天使ごっこ

マツダシバコ

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天使ごっこ・思春期

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 私たちはあっという間に大きくなって、中学生になった。
 さゆりちゃんは色気づいて、男の子たちに告白してはフラれている。
 さゆりちゃんは相変わらず頭が大きくて、漬け物石みたいな顔の形をしている。
 私は美人になった。
 でも、男の子にはあまり興味がない。
 私たちはまだ天使ごっこを続けている。
 でも、さゆりちゃんは最近、儀式ばかりしている。
 「この媚薬を混ぜて、50人分のチョコレートを作るのよ」
 「はい」
 私はまだ、さゆりちゃんのお弟子さんなのだ。
 さゆりちゃんは儀式で作った媚薬の入った茶色の小瓶を私に渡した。
 その媚薬には残酷なものがたくさん詰まっているのだ。
 
 私はハート形をした型に、溶かしたチョコレートを流し込んで、バレンタイン用のチョコレートを作っていった。
 アーモンドを落として、私は魔法で作った愛のエッセンスをチョコレートにふりかけた。
 これで間違いなく50人の男の子たちは、さゆりちゃんに恋をする。
 空中には何でもあって、そこから必要なものをつかまえてふりかければ、魔法は簡単にかけられるのだった。
 そのことをさゆりちゃんに教えてあげたいのに、さゆりちゃんは少しも私の言うことを聞かないで儀式ばかりしている。
 私は媚薬の入った小瓶をゴミ箱に捨てた。
 それから自転車にまたがると、チョコレートを男の子たちの家に配った。

 放課後、私とさゆりちゃんは、町のショッピングビルの屋上で待ち合わせをしていた。
 さゆりちゃんは先に来て待っていた。
 「早引けをしたのよ。知らなかった?」さゆりちゃんは言った。
 「知らなかった」
 私とさゆりちゃんは同じ中学校に通っていたけれど、違うクラスなのだ。
 さゆりちゃんは黒くて硬い髪の毛を巻き毛にして顔に貼り付けてお洒落をしていた。
 さゆりちゃんは漬け物石のような大きな顔を気にしているのだ。
 それに今日は制服のスカートのウエストをたくし上げて、ミニスカートにしていた。
 さゆりちゃんは早く処女を捨てたがっているのだ。
 「処女を捨てたら天使じゃいられなくなるけど、でもいいの。私は魔女になるんだから。小悪魔的な~」
 最近のさゆりちゃんはそればかり言う。
 「さゆりちゃん、待っててね。もうすぐ男の子たちが来るからね」私は言った。
 「小悪魔的な~」
 さゆりちゃんは指に毛先を絡めて言った。

 でも、1時間待っても男の子は1人も来なかった。
 私は少し心配になった。
 さゆりちゃんの長い髪の毛は冷たい風にもつれて蛇のように絡み合っていた。
 
 さらに1時間が経っても、男の子は誰も現れなかった。
 「あれ、おかしいなあ」私は焦った。
 「あんた、チョコレートに媚薬を入れ忘れたんじゃないでしょうね」
 さゆりちゃんが私を睨んだ。
 「ちゃんと入れたよー」
 私はどきどきしながら言った。
 
 間もなく日が暮れようとする頃、私はさゆりちゃんに泣きながら謝った。
 「さゆりちゃん、ごめんなさい。本当は媚薬をチョコに入れなかったの」
 「なにい?どうして入れなかった?」
 さゆりちゃんは恐ろしい顔をした。
 「だって、だって、私の魔法でどうにかなると思ったんだもん」
 「お前の魔法?バカめが!」
 さゆりちゃんが大きな頭を勢いよく振り下ろした。
 私は咄嗟に両手で頭をかばった。
 だけど、さゆりちゃんの頭は私の頭じゃなくて、足元のコンクリートを打ち付けた。
 「どいつもこいつも私をバカにしやがって!」
 さゆりちゃんは何度も何度も頭をコンクリートに打ち付けた。
 地面に亀裂が入って、私はとても恐ろしくなった。
 「さゆりちゃん、ごめんなさい。お詫びに魔法で願いを叶えてあげるから、何でも言って」
 私は泣きながらさゆりちゃんに謝った。
 「お前の魔法?誰が信用するかー!」
 さゆりちゃんは額から血を流して荒れ狂っていた。
 私は立ち上がって天の神様にお願いした。
 「どうか、さゆりちゃんの願いを叶えてあげて」

