ったというのが、ギル様率いる一部の者達が考えたシナリオだ。実際はもっと色々あったのだが、報告するのはこんなごく分かりやすいところだけである。
今回連れてきた魔物は、人間に受け入れられやすい外見の者のみ。
最初に知り合った地下帝国アルタスタ、七区王弟のテルゼと、四区王弟のローレン。
そしてその背後には、リスのような獣族の女外交官、リネ。獣族と闇族が混ざったような、人間に近い姿ながらもふさふさの尻尾を持つセクシーな猫耳美女の外交官、フィム。完全に見栄え重視の人選である。
テルゼは黒く染めていた髪を元の色に戻し、浅黒い肌と銀髪金目のいかにも魔族といった姿でこの場に来た。ローレンも普段は帽子で隠している闇族特有のコウモリのような耳を晒している。翼を隠すマントはつけたままだが、その方が彼には似合っている。
テルゼは昨日まで人間のふりをして商売をしていたので、こうやって魔族らしい姿を見るのは、私も今日が初めてだった。しかし実はこの金色の瞳も魔術で少し色を濃くして、人々に不気味さをあまり感じさせないように工夫を凝らしているらしい。
人型は美形ばかり、獣族は草食っぽくて愛らしく、いかにも無害。人間への見せ方をよく心得ている。
ことがことだけに人々の注目を集め、この王座の間には無関係そうな部署の文官までが噂を聞きつけて集まってきており、完全に見世物になっている。陛下もそれを許しているようだ。これも事前に説明をしたニース様とネイドさんの計らいだろう。たぶん、主にネイドさんがニース様を後ろから操っているような状況だったんだろうけど。
そんな彼らのさらに後ろの壁際でゼクセンと並んで控えていた私は、息子を見つめて真剣に話を聞く陛下に視線を戻す。
国王陛下はギル様とは似ても似つかない、金髪碧眼のとても素敵なおじ様だ。ギル様の親友のニース様の方がよほど陛下と似ている。その隣に立つのが、長く美しい黒髪を背中に流した、ギル様やその妹のグランディナ姫様とよく似た女性――陛下の第二夫人、ギル様のお母君だ。
噂には聞いていたが、それはもう、女の私でも目を奪われるほどの美女なのだ。ギル様のお兄様は少なくとも二十歳は超えているはずだが、とてもそんな大きな子供がいるようには見えない、脅威の若々しさだ。この美貌を見ると、未だに王の寵愛を受け続けているのも当然であると誰もが納得するだろう。
ちなみに正妃様はますます身体が弱り、死期が近いのではと噂されている。私達が都を離れる前は、そこまで悪くなかったはずなんだが……
そしてギル様のお母様は、息子のギル様が逃げ出したくなるほど性格に難のある女性だ。ギル様が昔付き合っていた女性が逃げ出したのも、彼女が原因らしい。
きっと恐ろしい人なのだろう。サディストと評判のギル様の母上だけあり、意地の悪そうな傾国の美貌だ。いかにも男を意のままに操って、ダメにしそうである。こんな性格の悪そうな美人の巨乳、毒婦に違いない! あの胸の脂肪の塊が憎らしい!
