上 下
12 / 44

あの事件③

しおりを挟む
「アーリス、大丈夫か?」
お父様がオロオロしながら気遣ってくれる。
「お父様、申し訳ありません。もう大丈夫です。」

ひと通り泣き終えて、蹲った姿勢からソファーへかけ直す。お父様からハンカチーフをいただき、遠慮なく目やら鼻から色々出た物を拭く。そんな私を遠慮がちにヨシヨシと小さな子供のように頭を撫でてくれる大きな手・・・。わだかまりのなかった、幼い日に戻ったような気がして、なんだかホッコリ温かな何かを感じて落ち着いてくる。テーブルに残っていたお茶をずずっと啜った。普段なら怒られるような行儀の悪さだが、お父様はまだオロオロしてて何も言われなかった。

「少し休もうか。続きはまた、後で話そう。」
「お父様、私は大丈夫です!聞かないと、返って気が休まりません。その後のことを教えて頂けますでしょうか。お願い致します!」
「・・・わかった。だが、疲れたら言いなさい。」
縋り付くような私に、お父様は心配しながら話を再開してくれた。

「殿下は、私の気が変わらぬうちにと思わられたのだろう。すぐに衣装を紫のドレスに着替えさせた。その後、ずっとアーリスの髪を撫でていた。何かを囁いていたようだったが、私達には聞こえなかった。」

私の髪を?自分の髪に触れる。クリス様はその時何を思っていたのだろう・・・

「アーリスの衣装については殿下にお譲りしたが、結婚前に亡くなったのに王族の墓碑に埋葬するのは許せなかった。仮の棺を急遽用意して、アーリスを棺に寝かせて・・・公爵家に送ろうとしたが殿下が棺の前から退いて下さらなくて・・・。一旦、東宮の礼拝堂に棺を置かせていただいた。」
東宮は王太子が住む居住区で、私達が滞りなく婚姻していたら住むはずだった場所だ。

「殿下も、私も連日の出来事に疲労困憊していた。陛下は殿下のお身体を心配して、棺から引き離して無理矢理休ませた。棺の傍に寄り添っていようとした私も同様に休むよう仰られた。東宮の客間へ逗留させていただき、眠薬を飲んで眠りについた。・・・その日の夜、巨大な雷が礼拝堂に落ちた。」
「雷ですか?」
「あの日は雨は降っていなかった。何の前兆もなく、大音響と共に落ちたんだ。薬を飲んで寝ていた私も飛び上がって目が覚めるほどだったよ。」
「雨がないのに雷が落ちるなんて・・・なんて不思議な・・・。」

「礼拝堂は跡形もなく崩れ落ち、さらに火が出て焼けた。棺も焼けてしまい、棺に入れていたはずのアーリスも焼けて骨だけになっていた。殿下はそれを見て倒れられた。」
「ちょっと待ってください!私の骨が有ったんですか!」

ほっ骨!生々しい話に目が点になる。

「崩れ落ちた礼拝堂の中から一体だけ亡骸が有った。あの日、棺以外礼拝堂の中には誰もいなかった。居たのは外にいた護衛兵の2人だけで2人とも無事だった。ただ・・・パージスが、アーリス様にしては背が高い気がする。と言っていた覚えがある。皆それ所ではなくて、結果的に無視してしまうことになったが…。今思うとパージスの言っていた事が合っていたのかもしれない。」

「そっその亡骸はどうなったのですか?」

その亡骸は私じゃないのは確かだが、私と思われてたとしたら・・・

「殿下が倒れている間に、公爵家へ運び出した。後日、公爵領のミーティアアーリスの母の隣に埋葬した。」

ショックで意識が遠くなりかけた。よりによってお母様の隣に埋葬されているなんて!
「そのっその亡骸はいったい誰なんでしょうか、いったい・・・」
「さぁそれは・・・。私も今日までずっとアーリスと思っていたから。いったい何が起きたのか。」
お父様は眉を寄せて首を振った。
誰にせよ、遺族がいたら亡骸を渡してあげなければならない。私と間違われて違う名で葬られていたなんて、有り得ない話だ。

「そういえば、アーリスは東宮で見つかったそうだな。陛下はアーリスを追悼するため、礼拝堂を移動して、跡地にアーリシア・ローズの薔薇園を作ってくださった。もしかしたら薔薇園で目覚めたのではないか?」
身震いした。一気に鳥肌が立つ。
「私っ、あの時たしかに薔薇のある場所で目覚めました。薔薇の棘で足の裏も怪我をしました。朝靄でハッキリみえませんでしたが・・・。」じゃあ、私が目覚めた場所が棺を安置していた礼拝堂のあった場所だったかもしれない。何かが繋がった気がしてゾッとした。

お父様はブルブルとした私を見て、落ち着くまでヨシヨシと頭を撫でてくれた。
「大体こんな話だ。何か聞きたい話はあるか?」
「お父様・・・クリス様は今どうなされているのでしょうか?」
お父様の眉間の皺が深くなった。
「殿下は・・・アレン殿下が王太子に代わられ、今は東宮から北の離宮に住まいを移された。」
「なっ何故そんな所に!」

