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巡りの始まり 6

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 青々と茂っていた木々の葉が枯葉になり始めた季節。もう少ししたら朝方は酷く冷え始めることだろう。

「きゃああああ!」

 どこからか聞こえてくるパンパンパンという鋭い音に優雅に笑っていた少女達は甲高い悲鳴を上げ、中には耳を押さえうずくまる者もいた。そしてそれを窓から覗き笑っている双子の私達。

 なにがどうしてこうなったのか、それは一刻程前に遡る。



 今日は学校の登校日翌日、つまり休日の昼近く。私は離れの裏庭で最近では私よりもデカくなりやがったユーリと木刀の切っ先を軽く触れ合わせていた。

「始め」

 オーリーさんの合図で私達は同時に相手に切りかかる。互いの剣の腹が触れ合った時、片方の木刀がもう片方の木刀を天高く弾き飛ばしていた。

 持ち主の手を離れ宙に飛んだ木刀はくるくると綺麗な回転を見せながら落ちてきて、地面にぐっさり突き刺さる。その間、剣を飛ばした勢いのまま木刀の切っ先を相手の……ユーリの首に突きつけた。

 地面に木刀が突き刺さるのと、ユーリの首に私が切っ先を突きつけたのはほぼ同時。
 もちろん勢いはいいが間違ってもユーリの首に当たることはない。そこまで下手くそではないからね。

「……参りました」
「よろしい」

 両手を上げて降参の形を取るユーリににっと笑いかけ剣を納める。

「これで昼食のメイン一品は私のものだね。今日のお昼はなんだろなー」

 根性のひねくれた私はユーリの周りをウロウロしながらそう言う。対してユーリは頬をヒクつかせていた。多分イラッときたんだろう。

 今回の勝負、負けた方が昼食のメインを勝った方に差し出さなければならないという賭けをしていたのだ。ふっ、分かりきった勝負だった。

 まったく、お前が私に勝とうなんざ百年早いわ!あっははは!クラスの貴族女子がいつもしているような高笑いが止まらない。

 流石に腰に手を当てもう片方の手を口元に持っていく、なんて動作はしないが。

「またユーリの負けか」
「またとか言うな!」

 オーリーさんの隣で地面に腰を下ろしていた殿下が立ち上がって歩み寄ってきた。ユーリは殿下の言葉に悪態をつきながら手の中の木刀を手渡す。

 これは特訓、とでも言えばいいのか。私達は 有事の際には王族を最前線で守るというお役目があるからか、幼い頃から、それも五歳にも満たない頃から母さん(手加減容赦という言葉が頭にない鬼)に剣と体術を体に叩き込まれ、母さんが死んでからはオーリーさんに教わってきた。

 その中でも剣の腕を鍛えるのは半ば日常と化していて、私達は毎日の鍛錬を怠らない。それはここにやってきてからも変わらず。

 授業がある日は授業前に。ない日は適当な時間に。友人となってからはそこに殿下も混ざるようになった。

 そして今日までの三年間腕を鍛えあっているのだが、二人が私に勝ったことはない。私全勝、奴ら全敗、というわけ。いやあこの響きはいいよね。魔法の腕や勉強は二人が私よりも上だけど。でもこれだっていつかは追い越してやる、と決めているし、努力もしている。

「はあ、休憩……」
「ユーリ疲れるの早くない?体力なさすぎ。」
「誰もがお前みたいに有り余るほどの体力を持ってるわけじゃないんだよ?それにほら、俺は人間だから」
「私も人間なんだけど」

 まるで小さい子に言い聞かせるかのような口調のユーリ。でもさ、人の事を化け物みたいに言うなよ。

 ついうっかり、とでも言いたげに口に手を当てるユーリをじろりと睨むが奴はそんな視線どこ吹く風だ。

「じゃあ殿下」
「そのつもりだ」

 木刀の切っ先を軽く触れさせて、オーリーさんの合図で切りかかる。ユーリもだけど、殿下も一緒に訓練し始めて三年も経つ今では模擬戦の耐久時間が一分は持つようになった。え、もちろん最初の頃は先程のユーリのように一秒と持ちませんでしたよ。