 すると、不気味な音が轟いてピカリと光ると、空が真っ二つに裂けた。
 「オマエ、私に何をしたー?」
 その声に見上げると、さゆりちゃんはいつの間にか山のように大きくなって、怖い顔で私を見下ろしていた。
 「だって、さゆりちゃんがいつも悪魔になりたいって言っていたから」
 「たわけが!私がなりたいのは小悪魔だ」
 「違うの?」
 「違うわ、ボケ!」
 さゆりちゃんの髪の毛は本物の蛇になって、シャーっと私に襲いかかった。
 私は怖さのあまり、頭を抱えてしゃがみこんだ。
 すると、ビルの下の道路をこちらに向かって歩いてくる男の子たちの団体が目に入った。
 私がチョコレートを配った男の子たちに違いなかった。
 よく見ると男の子たちの頭と足はバラバラの方向を向いている。
 きっとすごく抵抗したのに違いなかった。
 でも、私の魔法の威力には勝てないのだ。
 男の子たちはいよいよ屋上に登ってきた。
 「ほら、さゆりちゃん。男の子たちがきたよ。たくさん!」
 私はさゆりちゃんに言った。
 さゆりちゃんはチラリと一瞥すると、するどい爪の先で小魚のように男の子たちをすくい上げ、ぺろりと食べてしまった。
 さゆりちゃんはほろ苦い顔をして目を細めた。
 「さゆりちゃん、、、」
 私はがっかりした。
 さゆりちゃんは大きくなり過ぎてしまったのだ。
 さゆりちゃんは蛇の髪の毛を振り乱して、町を破壊しようとしていた。
 私はもうどうしたらいいかわからなかった。

 「やめろ!」
 声をあげたのは、同じ中学校の制服を着た男の子だった。
 一人だけさゆりちゃんに食べられずに生き残っていたのだ。
 私はその子のことを知っていた。
 今日の昼休みに、廊下でさゆりちゃんが無理やりキスをさせられていた相手の男の子だった。
 さゆりちゃんはクラスでいじめられているのだ。
 私はうれしくなった。
 この男の子こそが、さゆりちゃんの運命の人に違いなかった。
 さゆりちゃんはジロリとこちらに目を向けると、ゆっくりと男の子に顔を近づけた。
 男の子は逃げることなく、勇敢にさゆりちゃんを見つめ返した。
 でも次の瞬間、さゆりちゃんは鋭い爪で、男の子の首元を掻き切ってしまった。
 噴水のように血が飛び散った。
 私はまたがっかりした。
 「好きだったのにー!」
 頭の上から雨のように大粒の涙が降ってきた。
 「好きなのにどうして殺しちゃたの?」私は呆れて言った。
 「だって、反射的にイラッときて」
 「バカ」
 「お願い。彼を生き返らせて!」
 「死んだ人を生き返らせたらダメなの。天使の掟よ」
 私は厳しく言った。
 さゆりちゃんはわんわん泣いた。
 「わーん。天使が悪魔になって人を殺したなんて神様にバレたら、業界から抹殺されちゃうよー!」
 さゆりちゃんが泣き続けると、道路はアマゾン川のようになって、どんどん人が流されていった。
 もうこの世の終わりのような景色だった。
 私はさゆりちゃんが気の毒になった。
 もとはと言えば、私が悪魔と小悪魔を間違えたせいなのだ。
 私はよくよく考えて、もう一度さゆりちゃんに魔法をかけた。
 
 さゆりちゃんの体は雷で打たれたようにビリビリっと震えると、小さく、小さくなって、ロバになった。
 「さゆりちゃんはもう天使でも悪魔でもないから、神様に抹殺されないよ」
 私はロバの背中に男の子の死体をくくりつけた。
 「さあ、仲良く空にお帰りなさい」
 私はロバのお尻をポンポンと叩いた。
 ロバは何か言いたそうにしてけど、そのうち諦めたように、お空にトコトコ登っていった。
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