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2巻
2-3
しおりを挟む「ナイフ拾うの手伝って下さると嬉しいです」
たくさん投げて、どこに行ったか。
「回収するのか……」
「私がただのナイフ使うと思います? 突き刺さると思います?」
「……手伝ってやる」
ギルはため息をついて、私と一緒にナイフを探してくれた。頑張って探していると、それに気付いた他の人達もナイフを拾ってくれた。商人のおじさんが、私にナイフを返してくれながら聞いてくる。
「やっぱり高いナイフなのかい? さくっと刺さってたもんなぁ。おかげで助かったよ」
「実家の近所にいい職人さんがいるんですよ」
高いっていうか、実家の近所の老人が趣味で作ってる物だ。その老人は魔物嫌いで、本気で魔物狩りをする人には安く譲ってくれる。安いとは言っても、普通にいいナイフが何本も買えるぐらいの値がつく代物である。正規に買ったら何十本分の値段だ。
「ルー、今度その職人を紹介しろ。お前が前から言っていた人だろう。興味深い」
ギルが目の色を変えて私の肩を叩く。貪欲な魔術師の顔だ。
「騎士には売りませんよ。私達は騎士に裏切られているんです。そういう地域に住む人はけっこう騎士嫌いになるんですよ。あと国家権力も嫌いです」
「買う買わないではなく、一度会いたい」
「えぇ……」
「何がそんなに嫌なんだ? お前も騎士だろう。休みは班ごとに取れるから、お前が里帰りをするついでに連れていってくれればいい」
来る気だよ、どうしよう。ここで拒否りまくっても怪しまれるし、とりあえず先延ばしにして向こうで対策を練ってもらわなければ。
休みが取れるのは早くても数ヶ月先のことだし、なんとかするだろう、たぶん。
第二話 軟派な出会い
隣国カテロアの国境の町に到着すると、初めての外国に浮かれる間もなく、井戸で頭から水をかぶって血を洗い流し、この町にあるラグロアの騎士用の宿舎で着替えをして、ゼクセンの傷を診た。私は攻性魔術が主体ということになっているため、実用レベルの治癒術を使ったら怪しまれるから、町に着くまでは応急手当だけで放置していた。私が治癒術を施すと、ゼクセンの傷は綺麗に完治したが、他人の目があるので包帯はもう一度巻いておく。こうすれば治癒されたようには見えない。
魔術というのはどれだけ魔力を持っていても、各個人で向き不向きがはっきり分かれる。ギルは完全に攻撃型で、治癒術なら擦り傷程度を全治一週間に悪化させる特技を持っていると、ニース様が教えてくれた。それを聞いた時はさすがにちょっと引いた。ギルは治癒が苦手だろうと思っていたけど、まさか治療を攻撃にしてしまうなんて。私の育った孤児院の院長で、有能な魔術師でもあるおばあちゃんですらきっと見たことがないだろう。逆回復魔法なんて事例があるなら、私達に教えてくれたはずだ。まったくもって、ギルの性格を反映しているような凶悪さだ。
「やっぱりるーちゃんはすごいなあ。傷を治せるって便利だよね。僕は両手でないとできないし」
「ゼクセンも私と同じ補助系だから、もう少し頑張ればもっと高度な治癒術も使えるようになるよ。私より上手くなるかもね。そこまで行くには、もっと本格的な知識が必要だけど」
「今までとは違うの?」
「与えられた薬を塗るだけってのと、自分で薬を選んで塗って包帯をきちんと巻くぐらいは違うな。だからこそ、魔術師は特別なんだ。本を読んだだけでは感覚で理解できないから、まずそちらの面でも導いてくれる人が必要だ。知識と根気がある人間に教えを請わなければならないから稀少なんだ。魔道書なんてものは、ある程度の知識を持った玄人のための物で、素人が読んで実践できるようにはなっていない」
ゼクセンは顔をしかめてしまった。
騎士になる方法、みたいな本はけっこうある。それを読んで、ごくわずかでも強くなれるかどうか。その答えを多くの人は理解している。