 私の手加減のなさに皆が引いていたのは懐かしい。今では慣れられたけど。

 がきいん。

 鈍い音がして、殿下の手から剣が離れた。鼻先に突きつけられた切っ先に彼は小さく「降参だ」と手を挙げる。素直でよろしい。

 そのまま尻餅をついてしまう殿下に首をかしげる。

「あれ、もう一戦……」
「無理だ」
「えー!」

 二人して体力ないなあ。情けない。

「君達はまたやっているのですか?」
「飽きないわねえ」

 裏庭に通じる扉から女男が。二階の窓からはシゼルが顔を出してそう言った。シゼルはふわあ、と大きな欠伸をしている。
 ……せめて口に手を当ててはどうだい、シゼルさん。

「シーゼルー、どう?一戦……」
「却下よ。本が読めなくなったらどう責任とってくれるの」

 即答。まあ分かってはいたけどさあ。ちぇ、つまんないの。
 シゼルは手に怪我を負って本のページがめくれなくなったら足の指を使って器用にめくってそうだけどね。

「じゃああんたでいいや」

 こいつとは一戦も交えたことはない。どれくらいの腕なのかは興味がないと言えば嘘になる。

「お断りします。これから用事があるのでね」
「はっ、また女子とお出かけですか。飽きないね」
「今日は違いますよ。これから茶会があるんです」
「茶会?」

 すたすたと私の前を通り過ぎ、地面に腰を下ろしたままの殿下に手を差し出す女男。

「ああ、そうだったわ。双子、お祖母様から伝言よ。昼から外には出るな、ですって」
「なんで?」
「今日のお茶会がこの屋敷で行われるからよ」
「わー、まだ何もしてないのに信用ないなあ」
「まず屋敷を抜け出した前科はあるわね」
「客を落とし穴に嵌めたこともあるな」
「爆竹を使って使用人達を脅かしたな」
「砂糖と塩を入れ替えるというくだらない悪戯をしましたね」
「変なからくりを屋敷に仕掛けたな」
「わー、出てくる出てくる。そんなに覚えてたなんて俺感心しちゃうわー」
「信用しろという方が無理な話でしたね」

 二人で四人に拍手を送った。すごいすごい。まだまだたくさん出てきそうな気がする。

「オーリーさんはこれから外に出る用事があるし、殿下もヴァンサンも私も茶会に出席。ほかに貴方達を止められそうな使用人なんていない。だからあらかじめ外に出さないことにしたのよ」

 頬杖をつき呆れたように見下ろしてくるシゼル。

 ふーん、なるほど。それは確かにとても面白そうなお話ですね。

 全員の視線が私達からずれた時。互いに顔を見合わせてニヤリ、と私達は笑った。




 昼食の後、シゼル達は『絶対に大人しくしててね!』と念を押して本邸に行ってしまった。キラキラなドレスと紳士服を装備して。

 それから一時間。私達は二人しかいない離れの一階を練り歩いていた。ご丁寧にも窓やドアには魔法で鍵がかかっており、開けられそうにない。どうやら一階で鍵のかかっていない場所はなさそうだ。

 ということで二階へ。

「ここ開いてるぞ」

 その声に駆け寄ってみれば、窓だった。廊下の端っこの窓。きっと二階の窓からは外に出ないだろうとでも思ったのだろうが……甘いな。

 窓ぶちに足をかけるとそこから下に飛び降り、シュタッ、と軽やかな音を立てて着地する。庶民の家の二階に比べたら高かったけど、それでもこのくらいの高さから飛び降りるくらいなんてことない。
 多くの経験から怪我をしないで飛び降りる方法くらい見つけている。

 誰にも見つからないように走り、本邸の裏口から中に忍び込む。
 そしてお茶会会場が覗けそうな部屋まで忍び足で移動。

 庭に面した部屋の窓から顔の上半分だけをひょっこりと出して、外の様子を伺った。

 おお、あそこだけ別空間みたい。なんかキラキラしてるよ、あれ。

 ドレスを着た私達と同じ年齢くらいの女子達と、紳士服というやつに身を包んだ男子達。彼らが囲んでいる丸いテーブルには白いクロスがかけられて、ここからでも美味しそうに見えるお菓子達が置かれている。うはー、いいなぁ。私も食べたい。

