KEEP OUT

嘉久見 嶺志

文字の大きさ
上 下
1 / 32
2××3.4.16.

プロローグ

しおりを挟む
━━この世は、80億の人間で溢れている。 

あるは、群れを成し、巨大な社会を作り上げる。

あるは、周囲の目を惹きつけ、心を魅了する。

そしてあるは、自身を守るために妬み、理想を求めた末に毒を吐く。

時代の流れによって適応し、餌だと認識したものは、全て蝕む。

人間とは そういった多種多様な特性を持った“害虫”なのだ。 

繁殖力が凄まじく、長寿な生物だが、年月が過ぎ去っていくにつれて、赤子の時から身に宿し、ごく一部のものにしか扱うことのできない“寄生虫”がいるのはご存知だろうか。 

名をカンと言う 

カンとは、人間の感情に呼応し、増幅させる寄生虫のことである。

周囲を感化させ、影響を与える指導者となる者もいれば、個々の技を磨き、自身が追い求める美や力を究める者もいる。 

しかし、中には感情の沸点を超え、疳によって、興奮を抑制することができず、破壊衝動を起こす者もいる。 

この世の殺人や暴動などの凶行は、すべてこれによるものなのである。 

はるか昔から、疳によって超常的力が目覚め、人に害を及ぼす者がいた。

そのため、当時は、疳を払う霊媒師や陰陽師は多く存在していたのだが、 今やその術を継承したものは数少なく、様々な争乱が絶えることはない。 

そして現在、 日本有数の山に囲まれた盆地、そのうちの一つである福島市で、ある日を境に、平穏な日常が一変してしまった者がいた━━。



その者は、一回り大きめのグレーのパーカーを着ており、フードの中にキャップと白いマスクをしていた。

下は黒いジャージにスニーカーを履いて、何もない歩道をふらついている。

その者は何日もろくに眠れておらず、頭の中で騒ぎ続ける金切音に悩まされていた。

いつも日が明るくなりかける頃に幻聴は弱まるため、その時に意識が飛ぶことが多いが、2時間もしないうちに目が覚めてしまう。 

時々、2、3歩歩いただけで、全速力で走ったかのような胸の鼓動に呼吸が苦しくなる。 

壁に寄りかかり、息を荒く吐いて、心臓が静まるのを待つ度にゾッとする。

そんな生活を、3ヶ月も過ごしてきた。 

いつだったか、便座から立ち上がったとたん、頭の血がサーッと下がって、その場で倒れてしまい、狭いトイレの床で天井を仰いだ時があった。 

目を少し動かしただけで、視界に映る電球がぼやけた残像となり、顔の表面が冷たくなっていくのがわかる。 

何事かと父親がドアを開けると、その者のあられもない姿に驚嘆し、すぐさま病院へと直行した。



そんな苦い経験を、16歳という若さで思い知らされるとは想像もしていなかったし、あんな姿、親に見られたくもなかった。 

では何故、絶不調の自分がこんな夜中に出歩いているのか?

それは少しでも体力を削り、疲労感を貯めて眠気を誘うためだ。 

ベッドで横になっても、夢の国の門は重い上に開いてくれない。 

何より目を閉じていても頭の中の幻聴が木霊するので、鬱陶しくて仕方がない。

だったら、何もしないで時間を無駄に過ごすよりも、気分転換のために外に出た方が良いと考えたため、今に至る。

飯坂線が走る街並みは、夜になっても騒がしかった。

時間帯的に人の通りこそは少ないが、コンビニの狭い駐車場から重低音を響かせ、2台のセダンの前で輩がたむろしている。 

談笑して盛り上がっている中、輩の一人がこちらに気付いた。 

どうやら、相手は女子だと見抜いたようだ。 

なぜなら背丈は小柄で肩幅が狭くよくつるのギャルの体格で見慣れていたからだ。

すると、コンビニから仲間がレジ袋と缶チューハイを片手に勢いよく出てきた。

後からついてくる奴らに機嫌よく話しかけていると、前が見えていないのか、パーカーを着た彼女に誤って肩にぶつかってしまった。

「…ってェな」 

軽い衝撃に大げさに舌打ちをしていると、彼女は、反動ですぐそばの縁石に手をつけていた。

「気をつけろや、コラ」 

倒れた相手に慈悲はなく、 強い口調で威圧し、相手に対して背を向け、駐車場へ戻ろうとする 

次の瞬間、男は薬局側の塀に・・・・・・叩きつけられていた・・・・・・・・・。 

コンビニの出入り口から数メートル離れた場所へ吹き飛んだ仲間の姿に、エンジンと重低音だけが空間を支配する。

車の前にいた輩達も、地面に横たわっている仲間に対して動揺を隠しきれず、倒れている彼女に自然と視線が集まる。

「何を━━!?」 

頭の情報処理が追いつかないうちに、彼女から今まで聞いたことのない高音域の波が発せられ、彼らを襲っては、車窓も全て割れてしまった。 

2代のセダンは激しく揺れ、アラームが辺りのアパートに鳴り渡る中、駐車場で転げまわったり、気絶して伸びてしまった者も続出した。

その隙に、彼女は歩行者専用の踏切を一目散に駆け抜けていた。

「まッ、待て━━」 

意識が遠のく最中、小さな背中が闇の中に消えていくのを、ただ見届けるしか出来なかった。



見慣れた家に着いては、玄関に逃げ込み、慌てて自身の部屋へと籠る。 

久しぶりの全力疾走で、心臓が弾けるかのように強く鼓動し、自然と呼吸も荒くなる。

マスクを外し、薄暗い部屋の中でしばらく落ち着くまでドアに寄りかかった。 

嫌な汗が、床に数滴垂れ落ちる。 

キャップをフードと共に外し、素顔をあらわにした彼女は、机の上に置いてあるペットボトルと錠剤に手を伸ばす。 

━━軽い貧血のようですね。

病院に連れて行かれた際、医者から言われたセリフ。 

錠剤を二つ口に放り、お茶を勢いよく飲み干しては、その時のことを振り返った。

━━ご飯をちゃんと食べていないようですけど、睡眠は?

白衣を身にまとい、首に聴診器をかけている女医が検査結果に目を通す。

女医の質問に対し記憶が曖昧でよく覚えていない。

おそらく、まともな返事をしていないはず。 

結果、心労であると診断され、精神安定剤と脳に作用する薬を処方された。

他にも、軽い運動や日光浴などを勧められ、中でも女医のある一言・・・・が、ふと脳に浮かび上がってしまった。 

━━環境を変えてみるのもいいかもしれませんね。

環境…。

次の瞬間、記憶の断片が蘇ってしまった。

がッ、学校…。

それは、思い出したくもなかった悲劇の始まり。

あの時からだ。

私の体がおかしくなったのは…。 

当時の光景がフラッシュバックするたびに胸が締め付けられ、壁にかかっているカレンダーの数字を追う。

そして、印のついた日付が目に入り、息が止まった 

そうだった、明日は━━ッ!

今まで時間という概念から避けていたため、すっかり頭から抜けていた。

明日は、新天地の初登校日だったのだ。


 
しおりを挟む

処理中です...