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約束
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ジャンケンをすれば、負けることもあるよ。
ずっと、ずっと続けていればね。
いつかは負けるに決まっている。
もで、勝つことだってあるんだから。
それがジャンケンってものなんだ。
子供の頃の私はそのことがうまく理解できなかった。
ジャンケンに負けると、私は大声で泣き出した。
そのうち、誰も私とジャンケンをしてくれなくなった。
「それでね、絶対に負けない方法を考えついたの」
「わかった。ジャンケンをやらないんだろ。やらなきゃ負けることもないものね」
「そうじゃないわ」
「じゃあ、これだな」
彼は指を特殊なかっこうに折り曲げて差し出してみせた。
「子供の頃にやったよ、僕も。ここがパーで、ここがチョキ、ここがグーなんだよな。1つの手に3つの戦法が全部含まれているから、相手が何を出してきても負けない」
「私、そんなに子供じゃないわ」
彼女は少し機嫌をそこねた。
「ごめん、ごめん。じゃあ、どういうのだろ」
「知りたい?」
「知りたいさ」
彼はそれほど興味はなかったけれど、そう答えた。
「約束をするのよ」
「誰と?」
「ジャンケンの相手と」
「どんな?」
「私はあなたとのジャンケンに絶対に負けませんって」
「ははあ」彼は頷いた。
「その約束は男とばかりするんだろう?それは約束じゃなくて、作戦だね」
「約束よ」
「じゃあ、試しに僕とジャンケンしてみるかい?」
「いいわよ」
「僕は他の男と違って、その手にはのらないからね」
「いいわよ」
彼は彼女をジャンケンで負けさせた上に、彼女の体もいただいてしまおうと考えていた。
「じゃあ、いくわよ」
彼女が小指を差し出すと、彼はほぼ反射的にその指に自分の小指を絡めた。
彼が小指を絡めた途端、彼女の目の前には彼の世界へと続く入り口が広がった。
彼女はその入り口を押し広げて、彼の世界に入っていった。
「おっと、危ない」
世界は崖から始まっていた。
うっかりすると、地面に叩きつけられて死んでしまうところだった。
彼は臆病で、用心深い男に違いないのだ。
彼女はうす目を開けて、丁寧に辺りを見回した。
そして崖にかかったクモの糸ほどの細いつり橋を見つけた。
彼女が歩みを進めるたびに、吊り橋はゆらゆらと揺れた。
崖は谷底が見えないくらいに深いのだ。
「プライドの高い男ね」彼女は毒づいた。
向こう岸にたどり着くと、彼女は鬱蒼としたジャングルをかき分け、無遠慮に奥へと進んでいった。
途中、オレンジ色の粘膜で表面を覆った植物が次々と彼女に絡みついてきたが、彼女は腰に下げたナタで次々と切り落とした。
彼女はさらに奥地を目指した。
喉はカラカラに乾いていたが、すぐ脇を流れる清らかな小川の水に彼女は目もくれなかった。
頭上にはあざとくもいかにも魅惑的に見えるケミカルな果実がたわわに実っていたが、それはただ彼女をイラつかせるものでしかなかった。
彼女は果実をむしり取ると、片っぱしから岩に投げつけて叩き割った。
とにかく、誘惑に負けては、「負け」なのだ。
彼女は小川踏み越え、さらに先へ突き進んだ。
甲高い鳥の声が警報のように辺りに響いた。
「まずいわ。急がないと」彼女は足を早めた。
「さて、この辺かしら」
彼女は感を働かせ、岩山のある一点を一気にを蹴破った。
「やれやれ、まるでティーンエイジャーの女の子の部屋ね」
彼女は呆れた。
ピンク色の部屋には、ピンク色のベッドに、ピンク色のテーブル、空中にはキラキラパウダーが舞っていて、ご丁寧にパステルカラーの熊のぬいぐるみまで浮かんでいるのだ。