 じゅる。おっと涎が。

 危うく涎を垂らしかけた私に隣のユーリからじとっとした目を向けられた。やだ、そんな目で見ないでよ。

 遠目に見える殿下はいつもの無愛想な顔のまま談笑している。そんな彼を遠くからポーっとした表情で見つめる女子達。男子達は気楽に話しかけているけど女子はそうはいかないようだ。
 なんでたろうね、そんな目で見つめてるくらいなら思い切って話しかければいいのに。無愛想だし言葉少なだけどどんな人にも優しく接してくれるよ、その王子様。あれ、あの子は確か同じクラスの子じゃないか?頬を淡く染めて殿下に目を止めているではないか。
 そうかそうか、君は殿下にご執心だったか。どうりで女男の話で盛り上がって最終的には醜い女の争いを繰り返す集団に混ざっていないわけだ。へええ。攻撃的な子ではなかったから私もよく話すし友達だと思っている。仲のいい知り合いの恋愛事情は見ているとニヤケが止まらないね。

 シゼルは隅で男子達に囲まれているが、つまらなそうに片手でグラスを弄りながら無言を貫き通していた。
 それでもめげずに気を引こうとしている男子達はすごい。頑張ってるなあ。

 私と同じクラスの男子達はしかしその輪には混ざらないようだ。何故かどこか遠くを見ている。何を見てるんだ?
 あ、シゼルがその内の一人に声をかけた。あらら、その男子は今まで気を引こうとしていた男子達に睨まれちゃってる。シゼルも話しかけた子が敵意を向けられているのには気付いているんだろうが、そこは無視。
 話かられた子は今まで談笑していた男子達に助けを求める顔を向けるが、皆目をそらしていく。可哀想に。味方が一人もいないなんて、御愁傷様です。

 シゼルは知り合いとなら話すけど、それ以外とは目も合わせない徹底ぶり。その素っ気無さがいいとかなんとか他クラスの子が噂してるのを聞いてその何がいいんだ?と何度首をかしげたことか。

 他にもちらほら知り合いの顔があった。仲がいい子もいればそうでない子もいる。
 …ん?さっきから気になってはいたけど、男子達はなんであんな死んだ魚のような光のない目でどこかを見ているんだ?いったいその視線の先に何があるって……

「……」

 女男がいた。それもいつも以上に女子に囲まれる女男の姿が。ああそう、これを見て目が死んだのね。

 あいも変わらず綺麗な顔に極上の笑みを浮かべて女子達に何かを語りかけている。遠くて聞こえないが多分砂糖でも吐いてるんだろう。学校に入学してから初めて女子と話しているというか口説いている場面に遭遇した時は本当に口から砂糖が出るかと思った。出せるかもしれない、と本気で思ったものだ。恥ずかしくないのかあんな事言ってて、という言葉のお祭り騒ぎだった。
 よく女公爵様とかオーリーさんら女性使用人達にも何か優しげな言葉を吐いてるけど、あれは度が違う。私に対する態度は紳士としてどうなんだ、と思っていたけどあんな言葉を吐かれるくらいなら今のままでいい、と鳥肌がたった腕をさすりながら思ったものだ。

 最近ではぐんと背が伸び、ーーまあ魔法で若くしてるだけでとうに成長期なんか終わってるんだろうがーー同じく伸びてきた腰辺りまである黒い艶やかな長髪は結ぶでもなく背に垂らしている。中性的な顔立ちもそこまで女の子、という感じはなくなってきた。初めて本来の姿を見た時よりもまだちょっと幼さが残る感じ。

 女男が誰か一人に声をかけるたびに他の子達がその子を睨み、また違う子が声をかけられれば今度はその子を睨みつける。ぽっ、と頬を染めて乙女の顔になってはギンッ、と鬼の形相となり相手を威嚇する。誰もが獲物になり、また誰もが捕食者になる。ふう、貴族女子達は忙しいねえ。見てる分には楽しいけど。
 そんな彼女達に違う言葉を次々に語りかけていく奴の語彙力にも驚かされるが。

 まるで蛾みたいだ。奴という光に群がる蛾。……多分こんな例えを口に出したら彼女達に八つ裂きにされそうだな。蝶と言った方がいいかもしれない。私の命のために。
 ああでも、甘言という餌を待つ雛、なんて言い方も出来るかもしれない。皆我先に奴から自分に向けての特別な言葉を待つ。……いや、そんな可愛らしいものではないか。やっぱ撤回。

