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━━第十章━━

━━ 五節 ━━

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彫刻が幾つも並ぶ通路に案内されたハルカ達。

アレーニが一体の像に触れると、全身に光の筋が浮かび、よく見ると錬成陣となっている。

壁がッ!?

すると、すぐ後ろの壁のレンガが一つ一つ回転し始め、やがて、下へと続く階段が現れた。

「これは、王家の者を逃がすため、非常用として作られた隠し通路。
一部の者しか知りません」

中は薄暗く、大人一人分の幅で、微かに風を感じる。

長年使われていないこともあり、埃の被った大きなクモの巣と、ほのかに潮の香りが鼻を通っていく。

「この先を進むと海に出ます。
船がありますので、それで脱出してください」

「待って下さい。
アレーニさんはッ!?」

アレーニは、クレフの背中を軽く押し、残ったハルカも中に入るよう誘導する。

「ここまで来れば僕の任務は達成も同然です。
戻ってオルロフさんの援護を━━ッ!?」

身の危険を察知したアレーニは、すかさず腰の水筒を腕にかける。

次の瞬間、向かい側の壁が爆発し、その風圧によって、ハルカとクレフは階段を転げ落ちていく。

2人の悲鳴は、通路に響き渡り、鈍い音と共に小さくなっていった。

「くッ…」

アレーニは、ジャック・アンド・ザ・ビーンストークで盾を展開させ、耐え凌いでいた。

「なッ、お前はッ!?」

大きな風穴が開き、爆煙にうつった人影は、彼に衝撃を与えたのだった。



━━土は焦げ、微かに残る種火は、そよ風によって揺らいでいる。

爆心地と化した庭は、以前の面影を感じられない。

半裸の少女は、呆然と立ちすくみ、横たわる彼をじっと見下ろしていた。

私としたことが…、ついカッとなってしまった。

まさか、魔装コートの耐久力を上回るとは、想定外だったけど…。

全身重度の火傷を負ったオルロフは、ぴくりとも動かず、生気も感じられない。

アミュレットは、そんな彼を背にその場から離れ始めた。



━━年月が経ち、大将となったオレは、またもや王に呼び出され、彼の部屋へと訪れた。

気だるさを隠し、何の用か尋ねると、驚くべき発言に耳を疑った。

荳樹男の後継者を・・・・・・・・貴殿に・・・決めてほしい・・・・・・

その言葉に動揺するオレは、すかさず理由を求めると、意外な答えが返ってきた。

それは、今は亡きジェンフォンとの約束だという。

昔、ジェンフォンは、リサー王に遺産ジャックシリーズを献上する際、ある条件を申した。

それは、ジェンフォン自ら・・・・・・・・使い手を選出させて・・・・・・・・・ほしい・・・というものだった。

もはや時代は、この国から吹いていると言っても過言ではない。

夢と希望を胸に、多くの若者が毎日のようにデメテルを往来し、知識を学び、技を磨いていく。

一人前となった者達は、国を渡ってその経験を世界に広める。

我々は、素晴らしい思想を持った貴重な原石を守らなくてはならない。

そのためにも、遺産の生みの親である自分に見極めさせてほしい、と告げられたのだ。

…、何つ~度胸してんだよ。

国王に向かって要求を突き付けるとは…。

それに、その要求をのんでしまうこのオヤジオヤジだが、それほど絶大な信頼を持っていたってことなんだろうけどよ。

当時のジェンフォンに対して、ポカンと口を開いてしまう。

私は、彼の熱意に強く感銘を受け、快く承諾したのだ。

そして、親方はオレを選んだ、と…。

貴殿は、ジェンフォンと親しく、その思想を強く受け継いだ。

私からしたら、彼の弟子のようなものだと思っている。

オレが…、親方の、弟子?

貴殿には、師と同じ権利があると、私は考えている。

考えたこともなかった。

親方の考えは、正論だと感じていたし、当然のことだったからあまり気にしたことがなかったが…。

リサー王が言うくらいだ。

いつの間にか、オレも感化されていたのだろう。

…因みにオレのときは、どんな理由だったのですか?