北の離宮は、王族で療養が必要な方や寡婦になられた方々が住まう場所。そこに住むということは、表舞台から去ったことを示している。色んな事情持った方が居るため、離宮と言っても複数の建物が内部に存在する。

「北の離宮に移られたのは1ヶ月前だ。まだ臣下でも極僅かにしか知られていない。2ヶ月後に行なうアレン殿下の立太子式で発表する予定になっている。」
「クリス様が王太子で無くなるだなんて・・・いったい何があったのですか?まさか、ナターシャあの事件と同じような出来事があったんですか?」
「そうでは無い。殿下は自ら辞されたのだ。はぁ・・・」
お父様は大きな溜息を吐いて、顔を顰めた。

「王は血を絶やしてはならぬという掟がある。だが、アーリスの亡骸を見て倒れてから殿下はアーリスの死を受け入れることが出来なくなってしまった。アーリスと結婚したと信じ込んでしまわれたのだ。」壁に掛かるを苦々しく見つめた。
「王の資質、仕事の面でも優秀な方で他には何一つ問題はないのだが・・・他の婚約者を持つこと、即妃を持つこと、愛妾を持つことをしばしば提言してきたのだが、その度にアーリスの絵が増えていった。アーリス以外の女性と関係を持つことを拒否されたのだ。親としては、アーリスを想ってくださるのは嬉しいが、王としてはそれでは子をなせないこととなる。王宮では、幽霊を花嫁にしたと言う噂も流れ出し陛下は非常に悩まれていた。そして、1ヶ月前に即妃を迎えることをで命じられたのだ。だが、殿下は拒否され自ら王太子を辞されたのだ。」

王命は、下手に拒否すると死罪も有りうる。王族であってもそれは同じのはず。

「その時ばかりは、王も激昂され一種即発な状態になったのだが、アレン殿下が間に入って事なきを得た。アレン殿下がいなければお手打ちになっていたかもしれない・・・その後、殿下は北の離宮に移られ、東宮にアレン殿下が入られた。」
「王命に逆らってまで私のことを・・・そんなに想ってくれていたなんて・・・」学園での3年間、かなり酷かった態度を思い出す。ふと思った。学園での辛かった3年、死んだと思われていた3年、3年というのはただの偶然の一致なのかしら?

「アーリス、アーリスは殿下のことをどう思っている?この3年間、殿下が心が壊れる程にアーリスを強く思い続けていたことは知っている。だが、私はアーリスの思う通りに生きて欲しい。殿下の愛は重い。応えられないなら国外に逃がすこともできる。」

「私は、私の気持ちは」
彼の声が甦ってくる。
〘君は僕の人生でたった1人の人だよ。〙
〘大好きだよ。アーリー愛している。〙
学園入学前、魅力にかかる前の彼が真の彼の姿なら・・・
「クリス様にお会いしたい。お会いしたいです。私もクリス様を愛しています。」
胸が痛くなるほど、彼に会いたい。

「アーリスの気持ちは分かった。・・・念の為聞いておく、アーリスは王妃にならずともよいのだな。」
「はい。私は王妃にはなりたくありません。」
「分かった。それならば・・・陛下に殿下とアーリスの今後のことについて、話し合いの場を設けていただくことにしよう。ただな、アーリス、クリストファー殿下は心を病まれている。一見は何も普通と変わらないが、アーリスのことだけは違う。直ぐに受け入れていただけるかは分からない。何年も掛かるかもしれない。その覚悟はあるか?」

お父様の真剣な表情に、私も覚悟を決めた。(私の最推しのためなら頑張るわ、ヤンデレどんと来いよ!)

「はい。私は覚悟を決めました!」
「・・・わかった。」

その時、ノック音と共に侍従の声が響いた。
「イソラ公爵様、アーリス様、陛下がお呼びです。謁見の間にお越しください。」

「この話はまた後でしよう。」
「はい。」

陛下からどの様なお話しがあるのか、
今後自分の処遇がどうなるのか、不安な気持ちとなりながら謁見の間に向かって行った。

「そういえば足を怪我していたんだな。大丈夫か?」
「手当していただいたし、靴も履いたので大丈夫です。」
「そうか。ゆっくり歩いて行こう。」
お父様に声を掛けられ不安な気持ちが、少し解消された。
(きっと大丈夫。お父様も一緒なのだし乗り越えられるわ。)

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】異世界転生した先は断罪イベント五秒前!