似たような顔なのに、しかし姫様だけは雰囲気がまるで違う。きっと性格の良さが顔に出ているのだろう。つまりギル様は性格も母親似なのだ。
「いてぇよ。力入れすぎだ」
「あ、ごめんなさい」
ウサギ型の獣族、ラントちゃんに怒られてしまった。私は今、彼を抱きかかえてヘラヘラ笑っているのだ。私は「いるだけでいい、とりあえずヘラヘラ笑っていろ」と命じられている。
周囲にいた見物人達は、私達をちらちら見てひそひそと囁き合う。ギル様が連れ帰った、可愛いウサギの獣族を抱っこする女。そりゃあ気にならなかったらおかしい。いくら気品溢れる上流階級の人達でも、初めて見る、自分達と同じくらい気品のある魔物や、愛玩したくなるほどに可愛らしい獣族には、心が騒いで当然だ。
「でも、ただ見ているだけって退屈ねぇ」
「俺は首を突っ込みたくねぇよ。ああ見えて、あのお二人はすげぇ方なんだぞ」
リネさんは五区、フィムさんは四区の代表だ。いかにもやり手の美女といった雰囲気のフィムさんの方はともかく、リネさんもすごいのか。すごく可愛いリスさんなのに。女性なので我慢したが、出来れば撫で回したかった。フィムさんの猫耳と尻尾も撫でたかった。優雅にふぁさーっと動く尻尾のなんて魅力的なことか。
ああ、いけない。女性のお尻をじっと見つめるなんてはしたない。
魅惑のお尻から目を逸らして、再度ギル様のお母様の方を見ると、目が合った。向こうも明らかにこちらを見ているので、私は蛇に睨まれたカエルのように身を竦めた。
しかしギル様が宝石を差し出すと、彼女は目の色を変えてそれに夢中になる。何て素晴らしい、宝石の力。
私は呆れながらラントちゃんを抱っこする手を組み替えて、たおやかな笑みを浮かべる。
その瞬間、お母様が再び私を睨んだ。正確に言えば、私の指輪を。
怖い。怖いわギル様のお母様。
「ラントちゃん、私は身の危険を感じたよ」
「そ、そうだな。油断してると、マジで毛皮にされかねねぇ」
ラントちゃんの毛皮は一級品だ。抱っこしている私が言うのだから間違いない。おまけにノイリのところでもらった獣族用のシャンプーを使っているのだ。毛にも肌にも良い泥が使われているらしい。
「ギル、お前の言いたいことは分かったわ。それよりも、あちらのお嬢さんはどなたかしら?」
お母様が、とうとう私のことに触れてきた。
「彼女はルゼ・デュサ・オブゼークです」
「オブゼークですって?」
お母様が声を上げた。まさかオブゼーク家をご存じだとは思わなかった。一介の地方領主なのに有名だな、うちのお父様。
「ギル、付き合う相手は選びなさい。選りに選って、オブゼークなんて没落した家」
「没落などしていません。それより何故オブゼークのことをご存じなのですか。興味などないでしょうに」
まったくだ。そんな没落した家のことなど気にするようなお母様には見えない。
「まさか、バルデス家の者に何か言われたのですか?」
「それがどうしたというの」
そういえば、ギル様ってバルデス家の娘との縁談を勧められてたんだっけ。お母様はギル様を自分が選んだ相手と結婚させたいらしい。
「付き合う相手を選ぶのは母様の方です」
「どういう意味?」
「没落したと言いましたが、その理由となった事件は、人間の手引きにより仕組まれたものです。この意味が分からないあなたではないでしょう」
その人間、つまりバルデス家の巻き添えを食うぞ、という意味だ。
今まで国は、かつてオブゼーク家によって保護され、六年前魔物に囚われた聖女ノイリの存在を徹底的に隠していた。彼女の存在はごく一部の者しか知らなかったし、国をあげて守るべき聖女を奪われたとあっては面目にかかわるからだ。しかしその誘拐事件を防げなかったオブゼーク家は没落することとなる。
時が流れ、ノイリの生存が判明し、彼女を保護していた魔物の一族と手を組むことにした今、もうその必要はない。もちろん結婚して子供も産まれるノイリのことを大々的に公表することはないが、『知る人ぞ知る』といった含みを持たせて噂を流すことは出来る。人間はそういった話が大好きだから。
そうやってノイリを利用して、疑惑を広めてバルデスを追い立てることも出来るだろう。オブゼーク家の娘となった私自身も、悲劇のヒロインをどのようにでも演じてやろう。
ノイリの誘拐の件に関しては、実のところ証拠を揃えるのは難しいらしい。だから余裕のあるふりをして、じわじわと追い詰めていかなければならない。
きっと奴らは荒れるだろう。ストレスが溜まり、夜も眠れない。それを想像するだけで胸がすっとする。私が見た地獄に比べれば甘すぎるくらいだが、とりあえず今はそれで我慢できる。
しなければいけないこと、したいことはたくさんある。しかし優先順位を間違えてはいけない。
