【完結】碧よりも蒼く

多田莉都

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第10章

風の向こうへ 3

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 決勝に参加する8人の出場者が招集所に集まった。
 僕がワイヤレスイヤホンで音楽を聴いていると、一人目の前に近づいてくる選手がいることがわかった。オレンジ色のユニフォームがなんだか速そうに見える。

「覚えてるかな? オレ、一回だけ相沢くんと一緒に走ったことあるんだけど」

 そんな風に尋ねられた。

「え」
「中学のとき。全中の予選で。その一回だけだから覚えてなくて当然なんだけどさ」
「あ、そうなんだ。それはごめん」

 本当に僕は全く覚えていなかった。富山や北信越の選手は何度か走るので覚えいたりするが、全国で戦った選手は一度きりであることも多く、覚えているのは合宿とかで一緒になった選手ぐらいだった。

「あー……」
「いや、全然いいんだ。オレは全中にやっと出ただけだから。その組の最下位争いだったし。相沢くんは余裕で1位だったし」
「オレが予選で1位ってことは、中2のときだね」
「そ。でらえらい速い奴がいるんだって思わされた。どうして愛知にいて、2年間ぐらい出てこなかったのかわからないけど、そんなのはどうでもよくて。今日、相沢くんと走れることでモチベーションあがりまくりなんだ」

 たしかに彼は気持ちが昂っているように見えた。そして、絶対にこいつは速いなという肌でわかる感覚もあった。 

「相沢くんは相沢くんの目標があるんだろうけど、オレにとってはあの衝撃の惨敗のリベンジみたいなものだから」
「衝撃って。そんなすごいもんじゃないけど」
「いや、あれはえらい衝撃だったよ。ゴール後に余裕の笑顔の相沢くんを見て絶望感じたからなぁ。今日はよろしく」
「こちらこそ」

 頭を下げられたので僕も会釈する。彼は、深町ふかまちくんというらしく、桜台高校の選手だった。今日のタイムの上では彼が準決勝で10秒78を出していて、今日の最速タイムを記録している。

 はっきり言って、リベンジどころかこっちが余裕で負けてしまいそうだ。


 コールが終わり、100m決勝は欠場なく行われることになった。
 少し雨が降り始めていて、決してよいコンディションとは言えない天気だった。


 僕は第4レーンだった。
 深町くんは第6レーンらしい。さすがにレース直前なので目が合うこともなかった。レースに集中するタイミングだから、当然だ。
 彼以外にも僕のタイムより速い選手が3人いる。
 タイム順でいけば僕は5番目なので、通過はできることになるが、僕よりタイムが悪かった選手が決勝でタイムを更新することもありえる。決して安心することはできない。


 ふと、富山にいるはずの僕と同姓同名のあいつはどうしているかなと思った。
 あっちがいつ総体予選をやっているのかは調べてなかったが、そう違う日でもないはずだ。あいつは400mでどれぐらい成長しただろうか。タイムを伸ばしているだろうか。まさか決勝進出なんて果たしているだろうか。

 いろいろ考えたていると「オレが本物だけどな」と独り言が漏れてしまった。
 隣のレーンの選手が僕を見たが、僕は何でもない振りをした。

 ポツポツとした雨が降る中、100m決勝が始まる。
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