春風悠里
恋愛
乙女ゲームの世界に転生したと思ったら、まさかの悪役令嬢で断罪イベント直前! さて、どうやって切り抜けようか? (全6話で完結) ※一般的なざまぁではありません ※他サイト様にも掲載中

悪役令嬢は、あの日にかえりたい

桃千あかり
恋愛
婚約破棄され、冤罪により断頭台へ乗せられた侯爵令嬢シルヴィアーナ。死を目前に、彼女は願う。「あの日にかえりたい」と。 ■別名で小説家になろうへ投稿しています。 ■恋愛色は薄め。失恋+家族愛。胸糞やメリバが平気な読者様向け。 ■逆行転生の悪役令嬢もの。ざまぁ亜種。厳密にはざまぁじゃないです。王国全体に地獄を見せたりする系統の話ではありません。 ■覚悟完了済みシルヴィアーナ様のハイスピード解決法は、ひとによっては本当に胸糞なので、苦手な方は読まないでください。苛烈なざまぁが平気な読者様だと、わりとスッとするらしいです。メリバ好きだと、モヤり具合がナイスっぽいです。 ■悪役令嬢の逆行転生テンプレを使用した、オチがすべてのイロモノ短編につき、設定はゆるゆるですし続きません。文章外の出来事については、各自のご想像にお任せします。 ※表紙イラストはフリーアイコンをお借りしました。 ■あままつ様(https://ama-mt.tumblr.com/about)

【完結】どうやら、乙女ゲームのヒロインに転生したようなので。逆ざまぁが多いい、昨今。慎ましく生きて行こうと思います。

❄️冬は つとめて
恋愛
乙女ゲームのヒロインに転生した私。昨今、悪役令嬢人気で、逆ざまぁが多いいので。慎ましく、生きて行こうと思います。 作者から(あれ、何でこうなった? )

断罪シーンを自分の夢だと思った悪役令嬢はヒロインに成り代わるべく画策する。

メカ喜楽直人
恋愛
さっきまでやってた18禁乙女ゲームの断罪シーンを夢に見てるっぽい? 「アルテシア・シンクレア公爵令嬢、私はお前との婚約を破棄する。このまま修道院に向かい、これまで自分がやってきた行いを深く考え、その罪を贖う一生を終えるがいい!」 冷たい床に顔を押し付けられた屈辱と、両肩を押さえつけられた痛み。 そして、ちらりと顔を上げれば金髪碧眼のザ王子様なキンキラ衣装を身に着けたイケメンが、聞き覚えのある名前を呼んで、婚約破棄を告げているところだった。 自分が夢の中で悪役令嬢になっていることに気が付いた私は、逆ハーに成功したらしい愛され系ヒロインに対抗して自分がヒロインポジを奪い取るべく行動を開始した。

全力で断罪回避に挑んだ悪役令嬢が婚約破棄された訳...

haru.
恋愛
乙女ゲームに転生してると気づいた悪役令嬢は自分が断罪されないようにあらゆる対策を取っていた。 それなのに何でなのよ!この状況はッ!? 「お前がユミィを害そうとしていたのはわかっているんだッ!この性悪女め!お前とは婚約破棄をする!!」 目の前で泣いているヒロインと私を責めたてる婚約者。 いや......私、虐めもしてないし。 この人と関わらないように必死で避けてたんですけど..... 何で私が断罪されてるのよ━━━ッ!!!

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

婚約破棄の特等席はこちらですか?

A
恋愛
公爵令嬢、コーネリア・ディ・ギリアリアは自分が前世で繰り返しプレイしていた乙女ゲーム『五色のペンタグラム』の世界に転生していることに気づく。 将来的には婚約破棄が待っているが、彼女は回避する気が無い。いや、むしろされたい。 何故ならそれは自分が一番好きなシーンであったから。 カップリング厨として推しメン同士をくっつけようと画策する彼女であったが、だんだんとその流れはおかしくなっていき………………

悪役令嬢より取り巻き令嬢の方が問題あると思います

恋愛
両親と死別し、孤児院暮らしの平民だったシャーリーはクリフォード男爵家の養女として引き取られた。丁度その頃市井では男爵家など貴族に引き取られた少女が王子や公爵令息など、高貴な身分の男性と恋に落ちて幸せになる小説が流行っていた。シャーリーは自分もそうなるのではないかとつい夢見てしまう。しかし、夜会でコンプトン侯爵令嬢ベアトリスと出会う。シャーリーはベアトリスにマナーや所作など色々と注意されてしまう。シャーリーは彼女を小説に出て来る悪役令嬢みたいだと思った。しかし、それが違うということにシャーリーはすぐに気付く。ベアトリスはシャーリーが嘲笑の的にならないようマナーや所作を教えてくれていたのだ。 (あれ? ベアトリス様って実はもしかして良い人?) シャーリーはそう思い、ベアトリスと交流を深めることにしてみた。 しかしそんな中、シャーリーはあるベアトリスの取り巻きであるチェスター伯爵令嬢カレンからネチネチと嫌味を言われるようになる。カレンは平民だったシャーリーを気に入らないらしい。更に、他の令嬢への嫌がらせの罪をベアトリスに着せて彼女を社交界から追放しようともしていた。彼女はベアトリスも気に入らないらしい。それに気付いたシャーリーは怒り狂う。 「私に色々良くしてくださったベアトリス様に冤罪をかけようとするなんて許せない!」 シャーリーは仲良くなったテヴァルー子爵令息ヴィンセント、ベアトリスの婚約者であるモールバラ公爵令息アイザック、ベアトリスの弟であるキースと共に、ベアトリスを救う計画を立て始めた。 小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。 ジャンルは恋愛メインではありませんが、アルファポリスでは当てはまるジャンルが恋愛しかありませんでした。

処理中です...