「治癒術なんて、表面だけならともかく、身体の内側のことを知らずにやったら、変な風にひっついて痕とか後遺症が残る可能性がある。炎を出すのだって、魔力の力加減みたいなものを誰かに師事して訓練しないと危ない。本だけでどうにかなるもんじゃないの。よくて火事、下手すると自爆するからね。あと、才能のあるなしを見極めてくれる人に師事しないと、時間を無駄にするだけだし」
私の才能のほとんどは傀儡術に偏っている。治癒術にしても、傀儡術を使って肉を固定してからやるから治癒の効率が上がっているだけで、治癒術そのものが得意なわけではない。骨をひっつけるには才能が足りない。どれだけ頑張っても、魔力があっても、治癒術の形でたくさん外に出せなければ意味がないのだ。
「よし、終わったなら外に行くか? 明日の朝までは自由時間だ。飲んでもいいし、遊んでもいい。ギルがおごってくれるなら、いい店紹介す……」
私が軽蔑のまなざしを向けたせいか、ネイドさんの声は最後には聞こえなくなった。
「ネイド。ルーとゼクセンは将来義理の兄弟になる予定だ。ゼクセンを下手な場所に連れていくと、後が怖いぞ。ルーは妹を可愛がっているからな」
「……大変だな、ゼクセン。妙に過保護だと思ったら、監視だったのか」
その通り。まさしく監視だ。ゼクセンの浮気も、そそのかす行為も、決して許しません。
「お二人がどこに行こうが止めませんけど、その前に、ギルにこの国の様子を見ていただいた方がいいのでは? 騎士の様子とか、普通じゃ見えない部分もあるでしょう」
だってギルは王子様。もしもここに王子様として来ていたら、綺麗な部分しか見られないはずだ。この部屋も、ランネル王国の騎士に貸し出すための部屋だから綺麗だ。この国とランネルはお互いの商人を護衛し合っているから、ラグロアにも、この国の騎士に使ってもらうための施設があり、かなり快適だったりするらしい。外の国への見栄だろう。
「ネイドさんはこの町の騎士をどう思いますか」
「俺は白だと思う。被害の出方から見るとさ、うちの方の騎士の誰かが不正の全体を把握している感じだなぁ。確証はないけど、確信はある。データはギルに渡しているけど、結果は?」
当たり前だが、ちゃんと記録をとってあるらしい。
「記録の分析は妹に任せた。お前達が各々好き勝手に書くから、時間がかかっているらしい」
「仕方ないだろ。書類っていったら、始末書しか書いたことない奴ばっかなんだ。統一した書き方を決めるために集まって、万が一見つかったらヤバすぎる」
「それは分かっている。しかしそろそろ結果は出るだろう」
任されたグランディナ姫様も大変だ。統計を取るのも大変そうなのに、元の資料は、野郎どもが勝手気ままに書いた報告書。ぞっとする。
「でも、なんで姫様に?」
「騎士の仲間は頭脳労働において頼りないし、諜報部はどこで繋がっているか分からない。僕が動かせた奴はみんな消されたんだ。その点、グラは身内だし、お前達がいるからよけいに慎重になっている。手伝っているホーンも可愛い弟弟子のためだと張り切っているだろう」
なるほど。ギルも私の兄弟子であるホーンが、どれだけ実家を大切にしているかは、彼が給料のほとんどを孤児院に仕送りしていることから知っている。私はそこの領主の息子ってことになっているから、たとえ金を積まれても裏切ることはないと思っているのだろう。
「ギル達はそれほど仲良くないように見えるけど、やっぱり兄妹は信頼できるんですね」
私が言うと、ギルは少し視線を逸らす。
「まあ、実際言われているほど仲が悪いわけではないからな。母がいなければ、仲良くもしていたと思う。だが、グラが協力的なのはお前がいるからだ」
真面目で優しい姫様のことだから、何もできないことを気に病んでいるに違いない。だから姫様も、この程度のことしかできないと思いながら、協力しているんだろう。