 さて、観察はここまでにしないと。

「じゃあ何から始める?」
「驚きそうな音を聞かせて恐怖心をそそるとか。それにこれなら最初から俺達が抜け出した、とは気付かれにくい」

 服の下から取り出した爆竹をニヤリ、と黒い笑みを浮かべて私に差し出してきた。
 私もニヤリ、と同じような笑みを浮かべ、それを受け取る。


 何に使うつもりだったのか。家の押入れに入っていた爆竹の音に驚いた貴族達の悲鳴が最初のアレである。

 ちなみにこれはジルバールにとってきてもらった。学校でこっそり受け取りましたよ。いつかのために。

 はい、どんどん進めていきましょうー。

 驚き、庭の木の根元まで後ずさったどこかのお坊ちゃんが片足を取られ宙ぶらりんになっていた。「うわ」という声を上げてジタバタしている。

 はい、見事一匹目が釣れましたー。

 周りの男子達が女子顔負けの「きゃあああ」という甲高い悲鳴をあげる。
 男子達よ……

 あれはいつかのために作っておいたやつ。罠を踏んだら縄で足を取られ宙ぶらりんになるというもの。これが意外にバレないんだよね。ちなみに体ごと宙に浮くやつもある。

 おろおろとしていた女子の姿が突如視界から消えた。罠の魔法でその足元に落とし穴を作ったのだ。その間にも釣れる釣れる貴族達。
 殿下は男女関係なく縄を切って助けてあげているけれど、女男は女子の縄だけを切って助けていた。………あいつの何がそうさせているんだろうね。

 お、今度は違う罠でも釣れたようだ。細い糸に触ってしまうと縄を編んで作った網にかかるんだよあれ。これは随分前に作ってたのに誰も引っかからなくて残っていたやつ。

 そして地味な罠。草の先を結んで足を引っ掛け転ばせるという罠に引っ掛かっている子も多数見受けられる。これはユーリが魔法で今作ってくれてる。私には到底無理な芸当。いつもなら悔しい、って思うところだけど今は楽しいから関係ない。

 簡単な悪戯にかかる貴族達に二人で笑いが止まらない。やばい、腹痛い。あくまで怪我はしないよう配慮してある悪戯だから皆さん安心して笑いの種になってくれたまえ。あはは。

 ユーリと目尻に涙を浮かべながら楽しんでいれば窓の外の女男と目が合った気がした。あれ、バレちゃったかな。でも……最近なんでか女男とよく目が合う。……うん、偶然が重なることもそりゃあるよね。まあいいや。

 爆竹が鳴り響き、訳の分からぬまま罠にかかり悲鳴が交差するお昼過ぎの時間帯。穏やかな時間から一転しての恐怖。これぞまさに地獄絵図。

 ああ、でももう罠が尽きてきたかな。……そろそろ終わりかあ。

 と、私達の背後の扉がバンッ!と勢いよく開かれた。私達は振り向き、天を仰ぐ。
 そこにいたのは女公爵様。いつもと変わらない笑みを浮かべてはいるが、大変ご立腹なのが額に浮かんだ怒りの筋から分かる。

「分かっているわよねえ?」

 何が、とは言わない。私達もそこには触れない。

「ふふふ、双子ちゃん?そこに座りましょうねえ?」
「………はい」

 怒られる事は承知の上でだったけど怖いものは怖い。これは逆らわずにいたほうが身のためだ。

 そして女公爵様の説教が始まった。しかし数分とたたないうちに後ろからまたも悲鳴が上がる。多分、激不味のジュースでも飲んだんだろうな。誰か引っかかるといいな、と一本だけ中身を入れ替えていたジュースがあるのだ。毒は入れてない。ただただ不味いだけ。まさかこんな形で使われるとは思わなかったけど。

 床に座ったまま窓の外を見て、また前に向き直る。
 あ、女公爵様の頬に怒りの筋が増えた。うわー、これは結構長引きそうだ。

 私達がここに住んでいる事は誰にも言えないので、私達が今回の騒動の責任を取ることはない。だからこそこんな悪戯を仕掛けたのだが。
 責任のない悪戯はいつもの倍は楽しいし素敵な響きを持っているけれど、ちょっと考えものだな。次に活かそう。




 騒ぎも一段落ついたその夜、私達二人の頭にそれはそれは大きなたんこぶが出来上がっておりました。

 私達は 罰として大きなたんこぶと一週間離れでお掃除する役割をいただいたのだった。


 余談だが、私達が今日何かするのではないか、と疑われていたのは前科があるのもそうだが、何より母の存在が大きかったらしい。母も昔同じようなこと(私達の数倍は酷く笑えない悪戯だったとか)をしたんだとか。それを聞いて思ったものだ。血は確実に受け継がれているようだ、と。

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