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━━第六章━━

━━ 四節 ━━

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火之大陸には、3つの主要国が存在する。

ネメオズ・レオン、メガロ・カボウリ、デメテル。

ほぼ密林で覆われているこの大陸は、国の境目の判断が非常に困難であるため、国同士の争いが絶えなかった。

そんなとき、デメテルから提燈男を持つシャンディ・ヤン・イゥマオが立ち上がった。

森を焼き、大軍を薙払うその姿は、もはや、人間業ではない。

シャンディを倒す。

それすなわち、デメテルを制す。

脅威と感じた2国は、兵の数を倍に増やし、どんな手を使ってでも彼を倒そうと躍起になった。

しかし、その望みは見事に打ち砕かれ、それどころか、両国に甚大な爪痕を残していった。

これ以上の戦闘は、我が身を滅ぼすこととなる。

そう結論に至った2国は降参し、火之大陸は、事実上デメテルの領土と化した。

こうして、前代未聞の偉業を成し遂げたシャンディ。

名は、瞬く間に世界へと広まった。

英雄視されるようになったシャンディは、心地よい勝利の味に酔いしれてしまい、更なる高みを目指そうとする。

魔導師の地、木之大陸。

シャンディは、大陸ごとデメテルの傘下に取り込もうと考えたのだ。

もし、侵略が成功すれば、魔導師の軍団が手に入り、残りの大陸も我が手中に収めやすくなる。

錬金術師と魔導師の連合軍を前に、逆らう者などおるまい。

そうなれば、自ずとこの言葉が浮かんでくるだろう。

“世界征服”。

己には、この野望を実現出来る力がある。

この響きに胸が高鳴り、鳥肌が立った。

まず手始めに、デメテルの隣国、テミスに目をつけた。

テミスの領土は、大陸同士が連なっており、その上、草原が広がっている。

軍隊を進めるには、非常に適している地形なのである。

それからのシャンディの行動は早かった。

戦争の火種を作り、火之大陸中の全勢力をテミスへと侵攻させたのだ。

しかし、そこで大きな誤算が生じた。

テミス軍に、“三賢者”と呼ばれる存在が現れたのだ。

その者達は、木之大陸を代表する国家魔導師。

仮面をつけた3人を前に、我が軍は一気に劣勢となる。

竜巻で吹き飛ばされ、土の巨人によって蹴散らされる。

最も厄介だったのが、多勢を前に臆することなく突っ込んでくる者。

その魔導師は、肉体強化しているのか素手で何十人も押し返し、時には、詠唱せずに近距離で魔術を炸裂させていた。

すぐ様、シャンディは提燈男で応戦した。

どちらも一歩も退かぬ接戦。

相手は、前下がりの短髪で前髪を七三に分けていた。

機械仕掛けの仮面で顔は拝めなかったが、コートの上でも分かる胸の脹らみからして、女性であることは間違いない。

激しい攻防を繰り広げているうちに、司令部から撤退命令が下った。

我が軍の被害が甚大であるため、これ以上の戦闘は困難と判断されたのだ。

よって、この大規模作戦は失敗に終わり、2人の決着もおあずけとなってしまったのだった。

このままでは終われないと思ったシャンディは、今回の戦で分かった情報をふまえ、再度、隊を編成しようと試みる。

しかし、このとき、デメテル、ネメオズ=レオン、メガロ=カボウリは、前回の内戦の影響で兵も資金も枯渇してしまっており、正直、態勢を立て直せる状況ではなかった。

各国の王で話し合った結果、木之大陸に休戦協定を結ぶということでまとまった。

早速、木之大陸を統治する教皇へ連絡を取り合う。

教皇は、快く同意してくれたのだが、ある条件を突き付けられた。

それは、テミス側も彼によって及ぼされた被害が尋常ではないため、責任を負ってほしいとのこと。

これ以上の争いは望んでいない。

つまり、双方の考えは一致しているということ。

だが、その意向をシャンディに伝えたところで、素直に聞き入れてくれるとは到底思えない。

リサー王や幹部でさえ強大な彼の存在を恐れ、どう対応すれば良いか悩み果てていた。

彼を法の圧力で抑えつける自信もなく、作戦失敗の全責任を負ってもらうという名目で国外追放をすれば報復される恐れがある。

何より、英雄視している国民の理解が得られるわけがない。

やがて、ある結論が頭を過る。

シャンディ暗殺・・・・・・・━━。