オレの問いに、リサー王は、口角のシワを上げて述べる。

━━ハッ! そんな理由で…!?

些細なことだったため、つい鼻で笑ってしまった。

やっぱ、あの人には敵わねェなァ…。

そんな軽い感じで決めたんなら━━。

一人、気になる奴の顔が浮かぶと、リサー王が口を開いた。

オルロフ大将、再度尋ねる。

荳樹男ジャックの後継者に相応しい者はいるか?



━━背後から物音が聞こえたので振り返ると、黒ずみの姿がそこにはあった。

生きている!?

服は燃え尽き、上半身は焼けただれ、腰を低くしている。

腕をだらんとぶら下げ、今にも倒れそうな状態でジャック・ロング・レグスを唸る。

まだ、まだ闘うのかッ!?

驚きのあまり言葉が出てこない。

すると、彼は左手を上げ、離れた場所に瓦礫を一点に集中し始めた。

「…なるほど、悪あがきというわけですか」

瓦礫は、自身の2倍の大きさに膨れ上がり、アミュレットは、目付きを変え、彼と向き合った。

「ならば、打ち砕いてみせましょう。
あなたの渾身の一撃をッ!!」

魔力を放出させ、構え始める彼女に対し、オルロフは、意識が朦朧としている。

━━親方、今ならアンタの言ってたこと分かるよ。

視界もボヤけ、かろうじて声が聞こえる方へ右手で手招きする。

そのとき、アミュレットの身体が吸い寄せられていった。

「なッ!?」 

至近距離で当てるつもりかッ!?

「いいでしょうッ、受けて立ちますッ!!」

直ぐ様両手を前に出し、臨戦態勢をとる。

━━自分が手塩かけて、面倒見てきた奴の成長を見ていると、誇らしくて、嬉しくて、ついニヤけちまうんだよな。

笑って━━!?

近付くにつれて、下ばかり向いていた彼の表情の変化に気付く。

━━人を育てるって、こんなにもやりがいがあることだったんだな。

目と鼻の先まできた彼女に対し、ゆっくり足を上げ、彼女の手にそっと触れる。

「ッ!?」

彼女の頭に疑問が生じている間に、もう一方から瓦礫の塊が引力によって勢い良く向かってきた。

そして、塊が左手に接した瞬間、骨が砕ける音がした。

掌から腕へ、肘から肩へと波が伝わってくる。

やがて、その波は足を通過し、眼前の彼女へと繋がった。

全身の神経と内臓が悲鳴をあげ、衝撃は肉体を抜けていく。

城壁を撃ち破り、建物を越え、国の外まで轟いたのだった。

━━親方、そっちに着いたら、この国の行く末を、若者が作り出す新時代を、酒飲みながら見ましょうや。

目の前が真っ白になり、気が抜け落ちる。

心地よい疲れに包まれ、そっと目を閉じた。



━━壁は崩れ、外気が入り、風通しが良くなった。

煙の中に潜む者に、アレーニは、眉間にシワを寄せ、拳を強く握る。

景色は少しずつ晴れていき、そこに立っている彼女に問う。

「大将…、オルロフさんは、どうしたんだッ」

答えは出ているにも関わらず、認めたくない一心で、声を震わせる。

先ほどまで見ていた印象とは違く、コートが所々千切れており、ヘソと肌が露出している。

仮面の無い彼女の表情は、どこか清々しく、口元から血を流していた。

アミュレットは、視線を外さぬまま、唇の血を親指で拭いとると、穏やかにこう返した。

「彼の覚悟は、しかと受け止めました」

その返事に目を見開き、歯を強く噛んで腹の底から湧き出るものを必死に抑え込む。

「うッ━━、ぐッ━━!」

しかし、今まで溜めていた想いが目から漏れ出し、やがて、喉まで込み上げてきた。

「うわァァァァァァァァァァ!!」

絶叫し、理性が壊れ、復讐の炎が目に宿った。





━━第十章 完━━
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