「まあまあ、ギル。こんな美しい方に、そんな言い方はふさわしくないだろう」
よっぽど母親が苦手なのか喧嘩腰になっているギル様を、テルゼが紳士的になだめた。
「大理石よりも滑らかな白い肌に、琥珀よりも深くきらめく瞳。あなたこそ人間の至宝ですね」
「人の母親を口説くな」
ギル様がテルゼの後頭部を叩いた。
「事実を口にしただけだ。人間の美人は本当に美しい。素晴らしい」
まあ、傾国の美女と言っても過言ではないし、美人は美人だよ。ややきつめの顔をしているが、大半の闇族に比べれば穏やかで、おまけに色白で、テルゼの好みのタイプなのだろう。でも浮かれすぎだ。
「魔族でも、ずいぶんとセクとは違うわね」
少し驚いたようにお母様が言えば、ギル様が不機嫌そうに答える。
「当たり前です。セクのあの性格は、医者として形成されたものです。魔族も人間も大差ありません。差があるとすれば文化と暮らしだけです。それはどこに行っても同じこと。まあ、彼は王族なのに商人をしているから、変わり者ではありますが」
魔族混じりで女医のセクさんは患者命の人だから、それに比べればテルゼはごく普通の魔族に見える。
セクさんは魔族のお祖母様の血を色濃く受け継いでおり、容姿も魔族に近い。そのセクさんの家は代々医者の家系で、身内の多くが医者をしているそうだ。
彼女は私が男装して騎士団に潜り込んでいた時、私を女だと見抜きながらも、私の秘密全てを気にせず、私を患者としてしか見なかった人だ。まさしく白衣の天使である。私がこの格好で挨拶しても、定期的に検査を行うから来るように言われるだけだろう。容易に想像できてしまう。
少し機嫌を損ねていたお母様は、テルゼがとにかく褒めちぎり、プレゼントした宝石はあなたの胸元を飾るために生まれた、だのとのたまったため、あっさり機嫌を直してしまった。テルゼも美男子だし、褒められれば気分はいいだろう。
私はただただ馬鹿みたいにおっとりと笑っているだけ。もちろんその間、怪しい奴がいないかの監視は怠らない。耳のいいラントちゃんには、ひそひそ声を聞いてもらっている。
なのでラントちゃんもおのぼりさんよろしくキョロキョロしているが、その姿はつぶらなお目々が愛くるしいただの巨大なウサギなので、興味は持たれても警戒はされない。今日のラントちゃんがいつの間にか用意されていた仕立ての良いスーツを着て、ちょっと上品そうなのもその原因だろう。おまけにクラヴァットなんて巻いて可愛いのだ。
とはいえ、もちろん反感を持っている者はいるはずだ。バルデス云々は関係なく、魔物だからという理由で、魔物達やそれを引き連れてきた私を悪く思うのだろう。
「おい」
『ラントちゃん、心の中で呼びかければ聞こえるよ』
『気色悪ぃな』
『呼びかけたらって言ったでしょ。独り言なら聞こえない。今は双方が意識を向け合っているから聞こえるの』
ラントちゃんはちらと部屋の片隅に目を向けた。
『あいつら、お前の言ってたバルデスがどうこう話してるぜ。内容までは聞こえねぇが、それだけは聞き取れた』
『そう、ありがとう。ついでにその人の身体的特徴を覚えておいて。私、人の顔も名前も覚えるの苦手だから』
『…………』
私は才能豊かな魔術師だけど、天は人に二物を与えないのだ。
『もういっそ、偵察に行ってきなさい』
『は?』
「ラントちゃん、抱っこするの疲れちゃった」
私はラントちゃんを床に下ろす。ラントちゃんは私を見上げた。
その目が言っている。「俺にどうしろと?」と。
「ルゼ、ここに来てくれ」
突然ギル様に呼ばれ、私はラントちゃんをそのままにして進み出た。
ラントちゃんがちょろちょろしても、退屈した子供が遊んでいるのだと見逃してもらえるだろう。人間換算だと二十代半ばらしいけど、人間にはそんな見分けはつかない。
「いかがなさいました?」
「お前の指輪の宝石は何カラットか聞いているか?」
「申し訳ございません。ノイリもそういったことを気にしていないようで、聞いておりません」
私達が話している間に、ラントちゃんは隠密活動を始めた。彼は可愛い足で、足音もなくターゲットに接近する。
「本当は華やかすぎて私には似合わないんですけど、ノイリが選んでくれたものですから」
私はおっとりと笑った。物の価値の分からない小娘と思ってくれるだろう。ギル様が連れてきたのが小賢しい女となれば、苛烈ないじめを受けそうなので、抜けている子を装うのは自衛にもなる。お母様を敵に回しても意味がない。あまり刺激をしないようにしたい。
「エーメルアデア様のような華やかな方は、どんなに美しく煌びやかな宝石にも負けないので羨ましいですわ」
私が言うと、ギル様が目を剥いた。
「お前、珍しく長い名前を覚えたな」
失礼なっ!
