KEEP OUT

嘉久見 嶺志

文字の大きさ
上 下
18 / 32
2××2.4.10.

: 3p.

しおりを挟む
半年が経ち、最初の頃に比べて、高等部への道のりもサラ無しで何とか通えるようになった。

授業も難なくこなし、クラスの人達ともある程度は仲良く接するようになったため、不安要素が徐々に減っていった。

そんなある日、席替えが行われることとなり、黒板に席順が書き出されていた。

一人ずつくじを引いていき、荷物をまとめては、黒板に記された番号の元へ行く。

アタシは、というと━━。

「あッ! よろしく~!!」

噂の留年生こと、木村 菊乃が声をかけてきた。

そう、アタシは、彼女の前の席となったのだ。

キクさんは、入学式以降、アタシにお金を返しては、連絡先を交換しようと言い出した。

断る理由もなかったため、了承すると、ことある毎にLAINが来るようになった。

特に用事がある訳ではなく、一言ずつ送ってきたり、面白スタンプを送ってきたり、段々面倒になってきたので、直接止めるよう強く言った。

すると、反省したのか若干落ち込み、LAINの頻度は激減したのだが、今度は、やたらとアタシに声をかけてくるようになったのだ。

ノート写させてくれ、一緒に購買へ行こう、趣味は何? 休みは何してるの? 等々、 特別なことは何もしていないはずなのに、しつこいくらいに接してくる。

留年してしまったのもあり、心細いのだろう。

あの性格だから、以前は友達多かったはずだし。

また0から人間関係を再構築しなくてはならないのは億劫なことだが、彼女なら容易くやってのけるだろう。

そして予想通り、たった数ヶ月で学年の人気者に成り上がってみせ、さすが陽キャは違うなと感じてしまった。

時々、二学年の教室に行き、同い年の友達との交流も絶えないみたいだし…。

あのようなカリスマは、世渡りが上手いんだろうなと関心させられる。

そんな彼女が、何故、アタシにかまってくるのだろう。

陽キャの考えてることは分からんわ。



━━時は流れ、体育の授業となり、ジャージに着替えて体育館へと移動した。

今回は、1組、2組との合同授業でバレーボールをやることになり、各クラスでチームを作ったのだが━━。

「やった! スズちゃんと同じだ!」

明るい表情をするキクさんに対し、私は軽く引いてしまった。 

「あからさまに嫌な顔しないでよ~」

「してませんよ」

プイッと仏頂面で視線をそらす。

「キクのこと避けてるみたいだけど…」

「別に避けてはいませんよ」

「敬語も使わなくていいって言ってるのに、距離を感じちゃうじゃん」

「同級生でも年上ですしね」

「気にしなくていいのに~」

すると、キクさんは何か閃いては、私に提案してきた。

「じゃあキクが頑張って点を取ったら、今度の休み遊ぼうよ」

「何でです?」

「買い物しよッ! 買い物ッ!」

「そんな勝手に━━」

「はいッ、決定~!」

強引に決められてしまい、私に拒否権を与えてはくれなかった。



━━結果、キクさんは、一点も取ることができず、授業は終わってしまった。

「くッ、なかなか手強い相手だったわ」

教室に戻り、悔しがりながら制服に着替えている。

「それは残念でしたね」

アタシは、一旦メガネを外し、淡々とタオルで汗を拭き取る。 

ジャージを脱いでシャツに袖を通すと、キクさんの視線を感じ取り、つい気になってしまう。

「何です?」

「スズちゃん、スタイルいいね。
腹筋引き締まってるし」

ボタンを上から一つずつ止めていく際に、生地からわずかに肌が露わになる。

腰のラインに無駄な脂肪はなく、影のお陰でへそから上の筋が際立って見えていた。 

「セクハラですよ」

「褒めてるんだよ」

動じることなく、ボタンをとめ終える。

メガネを外しているため、視界はボヤけているが、キクさんの体にあるいくつもの擦り傷を見る。

「まあ、キクさんに比べて運動出来ますからね」

「むッ、なんかすごい失礼だな。
こういう時は、怪我大丈夫ですか? 保健室行きます? って、気を遣うとこだよッ」

アタシの態度にふてくされるキクさん。

「しょうがないじゃん。