本当に、騙しているのが後ろめたくなる。女同士として出会っていたら、もっと仲良くなれたんだろうけど、悲しいかな私は男としてここにいる。男としてしか、ここにいられない。
私達は宿舎を出ると、目抜き通りに出た。雰囲気は他所の町と大して変わらず、異国に来たという実感はない。徒歩でも一日の距離だから、がらりと変わっていても驚くけどさ。通りの様子を眺めながら歩いていると、ネイドさんがとても綺麗に着飾ったオネエサマに声をかけられ、子連れだからと謝るやりとりを何度か交わす。
私達が今向かっているのは酒場だ。ギルは私に絶対に酒を飲むな、と釘をさし、ついでにネイドさんに、私には飲ませるなと念を押していた。ゼクセンも猛烈に賛同するので、私はそんなに酒癖が悪かったかと思い悩んだ。何をそんなに恐れるのか理解できない。酒を飲んでちょっと絡む人なんて世の中にはたくさんいるのに。
しかし、やはりというか、男の人向けの店が多い。柄の悪い傭兵がうろちょろして治安が悪そうに見えるが、騎士も数多くうろついているから、女一人でも出歩くことができるようだ。ネイドさんはギルにあの店がああで、この店がこうでと説明している。いやらしい店も紹介しているが、騎士らしく鍛冶屋とかも教えているので良しとする。
「あ、いたっ!」
男の子の声が耳に入る。ゼクセンみたいな、声変わりする前のまだ可愛い声。やっぱりゼクセンもそのうち声変わりするのかと思うとちょっと切ない。低い声のゼクセン。ああ、なんか不気味。
「待って、待って」
ネイドさんの前に男の子が回り込んできた。金髪碧眼、ゼクセンと同じ年頃で、ゼクセン並に美少年。しかもゼクセンよりはるかに線が細いから、もう女の子みたいに可愛い。ただ、この季節には暑いんじゃないかと思う、少し分厚いマントを羽織っているのが気になった。
「知り合いですか?」
「知らね」
ネイドさんが首を横に振り、ギルも否定する。誰も知らない美少年は、私を見て笑った。
「見つけた」
少年は天使のように愛らしく笑い、私の手を握った。
こんな可愛い男の子が私に? ときめくぞ。私でもさすがにときめくぞ。だって可愛いんだもん。
「おーい、いたぞ」
少年は手を振って誰かを呼ぶ。その視線の先には、頭をすっぽり覆う帽子をかぶった線の細い十代半ばの男の子と、肌の浅黒い二十代前半の男の人。魔族のような肌をした男と知り合った覚えはない。魔物の一種である魔族の特徴は人間に限りなく近い身体に、浅黒い肌と銀髪金目。その男の髪の色は黒だが、目の色は金というよりは明るい茶。魔族と人間との混血である魔族混じりか、もっと暖かい地方の出身の人間だろう。宿場町にいるところを見ると、遠くの国の商人だとしてもおかしくはない。魔族は魔術を使えることが多く、魔物の中ではエリート種族らしいから、わざわざ地上に出てくる必要があるとも思えないし。
「ネイドさん、この人達も知り合いじゃないんですか?」
「ただの有名なナンパ男だ。噂に聞いたことはあるけど、知り合いじゃねぇぞ」
そんなナンパ男が何の用だ?
「近くで見ると細いなぁ」
色黒男が私を見て言った。
「お前こそ知り合いじゃないのか? どうせ忘れてるんだろう」
「ギル、私だってこんな目立つ人を見たら忘れませんよ。名前は忘れるかもしれませんけど」
私でもこれは覚えるよ。目立つし、美形だし。美男子が全く気にならない女の子なんていない。
「あ、初対面だから安心してくれ。ただ、女の子の騎士なんて初めてだったから珍しくて」
な……
ちょ……
「はぁ?」
私は精一杯、不審そうな、呆れたような顔を作って彼を見上げた。ゼクセンを傀儡術で縛り上げるのはもちろん忘れていない。
「女の子でも騎士ならもっとゴツイのかと想像してたけど、けっこう可愛いなぁ」
初めて見抜かれた。しかも美形が私のことを、「けっこう」がつくとはいえ「可愛い」などと!
嬉しい。涙が出そうなほど嬉しいが、嬉しそうにしてはいけない!
