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ドーナッツ
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ドーナッツの穴に足を突っ込めば、それは浮き輪。
ドーナッツの穴の周りを走れば、それは道路。
ドーナッツの穴に釣り糸を投げ込めば、それは池だ。
ドーナッツは不思議。
僕はドーナッツを見つめる。
「でも、それはただのオヤツなのよ」ママは言う。
でも、2つ繋げれば、メガネ。
3つ繋げたら、イモ虫。
4つ繋げれば、イカダ。
星にかぶせれば、土星だ。
やっぱり、ドーナッツはすごい。
僕はドーナッツをいつまでだって眺めてられる。
「ぼんやりしていないで、早く食べてしまいなさい」ママはギリギリと歯ぎしりをする。
だけど、僕はドーナッツにいつまでたっても手が付けられない。
ドーナッツの穴が壊れてしまったら、それはドーナッツではなくなってしまうからだ。
僕はドーナッツをうっとりと眺める。
匂いを嗅ぐ。
よだれが溢れ出る。
でも、僕はドーナッツを食べない。
突然、冷たいものが顔にかかる。
白いしずくが落ちてくる。
ドーナッツも白く濡れている。
ママがテーブルに置いてあったグラスの牛乳を僕らにかけたのだ。
「そんなにドーナッツが好きなら、ドーナッツと出て行きな!」そこには鬼のような顔の女の人が立っている。
僕はドーナッツを持って公園に行こうとする。
でも、牛乳に濡れたドーナッツは手の中で崩れてしまう。
僕は悲しくなる。
ママは怒って、どこかに行ってしまう。
すべてが台無し。
弟が生まれたとき、本当にうれしかった。
弟は目の中に宇宙を持っていた。
「やあ」と僕が挨拶をすると、弟は大きな瞳をキラキラと輝かせた。
僕は弟が世界でいちばん大好きだ。
僕は弟を守ってやりたかった。
ずっと一生、死ぬまで守ってやりたかった。
でも、弟はどんどん大きくなって、あっという間に僕より頭がよくなってしまった。
新しいパパは言った。
「お前のバカがうつったら、弟は不幸になる」
それで僕は施設に入れられることになった。
家族と別れるのは辛いけど、それも大好きな弟のためだった。
弟は言った。
「あばよ、アニキ。僕はいい学校に入って、成功者になる」
僕は施設から学校に通い、卒業すると、今度は寮に移された。
僕はそこから作業所に通った。
夢にまで見たドーナッツ工場だ。
僕はそこで真剣に働く。
僕は毎日、ドーナッツの穴を作る。
ドーナッツがドーナッツであるための重要な仕事だ。
油で揚げたドーナッツは、いろいろな味付けやデコレーションがされていく。
でも、それは僕の仕事ではない。
ドーナッツのために、ドーナッツの穴を作る。
それが僕に与えられた仕事だ。
僕は月に一度、家に帰ることを許されている。
僕はその日が楽しみで仕方ない。
ただし。家に帰るにはきびしいルールがある。
① 弟に話しかけない。
② 弟と目を合わせない。
③ 新しいパパが帰ってくるまでに帰る。
僕はルールを破らない。
何故なら家族を大切に思っているからだ。
けれど、弟は高校の受験に失敗してから部屋から出てこない。
パパはもうずっと家に帰ってこない。
だから、ルールを破りようがない。
休みの日、僕はまず靴を磨く。
それから、作業所の表の販売店に寄って6個入りのドーナッツを買う。
工場にはできそこないのドーナッツが山ほどあって、自由に貰えるけれど、やっぱり家族にあげるなら正しいドーナッツだ。
できそこないには価値がない。
僕のように。
販売所の女の子はとてもいい子で僕と仲良しだ。
工場の連中みたいに僕に意地悪はしない。
彼女は最初から6個パックになったものじゃなく、僕が選ぶドーナッツを箱に詰めて6個セットを作ってくれる。
僕のこだわりを理解してくれているのだ。
僕はショーケースに並ぶドーナッツとにらめっこして、慎重にドーナッツを選んでいく。
