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第10章
それぞれの夏 2
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インターハイ出場を決めた後、僕は美容室「AC-EX」に行った。インターハイ前に髪を切ってもらうためだった。
そこで環奈さんに結果を報告した。
「わ、マジで? スゴイじゃん! おめでとう! どうなったのか気になってたんだよね」
「まーギリギリだけど」
「ギリギリでも堂々でもインターハイ出場には違いないんだよ。ちゃんと胸張っていいと思うよ」
と言いながらなぜか環奈さんが胸を張った。
ミルクティー色の髪が揺れた。
「スゴイなー。やっぱり碧斗くんは私の見込んだ子だね」
「環奈さんのおかげでもあるけどね」
「私? なんで?」
鏡越しの環奈さんが首を傾げた。
「ダンスグループやってるお姉さんがいるから、私も頑張れるって言ってたじゃん。前に」
「そんな話をしたね。前に」
「あのときってさ、もう一人の相沢碧斗が大会に出てこなくて、もう陸上をやってないのかもって思ってたときでさ。いつのまにかあっちの相沢碧斗が陸上を続けてくれることで身軽になった気の時期でもあったんだ」
あっちの相沢碧斗が競技を続けていないかもと思ったことで僕はどこか虚しさみたいなものを感じていた。
そのとき、環奈さんが自分が追っていたものを相手に託してしまうことで楽になれていたことを指摘してくれた。そして僕は気づくことができた。僕は自分が競技を続けていないことの免罪符代わりのようなものをあいつに託していたのだと。
僕は、富山に行き、そこであいつが400mに転向していることを知った。全国レベルの相手に恐れず立ち向かう獣の目を僕はそこで見た。
「あいつはオレと同じ名前のせいで、いろんなことを言われてきたはずなんだ。それを乗り越えて強くなってた。じゃあ本体のオレも立ち向かわないといけないんだって思えて、もう一回走ることができた。環奈さんの話を聞いて、オレはどうするべきなのか考えられたんだ」
「そっかぁ。私なんかがちょっとでも役に立てて何よりだよ」
「ちょっとじゃないし!」
僕は振り向いて環奈さんの顔を見た。環奈さんは驚いた顔をした。
「ずーっと燻っていたオレにいろいろ気づかせてくれたのは環奈さんのおかげ。すっげーありがとうって思ってる!」
僕がそう言うと、環奈さんはにっこりと微笑み、僕の頭を抑えて
「髪を切ってるときは前を向いてねー。危ないから」
と僕の顔を鏡の方向に向けた。なんだか子ども扱いにも思えた。
「大人になっちゃった私はもう走れないけど、碧斗くんはまだ走れるんだから、行けるとこまで行ってきてね」
環奈さんの微笑んだ。この笑顔にはいつも癒されるなぁ、と何とも言えない安心感みたいな気持ちが湧いてきて、僕は大きく頷いた。
「顔を動かすなと言うのに」と言いながら環奈さんが僕の頭を抑えた。
「そういえば」
ハサミを進めながら環奈さんが言った。
「なに?」
「その、もう一人の富山にいる碧斗くんはどうなったの?」
その質問に僕はどこから話すべきか悩んでから、
「来週、神奈川で会ってくるよ」
と答えた。
今年のインターハイの陸上競技は、神奈川県で開催される。
ふと横目で見た窓の向こうの空はどこまでも蒼かった。早くあっちに向かって走りたかった。
インターハイ出場を決めた後、僕は美容室「AC-EX」に行った。インターハイ前に髪を切ってもらうためだった。
そこで環奈さんに結果を報告した。
「わ、マジで? スゴイじゃん! おめでとう! どうなったのか気になってたんだよね」
「まーギリギリだけど」
「ギリギリでも堂々でもインターハイ出場には違いないんだよ。ちゃんと胸張っていいと思うよ」
と言いながらなぜか環奈さんが胸を張った。
ミルクティー色の髪が揺れた。
「スゴイなー。やっぱり碧斗くんは私の見込んだ子だね」
「環奈さんのおかげでもあるけどね」
「私? なんで?」
鏡越しの環奈さんが首を傾げた。
「ダンスグループやってるお姉さんがいるから、私も頑張れるって言ってたじゃん。前に」
「そんな話をしたね。前に」
「あのときってさ、もう一人の相沢碧斗が大会に出てこなくて、もう陸上をやってないのかもって思ってたときでさ。いつのまにかあっちの相沢碧斗が陸上を続けてくれることで身軽になった気の時期でもあったんだ」
あっちの相沢碧斗が競技を続けていないかもと思ったことで僕はどこか虚しさみたいなものを感じていた。
そのとき、環奈さんが自分が追っていたものを相手に託してしまうことで楽になれていたことを指摘してくれた。そして僕は気づくことができた。僕は自分が競技を続けていないことの免罪符代わりのようなものをあいつに託していたのだと。
僕は、富山に行き、そこであいつが400mに転向していることを知った。全国レベルの相手に恐れず立ち向かう獣の目を僕はそこで見た。
「あいつはオレと同じ名前のせいで、いろんなことを言われてきたはずなんだ。それを乗り越えて強くなってた。じゃあ本体のオレも立ち向かわないといけないんだって思えて、もう一回走ることができた。環奈さんの話を聞いて、オレはどうするべきなのか考えられたんだ」
「そっかぁ。私なんかがちょっとでも役に立てて何よりだよ」
「ちょっとじゃないし!」
僕は振り向いて環奈さんの顔を見た。環奈さんは驚いた顔をした。
「ずーっと燻っていたオレにいろいろ気づかせてくれたのは環奈さんのおかげ。すっげーありがとうって思ってる!」
僕がそう言うと、環奈さんはにっこりと微笑み、僕の頭を抑えて
「髪を切ってるときは前を向いてねー。危ないから」
と僕の顔を鏡の方向に向けた。なんだか子ども扱いにも思えた。
「大人になっちゃった私はもう走れないけど、碧斗くんはまだ走れるんだから、行けるとこまで行ってきてね」
環奈さんの微笑んだ。この笑顔にはいつも癒されるなぁ、と何とも言えない安心感みたいな気持ちが湧いてきて、僕は大きく頷いた。
「顔を動かすなと言うのに」と言いながら環奈さんが僕の頭を抑えた。
「そういえば」
ハサミを進めながら環奈さんが言った。
「なに?」
「その、もう一人の富山にいる碧斗くんはどうなったの?」
その質問に僕はどこから話すべきか悩んでから、
「来週、神奈川で会ってくるよ」
と答えた。
今年のインターハイの陸上競技は、神奈川県で開催される。
ふと横目で見た窓の向こうの空はどこまでも蒼かった。早くあっちに向かって走りたかった。
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