「神話に出てくる名前ですもの。美しい泉の神に見初められた美女の名前です。生半可な美人では、名前負けしてしまうんですよ」
その手の本はノイリが朗読会をしていたから、よく覚えている。ノイリの美しく清らかな声は、私の記憶に深く刻まれている。
ああ、ノイリは今ごろどうしているだろう。今夜、手紙を書くんだ。この溢れる愛を白い妖鳥に託して彼女に届けるんだ。ああ、鳥さんがつなぐ二人の絆。なんて素晴らしい。
「あのぉ、お嬢さん、おたくのペットが逃げ出しているよ」
後ろから声をかけられて振り向けば、知らないおじさんにラントちゃんが撫でられまくっている。
ゼルバ商会の使用人達にもモテていたが、偉い男の人にもモテるのだ。計算通りだぞ、ラントちゃん!
「この子はペットじゃなくてお友達です。ラントちゃん、あんまりちょろちょろしてはダメよ?」
「お、おう」
実は若干うんざりしていたらしいラントちゃんは素直に逃げてきた。
この子はまず、可愛がられまくるのにも慣れないといけないな。
胃の痛くなるような報告を終えて、後日陛下達と晩餐をご一緒する約束をして退出した。外交官の二人は、そのまま偉い人達に誘われてお茶に行き、私達はギル様が手配して下さった部屋に向かっている。
「肩凝った」
私は呟き、隣を歩くラントちゃんを杖代わりにしてダラける。ちょうどいいところにこの可愛い頭があるのが悪い。
「母のテルゼに対する印象はよかったな。魔族なんかと最初は警戒していたのに、最後はすっかりお気に入りだ。お前のナンパっぷりも役に立つものだ」
「ひでぇな。でも美人なのは本当だろ。あんな美人がいたら、言いなりにもなるよなぁ」
テルゼは最低だ。とにかく最低だ。最悪だ。ローレンはまた始まったとばかりに、テルゼを横目で睨んでいる。
「耳を引っ張るなっ」
私はラントちゃんの耳を無意識に引っ張っていたらしい。だって引っ張りやすかったから。
「久々にダチに会うからって、俺で気を紛らわすなっての。落ちつけ」
そう、これは八つ当たりだ。
私達は今から私の男装について知っている人達、つまり姫様とホーンに会いに行く。そう、ずっと騙し続けて傷つけた姫様に、ルゼとして初めて会いに行くのだ。
楽しみであると同時に、あと二年で死ぬ死ぬと騙し続けた罪悪感と、許してもらえなかったらどうしようという恐怖がねっとりと付きまとう。
「そういえば姫様と何か進展はありましたか、ニース様。兄がとても気にしていました」
「あるか、そんなもの」
ニース様は相変わらず素直じゃない。しかし想い一つ伝えられないとは本当に情けない。
「あの、ニース様、姫様は怒っていませんでした?」
「さあな」
「ああ、ニース様が冷たい」
「前からこうだ」
「そんなところが大好きです」
「お前、本当にいい性格だな」
頬に手を当てて乙女チックに恥じらってみせると、ニース様がうんざりした顔をする。
私が女の子と知っても、態度の変わらないあなたが大好きです。本当に可愛い男性だ。
「ちょっと、ニース。あなた、ルー……その子に何したの!?」
懐かしい、しかしずいぶん烈しい声が聞こえた。
私達の声を聞いて廊下に出てきた姫様は、恥じらう私を見るやいなやニース様を睨んだ。その姿は以前と少し変わっていた。
「姫様!? 髪っ」
髪が短くなっていた。お尻より下まであった髪が、背中までになっている!
