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━━第一章━━

━━ 一節 ━━

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辺り一面草原が広がっている中、舗装もされていない道を1台のトラックが走っている。

運転手は、気だるそうに窓に頬杖をつきながら咥え煙草をしていると、ちょっとした丘を越えた先に小さな町が見えてきた。

「おッ! オーイ、嬢ちゃん! 着いたぞォ!!」

荷台に向かって叫ぶと、そこからひょこっと少女が顔を出し、心を踊らせる。

月日を感じる、古いレンガ作りの家が並ぶ風情のある町。
 
町に入ると、トラックから降りて運転手に別れを告げる。

茶髪のセミロングに革のジャケット。

三部丈のパンツにロングブーツを履いている。

肩に槍、刀身を革製の袋で包んでリュックを背負っている。

時刻は、まだ早朝。

道ですれ違うのは、朝の市場へ買い物に向かう老婆のみ。

見慣れない少女を老婆は目移りしてしまうが、軽い足取りで行ってしまったので、当初の目的に戻ることにした。

少女は、三角屋根の建物の前で大きな一歩を踏み、立ち止まった。

あるアパートの3階の一室。

そこの部屋の窓が開いているのを確認すると、ニヤリと笑みを浮かべる。

中は脱いだ服、洗った服が床に散乱し、テーブルの上には、昨日食事をした後の食器がそのまま置いてあった。

窓際のベッドで横になっている少年は、カーテンのわずかな隙間から射す光に、若干鬱陶しさを感じつつもゆっくり目を覚ます。

癖ッ毛の黒髪が、更に寝癖でボサボサとなったままベッドから離れ、気だるそうに洗面台の前に立つ。

寝惚けているからだろうか、鏡には、自分の背後に見覚えのない少女の姿が…。

久しぶり・・・・ハルちゃん・・・・・ッ!!」

「どゥェいッ!?」

慌てて振り替えると、二ッと歯を見せる彼女を前にその場で腰が抜けてしまい、尻餅をついた。

オレ、女の子の知り合いなんていないんだけど。

つか、誰ッ!?

何でオレの部屋に!?

