KEEP OUT

嘉久見 嶺志

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「歓迎会?」

昼休みに鈴音と志保が教室で弁当を食べていた。

志保は、ナベショーの席を借り、ストローでジュースを吸いながら頷く。

机には、ハンカチを広げ、その上に小さい弁当箱。

中身は彩りの良いおかずが詰まっており、一目で手作りだとわかる。

それに比べ鈴音は、コンビニで買ったブリトーウインナーを片手に、エナジードリンクが置いてあった。

『鈴ちゃん、この学校来てから、まだ歓迎会してなかったなって思って』

「え~? そんな悪いよ、なんか…」

ノリ気のない鈴音に耳を貸さず、スマホ打ち終えて画面を見せる。

『二人で遊びに行こうよ』

志保は目を輝かせ、鈴音の返事に期待している。

そんな彼女に、正直戸惑って考えてしまう。

喋れなくなってから、女子と交流できて本当に嬉しいんだろうな。

そりゃ無理もないか。

志保って見た目可愛い上に性格も良いのに、声が出ないってだけで、人じゃないって目で見られてるんだもんね。

一瞬、苦い経験が蘇り、嫌気がさした。

自分を蔑んだ目で睨み、離れて行った少女。

忘れかけていた記憶を思い出し、不思議と腑に落ちた。

お互い様か…。

気分を紛らわすため、ブリトーを口にする。

ツンツン。

「ん?」

志保が不安そうに鈴音の腕を突ついてきた。

どうやら鈴音が黙り込んでしまったため、迷惑だったのではと勘違いさせてしまったようだ。

「あァ、なんでもないよッ、大丈夫ッ。
どこに遊びに行く?」

慌てて答えると、志保の表情が一段と明るくなり、興奮しながら、どこに行くかスマホで検索し始めた。

「そんな、張り切らなくても…」

戸惑う鈴音に構うことなく、映画情報等をチェックする。

よほど嬉しかったのだろうか、そんな志保の様子に、思わず口角が僅かに上がったのだった。



━━休日、福島駅西口。

地下通路へと繋がる入り口の側に、鈴音の姿があった。

普段からかけている丸メガネ、お団子にまとめ上げられた後ろ髪、いつも隠れていた左耳のピアスが映えている。

グレーのヘンリーネックの第2ボタンを開け、 鎖骨をあらわにし、モノクロのチェックシャツをだらしなく着こなしている。

細身の黒スキニーには、両膝に穴が開いており、厚底のハイカットスニーカーを履いて、ベンチに腰掛けていた。

睡眠不足による頭痛と貧血で顔色は悪く、死んだ魚の眼をしながら2本目の野菜ジュースを飲み干し、エナドリの封を開ける。

喉を鳴らし、胃に流し込む姿は、はたからみれば日中から飲んだくれているようにしか見えない。

軽く一息つき、左腕の時計を確認する。

あと少しか…。

現在、午前9時40分。

待ち合わせの時間までに余裕を持ってきたが、相変わらず絶不調だ。

寝たくても眠気がほぼ来ず、時間をかけて気を失う毎日。

本当に気が滅入る。

そして何より…。

自分の中にいる存在に不安を抱き、暴走した場合を考えていた。

今まで人との関わりを極力避けてきたため、万が一そうなった場合の対処方法が分からない。

でも、せっかく志保からの誘いを断るわけにもいかないし…。

頭にモヤがかかった状態のため、 脳がうまく動かず、しんどくなったので考えるのをやめた。

アタシは、一体何がしたいんだろう。

エナドリを口にし、遠くを見つめ、憂鬱になっていると、いつの間にか、誰かが鈴音のそばまで近寄ってきていた。

「━━えッ!?」

視界に入った途端、思わず目を見開いてしまった。

「しッ、志保!?」

そこにいたのは、学校でいつも会う彼女ではなく、印象がだいぶ違っていたため、驚きを隠せなかった。