過労による病死に見せかけることが出来れば、国民は、嫌でも受け入れるしかない。

こうして、英雄暗殺計画が遂行された。



━━ハズだった。

夜寝静まる頃、足音を立てずに建物の屋根の上を駆ける。

黒いロングコートを着て、フードをかぶり、表情を隠している。

背中に大きな棺を背負い、屋根に足をつけることなく着地する。

ある建物の裏口に降り立ち、周囲を警戒しながら中へと入る。

「お待ちしておりましたよ…」

そこには、イスに座り、新聞を読んでいるハガの姿があった。

「すまねェな、城の警備をかいくぐるのに手こずっちまってよ」

棺を床に置き、フードを脱いだその者は、オルロフだった。

そして、懐から分厚い封筒をハガに手渡す。

「前金だ、受け取ってくれ」

「…どうも」

ハガは、内ポケットにしまい、棺の中を確認した。

「こんばんはです、少将殿」

寝息を立てているシャンディの顔を覗きこみ、静かに蓋を閉め直す。

「悪いな、只でさえまずい立場にいるッつーのに…。
他に頼める奴がいなくてよ」

「悪い立場なのはお互い様ですよ。
大丈夫です、慣れているので…」

オルロフは、タバコを取り出し、火を点けては一服する。

「この件は、国王も黙認しているんですよね?」

「ああ、知っているのは、王とオレ等の3人だけだ」

深く煙を吐くオルロフ。

「息子の失態をいまだに悔やんでいるみたいでな。
罪滅ぼしのつもりか知らねェが、国外へ逃がしてやってほしいと言われたときにゃ参っちまったよ」

「…それは、大将殿も同じなのでは?」

ハガの発言に、つい鼻で笑ってしまった。

「そんなつもりはねェよ。
ただ、オレも親方の形見を受け継いだ一人。
その意志も受け継がなくちゃならねェのさ」

オルロフは、裏口の扉を開け、外へと出た。

そして、タバコ足で踏み消し、その熱を利用して錬金術で発動させる。

「“遺産ジャックシリーズは、若い世代を見守り、支えていくためのもの”。
“決して、戦争の兵器なんかじゃねェ”。
親方あの人は、オレにそう教えてくれた」

次第に足が宙に浮き、その様子をハガは見上げる。

「だからオレは、シャンディアイツからジャックを離さなきゃならねェ。
ジャックを兵器として使うアイツに、持つ資格なんざねェのさ」

そう、同じ思想を持つ馬鹿・・・・・・・・・は、もう見飽きたんだよ。

後は頼むと言い残し、ハガの前で高く跳び去ってしまった。



━━「…とまあ、そういうわけさ」

経緯を全て話終えたハガは、床で膝を立てて座っていた。

周りの者達に座らされ、囲まれている中、気だるそうに見上げている。

「本当だったら、この後、船に乗せて終わるハズだったんだが、大型獣用・・・・の麻酔が切れてこの有り様ってな」

大型獣用って、致死量なのでは…!?

この人、どんだけ危険人物なの!?

ハルカは、床で寝転がっているシャンディを恐る恐る見る。

シャンディは、先程より大人しくなったものの、眉間にシワを寄せ、ハガから視線をそらさずにいる。

「何ですか、その目は?」

身動きの取れない彼に、ハガは尋ねた。

「少将殿。
あなたは、傲慢すぎた。
火之大陸の勢力パワーバランスを崩し、何の恨みも無い国にまで喧嘩を売った。
あなたは、強欲すぎた。
地位や名声だけじゃ飽き足らず、他の大陸までも手に入れようとした」

皆、ハガの言葉に耳を傾けている間、静かに過ごしている彼の腕に、若干異変が起こっていた。

みるみる筋肉が膨れ上がっていく。

「━━その結果、味方から危険因子だと見離されてしまったんだ。
あなたについていきたくなくなるのも当然ですよ」

ゴキィンッ!!

鈍い音が響き渡り、皆、驚いてシャンディに注目した。

ゴツい手首の枷が、力ずくで壊されたのだ。

それを目の当たりにした連中は、目を丸くする。

そして、両足も同様に破壊し、自由の身になった彼は、マスクを外した。

「…たく、ガキ共が調子に乗りやがって。
黙って聞いてれば、このオレに偉そうに説教か!? 
ナメられたもんだな」

ゆっくり立ち上がった大漢は、乱れた髪を後ろに流し、怒りに満ちた眼差しをハガに向けている。

この中で誰よりも背が高く、存在感に圧倒されてしまいそうになる。

「さァ、お遊びはここまでだ。
覚悟は出来てるんだろうなァ? ハガ」

体から発している殺気によって、喉が詰まりそうになった。



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