こっちは必死だったんだよ」

どんだけ私と遊びたかったんだよ。 

ボソッと呟く彼女に呆れてしまい、ため息をする。

「…何時にします?」

「えッ?」

「だからッ、休みッ、何時に集合します?」

意外な発言に、キクさんは目を見開く。

「…いいの?」

「いいですよ、買い物くらい付き合いますよ」

スカートをはきながら言うと、嬉しそうに目を輝かせていた。

「どんだけ嬉しいんですか」

「だって、今まで遊びに誘ってもフラレまくってたし」

「そりゃ面倒くさかったですしね」

「ちょっとひ~ど~い~」

机越しに腹部を抱き付かれ、ダル絡みされてしまうが、発言とは裏腹に嬉しそうだった。

メガネをかけ直し、彼女の浮かれた顔を横目で見ては、拒絶するのも諦め、気づかれぬよう笑みを零した。



━━休日、時間通りに集合場所に訪れたのだが、キクさんは、アタシを見て唖然としていた。

「…何です?」

「スズちゃん、買い物に行くんだよ!?
その格好何!?」 

私の上下黒で白ラインの入ったぶかぶかのジャージ姿を指摘しだした。

「ジャージですが?」

「なんでそんなヤンキーみたいなの着てくるの!?」

「だって、これだったら汚れても平気だし、動きやすいし、楽じゃないですか」

少々戸惑いながらも、キクさんに反論する。

「スズちゃん、オシャレに無関心すぎッ!!
他に服は無いの!?」

「あとはパーカー ━━」

「くッ!!」

キクさんは、あまりのショックに天を仰ぐが、すぐさま気持ちを切り替え、アタシの手を握った。

「予定変更! キクん家に行くよ!!」

「えッ!? 買い物は━━」

「次回だよ! 次回ッ!!」

そう言って、強引に私の手を引いた。

その後、キクさんの家に招かれ、自身の部屋には様々なジャンルの雑誌がテーブルに置いてあり、彼女は何冊も読み漁った。 

「スズちゃん、これなんてどう!?」

「どうって言われても、わからないですし…」

「う~んと、ね~」

キクさんは、立ち上がってクローゼットを開けた。

中には何着もの服がハンガーにかかっており、靴の入った箱もいくつも重ねてしまってあった。

何でそんなに服あんの!?

服の多さに愕然とするアタシに、何パターンか組み合わせのいい服を取り出しては、問答無用で着させられた。

「キャーッ!! 可愛いー!!」

黄色い声と共に写真を何枚も撮られる度、私のメンタルが少しずつ削られていく。

「よしッ、これでスズちゃんの似合う服が大体分かったね」

満足した表情のキクさんとは逆に、私はぐったりと俯いていた。

「そうだッ! スズちゃん、ピアスしてみたら?」

「ぴッ、ピアスッ!?」

「ほらッ、キクみたいにッ」

キクさんは、髪を左耳にかけ、小さなシルバーのピアスを晒してみせる。

「いいですよッ、痛そうですしッ」

「痛くないよォ、保冷剤でしっかり冷やせば━━」

「いいですってッ!!」

勢いで耳に穴まで開けられそうになるなど、アタシにとっては、珍しい一日を謳歌したのであった。



「━━ってことがあってさ」

学校が終わり、 帰りの道中、サラに休日の出来事を話していた。

「訊いてみたら、読者モデルやってるって本人言ってて、部屋の中にめっちゃ服があったんだよね。
アタシにこれとこれが似合うから着てみてとか言われて、 何着も着せられたりしてさ」

夢中になって長々と喋るアタシを、サラは静かに耳を傾けている。

「服を着るだけで何であんなに━━」

「楽しそうだね」

唐突に発せられた言葉に、一瞬、戸惑った。

「えッ?」

「最近、木村さんの事ばかり話題に出てくるけど…」

…アレ?

「気付いてなかった?」

アタシ…。

「それは、仕方ないじゃん。
クラス一緒だし、毎日のように絡んでくるし━━」

「まあそうなんだろうけど…」

違和感のある言い方に、気まずい空気が二人を覆う。

「何? 何なの?」

「いや、何でもない」

「気になるじゃん、はっきり言ってよ」

「別に、ただ、そう思っただけ」

アタシの方を見向きもせず、いつもの三叉路で別れた。

振り返ろうともしないサラに、どこか苛立ちを覚える。

何なの…、マジで…。



しおりを挟む

処理中です...