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━━第十章━━

━━ 一節 ━━

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「ハルカッ! しっかりするんだッ!! ハルカッ!!」

焦点を合わせると、目の前でクレフが必死に声をかけていた。

「うッ、クレフ…?」

「良かった、なかなか起きないから心配したよ」

地面に横たわるハルカの様子を見て、ホッと胸を撫で下ろす。

「オッサンは━━ッ!? 痛ッ!! 」

脳も正常に機能し、勢い良く上体を起こした瞬間、背中に激痛が走った。

「無理に動いちゃ駄目だ。
傷は塞がったとはいえ、まだダメージが身体に残ってる」

そう、いくら治癒魔法で完治したとしても、強制的に人体組織を再生させてしまうと、構築したばかりの筋肉が悲鳴をあげる。

辛い表情の彼を軽く支え、落ち着いて現状を伝える。

「…シャンディさんは、あの後、僕等を置いて何処かへ行ったよ」

クレフの言葉よりも先に、地面に倒れている死体が目に入った。

胴体から離れた首に思わず目を反らし、奥歯を強く噛み締める。

…オレは、この国に来たばかりだし、この人のことをよく知らない。

それは、当然のことだ。

昔、この人が犯した罪の重大さも、因縁も、オレには分からない。

それも、当然のことだ。

なのに、このもどかしさ・・・・・は何だ!?

チーグルの死により、頭の中で何かが引っかかる。

歯車がズレているせいで、秒針が何度も戻ってしまう感覚。

巻き戻すことも、前に進むことも出来ない。

記憶の時計が、正常に回ろうとしないのだ。

つまり、記憶が欠如する前にも、似た経験がオレにはあったということ。

思い出せそうで思い出せないこのイラつき…。

「…ハルカ?」

浮かない様子にクレフが心配すると、ハルカは、すぐ気持ちを切り替えた。

「何でもない…。
とにかく、オレ達も━━ッ!?」

そのとき、2人の足首に何千もの銀線が絡み付いた。

銀のツルは、次第に2人の自由を奪い、一本の大樹となった。

飲み込まれてしまった2人は、身体が圧迫されて上手く呼吸が出来ず、短い悲鳴をあげる。

「…貴様等、我が王に何をした?」

現れたのは、ローブを着た少年。

「アレーニッ、中将ッ!?」

クレフが口から涎をたらしていると、前髪で隠れていた冷たい視線がこちらに向けていた。

「もう一度訊く。
リサー王を殺したのは、お前達か!?」

どうやら彼は、2人がリサー王を殺したと思い込んでいるらしい。

早く誤解を解こうにも息が出来ず、言葉を発せない。

このままだと、絞めこ━━。

「早まるなよ、アレーニ」

後から声をかけられ、衝動を抑えこむ。

オルロフ大将も…。

舌打ちをするアレーニの前に出ると、ハルカ達の拘束が緩んだ。

地面に転がり、咳き込む彼等を見下ろす。

ハガ達が相手していたハズの2人が、何故ここに!?

空気を大きく吸い、クレフの血行が良くなっていく。

「おっと、勘違いするなよ。
こっちは、もう決着ケリがついたんだ」

決着ケリがついたって…。

ハガ達は、無事だということだろうか。

血の気の多いシャンディさんよりは、話が分かる人達だが、この2人と闘って無傷で済むとは考えられない。

オルロフは、タバコを咥えながら警戒を解くよう促す。

「せめて、こうなった・・・・・経緯くらいは教えてくれ」

様々な疑惑が頭を過るが、この状況下、従うしか手段はない。

2体の死体を顎で示され、クレフは、戸惑いながらも口を開いた。

シャンディが裏切ったこと━━。

チーグルが国王を殺したこと━━。

そして、シャンディがとどめをさしたこと━━。



━━「なるほどな」

タバコの煙は、静かに揺らぎ、因果を理解したのか、穏やかにそう告げる。

ちゃんと伝わっただろうか…。

自分達の身の潔白をクレフが丁寧に説明してくれた。

特に気になる部分はなかったハズだし、起こったことをそのまま言っただけだが…。

黙って聞いてれば、この2人が噂の大将と中将だっていうじゃないか。

ハガ達から軽く説明を受けていたが、まさか、対面することになるとは予想もしていなかった。

元々の作戦は、陽動で姐さん達がこの人達を相手するハズだったのに、何でオレ達の前にいんの!?

まァ、それを言うなら作戦自体をぐだぐだにしたのは、あのオッサンなんだけど…。

オッサンが素直に作戦通りに動いてくれれば、こんなことにはならなかったのに…。

“この世は結果が全て。
過程なんざ、どうだっていいんだよ”。

シャンディの顔が頭に浮かぶ度に、余計なことまで思い出しちまう。

ハルカは、何とか雑念を払い、目の前の状況に集中した。

「そんな…、リサー王が亡くなられただなんて…」

うつ伏せの焼死体を前に、膝を落とすアレーニ。

「アレーニ、気持ちを切り替えろ。
今は、それどころじゃねェ」

しかし、オルロフの言葉を聞き入れず、眉間にシワを寄せる。

「━━内心、喜んでるんだろ!?」

声を震わせ、当たり場の無い怒りを、オルロフにぶつける。

「夢が叶って良かったじゃないですかッ。
王が死んだこの状況をッ!
ずっと待ち望んでいたんだろッ!?
国を一から立て直す絶好の機会だからなァッ!!」

パンッ。

そのとき、アレーニの頬に痛みが走り、やがて、赤みがかかる。

軽く平手で打ったオルロフは、態度を変えず、深く煙を吐いた。

「…アレーニ、まだこの国は死んでないと思ってんなら、今のお前は、国を守る者としてなってねェ」

彼と同じ目線までしゃがみ、短くなったタバコを地面に擦りつける。

「愚痴るなり、責めるなり、殺すなり、そんなもん後だってできる。
そんな事をやる暇があるんなら、国の守護者として、次の脅威に尽力を注げ」

徐々に落ち着きを取り戻してきたアレーニの前で、懐からタバコを取り出しては、本数が残りわずかであることを確認する。

「あ~あ、あと2本か…」

ボソッと呟きながらも口に咥え、火をつける。

「何もかも済ませて、余裕が出来たら、お前の相手をしてやる。
不満も鬱憤も全部受け止めてやるよ」

険しい表情の彼に対し鼻で笑い、ゆっくり立ち上がる。

「あの…、“次の”って…?」

力の無い声で発言するハルカに、オルロフが事情を説明しようとしたときだった。

城内から微かに悲鳴が聞こえてくる。

振り向くと壁が粉砕されて、中から足音が聞こえてきた。

土煙を割って出て来たのは、機械仕掛けの仮面をした女性。

トレンチコートを着こなし、手袋をはめ、ロングブーツで地面を踏みしめる。

こちらに気付いては、身体を向かい合い、異様な空気を醸し出す。

捕らえられていた囚人の一人なんだろうか。

ハルカは、今まで相手した者達と違い、只者ではないと雰囲気で悟った。

「こいつァ、驚いた…」

オルロフとアレーニにとっては、よく知る相手だったため、思わず目を見開き、身構えてしまう。

「客が多い日だとは思ってたが、招かれざる客まで来るとは…」

「何故、お前がここにいるッ!?」

仮面の動作音がなり、彼等に軽く会釈してみせる。

「…ごきげんよう、皆さん。
私は、木之大陸“三賢者”の称号を担う国家魔導師。
アミュレットと申します」

やがて、ランプが光り、殺気が漏れだした。

「以後、お見知り置きを“ミスター・ファントム”」






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