突然の来訪者に驚きと戸惑いで、頭がついていけてない。

「はッ、えッ!? 久しぶりって…」

「アレ!? ハルカだよね?
アタシだよ、ヒィヨォリッ!
覚えてないの?」

「確かに、オレの名前はハルカだけど…、って、あッ!!」

ヒヨリと名乗る少女を見上げながら、記憶を辿ってみると、手に持つ槍で思い当たる人物がいた。

「もしかして、夢に出てきた━━」

“烙印者”という異名で魔女に呼ばれてた少女。

「その通り! ほら、その証拠に━━」

服の襟を伸ばし、胸の谷間を見せつける。

オレは、とっさに目線を逸らすが、ヒヨリがちゃんと見るよう催促する。

頬を赤らめながら見直すと、左胸に小さくて複雑な紋様が描かれていた。

「あの魔女、バートリ・エルジェーベトにかけられた呪い。
これはアタシ達、騎師団の目にしか映らないの」

「でも、オレには何処にも━━」

「ハルちゃんのは、ここ。
後ろの方にあるから気付かなかったんだよ」

ヒヨリは、オレの首筋を軽く擦って大体の場所を伝えるが、反射的に避けてしまった。

「ところでさ、ハルちゃん。
旅の支度はもうしたの?
さっきからそれらしいもの見当たらないけど」

「え、なんで?」

頭にはてなマークを浮かべているオレに、ヒヨリは呆れた表情を浮かべる。

「もう~、これからメンバーを揃えて魔女を倒しに行くっていうのに、何で準備してないの!?」

朝から色々なことが起こりすぎて頭痛がするが、かろうじて今日やることを整理してみる。

支度━━、これから━━、準備━━。

ふと、壁にかかっている時計に目が止まった。

じゅん、び…。

長針と短針は6時半を指していた。

「ヤベェッ!!」

オレは、慌てて立ち上がり、作業着に着替える。

「ちょ、ちょっとハルちゃん!?」 

あっという間に支度を終え、頭にタオルを巻いて靴を履く。

「悪いけど、オレ行けそうにないわ。
そんじゃ!!」

部屋に彼女を置いて、玄関から飛び出して行った。



━━町の中心部にある聖堂。

そこでは、大掛かりな補修作業が行われていた。

何人もの職人が汗を流し、各分野に力をいれている。

オレは、3m以上の鉄の柱を5本肩に担いで走っている。

必要な箇所のちかくで地面に置き、次々と他の材料も同じように置いて行った。

他の職人達もそれを見て感化されたのか、中には、あの人と同じように気合いを見せろと後輩に喝を入れている者もいる。

「ハルカァ!! ちんたらしてねェで早く材料よこせやッ!!」

向こうで足場の上からムカつく声が聞こえてくる。

その者は、グレッグ。

親方の一人で、猿面で眼鏡をかけている。

小太りのせいか、偉そうな態度に見えるのが余計頭にくる。

「ハイッ!」

オレは、すぐ駆け足でグレッグの下に行き、足元にある材料を持って構える。

そして、2階の高さまで投げ始め、それをグレッグがキャッチし、凹凸の柱にはめていく。

「オイ、次よこせ次ィ!!」

「ハイッ!」

言われるがまま、ペースを崩すことなく夢中になって投げ続けているうちに、いつの間にか休憩時間になっていた。

皆、自分の荷物が置いてある場所へと戻って行く。

オレも現場から離れた所で座りながら水分補給をしていた。

ついさっきまで暑かったハズが、心地良いくらい涼しく感じる。

そのとき、今朝の不法侵入者が顔を出す。

「お疲れ様!」

口から水筒を離し、含んだ水分を喉の奥へと飲み込む。

「…まだ、いたの?」

「酷いこと言う~」

彼女のことなど気にせず、タオルで汗を拭いていると、不安そうにオレを見ていることに気付いた。

「何?」

「ハルちゃん、顔がげっそりしてるよ、大丈夫?」

そりゃそうでしょ、こんだけハードなことしてんだから…。

毎日、当たり前のようにやってきたことだし、今更何とも思わない。

「…別に、問題ないよ」

その場でゆっくり立ち上がり、背伸びをしてみせると、一瞬、頭がくらついた。

「ほら、無理しない方が━━」

「大丈夫だって」

ヒヨリの伸ばした手を払い除ける。

「オレ等職人は、一人でも欠けるとその分作業が遅れる。
ちょっとのズレで他の業者の日程も大幅に変わってしまうこともあるんだ」

そう、ちょっと疲れただけのことで体を休める訳にはいかないんだよ。

「オイ、ハルカァ!! こっち来い!! 」

向こうからグレッグの怒鳴り声が聞こえてくる。

憂鬱になりながら返事をして親方の元へ駆け寄ると、いきなり拳骨をお見舞いされる。

「テメェ!! この数紙どういう事や!?」

「どうって、昨日、グレッグさんから渡された図面を見て必要な材料をオーダーしただけ…」

「この図面のどこに描いてあるッつーのや!!」

グレッグに強引に図面を押し付けられ、一通り目を通し、あることに気付く。

「ちょっと待ってください。
これ、昨日渡された図面と全く別物・・・・なんですけど!?」

「あ”あ!? テメェ何訳わかんねぇこと抜かしとんのや!! 
すっとぼけてねェで自分のミスを素直に認めろや!!」

注目の的になっている2人の言い争いを、ヒヨリももう少し離れたところから見ていた。

「ハッ、またアイツ等揉めとるよ」

ヒヨリの近くにいた屈強な体格の中年男達が、煙草を吸いながら傍観している。

「そりゃそうだべ、親方の中で一番駄目な奴に言われてんだぞ。
ハルカだって言いたくもなる」

「しかし、そろそろその辺にしとかないとスーガさんが━━」

そのとき、2人の間に誰かが割って入ってきた。

「スーガさん!!」

細身で背は2人よりも高い。

髪は癖ッ毛、やつれた顔つきで顎髭を生やしている。

「聞いてくださいよ! この現場、全部コイツのせいでまわらなくなったんスよ!!」

「そんな━━ッ!!」

ハルカが言い返そうとする前に、怒号によってその気をかき消された。

「テメェ等、他の業者もいるッつーのに、みっともねェことしてんじゃねェ!!」 

鋭い眼光がハルカに向けられる。

「ハルカ、仮にもコイツは親方だ。
いつから子方のテメェが偉くなったんだ!?
キシャッてんじゃねェぞ!!」

「…スイマセン」

何か言いた気だが、そこはグッと堪えるハルカ。

「しばらく現場に顔を出すな!
代わりはいくらでもいる!!
使えねェ奴は要らんのや!!」

その言葉に衝撃を受け、ハルカの中で何かが割れて崩れ落ちていった。

親方達に黙って背を向け、放心状態でその場を離れていく。

脱け殻のような後ろ姿を見て、グレッグは、楯突いた奴が悪いと言わんばかりに、勝ち誇った笑みを浮かべる。

「何突っ立ってんだ? オメェも出禁やぞ」

「エ”ッ!?」

不測の発言に、グレッグは目を丸くする。

「当たり前だろ、こんな単純な図面も描けねェって…。
ましてや、こんなデカい現場で使う材料を子方に数えさせるってどういう事なのや!?
任された仕事は、責任持ってやれで!!」

スーガは、半分呆れながらグレッグに戦力外通告を言い渡す。

「い、いや、でも元はと言えばアイツが図面を見間違えたせいで━━」

「テメェ、オレに下手な嘘が通用すると思ってんのか!?」

憤怒のスーガに思わず口から悲鳴が漏れる。

「…テメェの腰に巻いてるのは何や?」

「あッ安全、帯で━━」

すると、グレッグの顔面に平手が入った。

グレッグは尻餅をつき、これには一同も驚きを隠せず、一瞬にして空気が凍りついた。

「腰袋付いてねェ、フックも付いてねェ、セーフティコードも付いてねェ…。
それのどこが“安全”なのやァ!!」

「す、スイマセンッ!!」

自分の商売道具の不備を指摘され、体をビクつかせながら涙目で謝るグレッグ。

「オメェよ、10年近くこの仕事してるくせに、周りの奴等は、ハルカの方が仕事が出来るって噂してんのやぞ!!
恥を知れ!!」

そう言い残し、残った職人に事情を説明するため現場に戻って行った。

結局、その日の現場は、一旦中止となり、職人達もその場で解散していった。
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