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━━第九章━━

━━ 二節 ━━

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「突撃ィィィィィッ!!」

雄叫びに呼応し、第一陣が押し寄せてくる。

ヒヨリは、足元と目の前に魔法陣を展開し、横に列なって無数の術式が派生していく。

すると、そこに足をつけた大勢の兵士が、急に倒れていった。

倦怠感に襲われ、術式の上で積み重なり、山が出来上がっていく。

異変に気付いた仲間は動揺し、後ろへと下がっていった。

軍を後退させることに成功したヒヨリは、足元の魔法陣をずらし、次の術式を展開する。

その魔術も同様、背後の関壁に延びていき、無数に派生していく。

後方に配置している戦車部隊が、壁を破壊しようと照準を合わせ、一斉に砲撃を開始。

しかし、壁に描かれた術式によって、砲弾の衝撃を全て吸収されてしまい、傷をつけることなく、次々と地面へ落ちていった。

唖然とする戦車部隊。

その間に、ヒヨリは槍を前方に構え、刀身に魔力を集中させる。

さらに魔法陣を展開させると、2種類の術式と繋がり、槍先から強大な衝撃破が放たれ、人々は吹き飛んでいった。

まともに食らった者は、木端微塵となり、近くにいた者も、身体の大半が消え去った。

衝撃波が通った軌跡から、断末魔が聞こえてくる。

「や…、やりやがった…」

緊迫する状況の中、キサラギは、見張り台で青ざめていた。

「何十万って数に、喧嘩売りやがった…」

普通に考えたらあり得ねェっていうのに、正気の沙汰じゃねェッ!!

ハガもヒヨリの高度な魔術スキルに息を呑む。

基本、魔術は詠唱を必要とされるもの。

何故なら、言葉には力があり、発する言葉、一文字一文字に魔力が反応するからだ。

魔術を発動させるためには、属性にあった魔力を言葉で誘導させ、量を調整する。

魔法陣は、集めた魔力を留める役割を担っており、詠唱を短縮させることにも応用出来る。

しかし、あれだけの上級魔法を、彼女は、詠唱無しで発動させるなんて、あり得ないことなのだ。

そして、個人差はあれど、通常の魔導師が上級魔法を継続させる場合、相当な魔力を消費する。

それを3種類のうち、2つを広範囲に発動させるとは…。

一体、どれ程の魔力を━━ッ!?

そのとき、山積みになった兵を見て気が付いた。

もしかして、あの兵達は眠らされた訳ではなく、魔力を吸収されてしまったのではッ!?

あの魔術は、何千人という魔力を一気に吸収する効果があり、その魔力を壁の障壁を持続するために利用する。

そして、その障壁の衝撃を槍に圧縮させ、跳ね返す。

そういう仕組みなんだとしたら、彼女の機転と発想に驚かされる。

国家魔導師でさえ難しい技術を、何故、彼女は出来るんだッ!?

もしかすると、三賢者と同等、いや、それ以上か…。

キサラギは、冷静に魔術を連発する彼女の姿に、若干恐ろしさを覚える。

物怖じせずに堂々としてやがる。

ひょっとしてアイツ…、これが初めてじゃないな!?

