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北の離宮へ

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 陛下の執務室に入ると、前回と同様に人払いされ陛下とお父様と私の3人だけになった。
ソファーに座ると、陛下はじっと私の顔を見つめ・・・そのまましばらく沈黙が続いた。

「陛下どうなさりました?アーリスの顔に何かついていますでしょうか?」
「いや、アーリス嬢がクリストファーの婚約者として初めて登城した時のことを思い返していた。それに、マリアンナ亡くなった正妃がここに居たらなんと言うかと・・・つい考えてしまった。」

陛下は首を横に振ると、静かに話し出した。
「アーリス嬢、イソラ公爵から話があったがクリストファーを入婿に迎えたいというのは確かなのか?の時、クリストファーはアーリス嬢を3年間も蔑ろにしていたが・・・それを許し、受け入れる気持ちがあると思ってよいのか?」
「はい。私はクリストファー殿下をお慕いしております。の時のクリストファー殿下の姿はナターシャの魅了に掛けられた為だとわかりましたので・・・今は直ぐにでもお会いしたいのです。」
「イソラ公爵もそれで良いのか?」
「はい。私は何よりアーリスの意志を尊重したいと思っております。」

陛下はそうか・・・と呟くと、一瞬何かを思うようにギュッと瞼を閉じた。
「こまごましたことはまた後日決めることになるが、クリストファーとアーリス嬢の婚約は解消されていない。今でも正式な婚約者のままだ。何せ亡くなったと思っていたので婚約解消の手続きは不要と認識していた。だから再度の婚約手続きなどはする必要がない。・・・だがな、アーリス嬢、私はクリストファーが北の離宮に移動したあと、王宮に残された絵画を回収するように命じた。まだ、完全には回収しきれていないが今の時点で50を超えていると報告があった。クリストファーが北の離宮に持って行った絵も足せば100近くあるかもしれない。それだけでもクリストファーがどれだけアーリス嬢を思っているか分かるくらいだ。クリストファーの妄執は理解を超えている。苦労するかもしれないが・・・耐えられるか?」

絵画が100・・・その数に一瞬驚いたが
「はい。私は全力でクリストファー殿下をお支えしたいと思っております。」
その言葉に陛下は頷いた。
「クリストファーは優秀だ。公爵としての役割はこなせると思う。正気を失うのはアーリス嬢に関してだけだったからな。アーリス嬢と再会することで、クリストファーが完全に正気を取り戻せるかは分からないが、アーリス嬢が居れば作り出した妄執からいつか解放されるのでは無いかと期待している。
──国王としてではなく、1人の父親として頼む・・・どうか・・・どうか、クリストファーを頼む。」
振り絞るような声そういうと頭を下げられた。

「陛下、そんな恐れおおい!頭を上げてください。」
お父様が驚愕した声で陛下に頭を上げていただくよう懇願した。

「クリストファーを何とか助けてやりたいと思ったが、私は救ってやれなかった。王座が無ければ私もただの父親だ。子の幸せを常に願っている。ひとたび王座に座れば、子であれ国の為に気持ちを踏みにじることも言わねばならないがな。」
最後は自嘲するように苦笑いを浮かべていた。

「陛下、クリストファー殿下のことはお任せ下さい。アーリスと共に、次代のイソラ公爵として殿下を盛り立てお守りしていきます。ですから・・・ですからご安心ください。」
「よろしく頼む。」
お父様と陛下は、父親同士思う所があったのか顔を見合わせ力強く頷きあった。

「クリストファーにはアーリス嬢のことはまだ何も知らせていない。使用人達にも箝口令を敷いている。詮議が終わったら知らせようと思っていた。だが・・・下手に話すと妄執を拗らせるかもしれないと思い、まだ知らせる方法を決めかねているところだ。」
「では、私が直接参ります。北の離宮に立ち入る許可を頂けますでしょうか?」
「うむ・・・イソラ公爵と共に行くのであれば良いだろう。北の離宮に立ち入るのを許可する。時間が掛かるかもしれぬので2人が滞在できるようにも手配する。完了したら公爵家に通達するので今しばらく時間が欲しい。」
「「承知致しました。」」