「何故私を見て女だと思うのですか? 線が細いのは病弱だからです。失礼にも程がある」
彼のことは嫌いではないが、ここは突き放さなければならない。口惜しいが突き放すのだ、私。
ギル達は肩を震わせて笑っているだけで、信じていないのが救いである。これはこれで涙が出そうなほど悲しい。
「今から食事? 良かったら一緒にどう?」
「女性とならともかく、知らない男と食事をする趣味はありません。不愉快です。行きましょう」
彼はきょとんと首をかしげて私を見ていた。私が女だと信じて、疑ってもいないのだ。
悲しいけれどさようなら、目の確かな格好いい人。
心の中で涙して、私は目当ての酒場に足を向けた。しかし三人組は無遠慮に後をついてくる。酒場に入ると、隣のテーブルに席を陣取った。
「だから、何の用だ?」
「そうトゲトゲすんなって」
色黒男がケラケラ笑いながら言う。
「まあ、ルーフェスはよく見れば女顔だよなぁ」
ネイドさんが当たり前のことを言う。
「確かに女装は普通に似合ってたぞ」
「女装させられたのか、お前! 今度またやってみ……っっっっ」
テーブルの下でネイドさんの脛を蹴ってやった。爪先は金属で補強されているのでかなり痛いはず。
「私は不愉快です。これほど不愉快になったのは生まれて初めてです」
不愉快というより、不安だ。
「るーちゃん、落ち着いて。お……ギルも面白がって煽らないでよっ。るーちゃんこれでも根に持つタイプなんだからっ! るーちゃんは細いって言われるの大嫌いなんだよ!」
ゼクセンがギルに抗議した。「王子様」って言いそうになったけど言わなかったのは偉い。
「まあ、男だって言うならそれでもいいけど、魔術師としての君にも興味があるんだ」
色黒が身を乗り出して私の視界に入ろうとする。
「どうして私が魔術師だと知っている」
ナイフに手を掛けて言うと、彼は笑いながら声を潜めて言う。
「大きな声じゃあ言えないが、こういう姿だから、魔物達の中に自然に入っていけるんだよ」
「は?」
「ここらでは珍しい肌色だろ。魔族とのハーフだと勘違いされて案外受け入れられるんだ。あいつら物知らずだから、こういう肌色の人種があるって知らないんだよ。この辺は魔族もいないから、奴らが実物を見たことないってのも大きいけどさ」
えっと……
「お前らさっきの戦闘、魔物に混じって見てたのか……」
ギルが言う。これは本気で呆れている時の目だ。何故かゼクセンと私によく向けてくるあの目だ。
「あのさ、匂いでバレないの?」
私は恐る恐る尋ねた。
「香水で誤魔化してる」
呆れた。しかし魔族混じりと名乗れば、多少人間の匂いがしてもおかしくないし、確かにいい手だ。私も痩せてるから闇族なら化けられそうだ。翼を付ければ傀儡術で動かせるし、今度練習しとこ。
「何故そんな危険なことを?」
「俺らは魔物の観察が趣味なんだ」
「何故そんな趣味を……」
ギルがちらと私を見る。そんな人間が他にもいたとは、みたいな目を向けるのはやめていただきたい。私の場合は、ノイリを探すために傀儡術で魔物を乗っ取り、地下探索をしただけだ。
「あの魔物は商人にとって敵だろ。敵を知るために、見た目を利用しているんだ」
つまり彼は商人なのか。やっぱり違う地方から来ていたのだ。しかもお坊ちゃんなんだろう。ずいぶんと仕立てのいい服を着ているし。ただ、マントを羽織った痩せた少年はどうだろう。あの隠し方は、ここらに多い闇族混じりのように見える。それとも、わざとそう見えるように普段から仕込んでいるのか。金髪の少年は、どう見ても魔物は混じっていない。それでもマントを羽織っているのは、闇族混じりっぽく見える少年を誤魔化すために似たような格好をしているのだろう、きっと。
「そういえば、まだ名乗ってなかったな。俺はテルゼ。こいつらはローレンとヘルド」
闇族っぽいのがローレン。金髪の可愛い方がヘルド。