「やあ、ようこそ。いらっしゃい」
部屋の中央には鏡のように美しい水を張った金色の水瓶があって、その隣にかなり美化された彼の姿があった。
彼は人が良さそうに微笑みをたたえ、握手するための手を彼女に差し出していた。
彼女はそれをまったく無視して、金色の水瓶を蹴り倒すと、その下でうじうじと根をうねらせた紫色の花弁めざしてナイフを突き立てた。
花は粘質の液体を彼女の顔に吐きかけたが、彼女は臆することなく、ざくざくとナイフを振り下ろし続けた。さらにこん棒で徹底的に叩き潰し、包丁でみじん切りにすると、すり鉢に移し替えて、どろどろのスープ状になるまですり潰した。
その上、火にくべてぐらぐらに煮立たせ、さすがにもう再生はできないだろうと判断すると、その紫色のスープを辺りにぶちまけた。
彼の虚像は呆然とその様子を見ていたけれど、やがてその表情が阿呆のように変化した。
つまり彼女は彼のもっとも繊細な部分のシステムを破壊したのだ。
彼女はにこやかに彼の虚像の手をとって、ジャンケンのチョキの形に指を折り曲げた。
それから男の頬をつまみ上げて痛みを与えると言い聞かせた。
「いい?ジャンケンをするときにはチョキを出すのよ。いつでもチョキ。そうしないと、ひどい目にあうんだから」
彼女は金色の水瓶に新しい水を張ると、新しい情報を記憶させた。
「ジャンケンはチョキ。私の言うことを何でも聞かないと、ひどい目にあう」
彼女は再び、ジャングルをかき分け、クモの糸のような細いつり橋を渡って、元の世界に戻ってきた。
そして彼と約束を交わした。
「私はあなたとのジャンケンに絶対に負けません」
彼女は指切りすると、にっこりと微笑んだ。「さあ、これでいいわ」
彼らは向かい合ってジャンケンをする。
「あれ?おかしいな」彼は首をかしげる。
彼女は絶対にジャンケンに負けないし、彼は彼女の言いなりなのだ。
ずっと、ずっと続けていればね。
いつかは負けるに決まっている。
もで、勝つことだってあるんだから。
それがジャンケンってものなんだ。
子供の頃の私はそのことがうまく理解できなかった。
ジャンケンに負けると、私は大声で泣き出した。
そのうち、誰も私とジャンケンをしてくれなくなった。
「それでね、絶対に負けない方法を考えついたの」
「わかった。ジャンケンをやらないんだろ。やらなきゃ負けることもないものね」
「そうじゃないわ」
「じゃあ、これだな」
彼は指を特殊なかっこうに折り曲げて差し出してみせた。
「子供の頃にやったよ、僕も。ここがパーで、ここがチョキ、ここがグーなんだよな。1つの手に3つの戦法が全部含まれているから、相手が何を出してきても負けない」
「私、そんなに子供じゃないわ」
彼女は少し機嫌をそこねた。
「ごめん、ごめん。じゃあ、どういうのだろ」
「知りたい?」
「知りたいさ」
彼はそれほど興味はなかったけれど、そう答えた。
「約束をするのよ」
「誰と?」
「ジャンケンの相手と」
「どんな?」
「私はあなたとのジャンケンに絶対に負けませんって」
「ははあ」彼は頷いた。
「その約束は男とばかりするんだろう?それは約束じゃなくて、作戦だね」
「約束よ」
「じゃあ、試しに僕とジャンケンしてみるかい?」
「いいわよ」
「僕は他の男と違って、その手にはのらないからね」
「いいわよ」
彼は彼女をジャンケンで負けさせた上に、彼女の体もいただいてしまおうと考えていた。
「じゃあ、いくわよ」
彼女が小指を差し出すと、彼はほぼ反射的にその指に自分の小指を絡めた。
彼が小指を絡めた途端、彼女の目の前には彼の世界へと続く入り口が広がった。