──その数日後、陛下からの通達が公爵家へ届いたのだった。
   
ーーーーーーーーーー

いよいよクリス様の住む離宮へ赴く日がやって来た。

王宮の入口から1番遠い位置に北の離宮があり、馬車でないとたどり着くことは出来ないほど広大な敷地になっている。お父様と共に、王宮より貸出いただいた馬車へ乗り換え北の離宮へ向かう。
馬車の窓から外を眺めると、道の両端には深い森が広がっていて、森の中に豪奢な邸宅の一部がポツンポツンと見えては行き過ぎていく。

いよいよクリス様に会えると思うと、ドキドキし過ぎて胸が痛い。落ち着こうと手のひらに”人”と書いて飲み込む。その姿をお父様に見つかってしまった。

「どうした?アーリス何をしているんだ?」
「いえ、やっとクリス様にお会いできると思ったら緊張してしまって・・・」

人文字を飲み込む”おまじない”などは今世では聞いたことがない。慌てて笑って誤魔化した。

「そうか・・アーリス、もしかしたらクリストファー殿下のことは時間がかかるかもしれない。心の問題は中々すぐには解決できないことが多い。ショックを受けることもあるかもしれない。何かあれば遠慮なく相談しなさい。いいね。」
「はい。わかりました。ありがとうございます。」

お父様からは、今まで何度も同じ様なことを言われてきた。繰り返し同じ話をする理由は・・・お父様も本当は不安なのかもしれない。
素直に頷き、安心してもらえるようにニッコリと微笑んで見せた。

1時間近く走った頃、馬車が止まった。

クリス様が住まわれている北の離宮は”プチバトゥ”と呼ばれる邸宅だった。
”プチ”と言っても王族の邸宅なので、決して小さい訳では無い。
イソラ公爵家よりやや小さい位の大きさで、白と深い海の様な青のコントラストが美しく、”バトゥ(船)”の名の通り海に浮かぶ小さな船のように見えた。

馬車から降り立つとクリス様のお姿はなく、その代わり多くの使用人達が出迎えてくれた。その中から見覚えある男性が一歩前に進み出た。    

「イソラ公爵様、アーリス様お待ちしておりました。」
「イーリス、久しいな」
「イーリス、貴方も此方にいたのね」
「はい。東宮から此方へ異動いたしました。アーリス様に再びお会い出来る日が来ようとは・・・万感の思いでございます。」

イーリスは、東宮付きの侍従頭だった。クリス様やアレン様とお会いする際には、必ず侍従又は侍女を立ち会わせる為、イーリスとは度々顔を合わせていた。
普段通りの態度を崩していないが、イーリスの瞳が潤んでいるのがわかった。

「ええ、私も再会できて嬉しいわ。・・・イーリス、心配を掛けてしまったわね」

その言葉を聞いて、イーリスの頬に涙が一筋流れた。慌てて手の甲で涙を拭う。
「・・・失礼いたしました。ご案内いたしますので、どうぞ此方へお越しください。」

クリス様に会いに行くのだと思ったが、そうではなく滞在用の居室へ案内され、不自由が無いようにと3人のメイドを紹介された。
早くクリス様に会いたい気持ちを抑えてひと通りの確認な終わるまで待ってから、イーリスにクリス様の所在を尋ねた。

「イーリス、クリス様は今どこにいらっしゃるの?」
「クリストファー殿下は、庭で絵をお書きになっておられます。お客様がご訪問することはお伝えしていたのですが、お出迎えもせず申し訳ございません。」
「いえ、それは良いのだけれど・・・クリス様にお会いしたいの。案内してもらえるかしら」
「承知いたしました。では、こちらへ。ご案内いたします。」

お父様と共に、クリス様のいらっしゃる庭へ向かって歩いて行った。

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