「その髪はどうした? また燃えたのか、失恋か、少しは顔を隠す気になったのか?」
ギル様は無遠慮に問い質した。
言われてみれば、切ったことで頬のあたりにも髪がかかり、前よりも顔の火傷が隠れるようになっていた。それに今日は化粧もしているらしく、さらに目立たなくなっている。
「どれも違うわよ。放っといてちょうだい。化粧は人にしてもらったのよ」
ギル様の心ない言葉に、姫様が怒って睨みつける。
「ほ、本当にそっくりな双子だ」
テルゼが感動して手を合わせた。彼のいる場所からは、火傷はちょうど隠れて見えるらしい。
「でも金色の目? 闇族の竜族混じりみたいだな」
私は驚いてテルゼを見た。
「失礼な男ね」
「テルゼ、人間の女性にそれは失礼だろ」
ローレンがますます呆れたように目を細めて言う。竜族と言われて姫様はお怒りだが、私には希望が訪れた。
「テルゼっ、竜族の子にあんな美人が出来るものなのっ!?」
「場合によっては。魔族と闇族だとどうしても浅黒くなるから、俺的には竜族の方が期待が持てたりするんだよなぁ」
「よ、よかった。希望が持てたっ。嬉しいっ」
「ルゼちゃん、泣いて喜ぶほどニアスに似た子が嫌なのか……」
だって、もしもノイリの子供が父親似だったら、私はショックで倒れかねない。しかし、それはノイリに対して失礼である。でも、希望が持てた。ノイリだけに似てくれたら、どれだけ愛せるか。もちろん似ていなくても愛するつもりだが、多少の自己暗示が必要かもしれない。だって私、竜族がだいっっっっキライだし。
「どうかしたの?」
「いえ、何でもありません」
姫様に問われて首を横に振る。化粧をして火傷を隠してくれると、美人なのがよく分かる。
「まあ、何にしてもよく来たわね。立ち話も何だから、部屋に入りましょう」
「はい」
姫様に微笑みを向けていただいて、私は少し安心した。彼女は怒りながらこんな風に笑うような人ではない。ギル様と違って、素直な人だから。
招き入れられた部屋には、孤児院で一緒に育った血の繋がらない兄のホーンと、医者のセクさんと、何故か天族のヘルドがいた。私と縁の深い、私が男装していたことを知っている人だけが集められたらしい。
「なんでヘルちゃんがいるの?」
彼はノイリと同じ天族だ。こちらにもう一人、人々の崇拝の対象となりうる天族がいることは切り札として隠しておくことになっていたはずだが。
「俺はまだ人間の前には出るなって言われたから、エノーラの家で待ってたんだ。そしたらネイドが連れてきてくれた」
ヘルちゃんは嬉しそうに笑った。いつも三人で行動しているのに、のけ者にされて寂しかったようだ。この面子ならヘルちゃんのことを地上に引き止めたりしないから、安全と言えば安全。ヘルちゃんの白い翼はマント一枚で隠せてしまうし、連れてくるのは楽だっただろう。
「ルゼ……その格好、似合ってるぞっ」
彼は恥ずかしそうに褒めてくれた。なんて紳士的で可愛いんだろうか。
「ありがとうヘルちゃん、嬉しいわ。ヘルちゃんは万が一見つかったら、地下に帰してもらえなくなるかもしれないから気をつけてね」
私の忠告を受けて、彼は神妙に頷いた。そんな姿も可愛くてたまらない。
「これで全員かな」
ホーンがそう言ってドアの鍵を閉めた。とうとう、ここは密室だ。何も隠す必要のない空間。私は意を決して姫様に頭を下げた。
「ごめんなさい、姫様」
私には、もう謝るしか出来ない。騙していたのだ。死ぬと嘘をついていたのだ。どれだけ心配させたか、想像も出来ない。
「いいのよ、別に。怒っていないから。色々と事情もあるみたいだし、頭を上げてちょうだい。それよりも、ギルやネイドにひどいことされなかった?」
私はギル様達を見る。ひどいこと……?
「あのな、僕が何をするというんだ?」
「蹴ったり殴ったりよ」
「誰がするか。手駒を痛めつける馬鹿がどこにいる。使えない奴ならともかく」
ギル様、私が使えない子だったら殴ってたんだ。ひどい。
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