しかし、何度見ても可愛い。私は金髪碧眼が大好きだ。なんで私の周りの金髪にはバカ可愛い感じの子が多いんだろう。ニース様もあれはあれで可愛いところがある。私の求める可愛さとは全く違うけど、バカ可愛いという共通点はある。もちろん、バカ可愛さではうちのゼクセンが一番である。うちのゼクセンは本当にバカ可愛いと、ルーフェス様もおっしゃっていた。ゼクセンは商人として物の価値を見抜く目はあるのに、人が良くて活かし切れないところが可愛いのだ。
「テルゼか。僕はギル。ルーフェス、ゼクセン、ネイドだ」
ギルは彼らに興味を持ったようだ。変な趣味を持っているが、騎士などよりもよほど魔物の情報が豊富な商人に絡まれたのは、天の導きとも言える。下手な騎士と話すよりも有意義な時間になるのは間違いない。彼らがもし私達と利害の一致しない相手であったとしても、それはそれで面白いのだろう。私としては激しく拒絶したい相手ではあるが……
「ところでさ、あれはどうやったんだ? ルーちゃんがその細い腕でナイフを投げただけで、魔物がああも簡単に死ぬはずがない」
テルゼがもっともな疑問をぶつけてきた。普通、ナイフはあんなに簡単に刺さらないし、刺さっても動ける。人間だって簡単には死なない。よほど運が悪くなければ。
「特別なナイフだからですよ。それにほんの少し魔力を載せればいいんですよ」
「ふぅん。それにしてもまだ若く見えるのに、ずいぶんと手練れだ。その歳にしては常識外れなほど」
「騎士になる前は一人でやっていましたから」
テルゼはひたすら私を見ている。
ああ、女だと確信を持っているこの人が恐い。何も言わなくなったのは、事情があるからだと気付いたのだろう。弱味を握られまくっている。こっちも弱みを握り返さないとヤバイ。
「私などよりも、魔物のふりをして紛れこんでいる人達の発想や行動力の方が常識外れでは?」
「そうでもないさ。ここらでは通じるし。んでも俺の地元じゃ通用しないぜ。例えばさ、闇族の多いこの辺をローレンみたいな奴が一人で歩いてたら怪しいだろ。こいつけっこう目つき悪いし。それと一緒で、魔族が多い俺の地元だと不審に思われるんだ」
なるほど。逆に魔族のほとんどいないここでは、魔物達にとっても魔族は外国人みたいなものだから見分けがつきにくいということか。
「でも、闇族にはローレンの見分けがついたりしないんですか? こんな怪しいのがいたら、人間と見抜かれそうですが」
ローレンは闇族ですと言われればそのようにも見えるが、人間にも見える。とにかく怪しい。
「確かに闇族は多い。その分、闇族混じりも地下では珍しくないぐらいいるんだ。人間の血が強いように見えても、いい服を着てると、ひょっとしたら偉いさんの息子が片親の故郷を見に地上までやってきている可能性もあるからって、よほど怪しくなければ手を出されないんだ。そもそも、まさか普通の人間がこんな身体だの耳だの隠す格好しているとは思われないしな」
そうか。いい服を着ているとそういうメリットがあるのか。
「何よりも、チンピラってのは力がある者こそ正義だから、力を見せつけてやれば干渉してこない」
つまり自分は実は強いんだと言いたいらしい。自分も優れた魔術師だぞ、と。魔族は魔術に長けているから魔族と呼ばれているのだ。
それを聞いてギルはますます彼を気に入ったらしく、椅子を彼の方に向けた。ああ、泥沼。
「なあ、君達は魔物についてどこまで知っている?」
「どこまで?」
ギルの曖昧な問いにテルゼは問い返した。
「変な動きを知らないか? 大きな声じゃ言えないが、こっちの騎士が絶妙なやられ方してるんだ」
「絶妙?」
ギルはずいぶんと思い切った発言をすると、さらに声を潜めて三人に顔を寄せた。
「ああ、被害があるところに偏っていてな。魔物に荷を襲われていながら、実は儲けていそうなところがあるんだ。だから……お前達とは逆で、人間側に入り込んで、情報をやり取りしている魔物がいるんじゃないかと」
「絶妙なやられ方」とは、新人や異動してきた騎士ばかりに集中している、ということだ。この不正の黒幕は自分から疑いの目を逸らすべく、わざとそういった使えない味方を犠牲にしている、というのがギルの見方だ。
テルゼ達は顔を見合わせる。
「厚着のできる冬場なら怪しまれることもないと、お前達を見てそう思った。僕も商人の息子だからね」