穴がまん丸で、ふっくらとして、粉砂糖が雪のようにまんべんなく降りかかっているのが、いいドーナッツだ。
僕は真剣にドーナッツを見比べる。
女の子は真剣にドーナッツを箱に詰めていく。
僕はバスに乗って家族が待つ家に向かう。
途中、歩きながら僕は考える。
誰にどのドーナッツをあげようか。
同じ種類のドーナッツでも、それぞれ個性がある。
もちろん、性格も違う。
もちろん、味も違う。
もちろん、相性も違う。
家族1人1人の顔を思い浮かべながら、ドーナッツとつなげていく。
僕には世界でいちばん好きな弟の他に、双子の弟がいる。
いつの間にか増えたのだ。
彼らはきかんぼうでドーナッツの食べ方がなっていない。
牛乳の中にドーナッツを放り込んで、ぐちゃぐちゃにかき混ぜて飲むのだ。
でも、僕は何も言わない。
ニコニコして見ているだけ。
ママはもう僕の頭に牛乳をかけたりしない。
その代わりたまに間違えて自分の頭に毒薬をかける。
ママは昼間からお酒を飲んで酔っ払っている。
ママの人生はもう終わっているのだそうだ。
僕は難問にぶつかって立ち止まる。
家族は5人。ドーナッツは6個。
行き先のないドーナッツが宙にぐるぐると浮かんでいる。
僕はドーナッツの行方を捜して、ウロウロと歩き回る。
そのうち本格的に迷子になる。
不安で頭がおかしくなりそうになる。
僕は知っている限りのことを思い出そうと努力する。
そして僕は1つの答えにたどり着く。
それはドーナッツは丸いということだ。
ドーナッツの上を歩いていれば、いつか必ず同じ場所にたどり着ける。
僕は再び自信を持って歩き出す。
僕はドーナッツの素敵な使い道を思いつく。
テーブルにするのだ。
ドーナッツ型のテーブルには家族たちが座っている。
みんなの前にはドーナッツのお皿と牛乳のグラスが置かれている。
僕は中央の穴の部分に立っていて、ぐるぐる回りながらみんながおいしそうにドーナッツを食べる顔をニコニコしながら見るのだ。
ドーナッツを一周すれば、いつか僕も家族に帰ることができるかもしれない。
そうすれば、最後の1個のドーナッツは僕のものだ。
ドーナッツの穴の周りを走れば、それは道路。
ドーナッツの穴に釣り糸を投げ込めば、それは池だ。
ドーナッツは不思議。
僕はドーナッツを見つめる。
「でも、それはただのオヤツなのよ」ママは言う。
でも、2つ繋げれば、メガネ。
3つ繋げたら、イモ虫。
4つ繋げれば、イカダ。
星にかぶせれば、土星だ。
やっぱり、ドーナッツはすごい。
僕はドーナッツをいつまでだって眺めてられる。
「ぼんやりしていないで、早く食べてしまいなさい」ママはギリギリと歯ぎしりをする。
だけど、僕はドーナッツにいつまでたっても手が付けられない。
ドーナッツの穴が壊れてしまったら、それはドーナッツではなくなってしまうからだ。
僕はドーナッツをうっとりと眺める。
匂いを嗅ぐ。
よだれが溢れ出る。
でも、僕はドーナッツを食べない。
突然、冷たいものが顔にかかる。
白いしずくが落ちてくる。
ドーナッツも白く濡れている。
ママがテーブルに置いてあったグラスの牛乳を僕らにかけたのだ。
「そんなにドーナッツが好きなら、ドーナッツと出て行きな!」そこには鬼のような顔の女の人が立っている。
僕はドーナッツを持って公園に行こうとする。
でも、牛乳に濡れたドーナッツは手の中で崩れてしまう。
僕は悲しくなる。
ママは怒って、どこかに行ってしまう。
すべてが台無し。
弟が生まれたとき、本当にうれしかった。
弟は目の中に宇宙を持っていた。
「やあ」と僕が挨拶をすると、弟は大きな瞳をキラキラと輝かせた。
僕は弟が世界でいちばん大好きだ。
僕は弟を守ってやりたかった。
ずっと一生、死ぬまで守ってやりたかった。
でも、弟はどんどん大きくなって、あっという間に僕より頭がよくなってしまった。
新しいパパは言った。
「お前のバカがうつったら、弟は不幸になる」
それで僕は施設に入れられることになった。
家族と別れるのは辛いけど、それも大好きな弟のためだった。