ベレー帽に、薄生地のラッフルウエストには、編み込みの細いベルト。

チノロングスカートに、ローファーを履いており、肩に小物入れのバッグを下げ、満面の笑みで鈴音を見下ろしていた。

「━━ッと」

興奮のあまり低血圧で一瞬頭がふらついたが、とっさに耐えた。

「可愛いよ、志保。
モデルみたい…」

気の抜けた声で褒めると、彼女は照れながら手を振って否定する。

『ちょっと張り切り過ぎちゃった』

どころには見えないけど…」

志保の姿に見とれている間に、スマホを差し出される。

『そんなことより、行きたいところがあるんだ』

「へッ!? え~っと、どこ?」

志保は鈴音の手を取り、ウキウキしながら先導する。

駅内に入り、次第に騒がしい空間に訪れた。

…なぜ?

ゲームセンターの入り口をくぐり、何台も並んでいるプリクラ機に志保が指をさす。

「プリクラ、撮りたいの?」

尋ねると、志保は目を輝かせてはそう頷いた。

中に入っては、設定を選び、志保がノリノリでポーズを決めていくのに対し、鈴音は戸惑いながらも合わせていく。

私の歓迎会のはずなのに━━━━。

撮影後、志保が夢中になってペンタブを走らせていく。

一番楽しそうな顔してるなぁ━━。

そんな彼女の横顔に、心が安らいでいくのを感じた一時であった。

その後、二人は外のベンチに座り、早速、志保が撮ったばかりのプリクラをスマホカバーに貼り付けていた。

「そんなに嬉しい?」

無邪気に照れてる彼女に、素朴な質問をすると、元気よく頷いて見せた。

『だって、一度でいいから友達と一緒に撮ってみたかったんだ』

志保の文章を読み、ある単語を目に焼き付け、一瞬、気が緩んだ。

すると、志保からの視線に気づく。

「何?」

呆然とする彼女に尋ねると、慌てて首を振り、何でもないと主張する。

「━━この後、どこ行こっか」

志保は、ハッと何か思い出したのか、スマホで映画情報を検索し、これを見に行こうと提案する。

「うん、面白そう。
東口だったよね、行こっか」

穏やかに答えると、志保は微笑みながら頷き、二人ともベンチから離れた。

ワーナーマイカルシネマに向かうため、地下通路を降りようとしたその時━━。

「━━、ちゃん?」

衝撃が走った。

地下への入り口で足を止め、顔が一気に青ざめる。

隣の志保は、状況が読めず、鈴音の視線の先をたどる。

そこには、一人の少女が、階段で鈴音を見上げていたのだ。

「すずちゃんだよね? ひッ、久しぶり…」

少女は、ぎこちなく挨拶を交わすが、鈴音は、全く反応せず。

聞き慣れた声、見覚えのある姿━━。

忘れようとした記憶の濁流が、ドッと脳に流れ込んできた。

小さく息切れし始め、明らかに動揺している。

「…まさか、こんなところで会えるなんて」

少女が悲哀のこもった目で一段ずつ近づいていくが、その分鈴音も一歩ずつ後ろへと下がっていく。 

「あッ、あれからずっと━━」

そして、鈴音は、その場から逃げ出した。

志保は、とっさに腕を伸ばすが、またしても彼女の手をつかむことができず、その拍子にバランスを崩し、勢いよく転んでしまった。

背後の物音に反応し、反射的に振り向く。 

地面に膝をつく志保、地下通路から顔を出す少女。

今と過去、感情と記憶が乱雑に混じり合う。

「あッ…、ああ…」

鼓動が高鳴るにつれ、声が震えてくる。

そして、追い討ちをかけるかのように、深層で大人しくしていた“アレ”もざわつき始め、余裕が無くなってしまった。

「ほっといてよッ!!」

鈴音は、腹の底から声を絞り出し、二人を残して走り去ってしまったのだった。



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