大多数との戦闘に慣れていない限り、あんな平然と対処出来るハズがない。

アイツ、一体どれだけの修羅場を潜り抜けてきたんだよ…。

2人共、ヒヨリの底知れぬ実力に圧倒され、固まってしまった。

人気者は辛い、ヒヨリの言った真意は、注意を引き付けるということ。

敵の最優先事項を“国崩し”ではなく、“少女討伐”に変えるということだったのだ。

しかし、あれだけの軍団を注目させるには、もっと派手に暴れ、存在感を出さなくてはならない。

ヒヨリだけでは、少々役不足だ。

なら━━。

「あッ! オイッ!?」

タオも覚悟を決め、そこから飛び降りていった。

剣を抜き、鞘を捨て、地面に突き刺しては魔力を込める。

そして、一閃を放ち、後方の戦車目掛けて地面を削っていった。

立ちはだかる障害物は、全て凪ぎ払い、やがて戦車に直撃し、森まで達した。

戦車は爆発し、爆煙が空に立ち上っていく。

「…タオ」

振り返っては、無言で歩いてくる彼女を見つめる。

タオは、自ら作った直線の向こう側に行き、ヒヨリと並んだ。

お嬢様レディばかり前に出られては、剣聖ナイトの名が廃ってしまうからね」

帽子のツバを上げ、彼女にウィンクする。

それを見たヒヨリは、つい気が緩んで笑みがこぼれてしまい、タオもつられて笑ってしまう。

「タオ」

「うん?」

「相手は魔女じゃないけど、少しだけ・・・・、本気を出そうよ」

「フフッ、そうだな」

敵の軍勢が警戒し、陣形を整えている中、2人は、魔力を集中しはじめた。

ヒヨリは、両手を広げ、詠唱を唱え出す。

『我、荒々しく野を駆ける者なり』

すると、彼女の身体から魔力が溢れ出し、巨大な拳甲が具現化した。

『右は支配を、左は勝利をもたらし、過去を振り返ることはない━━』

右は黒、左は白を施されており、手の代わりに人の顔が造形されている。

太い鎖で繋がれ、その先には盾、腕の無い上半身の鎧が二輪と同化し、背後に8本もの排気管が伸びていた。

『信念を貫き、猛進せよ』

まるで、鎧が雄叫びを上げているかのように、排気口から火を吹き出す。

タオは、全身に鋭い黒刃を纏い、手足も獣と化した。

面で表情が隠れ、湾曲した角が側頭部から前に向かって伸びていく。

背骨から腰にかけて棘が生え、鱗に覆われた細長い尾は、鞭のごとくしなやかに動く。

「四方一柱━━」

そして、肩甲骨から鷲の翼を広げ、感覚を確かめるために、何度も羽ばたかせてみせた。

窮奇チオンジィ

2人の姿に圧倒され、兵達は皆、後退りをしはじめる。

彼女達も見慣れない形貌に興味を抱く。

「…召喚獣、というやつか?」

「っていうより、眷属かな。
ブゥちゃんっていうの」

ヒヨリは、照れながら眷属の鎖を撫でる。

「…ブゥちゃん」

「そう! ブゥブゥ鳴くからブゥちゃんッ!」

それは、鳴き声というより、吹かしているのでは? 

いや、あえて言わないでおこう…。

「タオも可愛いね。
尻尾生えてる」

「ハハッ、そう言ってくれたのは、ヒヨリが初めてだよ」

自身の鎧を褒められ、素直に尾を振るタオ。

「もしかして、それが奥の手だったりする?」

「まさか」

「だよねェ」

「それは、お互い様だろ」

意地悪くニヤニヤとこちらを伺うヒヨリ。

そう、奥の手など出せるわけがない。

何故なら、強力すぎるがゆえに、自分で制御することが難しいからだ。

花押の魔女、バートリ・エルジェーベトは、騎師団我々を世界最強だと言った。

言わば、歩く爆弾。

そんな者達が、そう易々と最終手段を使ってしまえば、被害は甚大となる。

敵味方など関係ない、国を滅ぼす殺戮兵器と化すだろう。

爆発的な力を一度使えば、器は、必ずもろくなるように、その反動は、自身にも多大な影響を及ぼす。

奥の手というより、禁じ手なのだ。

「それじゃ、お披露目したところで━━」

「あッ、ちょっと待て」

気を取り直そうとしたヒヨリに、タオは、地面の軌跡を指差す。

「こっち側は、私が引き受ける。
そっちは頼むよ」

「オッケー! まかせてよ!」

元気良く親指を立てるヒヨリに、タオの心は和んだ。

そして、目の前の軍勢と向き合い、目付きを変える。

「…それでは、推して参る」




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