彼女はその入り口を押し広げて、彼の世界に入っていった。
「おっと、危ない」
世界は崖から始まっていた。
うっかりすると、地面に叩きつけられて死んでしまうところだった。
彼は臆病で、用心深い男に違いないのだ。
彼女はうす目を開けて、丁寧に辺りを見回した。
そして崖にかかったクモの糸ほどの細いつり橋を見つけた。
彼女が歩みを進めるたびに、吊り橋はゆらゆらと揺れた。
崖は谷底が見えないくらいに深いのだ。
「プライドの高い男ね」彼女は毒づいた。
向こう岸にたどり着くと、彼女は鬱蒼としたジャングルをかき分け、無遠慮に奥へと進んでいった。
途中、オレンジ色の粘膜で表面を覆った植物が次々と彼女に絡みついてきたが、彼女は腰に下げたナタで次々と切り落とした。
彼女はさらに奥地を目指した。
喉はカラカラに乾いていたが、すぐ脇を流れる清らかな小川の水に彼女は目もくれなかった。
頭上にはあざとくもいかにも魅惑的に見えるケミカルな果実がたわわに実っていたが、それはただ彼女をイラつかせるものでしかなかった。
彼女は果実をむしり取ると、片っぱしから岩に投げつけて叩き割った。
とにかく、誘惑に負けては、「負け」なのだ。
彼女は小川踏み越え、さらに先へ突き進んだ。
甲高い鳥の声が警報のように辺りに響いた。
「まずいわ。急がないと」彼女は足を早めた。
「さて、この辺かしら」
彼女は感を働かせ、岩山のある一点を一気にを蹴破った。
「やれやれ、まるでティーンエイジャーの女の子の部屋ね」
彼女は呆れた。
ピンク色の部屋には、ピンク色のベッドに、ピンク色のテーブル、空中にはキラキラパウダーが舞っていて、ご丁寧にパステルカラーの熊のぬいぐるみまで浮かんでいるのだ。
「やあ、ようこそ。いらっしゃい」
部屋の中央には鏡のように美しい水を張った金色の水瓶があって、その隣にかなり美化された彼の姿があった。
彼は人が良さそうに微笑みをたたえ、握手するための手を彼女に差し出していた。
彼女はそれをまったく無視して、金色の水瓶を蹴り倒すと、その下でうじうじと根をうねらせた紫色の花弁めざしてナイフを突き立てた。
花は粘質の液体を彼女の顔に吐きかけたが、彼女は臆することなく、ざくざくとナイフを振り下ろし続けた。さらにこん棒で徹底的に叩き潰し、包丁でみじん切りにすると、すり鉢に移し替えて、どろどろのスープ状になるまですり潰した。
その上、火にくべてぐらぐらに煮立たせ、さすがにもう再生はできないだろうと判断すると、その紫色のスープを辺りにぶちまけた。
彼の虚像は呆然とその様子を見ていたけれど、やがてその表情が阿呆のように変化した。
つまり彼女は彼のもっとも繊細な部分のシステムを破壊したのだ。
彼女はにこやかに彼の虚像の手をとって、ジャンケンのチョキの形に指を折り曲げた。
それから男の頬をつまみ上げて痛みを与えると言い聞かせた。
「いい?ジャンケンをするときにはチョキを出すのよ。いつでもチョキ。そうしないと、ひどい目にあうんだから」
彼女は金色の水瓶に新しい水を張ると、新しい情報を記憶させた。
「ジャンケンはチョキ。私の言うことを何でも聞かないと、ひどい目にあう」
彼女は再び、ジャングルをかき分け、クモの糸のような細いつり橋を渡って、元の世界に戻ってきた。
そして彼と約束を交わした。
「私はあなたとのジャンケンに絶対に負けません」
彼女は指切りすると、にっこりと微笑んだ。「さあ、これでいいわ」
彼らは向かい合ってジャンケンをする。
「あれ?おかしいな」彼は首をかしげる。
彼女は絶対にジャンケンに負けないし、彼は彼女の言いなりなのだ。
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