KEEP OUT

嘉久見 嶺志

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慌ただしいHRを終え、授業が始まった。 

鈴音は、 空いた席に座り、落ち着いてシャーペンを走らせている。

その際に、隣のナベショーが、彼女のことが気になりすぎて悟られぬようチラ見していると、髪のわずかな隙間からあるものが目に入った。

左耳の縁に、4㎜程の黒ピアスを3つ等間隔につけていたのだ。 

大人しそうな外見とのギャップに、ドキッとしたナベショーであった。 

「ヤッベ! 可愛いじゃんッ! メガネっ娘じゃんッ!」

一方、廊下側の列では、未来と後ろの森道モリミチ ゲンが彼女の話題に夢中だった。 

玄は、見た目良く、成績優秀な上に生徒会長を務めている。

今回の件も担任から事前に話を聞かされていたため、今日という日を待ち望んでいたようだ。

「ケータ、ケータ!」 

「うん?」

ノートを取っているケータに、小声で声をかけてきた。

「転校生が可愛い女子って、めっちゃフラグ立たね!?」

「分かったから、ちょっと落ち着きなさい」

ケータは、気持ちを抑えきれない彼をなだめる。

星 鈴音。

私立聖曙女学院からの転入生。

聖曙女学院といえば、容姿端麗、才色兼備で有能な生徒を輩出している女子校で有名だ。

そんなお嬢様学校から転入してきた理由については、自己紹介の時に詳しく触れられることはなかったが、そこはあまり気にならなかった。

なぜならこの高校は、訳アリな生徒が・・・・・・・多く通っているからだ・・・・・・・・・・

家庭事情が複雑な者━━。

素行に問題がある者━━。

学力に難がある者━━━。

様々な若者がこの高校に集まっているため、何も不思議ではない。 

あの時、彼女の眼鏡の奥には、ひどく充血した眼とクマがあり、疲労困憊の印象を受けた。

きっと彼女にも何か事情があるのだろう。

あまり詮索しないようにしよう。

ケータは、黒板を眺めながらそう思った。 

「なァ、ケータ」

「ん?」

先程から玄にしつこく声をかけられるので、仕方なく未来達の方へ姿勢を向ける。 

「ケータってさァ、エロゲーの主人公キャラだよな」

「…いきなり何言ってんの?」

ケータは、一瞬固まってしまった。

「だってねェ、だいたいエロゲーの主人公って、イケメンで、優しくて、運動できて、頭もまあまあ良くて、たまに気が利いて、鈍感で、トラブルに巻き込まれやすいじゃん?」

「あ~、確かにね」

「途中からマイナスなんだけど!?」 

持ち上げられといて、後半落とされた気分になった。

「腐女子にモテるよ、絶対」

「腐女子って…」

「女子のオタクってことだよ。
『ご主人様』って」

「…あ、そう」

玄の裏声に軽く引いてしまう。 

「まあ、要するに━━」

玄は、意味深にウインクしながら、窓際の方へ親指を向ける。 

ケータは理解が追いつかず、指し示す方へ素直に視線を送る。 

玄と未来のニヤけ面を何度も見返し、ようやく言わんとしていることに気づく。

「いやいやいやいや!? 何考えて━━」 

パシッ。

「痛ッ」 

すると、ケータの頭に志保がノートで叩いてきた。

「何?」

志保は、顔をしかめながら、ノートに記したメモを見せる。 

ちゃんと授業を受けなよ!

「何で俺だけ━━ぶッ!」

不服なケータに、再度ノートで叩く。

「わかりましたよ…」

志保の説教をしぶしぶ受け入れたケータだった。 



休み時間になり、鈴音に興味を持つ生徒たちが席を取り囲んだ。

曙女アケジョって、挨拶する時“ごきげんよう”って言うんでしょ!?」

「そう」

「毎日お祈りするんでしょ!?」

「そう」

「転入試験ってどんな感じだった!?」

「面倒だった」

スマホいじりながら、投げかけてくる質問を淡々と返答していく。 

「いやー、もうびっくりしたし。
曙女アケジョって身だしなみとか厳しいイメージがあったからさ。
ピアスってOKなんッ!? て、思っちゃったわ」

ケータがトイレに入ってる間、ナベショーが彼の席に座り、未来達に話していた。

「一部がそうなんじゃね?
 どこの高校に行っても、そういう人達はいるってことだよ」

「マジかァ、女子高ってもっとおしとやかなイメージがあったわ」

「アニメとかそんなん多いからね」

ナベショーが幻滅していると、ちょうどケータが帰ってきた。

「ケータ」

未来は、ケータの姿を見ては、再度話を振る。

「行っちゃおう」

「まだ言ってんの!?」

親指で人だかりを指していたため、すぐに察した。

「ホント、オメェはイケメンの無駄遣いしてんな」

ナベショーが頬杖をつきながら、机によっかかるケータにつぶやく。 

「そんなこと言ったって…。
皆、俺が女運ないの知って━━」

すると、鈴音が席を立った。

さすがに鬱陶しくなったのか、早足で出口を目指す。 

しかし、ポケットからスマホを落としてしまい、それを見かけたケータが、すかさず拾いに行く。

「あの…」

「ッ!」

とまどいながらも声をかけ、鈴音を呼び止めた。

「こッ、コレ…」

ぎこちなくスマホを差し出すケータに、手を伸ばす。

「ありが━━ッ!?」

スマホを受け取る際、彼の指に触れた途端、自身の内なる何かがざわつき始めた。

不気味に這いずり出てくる感覚が伝わり、強引に彼の手からスマホをとっては、すぐにその場を立ち去った。 

残されたケータは、呆然と突っ立っていると、志保がスマホを取り出し、ある文章を打ち込んで彼に見せた。

『変な目で見ないの! ムッツリ!!』 

「ムッツリじゃねェし!?」 

我に帰ったケータだった。



廊下に出た鈴音は、トイレに駆け込み、便座に座りながら丸くなっていた。

今までこんなことなかったのに…。

普段だったら、こもっているのになんで!?

体の奥に潜っている“モノ”は、自分の身が危うくなった場面の時のみ暴れ出すのだが、今回は違った。

男性に対して、無意識に恐怖を覚えたから!?

いやッ! それだったら、さっき私の周りに男子もいたし…。

激しく動揺している中、原因を探っていると、ある憶測にたどり着いた。

あの人を・・・・危険だと感じた・・・・・・・、から…!?

もしそうだとすると、あの人は一体…!?

狭い個室で息をゆっくり整える中、高鳴る鼓動と獣の猛声が、静寂の空間を支配したのだった。 



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