弟は言った。
「あばよ、アニキ。僕はいい学校に入って、成功者になる」
僕は施設から学校に通い、卒業すると、今度は寮に移された。
僕はそこから作業所に通った。
夢にまで見たドーナッツ工場だ。
僕はそこで真剣に働く。
僕は毎日、ドーナッツの穴を作る。
ドーナッツがドーナッツであるための重要な仕事だ。
油で揚げたドーナッツは、いろいろな味付けやデコレーションがされていく。
でも、それは僕の仕事ではない。
ドーナッツのために、ドーナッツの穴を作る。
それが僕に与えられた仕事だ。
僕は月に一度、家に帰ることを許されている。
僕はその日が楽しみで仕方ない。
ただし。家に帰るにはきびしいルールがある。
① 弟に話しかけない。
② 弟と目を合わせない。
③ 新しいパパが帰ってくるまでに帰る。
僕はルールを破らない。
何故なら家族を大切に思っているからだ。
けれど、弟は高校の受験に失敗してから部屋から出てこない。
パパはもうずっと家に帰ってこない。
だから、ルールを破りようがない。
休みの日、僕はまず靴を磨く。
それから、作業所の表の販売店に寄って6個入りのドーナッツを買う。
工場にはできそこないのドーナッツが山ほどあって、自由に貰えるけれど、やっぱり家族にあげるなら正しいドーナッツだ。
できそこないには価値がない。
僕のように。
販売所の女の子はとてもいい子で僕と仲良しだ。
工場の連中みたいに僕に意地悪はしない。
彼女は最初から6個パックになったものじゃなく、僕が選ぶドーナッツを箱に詰めて6個セットを作ってくれる。
僕のこだわりを理解してくれているのだ。
僕はショーケースに並ぶドーナッツとにらめっこして、慎重にドーナッツを選んでいく。
穴がまん丸で、ふっくらとして、粉砂糖が雪のようにまんべんなく降りかかっているのが、いいドーナッツだ。
僕は真剣にドーナッツを見比べる。
女の子は真剣にドーナッツを箱に詰めていく。
僕はバスに乗って家族が待つ家に向かう。
途中、歩きながら僕は考える。
誰にどのドーナッツをあげようか。
同じ種類のドーナッツでも、それぞれ個性がある。
もちろん、性格も違う。
もちろん、味も違う。
もちろん、相性も違う。
家族1人1人の顔を思い浮かべながら、ドーナッツとつなげていく。
僕には世界でいちばん好きな弟の他に、双子の弟がいる。
いつの間にか増えたのだ。
彼らはきかんぼうでドーナッツの食べ方がなっていない。
牛乳の中にドーナッツを放り込んで、ぐちゃぐちゃにかき混ぜて飲むのだ。
でも、僕は何も言わない。
ニコニコして見ているだけ。
ママはもう僕の頭に牛乳をかけたりしない。
その代わりたまに間違えて自分の頭に毒薬をかける。
ママは昼間からお酒を飲んで酔っ払っている。
ママの人生はもう終わっているのだそうだ。
僕は難問にぶつかって立ち止まる。
家族は5人。ドーナッツは6個。
行き先のないドーナッツが宙にぐるぐると浮かんでいる。
僕はドーナッツの行方を捜して、ウロウロと歩き回る。
そのうち本格的に迷子になる。
不安で頭がおかしくなりそうになる。
僕は知っている限りのことを思い出そうと努力する。
そして僕は1つの答えにたどり着く。
それはドーナッツは丸いということだ。
ドーナッツの上を歩いていれば、いつか必ず同じ場所にたどり着ける。
僕は再び自信を持って歩き出す。
僕はドーナッツの素敵な使い道を思いつく。
テーブルにするのだ。
ドーナッツ型のテーブルには家族たちが座っている。
みんなの前にはドーナッツのお皿と牛乳のグラスが置かれている。
僕は中央の穴の部分に立っていて、ぐるぐる回りながらみんながおいしそうにドーナッツを食べる顔をニコニコしながら見るのだ。
ドーナッツを一周すれば、いつか僕も家族に帰ることができるかもしれない。
そうすれば、最後の1個のドーナッツは僕のものだ。
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