忘れていたわけではないが、そんな設定だったなと思った。ギルはあんまり商人っぽく見えないから改めて言われると妙な感じだ。騎士っぽいかといえばそれも違うが。
「俺らが知る限りでは、町中で魔物を見たことはない。慣れてるから、見れば分かるんだ。でも動きがおかしいってのは、俺も思ってた」
テルゼは顎を指で撫でる。
魔物観察では、私も彼には敵わないだろう。私が地下探索できるのは短時間だ。相性の合わない相手だと数分しかもたない。わずか数分の積み重ねで知り得たこととまともな会話では、仕入れることのできる情報量が違う。
「お前達、いつもはどこにいるんだ? 白い制服はこの国の騎士じゃないだろ」
「ああ。僕らはランネルの騎士。ホームはラグロアだ」
「そっか……」
彼は再び考える。
隠しても意味がないことは隠さない。隠し事ばかりではすぐに綻んで怪しまれる。私は嘘つきだから、そういうところはよく分かる。私がまっとうな貴族の真似はできないからと、ルーフェス様の経歴を少し変え、さらにルゼとしての経歴を上書きしたように、嘘をつくのなら最低限、本当のことを盛り込まなければならない。
「ここじゃなんだから場所を変えるか。俺達がいる宿はどうだ? ここも騒がしいから周りの奴らに聞こえはしないだろうが、こんな所で話すことでもない」
テルゼの提案にギルが頷く。心の中で高笑いをしていそうだ。
私は内心複雑な心境だが、状況が動かないよりは動く方が良い。
町で一番いい宿の、一番いい部屋。こいつらは本当に金持ちだ。金持ちが道楽で何てことをやっているんだ。
「何か飲むか」
テルゼは棚に並べられた酒を見せる。
「かまわない。一人酒乱がいるから」
「酒乱って……」
そこまで言うか。いったい何がいけなかったんだろう。分からん。
「ルーちゃんは酒乱かぁ。君に暴れられると恐いから、水でも飲むか。ヘルド、お前も水を飲めよ」
ヘルドは水差しとグラスを人数分用意した。この中で一番偉そうなのはテルゼだ。一番年長というのもあるだろうが、三人の中のボスは間違いなくテルゼ。
「さて、魔物がおかしい、だったか。俺も同意見だ」
テルゼはグラスに水を注ぎながら言う。
「俺達から見て確かにここはおかしい。この森の付近だけ明らかに指揮系統がしっかりしている。他の地域では、魔物は騎士を恐れているし、襲う頻度も規模もバラバラで、あんな大人数にはならない。魔物の世界でも出る杭は打たれるから、あえて固まらないんだよ。だがここにはしっかりとものを考えている魔物がいて、下っ端の魔物達は明確な指示を受けて動いている。だがその下っ端達を相手に、怪しまれない程度のことを聞いても、それが正しいのかどうか分からなかった。だからさっきはわざわざあんな風に見てたんだ。ひょっとしたら、指揮系統が分かるかもしれないだろ?」
テルゼはグラスを傾けながら、思い出したようにこう付け足した。
「ああ、もちろん危なそうだったらそっちに手を貸していたぞ」
かなり怪しいものだ。私が彼なら手など貸さない。だからこれが本音でなくても、別にいい。正義の味方でなくても協力者になってもらうことはできる。私も正義の味方ではないのだ。私達にとって大切なのは、魔物側の動きを少しでも知ることができたこと。テルゼ達の二枚舌など二の次だ。
「騎士様の視点からは、これをどう見てるんだ?」
テルゼは唇を片側だけつり上げて、ギルを試すように笑う。受けて立つように、ギルも笑った。
「これは僕の個人的な意見だが、やはり魔物側に情報が漏れているな。ところでお前達はランネルのラグロアに来たことは?」
「そっちの騎士の目はけっこう厳しいだろ。さすがにこんな怪しい格好では行けないから、俺はまだ行ったことがない。この町の方が自由だし、ローレンの実家も近いから、来るのはいつもここまでだな。だがここでは有力な情報が出てこないから、何かあるとしたらラグロアなんだろうけど」
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